FAZER LOGIN「寒ければ、火事にはならない……もっと寒くすれば、火は起きない……」母は完全に正気を失っていた。一番かわいそうだったのは、妹だった。顔に残った火傷は、傷跡になった。それほどひどいものではなかったけど、白く小さな顔には、やはりはっきりと目立っていた。かつては家族みんなから愛されていたお姫様だった妹は、今ではクラスメイトたちから笑いものにされていた。「見て。あの子が火をつけて、お姉ちゃんを焼いたんだって!」「私のお父さんとお母さんが言ってた。お姉ちゃん、死んじゃったんだって!」「自業自得だよ!お姉ちゃんを殺したんだから!」妹は、天国から地獄へと突き落とされた。日に日に無口になり、心を閉ざしていった。もう笑わない。甘えることもしない。両親にあれが欲しい、これが欲しいとねだることもなくなった。毎日、学校から帰ると、一人で部屋の隅に縮こまっていた。そして、壁に飾られた私たち姉妹の写真を見つめる。ずっと昔に撮った写真だった。私が妹を抱きしめ、妹は幸せそうに笑っている。「お姉ちゃん……」妹は手を伸ばし、写真にそっと触れた。「ごめんなさい……あの日、ちゃんと言えばよかった……私のせいでお姉ちゃんが亡くなった……」涙が写真の上に落ち、映っている顔を滲ませていく。妹は夜中に何度も飛び起きた。あの日の炎を夢に見る。私が父に蹴り飛ばされ、火の中へ戻された光景を夢に見る。そして口元を両手で押さえ、泣き声を必死に押し殺した。階下にいる、正気を失った母を起こさないように。妹はよく、顔に残った傷跡を撫でながら、独り言のように呟いていた。「お姉ちゃんは私を助けてくれたのに……私のせいでお姉ちゃんが亡くなった……私なんか、生きてちゃいけない……」まだ8歳の子供なのに、その瞳にはもう光がなかった。……私は妹の部屋を出た。そして、この冷たい邸宅からも離れた。もう、行かなければならない。遠くに、一筋の温かな光が私を呼んでいた。その光はとても柔らかく、言葉では言い表せないほど温かかった。まるで母の腕に抱かれているようで。それとも、春の日差しのようで。そこには、怒鳴り声もない。偏った愛情もない。冷たいドアも、灼けつくような炎もない。そこがきっと、私が本当に帰るべき場
時には突然、壁際へ駆け寄り、爪で必死に壁を引っかき始める。「ドア……ドアはどこだ……?釘……釘はどこにある……?釘を抜かなきゃ……ドアを開けなきゃ……美緒がまだ中にいる……」爪はすべて割れ、10本の指は血まみれになっていた。壁には、彼が爪で引っかいた血の跡が幾筋も残っている。医師は仕方なく、父に拘束用の手袋をつけた。それでも父は絶えずもがき続け、口の中で何度も繰り返す。「ドア……開けて……美緒がまだ中にいる……」さらに恐ろしいことに、父は自傷行為まで始めた。突然、狂ったように自分の皮膚を引き裂く。まるで燃え盛る炎を消そうとしているかのように。「消さなきゃ……火を消さなきゃ……美緒の身体が火だらけなんだ……俺が消してやらなきゃ……」腕を、胸を、頬を、血が流れるほど激しく引っかき続ける。看護師たちは、父をベッドに縛りつけ、24時間体制で監視せざるを得なかった。それでも父は、ベッドの柵や壁、手の届く場所にある硬いものへ頭を何度も打ちつける。「俺のせいだ……全部俺のせいだ……俺が娘を殺した……地獄へ落ちるべきだ……火に焼かれて死ぬべきなんだ……」頭を壁に叩きつけ、額が裂けて血まみれになっても、意識を失うまでやめなかった。目を覚ますと、また繰り返す。医師によれば、極めて重度の心的外傷後ストレス障害に加え、強い自責の念によって精神症状を引き起こしているという。父の意識は、永遠にあの大晦日の夜で止まってしまった。生きているが、死ぬよりも苦しい。1分、1秒、地獄の中でもがき続けている。私は病室に浮かびながら、父を見つめていた。昔、私に絵本を読んでくれた父。私を肩車して、笑っていた父。そして、私に怒鳴りつけ、何かと命令していた父。その父が今では、ただの狂人になっていた。母は精神科病院には入らなかった。けれど、その状態は父と大して変わらなかった。重度の恐火症と、深刻なうつ状態を患っていた。家の中にある、火を使うものをすべて捨てた。「火はダメ……火は絶対にダメ……」母は家の中を何度も行き来しながら、怯えた目で隅々まで確認し続ける。冬になっても、邸宅には暖房もエアコンもなかった。室温は氷点下まで下がった。母は分厚い毛布にくるまり、ソファの上で震えていた。唇
6時間。あの日は大晦日の夜だった。家では、大晦日のご馳走が食卓いっぱいに並べられていた。けれど、私は一口も食べていなかった。2階で宿題をしていたから。母に言われていたのだ。「宿題が終わってから下りてきなさい。佐緒里ちゃんが楽しくご飯を食べる邪魔をしちゃダメよ」江口さんはさらに私の背中を調べ、眉間の皺を深くした。「ここに鈍器による打撲痕があります」彼は私の身体をそっと動かし、背中に残った特徴的な痣を指差した。高熱で焼かれていたにもかかわらず、その形ははっきりと残っていた。「形からすると、靴底の跡ですね。これは生前についた傷……」江口さんは顔を上げ、従兄を見た。それから、壁際にへたり込んでいる父へ視線を向ける。「しかも、火災現場で負った傷です。かなり強い力が加わっています。肋骨にも軽いひびが入っています」従兄は拳を固く握りしめた。手の甲に青筋が浮かび上がる。そして大股で父のもとへ歩み寄ると、襟首をつかみ、床から引きずり起こした。「言え!あの夜、一体何があった?!」父はガタガタと震え、目を逸らした。「俺……俺はただ……少し、懲らしめただけで……」「懲らしめた?」従兄は冷笑し、部屋の中に横たわる私の遺体を指差した。「子供を火の中へ蹴り飛ばしておいて、それが『懲らしめた』だと?!」「佐緒里ちゃんを傷つけてると思ったんだ……美緒が佐緒里ちゃんの頭を押さえつけてると思って……」父の声はどんどん小さくなり、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっていく。「本当に……逃げられると思ってたんだ……本当に、こんなことになるなんて……」「知らなかったとでも言うつもりか?」従兄は父を乱暴に突き飛ばした。「一度でも振り返っていれば!たった一度でも見ていれば!なのに、お前は見なかった。大事な末娘のことしか頭になくて、確かめようともしなかった。そのままドアを閉め、鍵までかけて、挙げ句の果てには釘で塞いだ!この3日間、一度でもあの子を探したのか?!それどころか親戚に、あの子を少年院に入れるなんて言ってたそうだな。美緒はお前の頭上にいたんだ。お前が釘で塞いだ、あのドアの向こうに。お前が『家出した』と思い込んでいた、あの部屋の中にずっといたんだ。それなのに、お前は一度も上がって
妹は涙を手で拭いながら、途切れ途切れに話し始めた。「その日……私、キャンドルランタンで遊びたかったの……お父さんが、お家の中では遊んじゃダメって言ってた……でも、どうしても遊びたくて……こっそりお姉ちゃんの部屋に持っていったの……お姉ちゃんは火が怖いから……普段、あの部屋には誰も入らないし……」声がどんどん小さくなり、涙がますます激しく流れ落ちる。「キャンドルに火をつけたら……すごく綺麗だった……でも、火の粉がテーブルクロスに飛んじゃって……それで……それで、燃え始めたの……怖くなって……お父さんとお母さんを呼びに行こうとしたけど、火が大きくて……足に力が入らなくなって……転んじゃった……」妹は息もできないほど泣きじゃくった。「そしたら、お姉ちゃんが飛び込んできて……私を抱きしめて……ずっと『佐緒里ちゃん、怖くないよ。お姉ちゃんが外に連れていくから』って……私たちがドアのところまで這っていったら……お父さんが来て……」妹の声がそこで途切れた。小さな身体が、さらに激しく震え始める。部屋が死んだような静寂に包まれた。聞こえるのは、妹の泣き声だけだった。「その日、お父さんとお母さんに本当のことを言おうと思ったの……でも、私、気を失っちゃって……そのあと、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんの話になるとすごく怖い顔をするから……お姉ちゃんがどこにいるのか聞くのも怖くなって……怖かったの……だから、何も言えなくなった……お姉ちゃん……ごめんなさい……全部、私のせいで……」真実が、すべて明らかになった。嫉妬なんてなかった。放火なんてしていなかった。殺人なんて、もちろんしていない。最初から最後まで、ただ一人の姉が、妹を助けるために必死になっていただけだった。それなのに父は、娘を犯人だと決めつけ、火の海へ蹴り飛ばし、たった1つ残された生きる道まで釘で塞いだ。「あああああ――!」父が突然、狂ったように壁へ駆け寄った。そして頭を力いっぱい壁に叩きつける。ドンッ!ドンッ!ドンッ!1度、2度、3度。額から血が流れ落ちても、父は痛みなど感じていないかのようだ。「俺が美緒を殺した……俺が娘を殺したんだ……俺のせいだ……全部俺のせいだ……」父は何度も頭を壁に打ちつけながら、
パリン!母の手から皿が落ち、粉々に砕け散った。真っ赤なさくらんぼがあちこちに転がり、飛び散った果汁が床を濡らす。まるで鮮血のように、目に焼きつくほど鮮やかだった。母の瞳孔が激しく開いた。大きく口を開け、喉の奥から「ヒュッ、ヒュッ」と苦しげな呼吸音が漏れる。「み……美緒……?」前へ進もうとするけど、両脚が言うことを聞かない。激しく震え、立っていることすらできなかった。「違う……こんなの、嘘よ……」母は必死に首を横に振って、涙が一瞬にして溢れ出した。「家出したんじゃなかったの?どこかに隠れてるんじゃなかったの?どうして……どうして……いやああああ――」凄まじい絶叫が、邸宅中の静寂を切り裂いた。あまりにも鋭く、あまりにも絶望に満ちた叫びだ。まるで魂そのものを引き裂くように響き渡る。その直後、母は白目をむき、そのまま後ろへ倒れ込んだ。ドサッ!床に頭から倒れ、そのまま意識を失った。従兄は立ち上がり、上着を脱ぐと、私の真っ黒に焦げた身体にそっとかけた。そして振り返り、床にへたり込んでいる父を見つめる。その目は、まるで見知らぬ他人を見るように冷たかった。「叔父さんが、このドアを釘で塞いだのか?」父は全身を震わせ、唇をわななかせるだけで、何も言えない。「聞いてるんだ!」従兄は勢いよく歩み寄り、父の襟首をつかむと、床から無理やり引きずり起こした。「お前が、このドアを釘で塞いだのか?!」「俺……俺は……」父の目から涙が流れ落ちた。「窓から逃げると思ったんだ……」「窓?」従兄は手を放し、部屋にある唯一の窓へ視線を向けた。窓は固く閉ざされていた。その外側には面格子が取り付けられている。柵の間隔はわずか10センチほど、猫ですら通り抜けられない。ましてや、10代の子供が出られるはずもない。「教えろ」従兄の声は、歯の隙間から絞り出すようだった。「どうやって、ここから出るんだ?」父も従兄の視線を追った。閉ざされた窓。びっしりと取り付けられた面格子。それを見た瞬間、父の顔から血の気が引いた。「俺……忘れてた……その時は頭に血が上ってて……窓に面格子があることなんて、忘れてた……窓から逃げれば……それで……ちゃんと反省すると思って……」
父はその気迫に圧倒され、数秒間ぽかんと立ち尽くした。やがて「頭おかしいんじゃないか」とぶつぶつ呟くと、工具を取りに階下へ戻っていった。私はドアの前に浮かびながら、あの木板を見つめていた。ついに。ようやく、開けてもらえる。ありがとう、お兄ちゃん。父は釘抜き用のハンマーを持って戻ってきた。木板をこじ開けながら、ぶつぶつ文句を言っている。「まったく、正月早々なんだってんだ……ただ焼けただけの部屋だろ。何があるっていうんだ……」バキッ。最初の木板が外れた。3日間閉じ込められていた悪臭が、一気に外へ噴き出した。バキッ。2枚目。臭いがさらに強くなる。バキッ。3枚目。木板が1枚、また1枚と外れていくにつれ、3日間ずっと閉じ込められていた悪臭が、ついに一気に解き放たれた。焼け焦げた肉の臭い。そこに腐敗した甘ったるい生臭さと、吐き気を催すような死臭が混じっている。「オエッ……!」一番近くにいた父は、その臭いに耐えきれずえずき、鼻を覆いながら何度も後ずさった。「だから臭いって言っただろ!お前が無理やり……オエッ……」従兄は何も言わなかった。ただ、少しずつ姿を現していくドアを、汗ばんだ手で固く握りしめながら見つめていた。最後の木板が落ちた。父が手を伸ばし、ドアを押す。ギィ……軋んだ音を立てながら、ドアがわずかに開いた。廊下の窓から差し込む眩しい午後の陽射しが、3日間暗闇に閉ざされていた部屋の中へ差し込んだ。光が少しずつ広がっていく。焼け焦げた壁を照らし。真っ黒に焼けたベッドを照らし。床に散らばった教科書や通学カバンを照らし。そして、部屋の隅にあるものを照らした……身体を小さく丸め、皮膚は真っ黒に焦げ、ぴくりとも動かない、小さな身体を。その瞬間、時間が止まった。父はドアの前で凍りついた。手はまだドアノブにかかったまま、目を大きく見開き、瞳孔が激しく開いていく。顔から血の気が、目に見えて引いていった。「み……美緒……?」喉の奥から絞り出したその言葉は、風に舞う枯れ葉のように震えていた。従兄は大きく息を吸い、ハンカチで鼻と口を覆うと、部屋の中へ大股で入っていった。焼け焦げた臭いが、腐敗した悪臭とともに一気に押し寄せてくる。







