「こんにちは。名の変更届を提出したいのですが」職員は私を見るなり目を輝かせた。すぐに私が高梨詩乃だと気づいたらしい。「家庭裁判所の許可審判書はお持ちですか?」私は迷わずうなずき、用意していた書類を差し出した。「では、こちらの名の変更届に必要事項をご記入ください。届出が受理された後は、マイナンバーカードや携帯電話の契約、銀行口座、パスポートなども氏名変更の手続きが必要になります」窓口の脇で名の変更届を書いていると、周囲からひそひそと話す声が聞こえてきた。「本当に城戸社長の奥さんだ。テレビで見るよりずっと痩せてる」「半月前の海辺でのプロポーズ、ものすごく話題になったよね。まさか本人に会えるなんて。早く写真を撮って」「私がいちばん長く推してるカップルなの。8年前、重体だった城戸社長を救うために高梨さんが輸血して、意識を失ったんだって。それで城戸社長は、彼女を目覚めさせるために病院へ医療機器を寄贈したり、基金を設立したりしたらしいよ」「高梨さんが目を覚ましたときには、20億円分の商品券を配ったって聞いた。それだけじゃなくて、新しく発見された銀河の命名権まで大金で買って、『SHINO』と名づけたんでしょ。高梨さんが星を見るのが好きだからって」「城戸社長は派手にアプローチを続けて、二人はもう8年も一緒にいるんだよね。カメラの前に出るたび、本当に幸せそうだった」「どう見てもお似合いだもの。あの二人の間には、誰も入り込めないよね」私は自嘲するように、苦く笑った。何がお似合いなものか。恭平が秘書の森下彩香(もりした あやか)と関係を持つようになった時点で、私たちはもう心の通じ合う二人ではなくなっていた。半月前、恭平にプロポーズされ、婚姻届を出したその夜、彩香から一枚の写真が送られてきた。写真の中で、彼女は誰かの胸に身を寄せていた。二人が親密な関係であることは一目瞭然だった。【私と喧嘩さえしなければ、あなたと結婚して私に当てつけることもなかったのに】そのときは意味が分からず、送り先を間違えたのだと思った。けれど、彩香から送られてくる写真は次第に増え、そこに写る男の顔もはっきりしていった。それは、結婚したばかりの夫だった。【あのプロポーズは、もともと私のために用意されたものよ。あなたはそのおこぼれにあずか
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