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二人の愛は、もう遠い過去になった

二人の愛は、もう遠い過去になった

Von:  キュートキャットAbgeschlossen
Sprache: Japanese
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Zusammenfassung

切ない恋

ひいき/自己中

クズ男

愛人

カウントダウン

後悔

偽装死

誰もが知っていた。 私、高梨詩乃(たかなし しの)はかつて、城戸恭平(きど きょうへい)を救うために命を落としかけた。恭平もそれ以来、私を何より大切にし、誰もが羨むほど盛大な結婚式を挙げると約束してくれた。 ところが結婚式の3日前、私は彼と友人の会話を聞いてしまった。 「本当に秘書と新婚旅行へ行くために、式を延期するつもりなのか?詩乃さんにバレるのが怖くないのか?」 「詩乃は大ざっぱだし、俺に惚れきってる。適当に言っておけば、疑いもしないよ」 けれど彼は忘れていたらしい。 私は大ざっぱなだけでなく、一度決めたらてこでも動かない。 愛せない相手と一緒にいるつもりはなかった。 そこで、彼が秘書を連れて出張している間に名前を変え、パスポートや連絡先もすべて一新し、浜辺には靴だけを残した。 後になって聞いた話では、恭平は正気を失い、何度も海へ飛び込んでは、いなくなった花嫁を捜し続けたという。

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Kapitel 1

第1話

「こんにちは。名の変更届を提出したいのですが」

職員は私を見るなり目を輝かせた。すぐに私が高梨詩乃だと気づいたらしい。

「家庭裁判所の許可審判書はお持ちですか?」

私は迷わずうなずき、用意していた書類を差し出した。

「では、こちらの名の変更届に必要事項をご記入ください。届出が受理された後は、マイナンバーカードや携帯電話の契約、銀行口座、パスポートなども氏名変更の手続きが必要になります」

窓口の脇で名の変更届を書いていると、周囲からひそひそと話す声が聞こえてきた。

「本当に城戸社長の奥さんだ。テレビで見るよりずっと痩せてる」

「半月前の海辺でのプロポーズ、ものすごく話題になったよね。まさか本人に会えるなんて。早く写真を撮って」

「私がいちばん長く推してるカップルなの。8年前、重体だった城戸社長を救うために高梨さんが輸血して、意識を失ったんだって。それで城戸社長は、彼女を目覚めさせるために病院へ医療機器を寄贈したり、基金を設立したりしたらしいよ」

「高梨さんが目を覚ましたときには、20億円分の商品券を配ったって聞いた。それだけじゃなくて、新しく発見された銀河の命名権まで大金で買って、『SHINO』と名づけたんでしょ。高梨さんが星を見るのが好きだからって」

「城戸社長は派手にアプローチを続けて、二人はもう8年も一緒にいるんだよね。カメラの前に出るたび、本当に幸せそうだった」

「どう見てもお似合いだもの。あの二人の間には、誰も入り込めないよね」

私は自嘲するように、苦く笑った。

何がお似合いなものか。

恭平が秘書の森下彩香(もりした あやか)と関係を持つようになった時点で、私たちはもう心の通じ合う二人ではなくなっていた。

半月前、恭平にプロポーズされ、婚姻届を出したその夜、彩香から一枚の写真が送られてきた。

写真の中で、彼女は誰かの胸に身を寄せていた。二人が親密な関係であることは一目瞭然だった。

【私と喧嘩さえしなければ、あなたと結婚して私に当てつけることもなかったのに】

そのときは意味が分からず、送り先を間違えたのだと思った。

けれど、彩香から送られてくる写真は次第に増え、そこに写る男の顔もはっきりしていった。

それは、結婚したばかりの夫だった。

【あのプロポーズは、もともと私のために用意されたものよ。あなたはそのおこぼれにあずかっただけ】

【見てなさい。彼はすぐに私のところへ戻ってくるから】

ぽたりと涙が紙の上に落ち、文字がにじんだことで、私はようやく我に返った。

名の変更届を提出すると、職員が記載内容をもう一度確認した。

「高梨詩乃から高梨星奈(たかなし せな)への変更で、お間違いありませんか?」

私はうなずいた。

星のように、誰にも頼らず、自分の光で輝く。そんな願いを込めた名前だった。

これからは過去を捨て、身を隠して生きていく。それでも必ず、自分の光を放つ人生を歩んでみせる。

その後、私は旅券窓口へ向かい、新しい名前でパスポートを申請した。

「交付は2週間後の予定です。受け取りには必ずご本人がお越しください」

私は迷わずうなずいた。

帰宅する途中、スマホを見ていると、人気俳優が女性アイドルにプロポーズしたというニュースが流れてきた。

コメント欄は祝福一色だろうと思ったが、実際には恭平と比べる声ばかりだった。

【あの人にはかなわないね】

【やっぱり詩乃ちゃんはいい人と結婚したよね。プロポーズなら城戸社長にはかなわない】

【今でも海辺を彩った盛大な花火を覚えてる。あの演出、城戸社長が2か月かけて勉強して、自分で考えたらしいよ】

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第1話
「こんにちは。名の変更届を提出したいのですが」職員は私を見るなり目を輝かせた。すぐに私が高梨詩乃だと気づいたらしい。「家庭裁判所の許可審判書はお持ちですか?」私は迷わずうなずき、用意していた書類を差し出した。「では、こちらの名の変更届に必要事項をご記入ください。届出が受理された後は、マイナンバーカードや携帯電話の契約、銀行口座、パスポートなども氏名変更の手続きが必要になります」窓口の脇で名の変更届を書いていると、周囲からひそひそと話す声が聞こえてきた。「本当に城戸社長の奥さんだ。テレビで見るよりずっと痩せてる」「半月前の海辺でのプロポーズ、ものすごく話題になったよね。まさか本人に会えるなんて。早く写真を撮って」「私がいちばん長く推してるカップルなの。8年前、重体だった城戸社長を救うために高梨さんが輸血して、意識を失ったんだって。それで城戸社長は、彼女を目覚めさせるために病院へ医療機器を寄贈したり、基金を設立したりしたらしいよ」「高梨さんが目を覚ましたときには、20億円分の商品券を配ったって聞いた。それだけじゃなくて、新しく発見された銀河の命名権まで大金で買って、『SHINO』と名づけたんでしょ。高梨さんが星を見るのが好きだからって」「城戸社長は派手にアプローチを続けて、二人はもう8年も一緒にいるんだよね。カメラの前に出るたび、本当に幸せそうだった」「どう見てもお似合いだもの。あの二人の間には、誰も入り込めないよね」私は自嘲するように、苦く笑った。何がお似合いなものか。恭平が秘書の森下彩香(もりした あやか)と関係を持つようになった時点で、私たちはもう心の通じ合う二人ではなくなっていた。半月前、恭平にプロポーズされ、婚姻届を出したその夜、彩香から一枚の写真が送られてきた。写真の中で、彼女は誰かの胸に身を寄せていた。二人が親密な関係であることは一目瞭然だった。【私と喧嘩さえしなければ、あなたと結婚して私に当てつけることもなかったのに】そのときは意味が分からず、送り先を間違えたのだと思った。けれど、彩香から送られてくる写真は次第に増え、そこに写る男の顔もはっきりしていった。それは、結婚したばかりの夫だった。【あのプロポーズは、もともと私のために用意されたものよ。あなたはそのおこぼれにあずか
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第2話
【花火だけじゃないよ。ドローンで描いた銀河に、街中の大型ビジョンを使った告白、空を埋め尽くすバラの花びら、それに最高級の10カラットダイヤモンド】【半月後の結婚式では、どんなサプライズが待ってるんだろう。今から楽しみすぎる!】けれど、心変わりした男に何を期待するというのだろう。家に帰ると、珍しく恭平がいた。私を見るなり、待ちかねていたようについてきた。「詩乃、珍しいものを手に入れたんだ」手品でもするように、彼の手のひらにルビーのペンダントが現れた。深紅の輝きは美しかったが、石の端に黒い内包物が筋のように走っているのが惜しかった。私が眉をひそめると、恭平は慌てて説明した。「詩乃、これはめったに採れない天然のルビーなんだ。この黒い筋も、石の個性を生かすために、あえて残したらしい。『どんな闇の中でも消えない、永遠の愛』を表してるんだって」彼はどこまでも優しく、まるで私しか目に入っていないように見えた。けれど、襟元についた口紅の跡だけが、ひどく目についた。私は喜んだふりをして、ペンダントを受け取った。恭平はすぐに謝り、会社で用事ができたから、もう一度出かけなければならないと言った。それでも夕食までには帰るつもりらしい。私はそっけなく「分かった」と答えた。ところが、彼が出ていってから30分もたたないうちに、秘書の彩香がSNSに別のルビーのペンダントを投稿した。美しいカットが施された上質な品で、石には黒い内包物ひとつなく、鮮やかな深紅の輝きを放っていた。そこには、こんな文章が添えられていた。【もともとは二つあったんだけど、もう一つは質がよくないからって、こっちを選んでくれたの。身につけるなら、少しでもいいものじゃないとね。今はもう、私一人の体じゃないから】頭を殴られたような衝撃を受け、しばらく何も考えられなかった。二人の間には、すでに子どもまでいたのだ。恭平にとって私は、彩香がいらないと判断したものを与えておけばいい存在だったらしい。ぼんやりしていて足首をひねった拍子に、恭平から初めて贈られたハイヒールのヒールが折れた。しばらくして、私は涙を拭い、その靴を捨てた。そして、半月後にC国へ向かう航空券を予約した。……深夜、恭平からメッセージが届いた。仕事で深刻な問題が起きたた
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第3話
「秘書が具合を悪くしたから、手を貸したんだ。急ぎの書類を取りに、俺についてきただけだから」表情こそ平静を装っていたが、後ろめたさまでは隠しきれていなかった。私は気にしていないように笑った。「私は何も言ってないでしょ。そんなに慌てなくても、ちゃんと信じてるから」二人が背後で言い争うのも構わず、私はそのまま屋敷へ入った。「恭平さん、本邸を見せてくれるって言ったじゃない」「詩乃が予定より早く来たんだ。今、お前を連れて入るわけにはいかない」恭平は運転手に命じて、彩香を送り帰した。そして自分も屋敷へ入ってきた。ところが食事が始まる頃になると、恭平の母が彩香を連れて現れた。「この子は恭平の秘書なの。もう6年も恭平のそばで働いてくれているのよ」恭平の母は誇らしげに彩香を家族へ紹介し、「そばで」と口にしたときには、わざわざ私へ視線を向けた。恭平の表情が険しくなった。「母さん、秘書を身内の食事会に同席させる必要はない。外へ出してくれ」恭平の母はたちまち腹を立てた。「秘書だから何なの?人を職業で見下すようなことを、いつ私が教えたのよ」恭平は目を険しくし、二人をにらみつけた。その声には明らかな警告が込められていた。「残るなら黙って食事をしろ。みっともないことは言うな」それを聞いた彩香は目を赤くし、今にも泣きだしそうになった。食卓では、普段は厳しい恭平の母が何度も彩香に料理を取り分け、機嫌を取っていた。私の存在など、まるで目に入っていないようだった。一方、隣に座る恭平は二人の態度を見て見ぬふりをし、私の世話ばかり焼いていた。それでも彩香が料理を褒めるたび、無意識に彼女へ目を向けていた。針のむしろに座らされているようで、何を食べても味がしなかった。席を立とうとしたとき、彩香が突然えずいた。恭平は魚料理を運んできた使用人に、すぐ離れるよう命じた。そして慣れた手つきで、彩香の背中を軽くさすった。その場にいた者たちは顔を見合わせ、面白がるような目を私へ向けた。恭平は気まずそうに手を下ろすと、私に説明した。「実は、彩香が妊娠しているのは俺の友達の子なんだ。そいつに頼まれているから、気にかけていただけだ」私は無表情のままだった。その言い訳を信じていないことは、誰の目にも明らかだっ
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第4話
「そうよ。詩乃様が恭平様の命の恩人じゃなかったら、城戸家の嫁になれたはずないもの」「でも、気の毒ではあるわよね。恭平様を助けたせいで体を悪くしたのに、今度はこんな仕打ちをされて」「あれだけの立場にいる男で、女遊びひとつしない人なんて何人いると思う?」私は自嘲するように口元をゆがめた。誰の目にも分かることだった。それなのに恭平だけは、まだ私をだませると思っている。彼にとって私は、どこまでいっても救いようのない愚か者なのだろう。私が軽く咳払いすると、話し声はぴたりとやんだ。それでも姿は見せず、そのまま車で帰宅した。途中で弁護士に連絡し、離婚協議書の作成を依頼した。恭平が帰ってきたのは、午前1時だった。手には数え切れないピンクのバラと、ダイヤモンドをちりばめたハイヒールを抱えていた。以前と変わらず、私の好みも欲しいものも覚えていた。けれど、もう嬉しいとは思えなかった。ただ後ろめたいだけなのだろう。案の定、恭平はすぐに切り出した。「詩乃、結婚式を1週間だけ延期してもいいか?」私が眉をひそめると、彼は慌てて説明した。「海外の取引先で問題が起きて、俺が現地へ行かなきゃならなくなったんだ。それがちょうど結婚式の日と重なってしまって」恭平は申し訳なさそうに私を見つめていた。私が怒りだしたら、すぐになだめるつもりなのだろう。けれど私は平静な顔で、「いいよ」と答えた。驚いた様子も見せなかった。恭平は戸惑った。「どうして、そんなにあっさり受け入れたんだ?」「じゃあ、怒って騒げばいいの?付き合い始めたとき、何でも話し合って、お互いに隠し事はしないって約束したでしょ。今だって、ちゃんと話し合って決めた結果じゃない。それに、あなたは結婚式にこだわりすぎていたし、準備期間も短かったから、スタッフたちはとっくに悲鳴を上げてたよ」「隠し事」という言葉を聞いた瞬間、恭平の目がわずかに陰った。それでも沈んだ声で、申し訳なさそうに言った。「詩乃、本当に仕事が忙しいだけなんだ。出張から戻ったら、必ずゆっくり一緒に過ごすから」私は心の中で冷笑した。好きなだけ演じていればいい。その頃には、私はもうここにはいない。まだ私の機嫌が直っていないと思ったのか、恭平はプラネタリウムへ「SHI
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第5話
恭平は、私が思いきり踊って気持ちを発散できたと思ったらしい。ほっとした顔で、私を個室へ連れ戻した。席に着いてからも、恭平は何かと私の世話を焼いた。私が浮かない顔をしていると、冗談を言うなどして、どうにか機嫌を直そうとした。そのとき、淡いピンクのマタニティドレスを着た彩香が、突然個室へ入ってきた。「皆さん、ごめんなさい。私の彼を見ませんでしたか?」恭平は表情を凍らせ、彩香を鋭くにらみつけた。周囲の者たちはあっけに取られ、何か騒ぎが起きるのを期待するように、私たち三人を見比べていた。彩香は恭平の視線など気にも留めず、勝手に話し続けた。「彼ったら本当に自由すぎるの。私が妊娠してるのに、そばで面倒も見てくれないで、ほかの女の子を連れて遊びに来るなんて!」誰かが恋人を隠しているとでもいうように、彩香は室内を見回した。やがて、その甘えたような視線が恭平に止まった。けれど恭平は、警告を込めた目で彼女をにらみ返すだけだった。私は気にも留めず、何げなく尋ねた。「あなたの彼って、街の東側で通販会社を経営している田中社長でしょ?そんなに遊び歩く人なの?」恭平の顔に緊張が走った。彼は友達たちに目配せし、彩香を外へ連れ出させようとした。ところが彩香は質問に答えず、私の隣へ腰を下ろした。そして目を赤くしながら、恋人が自分を大切にしてくれないと訴え始めた。私は不快感を隠さずに席をずらし、彼女から距離を取った。「彼に不満があるなら、別れればいいでしょ。子どものことだって、まだ妊娠初期なんだから、手術を受ければ済む話じゃない」すると彩香は逆に声を荒らげ、まるで私が悪いかのように責め立てた。「詩乃さん、どうしてそんなひどいことが言えるんですか?この子だって一つの命なんですよ!そんなに離れるなんて、私のにおいが気になるんですか?妊婦は汚いとでも思ってるんですか?」あきれて恭平を見ると、彼は複雑な表情で私を見つめていた。しばらくして、恭平は彩香を部屋の隅の席へ移らせた。その後は友達たちの前で、私と仲睦まじい夫婦を演じ始めた。心にもない芝居を見ていたくなかった私は、化粧室へ行くと言って個室を出た。バーの入口まで行くと、彩香が追いかけてきた。口を開くなり、私を恥知らずと罵り、自分たち一家の幸せを壊し
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第6話
「結婚式は予定どおり挙げよう。出張には行かない。あんな取引、どうなっても構わない。会社が大損して、違約金まで払うことになってもいい。だから、そばにいさせてくれないか?」彼の目に浮かぶ打算を見て、私は仕方なく首を横に振った。「もういいよ。会社はあなただけのものじゃないでしょ。何百人、何千人もの社員はどうなるの?」恭平は、私がそう答えると分かっていたようだった。そのまま優しい声で言い聞かせた。「出張から戻ったら、必ず盛大な式を挙げよう。これからは、詩乃が何をしたいと言っても、俺が全力で応援する」私は感動したふりをして、あくびをした。恭平はゲストルームで一緒に寝ようとしたが、早朝の飛行機に乗る支度で起こされたくないと言って、部屋から追い出した。翌朝、彼は足音を忍ばせてゲストルームへ入ってくると、私の額にキスをして別れを告げた。私は眠っているふりをして、何も気づかないままでいた。恭平が出ていったあと、時間を確認しようとスマホを開くと、SNSのアカウントに数え切れないほどのDMが届いていた。どれも、結婚を祝福する内容だった。式場の前には多くの報道陣が集まり、世界一の結婚式と呼ばれる瞬間を撮影しようと、ライブ配信の準備をしていた。朝早くから配信を待ち続け、私たちに祝福を届けようとしている人も大勢いた。私は口元をゆがめ、苦く笑った。その30分後、結婚式延期の知らせがネット上を駆け巡った。恭平が自ら発表したのだ。準備上の都合により、結婚式を1週間延期するという内容だった。大勢の人が私のコメント欄へ押しかけ、慰めの言葉を残した。半分は恭平の事情を理解してあげるように言い、残りの半分は私に同情していた。私は何も答えず、別アカウントを一つだけ残して、すべてのSNSアカウントをひっそりと削除した。その後、ネット上でどれほど大きな騒ぎになったのかも、もう気にならなかった。それからの2日間で、私は多くのことを片づけた。恭平から贈られた高価な品々を、「SHINO」の命名権も含めてすべてオークションに出した。彼が手作りした陶器のビーズ細工は、すべて叩き割った。贈られたピンクのバラは、ゴミ箱へ捨てた。結婚写真から自分の顔を切り取り、代わりに彩香の写真を貼った。彩香から送られてきた挑発的な写真や
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第7話
「詩乃!」恭平は慌てて邸宅の中を捜し回り、詩乃の名を呼び続けた。しかし、返ってくるのは自分の声の反響だけだった。邸宅中を駆け回っても、人の姿はどこにもなかった。不安と恐怖が次第に膨らんでいった。やがて、リビングのテーブルに置かれた大きな箱が目に入った。「詩乃もサプライズなんてするようになったのか」恭平はわずかに安堵し、箱を開けた。だが、表紙に記された「離婚協議書」の文字を見た途端、その場に固まった。離婚理由の欄には、性格の不一致による婚姻関係の破綻と記されていた。全身から血の気が引いていった。恭平は取り乱し、何度も詩乃に電話をかけた。しかし、聞こえてきたのは冷たい自動音声だけだった。「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、もう一度おかけ直しください」どうして使われていないんだ。詩乃、よくも俺を捨てるんだな。恭平は部下に連絡し、どれほど金がかかっても構わないから、必ず詩乃を見つけろと命じた。だが、詩乃は名前をはじめとする登録情報をすべて変更し、携帯回線まで解約していた。すぐに居場所を突き止めることはできなかった。恭平は無理やり自分を落ち着かせ、ここ最近の詩乃の様子を思い返した。城戸家の食事会に出席した頃から、どこか様子がおかしかったように思えた。そこへ、彩香から電話がかかってきた。「恭平さん、お腹が痛いの。会いに来てくれない?」恭平は、最近の彩香が何度も詩乃の前に姿を現していたことを思い出した。何かしたに違いない。10分もたたないうちに、恭平は彩香の住まいへ到着した。恭平の姿を見た彩香は、喜びを隠しきれず、口元をほころばせた。自分が選ばれたのだと思ったのだろう。「恭平さん、帰国してすぐ私に会いに来てくれたのね。詩乃さんに知られたら、嫉妬されない?」恭平は彼女のわざとらしい表情など意にも介さず、厳しい声で問い詰めた。「森下彩香、お前は詩乃にこっそり連絡していたのか?詩乃がいなくなった」彩香は胸の内に湧き上がる喜びを押し隠し、傷ついたような顔をした。「詩乃さんには近づくなって、いつも恭平さんに言われてたでしょ。逆らえるわけないじゃない。食事会とバーで会った以外、一度も会ってないわ」そう言いながら、彩香は恭平の
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第8話
「あの日、詩乃様が咳払いしたような音が聞こえたけど、もしかして……」恭平は激怒し、屋敷の使用人を全員入れ替えるとわめき散らした。使用人たちは広間に集められ、口々に無実を訴えながら泣いていた。母はため息をつき、恭平をなだめた。「使用人を入れ替えて、何になるの?詩乃はもう真実を知ったうえで、自分の道を選んだのよ。あれだけ彩香を気にかけていたのに、本当にあの子が気づかないと思っていたの?もうこうなった以上、詩乃は死んだものと思って、前を向いて暮らしたらどうなの?」気づいていたのか。詩乃はずっと、俺の芝居を黙って見ていたのか。その事実が何度も恭平の胸をえぐり、息ができないほどの痛みをもたらした。打ちひしがれたまま自宅へ戻ると、恭平は床に崩れ落ちた。そのとき、結婚写真が目に入った。詩乃の顔が切り取られ、代わりに彩香の写真が貼られていた。雷に打たれたような衝撃を受けた。恭平は誰もいない広い寝室で、独り言のようにつぶやいた。「彩香には、子どもを産ませるつもりだっただけだ。城戸家に迎えるつもりなんて、一度もなかった。俺の妻は、この先もずっと詩乃だけなんだ」目を真っ赤にし、涙を流し続けても、答える声はなかった。翌朝、詩乃が別アカウントに設定していた投稿が予約時刻に公開され、ネット上はたちまち大騒ぎになった。多くの報道陣が恭平の邸宅に押しかけ、本人から話を聞こうと待ち構えていた。だが、恭平は放心したまま家から飛び出してきた。スーツは乱れ、足元はスリッパのままで、普段の堂々とした面影はどこにもなかった。「城戸社長、秘書の森下彩香さんとは、どのようなご関係ですか?」「森下さんが社長のお子さんを妊娠しているというのは事実でしょうか?」恭平は記者たちの質問に構う余裕もなく、乱暴に押しのけると、車で警察署へ向かった。警察から連絡を受けたからだ。「通報を受けて確認したところ、海岸でスマホとハイヒールが見つかりました。スマホからは、奥さんの指紋が検出されています」……警察署でハイヒールを目にした瞬間、恭平は全身をこわばらせた。なかなか近づいて確認することができなかった。それは、詩乃が捨てたヒールの折れた靴を見たあと、恭平が自ら選んで贈ったダイヤモンドのハイヒールだった。靴から目を離せな
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第9話
恭平は胸に鋭い痛みを覚え、部下を車から降ろした。車内に置かれた見慣れた小物を眺めていると、胸の奥に鈍い痛みがじわじわと広がっていった。しばらくして、ようやく車を走らせた。行く当てもなくさまよっていたが、気づけば再び海岸へ戻っていた。心配した部下も、後ろからついてきていた。恭平は荒れ狂う海を見つめた。防犯カメラに映っていた、詩乃が海へ入った日の波と同じくらい激しかった。自分も海へ入れば、詩乃がいる場所までたどり着けるのではないか。そうだ。遺体が見つかっていないのなら、詩乃はまだ生きている。誰かに救われ、俺が見つけるのを待っているに違いない。恭平は部下に電話をかけ、近隣の病院や診療所に溺れた患者が運び込まれていないか調べるよう命じた。特に、あの日海へ出ていた漁師たちに、誰かを救助していないか確認させた。部下は、ようやく恭平が冷静さを取り戻したのだと思い、胸をなで下ろした。ところが次の瞬間、恭平は一歩ずつ海の中へ入っていった。部下は周囲に助けを求めながら駆け寄り、海水が腰まで達したところで、ようやく恭平をつかまえた。「城戸社長、早まらないでください!奥様も、社長が来るのを待っています!」恭平は力任せに部下を振り払った。「詩乃を捜しに行くだけだ。邪魔をするな!」部下は恭平の体にしがみつき、それ以上進ませまいとした。しかし、そのたびに振りほどかれ、海の中へ投げ出された。恭平は海中へ潜ると、そのまま沖へ向かって泳ぎ続けた。だが、水中では何も見えず、自分がどちらへ進んでいるのかさえ分からなかった。次に目を覚ましたとき、恭平は城戸家の本邸にある部屋で寝かされていた。母が心配そうに顔をのぞき込んだ。「目が覚めてよかった。どれだけ心配したと思ってるの」喉は炎症を起こして腫れ上がり、まともに声が出なかった。それでも息の混じった声を絞り出した。「詩乃は……見つかったのか?」「もう、あの子のことは忘れてちょうだい。詩乃のために、あなたまで死にかけたのよ!」恭平は怒りに任せ、そばに置かれていた薬とコップを床へ払い落とした。目を真っ赤にして、母をにらみつけた。母は心を鬼にして言った。「この2日間、警察も捜しているし、あなたが手配した人たちも捜し続けている。でも、何の知ら
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第10話
「恭平さん……ごめんなさい。私はただ……この子のために……詩乃さんにも……謝るから……」詩乃の名を聞いた瞬間、恭平の手が止まった。だが、すぐに先ほど以上の力で首を締めつけた。一言一言に、歯ぎしりするほどの憎しみが込められていた。「お前さえいなければ、詩乃は俺のもとを離れなかった!お前なんか死ねばいい!」それを見た母は、慌てて恭平を止めに入った。「この子を殺したら、あなたは二度と詩乃に会えなくなるのよ!」雷に打たれたように、恭平はその場で動きを止めた。やがて首から手を離し、独り言のようにつぶやいた。「詩乃は、この子がいたから俺のもとを離れたんだ。なら、子どもがいなくなれば戻ってくるのか?」恭平は凍りつくような目で彩香を見た。母は彩香をかばうように、その前へ立った。「恭平、今いちばん大切なのは会社でしょう。あなたは一人の女のために、これまで積み上げてきたものを全部捨てるつもりなの?この子が男の子を産めば、あなたにはまだ後を継ぐ機会があるのよ!」恭平は思わず笑いだした。かすれた声が、不気味に響いた。「母さん、お父さんが婚外子を後継者として認めると思うのか?ましてや、生まれてくることさえない子どもだ。俺は一生、彩香を城戸家に迎えるつもりはない!」母は完全に我慢の限界を迎えた。「あなた、どうかしてるわ!」母は彩香を連れて部屋を出ると、恭平を中に閉じ込めた。彩香はそれから数日間、城戸家の本邸でおとなしく過ごした。ネットでも現実でも、容赦ない非難を浴び続けた。昼夜を問わず投げつけられる言葉に、これまでの考えを何度も揺さぶられた。それでも、自分が間違っていたとは思わなかった。好きな人の子どもを産み、その子によりよい暮らしをさせたかっただけだ。それの何が悪いというのだろう。今や恭平は世間中から非難され、城戸家からも見放されていた。しかも、彩香とは絶対に結婚しないと言い放っている。子どもの将来を守るため、彩香はライブ配信で同情を集めることにした。配信を始めると、たちまち何千人もの視聴者が押し寄せ、罵倒するコメントを浴びせた。彩香は屈辱に耐えながらコメントを読み、できる限り謝罪し、涙ながらに窮状を訴えた。「ごめんなさい。私はただ、好きな人の子どもを産みたかっただけなんで
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