LOGIN「もう言い訳はやめて。心変わりしたなら、それでいいじゃない。あなたが私に抱いていたのは、愛情よりも恩義のほうが大きかったのよ」恭平の目に、わずかな後ろめたさが浮かんだ。それでも反論しようとしたが、言葉が見つからないようだった。彼は焦った様子で、「SHINO」シリーズのジュエリーを取り出した。まるで、それが愛の証しになるとでもいうように。「最初から最後まで、俺が愛していたのは詩乃だけだ。あれは一時の過ちだった。『SHINO』の命名権も買い戻した。君が売ったものは、全部取り戻したんだ。彩香も俺の前から追い出した。頼むから、許してくれないか?」私はため息をつき、冷たく告げた。「許したら何が変わるの?許さなかったら、今さらどうなるの?恭平、自分のしたことに酔わないで。3年前に捨てたものを、今になって欲しがるわけがないでしょ。もう3年たったの。あの頃の高梨詩乃は死んだ。今の高梨星奈は、二度と同じ過ちを繰り返さない」ジュエリーを差し出していた恭平の手が、ゆっくりと下がった。「本当に、もうあの頃には戻れないのか?それなら、命懸けで俺を救ってくれたあの気持ちは、何だったんだ?」再び私にすがろうとする恭平を見ても、もう答える気にはなれなかった。「一度愛したからといって、永遠に愛し続けるとは限らないよ」悲痛にゆがんだ顔にも構わず、私は背を向けて立ち去った。恭平はすぐに後を追ってきた。「一度愛せたなら、また愛せるだろ?」私が車で走り去ると、彼も諦めずについてきた。しかも、その速度は次第に上がっていった。焦った私は対向車に気づくのが遅れ、道路脇のガードレールへ衝突した。次に目を覚ましたとき、私は病院のベッドに横たわっていた。恭平がおぼつかない足取りで病室へ入ってきた。ひどくやつれた顔をしていて、何日も眠っていないように見えた。私が目を覚ましていることに気づくと、顔いっぱいに喜びを浮かべた。「詩乃……いや、星奈。やっと目を覚ましたんだな。ごめん。車で追いかけるべきじゃなかった」私は窓の外へ顔を向け、恭平を見ようとしなかった。「星奈、こっちを見てくれ」恭平の声は弱々しく、それでも懇願するような響きを帯びていた。突然、大きな音を立てて、彼が床へ倒れた。私は慌てて看護師を呼んだ。看護
ここ数年の履歴には、自宅と海岸を往復した記録しか残っていなかった。ふと思いつき、恭平は3年前の走行履歴を開いた。すると、詩乃が家庭裁判所や区役所へ何度も足を運んでいたことが分かった。恭平はすぐに戸籍を調べさせ、詩乃が3年前に名を変えていたことを突き止めた。翌日、C国から匿名の情報提供メールが届いた。……恭平と再会したのは、別れてから3年以上が過ぎた頃だった。彼は長旅の疲れをにじませながら、私の花屋の前に立っていた。以前はふんわりと伸ばしていた髪を短く刈り込み、全体的に落ち着いた印象へ変わっていた。けれど顔はひどくやつれ、額のしわも目立っていた。以前より6、7歳は老けて見えたが、その目だけは強い光をたたえ、まっすぐ私を見つめていた。恭平は興奮した声で私を呼んだ。「詩乃、やっと見つけた」その声には、ようやく取り戻した喜びだけでなく、後悔と罪悪感も入り交じっていた。けれど、私の心は少しも動かなかった。実のところ、私はずっと地元のニュースを確認していた。恭平が海へ飛び込み、刑務所へ入り、世界中で私を捜し回っていたことも知っていた。それでも、もう何とも思わなかった。彼と関わりたくなかった私は、知らない人のふりをして横を通り過ぎようとした。しかし恭平は前へ回り込み、私の行く手を塞いだ。「詩乃、行かないでくれ。この3年間、ずっと君を捜していたんだ。あのときは俺が悪かった。償う機会をくれないか?」私は何歩か後ろへ下がり、恭平から距離を取った。そして、現地の言葉で丁寧に、よそよそしく答えた。「すみません。人違いです」恭平の目に深い落胆が浮かび、今にも崩れ落ちそうになった。「詩乃だって分かってる。俺を知らないふりなんてしないでくれ。本当に悪かったと思ってる。この3年間、君を失った苦しみがずっと胸にのしかかって、息もできないほどつらかった。詩乃、頼むから俺を見てくれ」本当に後悔しているのかもしれない。けれど、それが私と何の関係があるというのだろう。私は近くにいた警察官に助けを求め、恭平につきまとわれていると訴えた。警察官に引き止められた恭平は、私が立ち去るのを見ていることしかできなかった。彼を避けるため、その後の数日間は花屋へ行かなかった。ところが店員によると、恭平
「安心しろ。殺しはしない。お前には生きたまま、詩乃に謝ってもらわなきゃならないからな。だが、その子どもには死んでもらう」恭平は抵抗する彩香を押さえつけ、無理やり薬を飲ませた。彼女が薬をのみ込んだことを確かめてから、ようやく手を離した。彩香は信じられないという顔で、震える声を上げた。「恭平さん……私に何を飲ませたの?」恭平はハンカチを取り出して手を拭きながら、何でもないことのように答えた。「お前が想像しているものだ。腹の子を流す薬だよ」彩香はその場で固まり、動くこともできなかった。やがて震える手で固定電話を取り、119番へかけようとした。恭平は電話を手で叩き落とした。「心配するな。流産するだけだ。お前まで死ぬことはない」彩香は恭平を押しのけ、扉へ向かった。だが突然、腹部に激しい痛みが走った。体を丸めるように床へうずくまり、全身から冷や汗が噴き出した。「恭平さん、自分の子どもなのよ!どうしてそんなことができるの!」恭平は歯を食いしばり、一語ずつ吐き捨てるように言った。「何度も言ったはずだ。この子は詩乃の子として育ててこそ、城戸家の子になる。お前は何様のつもりだ。詩乃を挑発する資格なんて、お前にはない!」彩香の顔は悲しみにゆがみ、冷や汗と涙が入り交じっていた。「私は、あなたの道具でしかなかったの?恭平さん、少しでも本気で私を愛したことはある?」恭平は冷たく言い放った。「お前に、そんな価値があるのか?」その一言が、彩香の抱いていた期待も愛情も、すべて打ち砕いた。やがて下半身に生温かいものが流れ、彩香は床に崩れ落ちた。そして突然、笑い声を上げた。「城戸恭平、望みどおりよ。子どもはもういない。でも、子どもがいなくなったところで、あなたは詩乃さんには会えない。あの人はとっくに海で死んだのよ。一生、あの人とは二度と会えない。永遠に引き裂かれたままでいればいい!」恭平は飛びかかり、彩香の口を手でふさいだ。彼女が窒息しかけたとき、母が扉を開けて入ってきた。外からは、パトカーのサイレンと救急車の音が次第に近づいていた。母は恭平を力いっぱい突き飛ばすと、すぐにライブ配信を終了させた。この一件により、城戸家は完全に恭平を見放した。恭平は傷害罪に問われ、懲役3年の判決
「恭平さん……ごめんなさい。私はただ……この子のために……詩乃さんにも……謝るから……」詩乃の名を聞いた瞬間、恭平の手が止まった。だが、すぐに先ほど以上の力で首を締めつけた。一言一言に、歯ぎしりするほどの憎しみが込められていた。「お前さえいなければ、詩乃は俺のもとを離れなかった!お前なんか死ねばいい!」それを見た母は、慌てて恭平を止めに入った。「この子を殺したら、あなたは二度と詩乃に会えなくなるのよ!」雷に打たれたように、恭平はその場で動きを止めた。やがて首から手を離し、独り言のようにつぶやいた。「詩乃は、この子がいたから俺のもとを離れたんだ。なら、子どもがいなくなれば戻ってくるのか?」恭平は凍りつくような目で彩香を見た。母は彩香をかばうように、その前へ立った。「恭平、今いちばん大切なのは会社でしょう。あなたは一人の女のために、これまで積み上げてきたものを全部捨てるつもりなの?この子が男の子を産めば、あなたにはまだ後を継ぐ機会があるのよ!」恭平は思わず笑いだした。かすれた声が、不気味に響いた。「母さん、お父さんが婚外子を後継者として認めると思うのか?ましてや、生まれてくることさえない子どもだ。俺は一生、彩香を城戸家に迎えるつもりはない!」母は完全に我慢の限界を迎えた。「あなた、どうかしてるわ!」母は彩香を連れて部屋を出ると、恭平を中に閉じ込めた。彩香はそれから数日間、城戸家の本邸でおとなしく過ごした。ネットでも現実でも、容赦ない非難を浴び続けた。昼夜を問わず投げつけられる言葉に、これまでの考えを何度も揺さぶられた。それでも、自分が間違っていたとは思わなかった。好きな人の子どもを産み、その子によりよい暮らしをさせたかっただけだ。それの何が悪いというのだろう。今や恭平は世間中から非難され、城戸家からも見放されていた。しかも、彩香とは絶対に結婚しないと言い放っている。子どもの将来を守るため、彩香はライブ配信で同情を集めることにした。配信を始めると、たちまち何千人もの視聴者が押し寄せ、罵倒するコメントを浴びせた。彩香は屈辱に耐えながらコメントを読み、できる限り謝罪し、涙ながらに窮状を訴えた。「ごめんなさい。私はただ、好きな人の子どもを産みたかっただけなんで
恭平は胸に鋭い痛みを覚え、部下を車から降ろした。車内に置かれた見慣れた小物を眺めていると、胸の奥に鈍い痛みがじわじわと広がっていった。しばらくして、ようやく車を走らせた。行く当てもなくさまよっていたが、気づけば再び海岸へ戻っていた。心配した部下も、後ろからついてきていた。恭平は荒れ狂う海を見つめた。防犯カメラに映っていた、詩乃が海へ入った日の波と同じくらい激しかった。自分も海へ入れば、詩乃がいる場所までたどり着けるのではないか。そうだ。遺体が見つかっていないのなら、詩乃はまだ生きている。誰かに救われ、俺が見つけるのを待っているに違いない。恭平は部下に電話をかけ、近隣の病院や診療所に溺れた患者が運び込まれていないか調べるよう命じた。特に、あの日海へ出ていた漁師たちに、誰かを救助していないか確認させた。部下は、ようやく恭平が冷静さを取り戻したのだと思い、胸をなで下ろした。ところが次の瞬間、恭平は一歩ずつ海の中へ入っていった。部下は周囲に助けを求めながら駆け寄り、海水が腰まで達したところで、ようやく恭平をつかまえた。「城戸社長、早まらないでください!奥様も、社長が来るのを待っています!」恭平は力任せに部下を振り払った。「詩乃を捜しに行くだけだ。邪魔をするな!」部下は恭平の体にしがみつき、それ以上進ませまいとした。しかし、そのたびに振りほどかれ、海の中へ投げ出された。恭平は海中へ潜ると、そのまま沖へ向かって泳ぎ続けた。だが、水中では何も見えず、自分がどちらへ進んでいるのかさえ分からなかった。次に目を覚ましたとき、恭平は城戸家の本邸にある部屋で寝かされていた。母が心配そうに顔をのぞき込んだ。「目が覚めてよかった。どれだけ心配したと思ってるの」喉は炎症を起こして腫れ上がり、まともに声が出なかった。それでも息の混じった声を絞り出した。「詩乃は……見つかったのか?」「もう、あの子のことは忘れてちょうだい。詩乃のために、あなたまで死にかけたのよ!」恭平は怒りに任せ、そばに置かれていた薬とコップを床へ払い落とした。目を真っ赤にして、母をにらみつけた。母は心を鬼にして言った。「この2日間、警察も捜しているし、あなたが手配した人たちも捜し続けている。でも、何の知ら
「あの日、詩乃様が咳払いしたような音が聞こえたけど、もしかして……」恭平は激怒し、屋敷の使用人を全員入れ替えるとわめき散らした。使用人たちは広間に集められ、口々に無実を訴えながら泣いていた。母はため息をつき、恭平をなだめた。「使用人を入れ替えて、何になるの?詩乃はもう真実を知ったうえで、自分の道を選んだのよ。あれだけ彩香を気にかけていたのに、本当にあの子が気づかないと思っていたの?もうこうなった以上、詩乃は死んだものと思って、前を向いて暮らしたらどうなの?」気づいていたのか。詩乃はずっと、俺の芝居を黙って見ていたのか。その事実が何度も恭平の胸をえぐり、息ができないほどの痛みをもたらした。打ちひしがれたまま自宅へ戻ると、恭平は床に崩れ落ちた。そのとき、結婚写真が目に入った。詩乃の顔が切り取られ、代わりに彩香の写真が貼られていた。雷に打たれたような衝撃を受けた。恭平は誰もいない広い寝室で、独り言のようにつぶやいた。「彩香には、子どもを産ませるつもりだっただけだ。城戸家に迎えるつもりなんて、一度もなかった。俺の妻は、この先もずっと詩乃だけなんだ」目を真っ赤にし、涙を流し続けても、答える声はなかった。翌朝、詩乃が別アカウントに設定していた投稿が予約時刻に公開され、ネット上はたちまち大騒ぎになった。多くの報道陣が恭平の邸宅に押しかけ、本人から話を聞こうと待ち構えていた。だが、恭平は放心したまま家から飛び出してきた。スーツは乱れ、足元はスリッパのままで、普段の堂々とした面影はどこにもなかった。「城戸社長、秘書の森下彩香さんとは、どのようなご関係ですか?」「森下さんが社長のお子さんを妊娠しているというのは事実でしょうか?」恭平は記者たちの質問に構う余裕もなく、乱暴に押しのけると、車で警察署へ向かった。警察から連絡を受けたからだ。「通報を受けて確認したところ、海岸でスマホとハイヒールが見つかりました。スマホからは、奥さんの指紋が検出されています」……警察署でハイヒールを目にした瞬間、恭平は全身をこわばらせた。なかなか近づいて確認することができなかった。それは、詩乃が捨てたヒールの折れた靴を見たあと、恭平が自ら選んで贈ったダイヤモンドのハイヒールだった。靴から目を離せな