Todos los capítulos de 秘密婚はご免!堂々と愛する先輩こそ本命: Capítulo 11 - Capítulo 20

22 Capítulos

第11話

3日後の朝、恭弥は気だるさの中で目を覚ました。全身に赤い痕を散らした千春が、力なく胸元に寄り添い流し目を向けてくる。その体を無造作に押し退け、枕元のスマートフォンを手に取った。画面には通知が1件も届いていない。呼吸がわずかに荒くなる。3日も放置したというのに、麻奈美は謝罪もせず、機嫌取りの連絡すら寄越してこない。初めて自分からメッセージを送ってみたものの、いくら待っても既読はつかなかった。信じられなかった。いつも素直で聞き分けの良かった麻奈美が、自分を拒絶し、連絡先を削除したというのか。深く息を吸い込み、苛立ちを押し殺して秘書に電話をかける。「麻奈美がもう退院したか、すぐに確認しろ」千春と揉み合ってプールに落ちた際、頭を強打していたのを思い出した。間もなく秘書から折り返しの報告が入った。「社長、奥様は3日前にすでに退院されています」ここ数日間の不可解な態度が脳裏をよぎり、胸の奥で不吉な予感が膨れ上がる。起き上がろうとすると、背中に千春の白い腕がすがりついてきた。「ねえ、もうちょっと一緒にいてくれない?」恭弥はその腕を冷淡に振り払う。「お前とはただの遊びだ。妙な勘違いはするな」それだけ言い捨て、振り返りもせず部屋を後にした。千春は去っていく恭弥の背中を睨みつけ、忌々しそうに唇を噛んだ。麻奈美が去ったあの日、すでにその事実は把握していた。だが、これだけの出来事が重なってもなお、恭弥が麻奈美に未練を残しているとは計算外だった。スマートフォンを耳に当て、冷ややかに告げる。「今夜、うちに来て」子供を作ってでも、恭弥の心を繋ぎ止めてみせる。*一方、恭弥は変わりかけの信号をいくつもすり抜けながら車を飛ばし、自宅へと滑り込んだ。勢いよく玄関の扉を開け放つ。「麻奈美、帰って……」だが、広々とした屋敷の中には静寂だけが横たわっていた。部屋を彩っていた温もりある小物は1つ残らず消え去り、もぬけの殻となっている。即座にスマートフォンを取り出し、秘書へ指示を飛ばした。「麻奈美の足取りを洗え。今どこにいる!」当てつけに家出しただけで、数日もすれば頭を冷やすはずだ。そのときに宥めてやれば元通りになる――そう自分に言い聞かせる。ふと思い立ち、言葉を継いだ。
Leer más

第12話

間もなく、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。秘書からの連絡だった。「奥様が出国されたことを確認いたしました。ですが、その後の具体的な足取りはすべて抹消されています」「何だと……!?」信じられなかった。麻奈美はそれほどまでに深く傷つき、去ってしまったのか。何としてでも連れ戻さなければならない。秘書に捜索の継続を命じると、無言で煙草に火をつけた。かつては煙草を取り出すだけで、麻奈美が頬を膨らませて奪い取り、代わりにフルーツキャンディを口元へ押し込んできたものだ。だが今、止めてくれる者はもう誰もいない。深く煙を吸い込み、ポケットから取り出した中絶の記録を見つめていると、止めどなく涙が溢れ出た。「麻奈美、俺が悪かった……戻ってきてくれ、頼むから」記憶を頼りに、麻奈美が飾っていた小物や置物をすべて買い集めた。結婚写真を再び現像して額装し、元の壁へと掛け直す。かつては退屈にさえ思えた穏やかな日常こそが、ずっと求めていたものだった。周囲の打算や冷淡さを見飽きていた恭弥にとって、何の計算もなく、見返りも求めずに寄り添ってくれたのは麻奈美だけだった。麻奈美が使っていた枕を抱きしめると、その下から1枚のカードが滑り落ちた。添えられていたメモには、淡々とした文字が並んでいる。【この3年間、あなたのお金は1円も使っていません。いただいたプレゼントはすべてクローゼットに残してあります。このカードのお金は、これまでの宿泊費として納めてください。これからはお互いに何の借りもありませんし、二度と会うこともありません】顔から一気に血の気が引いた。麻奈美は完全に自分を切り捨てるつもりなのだ。深夜、恭弥はベランダで1人、何本もの酒を呷りながら独り言を繰り返した。「会いたい……麻奈美、許してくれ」口をついて出るのは、後悔の言葉ばかりだった。残された枕をきつく抱きしめ、わずかに残る香りを貪るように吸い込む。どれほど取り返しのつかない過ちを犯したのか、今になって痛烈に思い知らされていた。*翌朝、けたたましい着信音に叩き起こされた。二日酔いで痛む頭を押さえ、恭弥は慌てて画面を確認する。麻奈美からの連絡を見落とすまいと、一瞬たりとも気が抜けなかった。しかし、表示されていたのは秘書の番号だった。
Leer más

第13話

恭弥はその場に立ち尽くした。麻奈美が川辺家の長女だったとは。2人の瞳がこれほど似ていた理由に、ようやく合点がいった。いや、違う。麻奈美の眼差しはどこまでも澄み切っていたが、千春の瞳には常に計算が渦巻いていた。母親の命までもが、千春の手によって奪われていた。上流階級のドロドロとした争いなど見慣れていたが、麻奈美を傷つけられたことだけは決して許せなかった。激しい怒りを抑えきれず、屋敷の扉を蹴り開ける。衝撃で千春の手からスマートフォンが滑り落ちた。姿を現したのが恭弥だと気づくと、千春は瞬時に満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。「恭弥さん、来てくれたのね」しがみつく腕を嫌悪感も露わに振り払い、千春の首元を締め上げた。「お前、麻奈美にまだ他に何をした」瞳に一瞬だけ動揺が走ったものの、千春はすぐに平静を取り繕う。「何のことかしら……苦しいから、手を放して」緩めるどころか指先に力を込め、恭弥は奥歯を噛み締めた。「吐かないなら、自力で徹底的に洗い出すまでだ」千春の体を容赦なく床へ叩きつける。恭弥の冷酷さを知り尽くしている千春は、青ざめて足にしがみつき、泣き落としにかかった。「私が悪かったわ。でも、昔助けてあげた恩があるでしょう?見逃して……今すぐ出国して、二度と2人の前に現れないから」口元に冷たい嘲笑が浮かぶ。「まだ騙せると思っているのか?あのとき俺を救ってくれたのは、麻奈美だ。その恩を騙り、これまでどれだけ俺を利用してきたんだ」千春の心臓が激しく跳ね上がった。嘘が暴かれた。あの日、溺れて救助を求める恭弥を見たとき、千春が真っ先にとった行動は逃げ出すことだった。だが振り返ると、地味な身なりの麻奈美が必死に海へ駆け寄る姿が目に入った。悔しさから後を追うと、麻奈美が水に飛び込んで恭弥を浜辺へ引き上げ、そのまま立ち去るのを目撃した。千春はその場に残り、恭弥の意識が戻るのを待った。目覚めた恭弥から命の恩人かと問われた瞬間、千載一遇の好機だと確信した。麻奈美と瓜二つの瞳を武器に、恩人になりすました。以降、村瀬家の後ろ盾を得た父の会社は急成長を遂げ、自身の芸能界での地位も瞬く間に頂点へと上り詰めた。幾度となく恭弥を誘惑したが、心がなびくことはない。そこで暴漢に襲われた
Leer más

第14話

飛行機が滑走路に降り立ち、ロビーへ向かうと、恩師と先輩が到着を待ちわびていた。幸人は以前と変わらず背筋をすっと伸ばし、端正な顔立ちには大人の落ち着きが備わっている。「菅野さん」「多賀先輩!」幸人が足早に駆け寄り、手からスーツケースを受け取った。京志郎は目頭を潤ませ、柔らかな笑みを浮かべて見つめてくる。「3年ぶりだな。少し痩せたようだが……みんな君の帰りを待っていたよ」麻奈美も喉の奥が熱くなった。京志郎は学生の頃から、まるで実の孫娘のように可愛がってくれた恩師だ。当時の苦しい家庭環境を知ると、あらゆる奨学金の手続きに奔走し、研究チームに引き入れて栄誉ある賞をいくつも獲らせてくれた。それなのに、かつての自分は恭弥への想いに囚われるあまり、恩師からの誘いを断ってしまった。「谷岡先生、本当に申し訳ありませんでした。ご期待を裏切ってしまって……」「君は真っ直ぐな子だ。自分の信じる道を追いかけただけだろう。責めたりするものか。運命は自分の手で切り拓くものだよ。こうして戻ってきてくれただけで、みんな大喜びさ」幸人もまた、眩しそうに見つめていた。この瞬間を、3年もの間ずっと待ち焦がれていた。だが、痛々しいほど細くなった体と、額に残る生々しい傷跡を目にした瞬間、その瞳に痛ましげな色がよぎる。ここへ来る前に向こうで何があったのかは、すべて調べ上げていた。恭弥という男の愚行も、すべて把握している。二度と、あんな男に傷つけさせたりはしない。幸人は麻奈美を一流の医療機関へ連れていき、療養の手配を整えてくれた。至れり尽くせりの待遇に恐縮していると、優しく微笑みかけてくる。「ここは自分の家だと思って、肩の力を抜いていいんだよ。ずいぶん体が弱っているみたいだし、まずはしっかり静養しよう。研究のほうは焦らなくていいからさ」目頭がじわりと熱くなる麻奈美。久しぶりに触れる本物の温もりに、胸の奥に押し込めていたこれまでの痛みが溢れ出しそうになった。幸人は何も言わず、そっとティッシュを差し出す。その眼差しは、どこまでも優しく温かかった。「今まで、ずっと辛かったね。こっちに来たからには、俺たち全員が君の家族だよ」麻奈美は小さく頷いた。新しい環境で、すべてを一からやり直そうと心に誓う。手厚い治療と
Leer más

第15話

数日後の朝、いつものように研究室へ向かうと、見覚えのある人影が視界に飛び込んできた。恭弥の姿だった。無精髭を伸ばし、髪は乱れ、かつて誰もが羨んだ御曹司の面影は微塵もない。見る影もなくやつれ果てていた。麻奈美は小さくため息をこぼす。とうとう突き止められてしまった。彼女の姿を認めるなり、恭弥の顔に歓喜と痛ましさが入り混じる。「やっと見つけた……すまなかった、俺が悪かったよ。許してくれないか?」声は次第に小さくなり、消え入りそうな掠れ声に変わる。「どんな罰でも受ける。俺と一緒に戻ってきてくれるなら、何だってするから」もう一度息を吐き出すと、麻奈美は静かに首を横に振った。「無理よ」呆然と立ち尽くし、信じられない思いで見開いた目を向けてくる。「まだ俺を愛してくれてるだろ?そんな意地を張るなよ」麻奈美の口元に、冷え切った笑みが浮かんだ。「あなたが裏切っていたと知った瞬間に、愛想なんて尽きたわ。許すつもりも一切ない」恭弥の顔から一気に血の気が引いた。必死に言葉を重ねる。「あのときは、千春を命の恩人だと思い込んでいたから言いなりになっていただけなんだ。お前が出て行ってから、ようやくすべてを知った。あの砂浜で俺を助けてくれたのは、お前だったんだろ。お前こそが、俺の本当の恩人だったんだ。俺たちはあの日から運命で結ばれていたんだよ。間違っていたのは認める。だから頼む、やり直すチャンスをくれ」麻奈美は怪訝そうに眉を寄せた。「命の恩人……何の話?」恭弥が事の顛末を一気に語り終えると、麻奈美はただ薄く微笑んだだけだった。「昔のことなんて、とっくに忘れてしまったわ。私があなたを助けて、あなたが母を助けてくれたのなら、もうお互い様でしょう。これで帳消しよ。二度と私の前に現れないで」その徹底した拒絶に、恭弥の胸の奥で焦燥と後悔が渦を巻く。思わず1歩踏み出し、彼女の手首を掴もうと腕を伸ばしたが、あっさりと身を躱された。「傷つけたのは分かってる。でも千春には相応の報いを受けさせたし、縁も完全に切ったんだ。誓うよ、これからは絶対に誰にもお前を傷つけさせない」かつて最も身近だったはずの、今では見知らぬ男を冷淡に見つめる。胸の奥には波風ひとつ立たない。「千春のために私を傷つけた時点で、あなたへの気持
Leer más

第16話

研究室の扉の前で丸1日張り込み続け、恭弥は飢えと疲労で限界に達していた。だが麻奈美は視線ひとつ向けることなく、深夜になってようやく2、3人の同僚と談笑しながら姿を現す。今の麻奈美は血色も良く、目元には明るい笑みが浮かんでいた。生き生きとした表情を目にした瞬間、まるで新婚当初に戻ったかのような錯覚に囚われる。あの頃の麻奈美も、こんなふうに輝いていた。それなのに、自分が裏切り、悲しみの底へ突き落としてやつれさせてしまった。恭弥は自分の頬を力任せに張り飛ばした。外は小雨が降り始めていた。幸人が麻奈美へ優しく傘を差し掛け、2人の間には親密な空気が漂っている。固く拳を握り締めた。かつて麻奈美の隣に立っていたのは、自分だったはずだ。「麻奈美……」思わず駆け寄ろうとした足が、無様に縺れる。1日中飲まず食わずで奔走し続けた体は、とっくに限界を超えていた。だが麻奈美は、一度も振り返ることはない。急速に力が抜け、視界が暗転してその場に崩れ落ちた。*目を覚ますと、そこは病室のベッドの上だった。傍らで秘書が焦燥を露わにして控えている。「社長、ご実家と本社の双方で深刻な事態が発生しております。大旦那様が、至急帰国するよう仰せです」研究機関の機密性は極めて高く、この場所を突き止めるだけでも莫大な代償を払っていた。一度ここを離れれば、次に居場所を掴むのは至難の業だ。麻奈美の許しを得ていない今、このまま引き下がるわけにはいかない。今ここを去れば、永遠に失ってしまうのではないか――得体の知れない不安が胸を締めつける。丸1日葛藤した末、父の圧力に抗えず、帰国の途につくことを選んだ。夜を徹して本邸へと戻った恭弥を待ち受けていたのは、怒りで顔を真っ赤にした父・村瀬斎造(むらせ さいぞう)の姿だった。「お前は……何をしでかしたのか分かっているのか!麻奈美のような素晴らしい娘を嫁に迎えたとき、これからは心を入れ替えて大切にしろとあれほど言ったはずだ。それを……子供まで堕ろさせるような真似をしおって!」表情が苦痛に歪む恭弥。心底から悔やんでいた。麻奈美には取り返しのつかないことをした。斎造はやるせない怒りをぶつけるように声を荒らげる。「会社も放り出したきりだ。それに、多賀家に一体どんな恨み
Leer más

第17話

事態が呑み込めないまま、恭弥は全速力で本邸へと車を走らせた。出迎えた斎造の傍らにいる千春の姿を認めた瞬間、すべてを察する。またこの女の仕業か。恭弥は苦々しげに眉をひそめた。とうに国外へ追いやったはずなのに、なぜまだここにいるのか。1か月見ないうちに、千春は骨と皮ばかりに痩せこけていた。かつての艶やかな面影はなく、顔色は土気色で、あちこちに痛々しい青あざが残っている。視線は定まらず、まともな精神状態を保てていないようにも見えた。彼女は両手でお腹を強く押さえ、うわ言のように繰り返す。「子供よ……私と恭弥さんの子供よ」斎造が息子を鋭く睨みつけた。「人をここまで痛めつけておいて、今度は身籠ったと私の前に乗り込んできたぞ。自分の始末は自分でつけろ」吐き捨てるように言い残し、憤然とその場を立ち去った。ここ最近の不始末に怒り心頭の斎造は、すでに後継者の交代を本気で検討し始めている。巨大なムラゼテクニックにおいて、トップの座を虎視眈々と狙う親族はごまんといた。かつては手腕を高く評価し、安心して会社を託すつもりでいた斎造だったが、色恋沙汰の収拾すらつけられない息子に、今や完全に愛想を尽かしていた。恭弥は床に座り込む千春を冷淡に見下ろす。ここまでしぶとい女だとは思わなかった。「……なぜここにいる」その声に反応して瞳に光が戻り、千春は徐々に正気を取り戻していく。泣きながら胸元へ縋り付こうとしてきたが、恭弥は無造作に身をかわした。避けられた千春は無様に床へと突っ伏し、裂けんばかりの悲鳴を上げて泣きじゃくる。「お腹にあなたの子がいるの!麻奈美には産めないけど、私なら産んであげられるわ」乱れた髪を振り乱し、顔を歪めて喚く姿は、まるで鬼のような形相だった。嫌悪感を露わに視線を背け、恭弥は冷たく言い放つ。「誰の子かも怪しいが、仮に俺の子だったとしても産ませる気はない。麻奈美以外の女に、俺の子を産ませるつもりはないからな」絶望に目を見開く千春を一瞥もせず、控えていた部下へ指示を下した。「病院へ連れて行き、中絶同意書にサインさせろ。手術が終わるまで目を離さず監視し、終わったら元の場所へ叩き出せ。二度と俺の視界に入れるな」麻奈美との間に、これ以上の火種を残すわけにはいかなかった。千春は恭弥
Leer más

第18話

麻奈美が研究室に来てから、いつの間にか2か月が過ぎていた。昼間は幸人と共に研究に励み、夕方になると2人で芝生に寝転がって夕日を眺めながら語り合うのが日課になっている。落ち着きを取り戻した表情には、かつての穏やかな輝きが戻りつつあった。芝生に身を預けたまま、麻奈美はそっと呟く。「先輩、いつもありがとう」幸人は優しく微笑み返した。「これからは幸人って呼んでよ。俺たちの仲で遠慮なんて要らないからさ」麻奈美の口元に、自然と笑みがこぼれた。「大学1年生の頃、キャンパスに入ったばかりのときも、こうして芝生で寝転がって本を読んでいたのを覚えてるわ」当時の光景を思い出し、幸人も口元を緩めた。麻奈美は知る由もないが、幸人はあの瞬間に一目惚れしていた。木陰で本を広げていたとき、ふいに差し込む光が遮られた。顔を上げた幸人は、そのまま息を呑んだ。逆光を浴びる女性の髪に柔らかな夕暮れの光が透け、穏やかな笑みを浮かべながら問いかけてきた。「先輩、谷岡先生の研究室にはどう行けばいいかご存じですか?」一瞬で見惚れ、心臓の鼓動が跳ね上がったのを今でも鮮明に覚えている。その日のうちに家族の反対を押し切って専攻を変え、京志郎の門を叩いた。正式に研究室の先輩という立場を手に入れ、堂々と隣で研究を共にできるようになった。だが、これほど眩しい存在に自分など釣り合わないと思い込み、最後の一歩を踏み出せないまま過ごしてしまった。その躊躇いが、2人をこれほど長い年月のあいだすれ違わせることになるとも知らずに。それでも幸いなことに、麻奈美は再び目の前に戻ってきてくれた。今度こそ、二度と引く気はなかった。「そうだな。あのとき君が現れた瞬間、キャンパス中の視線を独り占めしていたよ」からかうように言われ、麻奈美はふいに頬を赤らめる。幸人はその横顔をただ優しく見つめた。懐かしい思い出を語り合ううちに、気づけばすっかり日が暮れていた。そのとき、麻奈美のお腹が小さく鳴る。幸人は手を差し伸べ、楽しげに笑いかけた。「お腹が空いたね。家で夕飯を作るから、実験台として俺の手料理を味見しに来ないか?」麻奈美は楽しそうに頷いた。「喜んで」幸人の家には1匹のキジトラ猫がいた。玄関の扉を開けるなり麻奈美の足元に駆け寄って頭
Leer más

第19話

麻奈美の肩に優しく手を添えてソファへ座らせると、幸人は楽しげに目を細めた。「ミナと遊んで待ってて。夕飯を作るからさ」申し訳なさに麻奈美が手伝おうと身を起こしかけると、幸人に膝の上へミナを乗せられた。ずっしりとした重みで、すっかり身動きが取れなくなってしまう。「気にしなくていいよ。俺たちの仲で遠慮なんて要らないから。今日は腕によりをかけるから、楽しみにしていて」麻奈美はミナを抱きかかえ、毛並みを撫でながらおやつを口元へ運んだ。ミナは満足そうに目を細め、喉をごろごろと鳴らす。たっぷりと可愛がられてきたせいか、ずいぶんと体が丸みを帯びており、抱き上げるだけでもなかなかの重労働だった。やがてキッチンから、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。運ばれてきた皿には、豚の生姜焼きと出汁巻き卵が綺麗に盛り付けられていた。食卓には味噌汁ときんぴらごぼうも並び、彩りも豊かだ。思わず麻奈美はごくりと喉を鳴らした。村瀬家で暮らしていた頃は高級なコース料理ばかりで、どうしても馴染むことができなかった。やはり、こうした温かみのある家庭料理のほうがずっと口に合う。「さあ食べよう。お腹が空いただろ」幸人が優しく微笑みかける。麻奈美は目を見張り、感嘆の声を漏らした。「すごい……料理がこんなに上手だったなんて知らなかったわ」「大学2年のときに一緒に食事へ行ったろ。あのとき君が頼んだメニューだよ。好みの味なら、今でも全部覚えてるからさ」彼女のためにどれほど料理の腕を磨いたかまでは、幸人は口にしなかった。麻奈美は照れくさそうに視線を落とし、白米を口に運ぶ。この日、麻奈美はご飯を3杯もおかわりし、並んだ料理をすべて綺麗に食べてしまった。満腹になったお腹をさすりながら、ソファで幸せそうに息をつく。これほど心ゆくまで食事を楽しんだのは、いつ以来だろうか。幸人の慈しむような視線に気づき、麻奈美の頬が微かに熱を帯びた。*食後、幸人は住まいまで送り届けてくれた。夜風を感じながら並んで歩いていると、1台の車が2人をかすめるように猛スピードで駆け抜けていく。危険を察知した幸人が、咄嗟に麻奈美の体を抱き寄せてくれた。麻奈美は驚きのあまり、引き寄せられた幸人の胸の中で呆然と立ち尽くす。鼻先をくすぐる爽やかな香り
Leer más

第20話

いつものように、幸人と一緒にサイクリングに出かけようと家を出た麻奈美は、2人の招かれざる客に遭遇した。恭弥と千春だった。麻奈美は思わず深いため息をつく。恭弥は身なりを整え、かつて麻奈美が一番似合っていると褒めたスーツに身を包み、腕にはジュリエットローズの花束を抱えていた。だが、麻奈美はその姿を前にしても心には波風ひとつ立たず、愛の欠片すら残っていない。対照的に、粗末な服をまとって青ざめ、やつれ果てた千春は無惨なほど惨めだった。麻奈美は眉根を寄せ、冷淡に言い放つ。「どうしてここにいるの?もう二度と会わないと言ったはずよ」本当に2人とは顔を合わせたくなかった。せっかく掴み取った新しい生活を、これ以上壊されたくはなかった。麻奈美の冷たく煩わしそうな眼差しに、恭弥の胸がきしむ。彼は花束を差し出し、かつての優しい声音を取り繕って語りかけてきた。「もう怒りは解けただろ?本当に会いたかったんだ。悪かったよ、もう一度だけやり直すチャンスをくれ」だが麻奈美は花束に触れようともせず、手元の腕時計に視線を落とす。「花は自分で持って帰って。予定があるから先に行くわ。もう二度と来ないで。許すつもりはないから」恭弥が必死に機嫌を取る姿を見つめ、千春の胸に激しい嫉妬が渦巻く。麻奈美は今も変わらず眩しく美しいのに、自分は全身傷だらけで、唯一の拠り所だった子供すら失ってしまった。千春は麻奈美へ、怨嗟に満ちた目を向ける。立ち去ろうとする麻奈美の背中を見送り、恭弥は千春を激しく睨みつけた。千春は胸中の恨みを押し隠し、2歩前へ進み出ると麻奈美の足元に膝をつく。そして泣き叫びながら、自らの頬を力任せに張り飛ばした。「お姉ちゃん、お姉ちゃんとお母さんを傷つけて本当にごめんなさい……もう十分に罰は受けたわ、お願いだから許して。気が済むまで殴っても罵ってもいいから。これからは二度と生活を邪魔しない。お願い、見逃して……!」麻奈美は数歩後ずさりした。千春が報いを受けたとはいえ、許す気など微塵も起きない。母を殺された。それでも麻奈美にできるのは、自ら復讐の手を下さないことくらいだった。いずれ法によって裁かれる時が来ると分かっていたからだ。麻奈美は踵を返して歩き出す。その冷ややかな態度に、恭弥も苛立ちを隠
Leer más
ANTERIOR
123
ESCANEA EL CÓDIGO PARA LEER EN LA APP
DMCA.com Protection Status