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秘密婚はご免!堂々と愛する先輩こそ本命

秘密婚はご免!堂々と愛する先輩こそ本命

Por:  匿名Completado
Idioma: Japanese
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病室の中、川辺千春(かわべ ちはる)が甘えるように村瀬恭弥(むらせ きょうや)の胸へ身を寄せていた。 恭弥はひと匙ずつ、愛おしそうに彼女の口元へお雑炊を運んでいる。 「恭弥さん、あんまり激しくするから……血が出ちゃったじゃない」 甘えるような千春の言葉に、恭弥は優しく応じた。 「つい夢中になっちゃってさ。次は気をつけるから、いい子にして」 病室の外では、菅野麻奈美(かんの まなみ)が検査結果の用紙をぎゅっと握りしめて立ち尽くしていた。 胸が張り裂けそうに締めつけられ、息をすることすら苦しい。 用紙には「妊娠2か月、胎児の発育は順調」と記されている。 病室にいるのは、紛れもなく夫の恭弥だった。 かつて一生愛し続けると誓ってくれた男だ。 10日前、残業が続くと告げて家に戻らなかったのは、こうして別の女と密会を重ねていたからだった。

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Capítulo 1

第1話

麻奈美は自分と瓜二つの千春の瞳を見つめながら、脳裏に過去の記憶が蘇る。

恭弥の家に初めて連れてこられた夜、ひどく緊張していた。

恭弥は優しい眼差しで自分の顔に黒い薄布を被せ、澄んだ瞳だけを覗かせた。

何度も熱い口づけを落とされ、すっかり身を委ねてしまったあの夜。

翌日、恭弥はまっすぐ見つめて問いかけてきた。

「俺と、秘密で結婚してくれる?」

麻奈美は小さく頷いた。

挙式はなく、ただ婚姻届を提出しただけ。

指輪が1つと、親しい知人2、3人からの祝福があるだけの慎ましい結婚だった。

それからの3年間、毎日のように愛し合って慈しまれた。

だが、千春が帰国したあの日――

恭弥はひどく酒に酔い、貪るように求めてきた。

事を終えた後、男は自分の首筋に顔を埋め、掠れた声で呟いた。

「……あのとき去っていったくせに、どうして今さら戻ってきたんだ?」

そのときになって、ようやく悟った。

恭弥は自分を見ていたのではなく、別の女を重ねていただけだったのだと。

自分はただ、千春の身代わりに過ぎなかった。

急に何もかもが虚しくなり、どっと疲労が押し寄せる。

3年の結婚生活も、もう潮時だった。

病室の外に立つ麻奈美に気づいた千春は、挑発的な笑みを浮かべ、恭弥の胸元へ甘えるように飛び込んだ。

「ねえ、結婚したって聞いたけど……私のこと、もう要らなくなっちゃったの?」

恭弥は愛おしそうに頭を撫で、優しく微笑む。

「そんなわけないだろ。俺が一番愛してるのはお前だけだ」

千春は勝ち誇ったように麻奈美を一瞥し、拗ねた声を上げた。

「でも昨日、避妊してくれなかったじゃない。妊娠したらどうするの?私、子供なんて産みたくないよ。体型が崩れちゃうもん」

「お前にそんな苦労はさせないさ。麻奈美が跡継ぎを産んだらすぐに離婚して、親権は俺が引き取る。そうすれば、お前がその子を育てて、ママって呼ばせられるよ」

頭を殴られたような衝撃が走る。溢れ出る涙を、もう止めることができなかった。

心から喜び、待ち望んでいた我が子の誕生。それなのに恭弥は、この子を奪い、千春に育てさせようとしている。

「じゃあ、あの人とはいつ離婚してくれるの?」

千春の問いに、恭弥は少し間を置いて答えた。

「もう少し先だな。今はお父さんが孫の誕生を心待ちにしてるから……」

その言葉が無慈悲に胸へ突き刺さる。

これ以上は耐えられず、麻奈美はふらつく足取りでその場を後にした。

恭弥は、一度たりとも自分を愛してなどいなかった。

都合のいい道具として見られていただけだ。

感情も、尊厳も、お腹に宿る我が子さえも、すべては千春を喜ばせるための駒に過ぎない。

あてもなく歩いていると、わずかに開いた診察室から医師たちの話し声が漏れ聞こえてきた。

「さっきの病室、人気女優の川辺千春だよな?付き添ってるのはムラゼテクニックの村瀬社長だろ。絵に描いたような美男美女だよな」

「病名は……黄体破裂による大出血か。ずいぶん激しかったみたいだな」

「相当アツアツらしいぞ。看護師の話じゃ、先日川辺さんが帰国したときも、村瀬社長が999本のバラを用意して迎えに行ったらしい」

頭を強く殴られたような衝撃に襲われ、麻奈美はその場に立ち尽くした。

どれほどの時間が流れただろうか。涙を拭い、産婦人科の診察室へと向かった。

「先生、中絶手術をお願いします。この子を産むわけにはいかないんです」

掠れた声は、わずかに震えていた。

医師は困惑と気遣いを滲ませ、眉をひそめる。

「菅野さん、胎児の発育は極めて順調ですよ。中絶は母体への負担も大きいですし、原則として配偶者の同意も必要ですが……」

自嘲の笑みが口元に浮かんだ。

ただの産む道具に成り下がることも、子供が身勝手な欲望の犠牲になることも、絶対に耐えられない。

「もう決めました。夫とは現在、離婚の手続きを進めています。婚姻関係の破綻に関する誓約書にはサインしますし、責任はすべて私が負います」

奥歯を噛み締め、告げた声に迷いは微塵もなかった。

3時間におよぶ手術を終え、処置台から降りたときには、顔から完全に血の気が引いていた。

壁にすがりながら廊下のベンチに腰を下ろす。

下腹部に残る鈍い痛みを感じながら、ずっと断り続けていた番号へ電話をかけた。

「多賀先輩ですか。私、『エリート計画』に参加します。15日後に出国します」

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第1話
麻奈美は自分と瓜二つの千春の瞳を見つめながら、脳裏に過去の記憶が蘇る。恭弥の家に初めて連れてこられた夜、ひどく緊張していた。恭弥は優しい眼差しで自分の顔に黒い薄布を被せ、澄んだ瞳だけを覗かせた。何度も熱い口づけを落とされ、すっかり身を委ねてしまったあの夜。翌日、恭弥はまっすぐ見つめて問いかけてきた。「俺と、秘密で結婚してくれる?」麻奈美は小さく頷いた。挙式はなく、ただ婚姻届を提出しただけ。指輪が1つと、親しい知人2、3人からの祝福があるだけの慎ましい結婚だった。それからの3年間、毎日のように愛し合って慈しまれた。だが、千春が帰国したあの日――恭弥はひどく酒に酔い、貪るように求めてきた。事を終えた後、男は自分の首筋に顔を埋め、掠れた声で呟いた。「……あのとき去っていったくせに、どうして今さら戻ってきたんだ?」そのときになって、ようやく悟った。恭弥は自分を見ていたのではなく、別の女を重ねていただけだったのだと。自分はただ、千春の身代わりに過ぎなかった。急に何もかもが虚しくなり、どっと疲労が押し寄せる。3年の結婚生活も、もう潮時だった。病室の外に立つ麻奈美に気づいた千春は、挑発的な笑みを浮かべ、恭弥の胸元へ甘えるように飛び込んだ。「ねえ、結婚したって聞いたけど……私のこと、もう要らなくなっちゃったの?」恭弥は愛おしそうに頭を撫で、優しく微笑む。「そんなわけないだろ。俺が一番愛してるのはお前だけだ」千春は勝ち誇ったように麻奈美を一瞥し、拗ねた声を上げた。「でも昨日、避妊してくれなかったじゃない。妊娠したらどうするの?私、子供なんて産みたくないよ。体型が崩れちゃうもん」「お前にそんな苦労はさせないさ。麻奈美が跡継ぎを産んだらすぐに離婚して、親権は俺が引き取る。そうすれば、お前がその子を育てて、ママって呼ばせられるよ」頭を殴られたような衝撃が走る。溢れ出る涙を、もう止めることができなかった。心から喜び、待ち望んでいた我が子の誕生。それなのに恭弥は、この子を奪い、千春に育てさせようとしている。「じゃあ、あの人とはいつ離婚してくれるの?」千春の問いに、恭弥は少し間を置いて答えた。「もう少し先だな。今はお父さんが孫の誕生を心待ちにしてるから……」その言葉が無慈悲
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第2話
電話の向こうで、多賀幸人(たが ゆきと)は声を弾ませていた。「よかった、菅野さん。谷岡先生もみんなも、ずっと君のことを気にかけていたんだ。来てくれると知ったら絶対に喜ぶよ」かつて恭弥と結婚するため、麻奈美は海外留学を断念した。この3年間、恩師である谷岡京志郎(たにおか きょうしろう)からの幾度とない誘いを断り続け、家庭に入って恭弥に尽くしてきた。「ただ、菅野さん。この研究は極めて高い機密性が求められる。参加すれば数年、下手をすれば数十年は戻れないかもしれない。ご家族のほうは大丈夫なのか?」麻奈美は小さく息を漏らした。「もう……家族はいませんから」母を亡くして以来、恭弥だけを唯一の家族だと信じてきた。だが結局のところ、自分は身代わりの道具に過ぎなかった。どうせ離婚を突きつけられるなら、自分の足で去ったほうがいい。電話の向こうで、幸人が静かに息をついた。「……こっちに来たら、俺たちみんなが君の家族だよ」電話を切り、麻奈美はそっと壁に身を預けた。そのとき、正面から不意に声が飛んでくる。「麻奈美?」顔を上げると、恭弥が千春に寄り添い、慎重に支えながら歩いてくるところだった。千春はすっかり胸元へ身を預けている。恭弥は麻奈美の青白い顔を見つめ、痛ましげな色を浮かべた。「こんなところで何をしてるんだ?」麻奈美は深く息を吸い込み、喉の奥に広がる苦みを押し殺す。「……生理痛がひどくて、診てもらいに来たの。あなたは?今夜は残業じゃなかったの?」澄んだ瞳で見据えられ、恭弥はばつの悪そうな表情を浮かべた。「千春の具合が悪くなってな、病院まで付き添ってきたんだ。うちのアンバサダーだし、立場上、面倒を見るのは当然だろ」麻奈美は心の中で冷たい笑いが込み上げる。その面倒を見るというのは、ベッドの上まで含むのだろうか。千春がわざとらしげに微笑みながら口を挟んできた。「こちらが奥さんですか?私と目がそっくりですね」「奥さん」という言葉に、あからさまな棘を込めている。胸に鋭い痛みが走ったが、麻奈美は何も言わなかった。恭弥の視線が麻奈美から離れないのを見て取ると、千春は腕にすがりつき、か弱い声を出す。「恭弥さん、急に気分が悪くなってきちゃった……家まで送ってくれる?」千春の辛そうな様
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第3話
振り返ると、そこにあったのは半月ほど前に何気なく口にした店のスイーツだった。千春が帰国したあの日から、恭弥は10日間も家に寄りつかなかった。男は期待に満ちた眼差しで見つめてくる。以前の麻奈美なら、喜んで胸に飛びつき感謝を伝えていただろう。だが今、箱に収まる繊細な洋菓子を見つめても、浮かぶのは乾いた笑みだけだった。「最近、体型を気にしてるの。甘いものは控えてるから」あのとき欲しかったものも、時が過ぎればどうでもよくなる。この男と同じだ。3年という月日が経ち、もう愛し続ける気力すら残っていなかった。恭弥の表情にかすかな落胆がよぎったものの、麻奈美を抱き上げ、リビングの奥へと運んだ。「俺にとっては、どんな姿のお前だって一番綺麗だよ」夜、ベッドに横たわり、お腹に手を当てて物思いに耽っていると、背後から恭弥が抱き寄せてきた。首筋に顔を埋めようとした瞬間、麻奈美は拒絶するようにその体を押し戻す。恭弥は居心地悪そうに手を彷徨わせ、焦りを滲ませた声を漏らした。「この10日間構えなかったことを怒ってるのか?会社がどうしても忙しくて、俺……」この期に及んでも、平然と嘘を重ねる。麻奈美は言葉を遮った。「忙しいのは分かってる。怒ってなんかいないわ」恭弥の顔に安堵の笑みが戻る。「やっぱり、お前は聞き分けが良くて優しいな」すぐには返答せず、少しの間を置いてから静かに告げた。「ねえ……もし本当に好きな人ができたなら、私、身を引くわ。離婚してもいい」望み通りにしてやるつもりだった。恭弥の顔色が一変し、苛立ちを隠さずに眉をひそめる。「千春の面倒を見たことをまだ根に持ってるのか?言ったはずだろ、あいつはうちのアンバサダーだから面倒を見てるだけだ。変な勘繰りはやめろよ。千春を悪く言うな。あいつのことは妹としか思ってないんだから」それだけ吐き捨てると、恭弥は寝室を出て行ってしまった。なぜ麻奈美が唐突に離婚を口にしたのか、理解できない。千春が帰国し、ただ若かりし頃の心残りを埋めたかっただけに過ぎない。部屋に取り残された麻奈美の頬を、止めどなく涙が伝い落ちる。まだシラを切り通すつもりなのだ。ただの妹だと本気で言うなら、なぜ我が子を千春に差し出そうとするのか。最初から正直に打ち明けてく
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第4話
麻奈美は息を呑み、思わず足を止めて耳を澄ませた。恭弥がどう答えるのか確かめたかった。だが次の瞬間、扉の向こうからくぐもった笑い声が届く。「当たり前だろ。あいつは昔から聞き分けが良くて従順なんだ」麻奈美の口元から自嘲の笑みが漏れた。たとえ秘密婚だとしても、れっきとした妻のはずだ。それなのに、都合のいい言いなり扱いされていいはずがない。だが恭弥は庇うどころか、その嘲笑を当然のように肯定していた。深く息を吸い込み、扉を押し開けて足を踏み入れる。恭弥の隣には、ぴったりと寄り添う千春の姿があった。部屋を満たしていた喧騒が、ぴたりと途切れる。事情を知る1人の男が、気まずさを誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。「麻奈美さんも来たんだ。ほら、座って」集まっているのは恭弥の親しい友人たちだが、麻奈美が彼に釣り合うとは思っておらず、妻としての立場など誰も認めていなかった。麻奈美は恭弥に薬を差し出した。「頼まれていた薬よ。早く飲んで」それだけ告げて踵を返そうとすると、恭弥がわずかに眉を寄せ、すかさず千春が手首を掴んできた。「わざわざ届けてくれてありがとう。要らないって言ったのに、恭弥さんが心配して呼んじゃって……ごめんなさいね」千春の声に含まれたあからさまな優越感に、苦いものが広がる。薬を届けさせたのは、自分のためではなく千春のためだった。千春はそのまま言葉を重ねた。「せっかく来てくれたんだし、一緒に遊んでいきましょうよ」感情の読めない冷ややかな眼差しに、恭弥はなぜか苛立ちを覚えたようだった。不機嫌そうに顔を強張らせて言い放つ。「何ゲームか付き合えよ。みんな顔見知りなんだから、そうやって澄まし顔で気取るな」麻奈美の顔から血の気が引いた。彼にとって、自分の態度はただの気取りに映っている。だが、結婚してからの3年間、一度も関係を公にせず、あらゆる集まりから遠ざけてきたのは恭弥自身だった。彼の交友関係に馴染めるはずもなく、ここにいる友人たちのことなど知る由もない。麻奈美は恭弥から最も離れた、部屋の隅の席に腰を下ろした。ゲームが始まると、恭弥の手ほどきを受ける千春は一度も負けることなく勝ち進む。一方、こうした遊びに馴染みのない麻奈美はルールすら分からず、立て続けに負けを重ねて
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第5話
目を覚ますと、恭弥がベッドの脇に立ち、静かにこちらを見つめていた。どれほどの間、そうしていたのかは分からない。気がついた恭弥は身を乗り出して麻奈美を抱き寄せ、水の入ったグラスを口元へ運んだ。体に力が入らず、なすがままに水を含んだ。「昨日のことは千春を悪く思わないでやってくれ。あいつ、少し悪ふざけが過ぎただけなんだ……」そっと身を引いて恭弥の腕をすり抜け、小さく首を横に振った。「別に気にしてないわ。勝負に負けたんだから、罰を受けるのは当然よ」青白い顔を見つめ、恭弥の胸に痛ましさが込み上げる。「このところ忙しくて構えなかったのは悪かったと思ってる。明日の午後にオークションがあるんだ。一緒に行こう。好きなものを何でも買ってやるから」断ろうと口を開きかけたが、出国まであと数日しかないことを思い出した。今ここで勘付かれては、無事に発つことすら難しくなる。そう思い直し、静かに頷いた。「……ええ」*翌日のオークション会場。機嫌を取ろうと、恭弥は前半に出品されたあらゆる宝飾品を大金を投じて片っ端から落札していった。麻奈美が微塵も興味を示していないことなど、気にも留めずに。幕間の休憩に入ると、待ち構えていた記者たちが一斉に押し寄せてきた。「村瀬さん、これまで独身を貫かれてきましたが、本日これほどの宝石を落札されたということは、パートナーがいらっしゃると受け取ってよろしいでしょうか」「その幸運な女性がどなたなのか、教えていただけませんか」「村瀬家の女主人をついにお迎えになったのですか」矢継ぎ早の質問にも、恭弥は余裕の笑みを崩さない。「名前までは明かせませんが、意中の相手がいることだけはお伝えしておきましょう」言葉が終わるや否や、会場中から割れんばかりの歓声が上がった。ムラゼテクニックの若き社長・村瀬恭弥に恋人がいるとなれば、業界きっての大スクープだ。「村瀬さん、お相手についてもう少し詳しく教えてください!」詰め寄る記者たちを前に、恭弥はちらりと麻奈美を見やり、少し躊躇う素振りを見せてから口を開いた。「パートナーは……」麻奈美も息を詰めて見つめていた。胸の奥がざわつく。ついに公表するつもりなのだろうか。その瞬間、恭弥の言葉がぴたりと止まった。視線が正面の一点に釘付け
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第6話
扉に手をかける直前、艶めかしい女の嬌声と男の低いうめき声が耳に飛び込んできた。その場に立ち尽くし、焦点の合わない瞳で中のやり取りを聞いていた。「恭弥さん、やっぱり私を一番愛してくれてるのね」恭弥が掠れた声で返す。「じゃあ、どんなふうに礼をしてくれるんだ?」千春が甘く笑う。「ご主人様、好きなようにめちゃくちゃにして」直後、千春の甲高い叫び声と激しい物音が響き渡った。どれほどの時間が経っただろうか。ようやく中の気配が静まった。麻奈美の心は、とうに麻痺していた。紅潮した顔の千春が、手にしたブレスレットを弄びながら扉を開けた。首元には無数の赤い痕が散っている。続いて出てきた恭弥は、扉の前に佇む麻奈美の姿を認めるなり、露骨に動揺を見せた。「いつからそこに……?さっきの、聞いてないよな?」麻奈美は無理に口角を上げた。「今、着いたところよ」千春は麻奈美の目の前で、もったいぶるように包みの布を開いた。その瞬間、手を滑らせたふりをして落とす。ブレスレットは乾いた音を立てて床にぶつかった。あしらわれていた数粒の宝石が甲高い音を立てて外れ、四方へ転がっていく。「あら、壊れちゃった」千春は甘えるように視線を向けた。「恭弥さん、うっかり手を滑らせちゃって……ごめんなさい」恭弥はあやすように言う。「構わないよ。壊れたなら、また新しいのを買ってやるから……」言い終わらないうちに、麻奈美はその場に膝をついた。上着を脱いで床に広げると、散らばった宝石を1つひとつ、震える手で拾い集めて布の上へ乗せていく。床に這いつくばって探す無様な姿に、千春は口元を歪めて冷笑を浮かべた。一方、恭弥は苦々しげに眉をひそめる。腕を乱暴に引き起こし、苛立ちを露わにした。「立場を弁えろよ。ただのブレスレットだろ?何をそんなに取り乱して……」だが、言葉は途中で途切れた。麻奈美の頬を止めどない涙が伝い落ちていたからだ。その手を振り払い、たまらず感情を爆発させた。「母が遺してくれた、最後の形見なのよ!ちゃんと家にしまってあったのに、どうしてこんな場所にあるの……!?」絶望に染まった瞳で見つめられ、恭弥は口を開きかけたものの言葉を失った。君江の遺品だとは知る由もなかった。誰が私物に触れたのか
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第7話
帰宅するなり、麻奈美は客室へと閉じこもった。心身ともに疲れ果て、これ以上恭弥と愛想笑いを交わす気力すら残っていなかった。外れた宝石を、1晩かけて元の位置へ丁寧に貼り直していく。作業を終え、強張った肩を軽く揉みほぐした。スマートフォンを確認すると、幸人からの気遣うメッセージと、千春からの罵詈雑言が届いている。千春の通知には目もくれず、幸人の番号をタップした。コールは1回きりで、すぐに柔らかな落ち着いた声が返ってくる。「こんな時間まで起きていたのか?」穏やかな声を聞いた途端、ささくれ立っていた心が不思議と軽くなった。「まだ起きていました。先輩、何か用事だったんですか?」電話の向こうで、微かに笑う気配が伝わってくる。「いや、こっちは最近少し肌寒くなってきたからね。厚手の上着を用意しておいたほうがいいと思って連絡したんだよ」温かな気遣いに、胸の奥へじんわりと温もりが染み渡る。そのまま学生時代の思い出話に花を咲かせ、自然と笑みがこぼれた。ここ数日の間で、初めて心から笑えた気がした。通話を終え、小さく鼻歌を口ずさみながら扉を開けると、すぐ目の前に恭弥が立っていた。目尻に残る微かな笑みを見咎め、怪訝そうに眉を寄せる。「……誰と電話してたんだ?そんなに楽しそうに笑って」すっと表情を消し、淡々と返した。「昔の同級生よ。何か用?」冷ややかな態度に気圧され、恭弥は苛立ちを隠せない様子で問い詰めてくる。「お前、最近やけに冷たいじゃないか。一体どうしたんだよ」思わず乾いた笑いが漏れそうになった。どうしたのか、などと本気で聞いているのだろうか。「特に用がないなら、もう休むわね」胸の奥に苛立ちが込み上げ、恭弥は冷ややかに告げた。「明後日は川辺家のパーティーだ。出席するのを忘れるなよ」父親と千春の顔など二度と見たくない麻奈美は、即座に拒絶した。「行かないわ」冷たく突き放すような瞳を見つめ、恭弥は言葉を飲み込みかけたが、すぐに不機嫌そうに吐き捨てた。「村瀬の妻という立場があるんだから、少しは聞き分けよくしろ。当日は俺に同行してもらうからな」返事を待つこともなく、恭弥は背を向けて立ち去った。その背中を見送りながら、口元に皮肉な笑みが浮かぶ。結婚して3年間、公の場へ連れ出そ
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第8話
翌日、麻奈美は飾り気のない身軽な服装に着替え、タクシーで川辺家の屋敷へと向かった。今日のパーティーには各界の名家から若き俊英たちが集う。父の公彦は、この場で千春の婿選びとなる縁談を取りまとめるつもりだった。ここ数年、川辺家は村瀬家の後ろ盾を得て、上流階級へと上り詰めている。開宴前、きらびやかな正装に身を包んだ令息令嬢たちの中で、麻奈美の姿は完全に浮いていた。しかし気にする様子もなく、静かな片隅を見つけて腰を下ろした。しばらくすると、ダイヤのティアラを戴き、華やかなドレスを纏った千春が、取り巻きに囲まれながらゆっくりと階段を降りてきた。白く透き通る肌に、完璧なメイク。まるで女神を思わせる美しさだ。その傍らに立ち、誰よりも視線を集めていたのが恭弥だった。名門財閥の跡取りである。黒のスーツをすらりと着こなし、眼差しは涼やかで端正だ。千春のドレスの裾を優しく持ち上げてエスコートしており、誰もが見惚れる美男美女の並びだった。周囲からは感嘆と羨望の声がひっきりなしに上がる。「まあ、あそこにあしらわれているのは最高級の南洋真珠かしら。あのティアラ、億は下らないそうよ」「見て、あのドレス。世界に1着しかないデザイナーの特注品じゃない」「聞いた話じゃ、全部村瀬社長が用意したらしいわよ。3年も海外に行っていたのに、ずっと一途に愛し続けていたなんて素敵」「本当に羨ましい。絵に描いたようにお似合いの2人ね」麻奈美は静かにざわめきを聞き流していた。胸の奥に波風ひとつ立たない。周囲からの賛辞を満足げに浴びていた千春は、ふと視線を巡らせ、人混みの中にいる麻奈美を捉えた。赤ワインのグラスを手に取り、笑みを浮かべて近づいてくる。「あら、来てたんだ。おもてなしもできなくて悪かったわね」みすぼらしい身なりを見咎め、周囲から嘲笑が漏れ、恭弥も険しく眉を寄せた。千春は親しげに腕を取り、言葉を続ける。「乾杯しましょう」仕方なくグラスを受け取ろうとしたが、指先が触れる寸前、千春が手を離した。ワインは容赦なく服へこぼれ落ち、砕け散ったグラスの破片が跳ねて千春の足首をかすめる。「きゃっ……足が!」痛ましげな悲鳴に、恭弥は咄嗟に身をかがめて足元を確かめた。千春は目に涙を浮かべ、訴えかける。「私の
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第9話
千春の後に続き、人影のないプールサイドへと足を踏み入れた。千春は取り繕うのをやめ、勝ち誇った笑みを浮かべる。「そのみすぼらしい格好じゃ、誰も川辺家の令嬢だなんて気づかないわね」感情を乱すことなく、麻奈美は静かに問いかけた。「母さんはあのとき、どうして亡くなったの?」恭弥が特別病室を手配してくれてからは、病状も目に見えて回復していた。それなのに、あの日病院へ駆けつけたときには、突如として危篤を告げられた。千春は残酷な笑みを深め、1言ずつ吐き捨てた。「私が人を雇って、あの女の酸素マスクを外させたのよ。あんたもあの女も、死んで当然の人間なんだから」頭の中が真っ白になった。母の酸素マスクを外させた――その言葉が、耳の奥で激しく反響する。誰かがこちらへ歩いてくる気配を察知した千春は、さらに挑発的な声を張り上げた。「大人しく田舎にいればよかったものを、図々しく恭弥さんを奪おうとするからよ」激しい怒りが全身を駆け巡り、千春の頬を容赦なく張り飛ばした。口元から血を流し、千春は大声を上げて泣き喚く。騒ぎを聞きつけた客たちが集まり始め、異変に気づいた恭弥も焦りを露わにして駆け寄ってきた。それでも怒りの収まらない麻奈美は、千春の顔面へさらにもう一撃を叩き込む。千春は涙を流しながら叫んだ。「ごめんなさい、もう叩かないで……謝るから……!」そう口走ると同時に麻奈美の手首を強く引き寄せ、もつれ合うようにしてプールへと落ちた。着水の衝撃で縁に額を強打し、傷口から血が滲み出す。激しい眩暈が襲った。駆けつけた恭弥は迷わず水中に飛び込み、真っ先に麻奈美のほうへと泳ぎ出す。「助けて、私泳げないの!早く助けて……!」千春の泣き叫ぶ声に、恭弥の動きが一瞬止まった。次の瞬間には千春へと進路を変えている。千春を抱き上げた恭弥は、水面に浮かぶ麻奈美を振り返り、露骨な失望の色を浮かべた。秘書に救助と病院への搬送を指示すると、恭弥は足早にその場を後にする。麻奈美の体は、冷たい水の中へとゆっくり沈んでいった。目を覚ましたとき、そこは病院のベッドの上だった。付き添っていた看護師が、心配そうに声をかけてくる。「先日流産されたばかりなのに、今度は水に落ちるなんて……もっとお体を大事にしてくださいね。ご主
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第10話
怪訝そうにギフトボックスを開けると、中に入っていたのは千春が麻奈美に送りつけたメッセージの画面と、中絶手術の記録だった。胸がきつく締めつけられる。「妊娠2か月」の文字に視線が釘付けになった。心待ちにしていた我が子は、本当に宿っていた。日付は半月前。病院で麻奈美と出くわした、まさにあの日のことだった。なぜ中絶などしたのか。まさか、あのときの会話を聞かれていたのだろうか。焦燥に駆られてスマートフォンを取り出し、麻奈美へ電話をかける。だが、呼び出し音が虚しく鳴り響くだけで一向に応答はない。千春が涙を流しながら腕にすがりつき、か弱い声を絞り出した。「あんな動画、どうして流れたのか分からないわ……これじゃ名誉は台無しよ。今日はお父様がお婿さんを探してくれる日だったのに」取り乱したのは束の間、千春は心中で密かに笑みを噛み締めていた。恭弥に関係を公に認めさせ、責任を取らせるには絶好の機会だったからだ。だが恭弥の耳に千春の言葉など届いていない。頭の中は、麻奈美の妊娠と中絶の記録だけで埋め尽くされていた。公彦が歩み寄り、目頭を濡らしながら恭弥を見つめる。「恭弥君、私にはこの娘しかいないんだ。あんな動画が出回って本当に胸が張り裂けそうだよ。どうか公の場で、千春が恋人だと認めてくれないだろうか。そうすれば君や会社の体面も守られ、千春の評判も傷つかずに済む」我に返った恭弥は、眉を寄せて逡巡した。麻奈美を裏切る真似はしたくない。だが父親の胸で泣きじゃくる千春の痛ましげな姿を見ていると、どうしても庇いたい気持ちが湧き上がってくる。まずは千春を落ち着かせ、家に帰ってから麻奈美を宥めればいい――そう結論づけた。迷う表情を見て取った千春は、しゃくり上げながら首を横に振る。「困らせたくないの。私1人で全部背負うから……」その健気な態度に、恭弥の罪悪感がさらに募った。心が大きく傾く。公彦の提案が現状における最善の策に思えてきた。麻奈美は普段ニュースをあまり見ないし、知るはずもない。あとでしっかり謝れば、情に流されて許してくれるはずだ――そう都合よく高を括った。恭弥は壇上へと上がり、声を張り上げた。「千春は私の恋人です。先ほど流れた動画はすべて捏造されたものであり、この件については徹底的に真
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