Lahat ng Kabanata ng 愛を知らない冷酷御曹司の妻になった私~身代わりで嫁いだ私を閉じ込めた夫は、すべてを失ってから愛に気づく~: Kabanata 31 - Kabanata 40

48 Kabanata

第30話 優しさのふりをした監視

 朝、目を覚ましたとき。私は、胸の奥に妙な違和感を覚えていた。昨夜、龍斗さんは何も言わなかった。夕食の席でも。私の部屋の前を通り過ぎるときも。いつもと変わらない態度だった。けれど。あまりにも何も言わないことが、かえって怖かった。 昨日、九条院家の元顧問だという男性から渡されたファイル。私は、それを一晩中考えていた。龍斗さんの母親は。本当に龍斗さんを捨てたのだろうか。それとも。九条院家によって、引き離されたのだろうか。もし後者なら。龍斗さんが抱えている「捨てられた」という記憶そのものが、間違っていることになる。 私は枕元のスマートフォンを手に取った。母へ連絡したい。けれど昨日から、妙に胸騒ぎがする。私は画面を見つめたまま、しばらく迷った。そして、母の名前を押した。 ――繋がらない。「……どうして?」 もう一度かける。やはり繋がらない......胸の奥がざわついた。     ◇ 朝食の席。龍斗さんは、いつも通り新聞を読んでいた。「おはようございます」「ああ」 私は向かいに座った。しばらくして。「母親に電話しただろ」 龍斗さんが新聞から目を上げずに言った。私は箸を止めた。「……どうして知っているんですか?」「履歴を見た」「私のスマートフォンを?」「ああ」「勝手に?」 龍斗さんはようやく顔を上げた。「夫婦だろ」 その一言に、胸の奥が冷たくなった。「夫婦でも、勝手に見るのはおかしいです」「何をそんなに怒っている?」「私のプライバシーです」「俺に隠すことなんてないだろ」「あります」「何?」「私が誰と話すかは、私が決めます」 龍斗さんの眉が僅かに動いた。「……また母親か?」「はい」「何を話す?」「家族のことです」「俺のことも?」「……」「話したんだな」 私は答えなかった。龍斗さんがため息をつく。「もう、母には連絡するな」「どうして?」「あの人間は君を焚きつける」「そんなことありません」「ある」「お義母様は、私に何かを強制したことはありません」「それでもだ」 龍斗さんは箸を置いた。「母は俺を嫌っている」「だから?」「だから、君を使って俺から離れさせようとする」「そんなこと……」「俺は、そう思っている」 私は目を伏せた。「龍斗さん」「何だ?」「それは、あなたの問題です」 龍斗
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第31話 優しさのふりをした監視②

 その日の午後。私は部屋に戻り、母へ電話をかけた。今度は繋がった。『由紀江?』「お母さん!」 思わず声が大きくなる。『どうしたの?』「電話が繋がらなかったから……」『ごめんなさい。少し外に出ていたの』「よかった……」 胸を撫で下ろす。『何かあった?』「ううん」 私は迷った。「ただ、龍斗さんが私のスマートフォンを取り上げようとしたの」『……』「今は返してもらったけど」 母の声が低くなる。『由紀江』「うん」『もう、時間がないかもしれない』「何の?」『あなたが安全に帰ってこられる時間よ』 私は息を呑んだ。「……」『お父さんと相談したの』「何を?」『会社を守ることより、あなたを優先する』「でも……」『龍斗さんが何をするかわからない』 私は唇を噛んだ。『由紀江』「うん」『もし何かあったら、すぐに連絡して』「わかった」『それと』「何?」『九条院家の古い資料を手に入れたって言ってたでしょう?』「うん」『あれは、誰からもらったの?』 私は一瞬迷った。「九条院家の元顧問だった人」『名前は?』「聞いてない」『……そう』 母は少し黙った。『その人、信用できるの?』「わからない」『なら、資料は絶対に龍斗さんに見つからないようにして』「……うん」 電話を切った。私は胸の前でスマートフォンを握りしめた。     ◇ 夕方。私は書斎へ入った。龍斗さんはいない。昨日のファイルを確認するためだった。机の引き出しを開ける。「……ない」 ファイルが消えていた。私は慌てて別の場所を探す。クローゼット。本棚。机の下。どこにもない。「どうして……」 そのとき。背後から声がした。「何を探している?」 私は飛び上がった。「……龍斗さん」 いつの間に。「ファイルか?」「……」「九条院家の資料」 私は黙った。龍斗さんは私の横を通り過ぎ。机の引き出しから。一冊のファイルを取り出した。「これだろ」「返してください」「駄目だ」「私のものです」「違う」 龍斗さんはファイルを手にしたまま、私を見る。「九条院家の資料だ」「私に渡されたものです」「誰に?」「……」「答えろ」「言いたくありません」 龍斗さんはファイルを閉じた。「もう、こういうものを見る必要はない」「あります」「
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第32話 私は逃げるための地図を作る

 朝。 目を覚ますと、窓の外には薄い雲が広がっていた。昨日の夜から感じていた、お腹の奥の違和感は消えている。私は胸を撫で下ろした。「……よかった」 それでも。昨夜のことを思い出すと、心が落ち着かなかった。 ――今、部屋にいるな。 龍斗さんは、私の居場所を知っていた。位置情報を共有していることも。私が知らないうちに設定まで変えられていた。私はスマートフォンを見つめた。小さな機械の中に、自分の居場所がすべて記録されているような気がする。 どこへ行ったのか。 誰と会ったのか。 いつ帰宅したのか。 私の生活そのものを、誰かに握られている。そう考えると、指先が冷たくなった。私は設定画面を開いた。けれど、すぐには位置情報を切らなかった。今、突然切れば、龍斗さんは必ず気づく。そして、何をするかわからない。私は画面を閉じた。「……焦っちゃ駄目」 逃げるなら、感情ではなく準備が必要だ。     ◇ 朝食の席、龍斗さんは、いつも通り新聞を読んでいた。「おはようございます」「おはよう」 顔を上げる。「昨日は眠れたか?」「はい」「お腹は?」「大丈夫です」「本当に?」「はい」 龍斗さんは安心したように頷いた。私は彼の顔を見ながら、昨日のことを知っている人間とは思えないほど、穏やかな表情だと思った。けれど、その穏やかさの下には。私を逃がさないための仕組みが、いくつも隠されている。「今日は家にいるか?」「はい」「そうしてくれ」「……」「昨日、少し顔色が悪かった」「もう大丈夫です」「念のためだ」 龍斗さんはコーヒーを口にした。「必要なものがあれば、俺が買ってくる」「ありがとうございます」 私は笑った。今は逆らわない。そのほうがいい、逃げるためには。まず、龍斗さんに「私はもう抵抗しない」と思わせる必要がある。それが、私の最初の計画だった。     ◇ 龍斗さんが仕事へ出たあと、私は自分の部屋へ戻った。ドアを閉める。そして、机の上に、一枚の紙を置いた。私はペンを握った。紙の一番上に、小さく書く。《脱出》 書いた瞬間、心臓が大きく鳴った。本当に、私はここから出るつもりなのだ。私は紙を見つめた。まず、必要なもの。現金。身分証。母子手帳。診察券。着替え。スマートフォン。充電器。そして、弁護士の連絡先。 一つずつ書いていく。けれど
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第33話 私は逃げるための地図を作った②

 午後三時。 私は洗面所へ向かった。そこで、ふと気づいた。鏡に映る自分の顔が、以前より疲れている。頬が少しこけている。目の下には薄い影。私は頬へ触れた。「……私」 いつから、こんな顔になったのだろう。結婚する前は、もっと普通に笑っていた。家族と食事をして。仕事をして。友人と出かけて。自分の好きな服を着て。自分の好きな場所へ行った。 そんな生活が、今は遠い昔のことのように思える。私は鏡の中の自分を見つめた。「戻ろう」 声に出す。「私の人生に」 それは、龍斗さんを嫌いになるという意味ではなかった。彼の傷を理解することも、彼が苦しんでいることを知ることも、全部できる。でも、だからといって、私が檻の中にいる必要はない。     ◇ 夕方、龍斗さんが帰宅した。「ただいま」「おかえりなさい」 私はいつも通り迎えた。「今日は何をしていた?」「本を読んでいました」「そうか」 龍斗さんがコートを脱ぐ。「体調は?」「大丈夫です」「本当に?」「はい」 龍斗さんは私の顔をじっと見た。 私は笑った。「心配しすぎですよ」「……そうかもしれない」 その声は、少しだけ照れくさそうだった。「今日は、夕食を一緒に食べよう」「はい」 私は頷いた。その夜、私はできるだけ普通に振る舞った。龍斗さんが話せば、相槌を打つ。料理を出せば、「ありがとうございます」と言う。笑って。穏やかに。何も知らない妻のふりをする。龍斗さんは、安心したように笑っていた。「最近、少し変わったな」「そうですか?」「ああ」「どんなふうに?」「前より、俺を怖がらなくなった」 私は一瞬、息が止まりそうになった。 けれど。「そうかもしれません」 そう答えた。「あなたが少し優しくなったから」 嘘だった。でも、今は嘘も必要だった。     ◇ 食後、龍斗さんが書斎へ入った。私は一人で片づけをしていた。そのとき、使用人の一人が近づいてきた。「奥様」「はい?」「少し、よろしいでしょうか?」 私は顔を上げた。「何でしょう?」 その人は、周囲を確認してから、小さな声で言った。「……昨日、社長が、奥様の部屋を確認していました」「え?」「机の引き出しまで」 心臓が止まりそうになった。「私の部屋を?」「はい」「何を探していたんですか?」「わかりませ
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第34話 味方になってくれる人

 朝。 目を覚ますと、窓から差し込む光がやけに眩しく感じられた。私はゆっくりと身体を起こした。昨夜、眠る前に何度も頭の中で繰り返した言葉がある。 ――私は逃げる。 その決意は、朝になっても消えていなかった。むしろ、夜が明けたことで、よりはっきりとした形になっている。この家を出る。龍斗さんから離れる。そして、この子を守る。 そのためには。 一人では無理だ。私は部屋の中を見回した。マンションには常に誰かがいる。玄関には警備がいる。車を使えば、必ず運転手がつく。そして、龍斗さんは、私の行動を把握している。だから、脱出するためには、やはりこの家の中にいる誰かの協力が必要だった。     ◇ 朝食を終えると、私はキッチンへ向かった。普段なら使用人が私のために紅茶を運んでくれる。けれど、今日は自分からキッチンへ足を運んだ。「奥様?」 若い使用人が驚いたように振り返った。「どうしました?」「少し、お手伝いをしたくて」「そんな……奥様にしていただくことでは」「いいんです」 私は笑った。キッチンに立つと、何だか少しだけ、結婚前の自分に戻ったような気がした。家族と暮らしていた頃、母と一緒に料理をしていた。妹とお菓子を作った。弟が味見をしたがって、つまみ食いをして叱られていた。そんな、当たり前の日々。 今は。何もかもが遠い。「奥様?」「……すみません」「どうされました?」「少し、昔のことを思い出してしまって」 私は笑った。「これ、味見してもらえますか?」 私は作ったスープを小皿に取った。「私ですか?」「ええ」 使用人は戸惑いながら口をつけた。「……美味しいです」「本当?」「はい」「よかった」 その女性が、少しだけ笑った。名前は、美和さん。この家で働き始めて、まだ二年ほどだという。私は以前から何度か話をしたことがあった。けれど、こうしてゆっくり話すのは初めてだった。     ◇「美和さん」「はい」「少し聞きたいことがあるんです」 美和さんの表情が固くなった。「何でしょう?」「この家のこと」「……」「私は、ここへ来てまだ日が浅いでしょう?」「はい」「だから、いろいろ知らないことがあって」 私はできるだけ自然に尋ねた。「使用人用の出入口ってありますよね?」 美和さんの手が止まった。「……ございます」「
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第35話 味方になってくれる人②

その日の夕方、龍斗さんが帰宅した。「ただいま」「おかえりなさい」 私はいつも通り笑った。「今日は何をしていた?」「美和さんと少しお話をしていました」「そうか」 龍斗さんの視線が、美和さんへ向く。「……美和」「はい」「最近、由紀江の部屋によくいるな」 美和さんの顔が強張った。私は慌てて口を挟んだ。「私からお願いしたんです、話し相手が欲しくて」「そうか」 龍斗さんは私を見る。「何を話していた?」「料理の話です」「料理?」「はい」「それだけか?」「もちろんです」 龍斗さんはじっと私を見つめる。その視線が怖い。けれど、私は笑顔を崩さなかった。「今日はスープを作ったんですよ」「君が?」「はい」「危ないことはしていないだろうな?」「大丈夫です」 龍斗さんが少しだけ笑う。「ならいい」 そして。「美和」「はい」「由紀江のことを頼む」「……はい」 龍斗さんはそう言って、書斎へ向かった。扉が閉まる。私は小さく息を吐いた。美和さんも、ほっとしたように胸を撫で下ろしていた。     ◇ 夜。 私はベッドの中で、今日聞いたことを整理していた。使用人用の出入口。地下搬入口。警備の交代。 そして、美和さん。 初めて、私の側に立ってくれる人ができた。それだけで、胸の奥に小さな灯りがともったようだった。私はお腹へ手を当てた。「ねえ」 小さな声で話しかける。「お母さん、少しだけ前に進めたよ」 もちろん、赤ちゃんは何も答えない。でも、私は微笑んだ。「もう一人じゃないから」     ◇ 翌日の朝。美和さんから、朝食を運んでもらった。トレイの上には、いつもと変わらない朝食。パン。スープ。果物。そして、小さな封筒が一つ。「……?」 私は驚いて美和さんを見る。「奥様」「これは?」「今は開けないでください」 小さな声。「人目のないところで」 美和さんはそれだけ言って、部屋を出ていった。私は扉が閉まるのを確認する。そして封筒を開いた。中に入っていたのは、一枚の紙だった。《地下搬入口は、毎週木曜日の午後三時から三時半まで、業者の出入りが集中します》 私は息を呑んだ。 今日が、木曜日だった。 紙の下には、もう一行。《もし出るなら、この時間が一番見つかりにくいと思います》 私は紙を握りしめた。胸が激し
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第36話 逃げるための嘘

 時計の針が、午前十時を少し過ぎたところを指している。窓の外には、薄い雲が広がっている。私はソファに座りながら、膝の上に置いた本を開いていた。 けれど、さっきから、同じページを何度も眺めているだけだった。文章が頭に入ってこない。 今日。木曜日。午後三時。 美和さんが教えてくれた、地下搬入口から業者が出入りする時間。そこなら、もしかしたら外へ出られるかもしれない。昨夜から、何度もそのことを考えていた。地下搬入口まで行く。業者に紛れる。外へ出る。その先で、母に連絡する。たったそれだけ。 言葉にしてしまえば簡単なのに、実際には、私の前にはいくつもの壁がある。 龍斗さん。 警備員。 使用人。 位置情報。 そして、お腹の中にいる、この子。無理をすれば......この子まで危険にさらしてしまう。私はそっとお腹へ手を当てた。「……大丈夫」 自分に言い聞かせる。「無茶はしないから」 そのとき。「由紀江」 背後から声がした。私は反射的に振り返った。「はい」 龍斗さんが立っている。手にはスマートフォン、仕事用の鞄も持っていない。本当に、今日は仕事へ行かないつもりらしい。「何を読んでいる?」「本です」「見せて」「……どうして?」「何となく」 私は本を差し出した。龍斗さんは表紙を見ただけで、すぐに返した。「そうか」 それだけ、けれど。私は気づいていた。龍斗さんは、私を見ている。本ではなく。私を。その視線が、妙に落ち着かなかった。     ◇「今日は一日、俺と過ごそう」「……はい」 私は微笑んだ。「どこかへ行きたいところはあるか?」「特にありません」「そうか」 龍斗さんは満足そうに頷いた。「なら、家にいよう」 胸の奥が沈む。今日、午後三時に脱出するつもりだった。でも、龍斗さんが家にいる。それだけで、計画は大きく狂ってしまった。私は時計を見た。午前十時十五分。まだ時間はある。龍斗さんが急に外へ出る可能性だってある。仕事の電話が入れば、会社へ戻るかもしれない。 私は小さな希望を抱いた。けれど、その希望は、すぐに打ち砕かれた。「今日は全部、リモートで済ませる」「……そうなんですか?」「ああ」「お仕事、大丈夫なんですか?」「君のほうが大事だ」 龍斗さんは何でもないことのように言った。 私は笑顔を作った。「ありが
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第37話 逃げ道を塞ぐ男

 翌朝。目を覚ました私は、しばらく天井を見つめていた。昨夜、何度も考えた。どうすれば、この家から出られるのか。地下搬入口は失敗した。龍斗さんが一日中家にいるだけで、あれほど簡単に計画は崩れてしまった。 なら、別の方法を探すしかない。私はゆっくり身体を起こした。お腹へ手を当てる。今のところ、強い痛みはない。それだけで、少し安心する。「……大丈夫」 小さく呟いた。私は逃げなければならない。けれど、焦ってはいけない。昨日、美和さんにも言われた。失敗すれば、次はもっと厳しくなる。だから、今日からは、もっと慎重に動く。     ◇ 朝食の席に着くと、龍斗さんはすでにそこにいた。「おはようございます」「おはよう」 いつものように返事が返ってくる。けれど、今日は少しだけ違った。龍斗さんの隣には、見慣れない男性が立っている。「こちらは?」「今日から警備を担当してもらう」 男性が頭を下げる。「よろしくお願いいたします、奥様」「……よろしくお願いします」 私は笑顔を作った。胸の奥が、冷たくなる......警備。また増えた。昨日、龍斗さんは言った。 ――君が一人になる時間をなくす。 その言葉が、本当に実行されている。「警備の方を増やしたんですか?」「ああ」「そんなに必要ですか?」「必要だ」 龍斗さんは淡々と答えた。「君は妊娠中だからな」「……」「何かあってからでは遅い」 その言葉だけを聞けば、妻を心配する夫にしか聞こえない。けれど、私は知っている。この警備の目的が、私を守ることだけではないことを。私を......外へ出さないためなのだ。     ◇「今日は病院へ行く予定だったな」 龍斗さんが言った。私は箸を止めた。「……はい」「予約は何時だ?」「まだ決めていません」「そうか」 龍斗さんはコーヒーを飲んだ。「俺が付き添う」「大丈夫です」「何が?」「一人で行けます」「駄目だ」 即答だった。「最近、体調も安定していない」「でも」「俺が付き添う」 私は黙った。病院へ行く、そこで助けを求める。それが、私の新しい計画だった。なのに龍斗さんが付き添うと言う。「……仕事は?」「休む」「そんなに休んでばかりで大丈夫なんですか?」「会社ならどうとでもなる」 龍斗さんは私を見つめた。「君より大切なものはない」
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第38話 助けを求めてもいい

「由紀江さん」 一条先生の声は、驚くほど静かだった。「診察の前に、少しお話ししませんか」 その言葉を聞いた瞬間、私の胸が、大きく跳ねた。けれど。隣には龍斗さんがいる。肩に置かれた手は、決して強く握られているわけではない。それなのに、まるで逃げることを許さない枷のように感じられた。「診察の前に?」 龍斗さんが聞き返す。一条先生は、穏やかな表情を崩さなかった。「はい。妊娠中の患者さんには、診察前に体調についていくつか確認することがあります」「そうですか」「ご主人も同席されますか?」「もちろん」 即答。私は思わず俯いた。一条先生が私を見る。ほんの一瞬、その視線に、何かを感じた。「そうですか」 一条先生は頷いた。「では、まずこちらへどうぞ」 私たちは病院の中へ入った。白い床。消毒液の匂い。忙しそうに行き交う看護師。受付で名前を告げる声。誰もがそれぞれの仕事に追われている。それなのに、私には、そのすべてが眩しく見えた。 ここには人がいる。ここなら、助けを求められるかもしれない。私はそう思った。けれど同時に、怖くもなった。もし失敗したら。龍斗さんは、もう二度と私を外へ出さないかもしれない。     ◇「由紀江さん」 待合室で、一条先生が声をかけた。「少しだけ、こちらへ」 私は立ち上がろうとした。けれど、龍斗さんの手が、私の腕を掴んだ。「俺も行く」 一条先生は、その手を見た。「診察前の問診ですので、ご主人には待合室でお待ちいただいても大丈夫です」「俺も聞く」「もちろん、ご希望でしたら診察には同席いただけます」 一条先生は穏やかに言った。「ただ、問診の一部は患者さん本人と二人で確認することがあります」「なぜ?」「患者さんが話しにくい内容もありますから」 龍斗さんの眉が動いた。「妻に話しにくいことなんてない」 その言葉に、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。一条先生はしばらく龍斗さんを見ていた。そして。「それは、奥様ご本人に確認しましょう」 静かな声だった。龍斗さんの表情が変わる。「……」「由紀江さん」 一条先生が私を見る。「一人で問診を受けますか?」 私は唇を開いた。けれど、声が出ない。怖い。龍斗さんを見る。その目は、私を見ていた。じっと。私の答えを待っている。私は指先を握りしめた。「……はい」 小さ
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第39話 私の人生

 一条先生は、私の向かいに座った。「由紀江さん。まず、体調について確認します」「はい」「最近、お腹の張りや痛みはありますか?」「少し張ることがあります。でも、強い痛みはありません」「出血は?」「ありません」「わかりました」 一条先生はカルテへ目を落としたあと、静かに私を見た。「では、体調とは別のことを聞かせてください」「……はい」「今、ご自宅で自由に過ごせていますか?」 私は黙った。「外出は自由にできますか?」「……できません」「ご主人の許可が必要ですか?」「はい」「携帯電話は自由に使えますか?」「……見られます」「誰と連絡を取ったか、確認されることも?」「あります」「一人で外へ出ることは?」「ほとんどありません」 答えるたびに、胸が苦しくなった。 私はこれまで。 それが普通なのだと思おうとしていた。 夫が心配しているから。 妊娠中だから。 私を守るためだから。 そう言い聞かせてきた。 けれど。 一条先生は、私の言葉を遮らずに聞いている。「ご主人に逆らったとき、怖いと感じることはありますか?」「……はい」「物を壊されたことは?」「あります」「怪我をしたことは?」 私は右手へ視線を落とした。「……あります」「以前の怪我も、ご主人とのことで?」「……はい」 一条先生は、しばらく黙っていた。 そして、静かに尋ねた。「由紀江さんは、ご主人のことを怖いと思っていますか?」 私は唇を噛んだ。「……はい」 とうとう。 認めてしまった。 怖い。 私は、龍斗さんが怖い。「そうですか」 一条先生は、それ以上、無理に聞こうとはしなかった。 ただ。「由紀江さん」「はい」「あなた自身は、今の生活をどうしたいと思っていますか?」 胸の奥が震えた。「……私は」 言葉が出てこない。 何度も。 何度も。 心の中では言っていた。 ここから出たい。 家に帰りたい。 自由になりたい。 でも。 それを口にしてしまえば。 本当に現実になってしまう気がした。「……離れたいです」 小さな声だった。「夫から、離れたいです」 一条先生は、静かに頷いた。「わかりました」「でも……怖いんです」「何が一番怖いですか?」「夫に知られることです」 私はお腹へ手を当てた。「そ
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