「お母さん?」 『由紀江……』 電話の向こうの母の声がおかしかった。いつもより低く、押し殺したような響き。 「どうしたの?」 『今、大丈夫?』 「うん」 『実は……』 母が言葉を詰まらせる。息を吸う音が、受話器越しに伝わってくる。 「何?」 『会社で問題が起きたの』 「会社?」 私の実家は、長く続く事業を営んでいる。全国に店舗や関連会社を持ち、従業員も多い。経営が安定していることは、子どもの頃から聞かされていた。リビングの窓から差し込む午後の光が、床に長い影を落としている。 「何があったの?」 『銀行から融資を止められた』 「……え?」 『今日、突然通知が来たの』 頭が真っ白になった。耳の奥で、母の声が遠く響く。 「どうして?」 『それが、まだわからないの』 「会社は大丈夫なの?」 『今すぐどうこうなるわけじゃない。でも……』 母の声が震える。 『かなり大きな金額が必要になる』 「いくら?」 少しの沈黙。時計の秒針が、やけに大きく聞こえる。 『五十億近い損失が出る可能性があるって』 「……五十億?」 私は思わず立ち上がった。椅子が床を擦る音が響く。そんな金額。個人の家庭でどうにかできるものではない。胸の奥が、冷たく縮こまる。 『お父さんが今、銀行や取引先と話をしている』 「私も実家へ行く」 『駄目よ』 「どうして?」 『今は妊娠中でしょう』 「でも!」 『龍斗さんにも相談してみて』 その言葉に、私は黙った。龍斗さん。九条院家。あの家なら。五十億という金額でも、何とかできるかもしれない。窓の外では、秋の陽が静かに傾き始めている。 「……わかった」 電話を切った。私はスマートフォンを握ったまま、立ち尽くしていた。掌に、機器の熱が残る。すると。 「どうした?」 背後から声がした。振り返る。龍斗さんが立っていた。静かな足音で、いつの間にか近づいていた。 「実家で、大変なことが起きた
آخر تحديث : 2026-08-23 اقرأ المزيد