雨が降っていた。 朝から空を覆っていた灰色の雲は、昼を過ぎても晴れる気配を見せない。重い鉛色の層が街全体を押し潰すように広がり、光をほとんど通さない。窓ガラスを伝う雨粒が、幾筋もの細い線になって落ちていく。一粒ずつが軌跡を描き、やがて合流して太い筋となり、下へと滑り落ちる。その単調な動きを、私はぼんやりと眺めていた。 ここ最近。外の景色を見る時間が増えた気がする。出かけられないからだ。この家の窓から見える景色だけが、私に許された「外」だった。 窓の向こうには、自由に歩いている人たちがいる。 傘を差して駅へ向かう人。 雨を嫌そうに空を見上げ、肩をすくめる人。 小さな子どもの手を引いて、ゆっくりと歩く母親。 その姿を見るたびに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。 息が浅くなり、指先が冷たくなる。 私は今。この広い街の中で、一番狭い場所にいるような気がしていた。豪華な調度品に囲まれた部屋でさえ、壁がゆっくりと迫ってくるように感じる。「……赤ちゃん」 私はそっとお腹に手を当てる。まだ目に見えるほど大きくなってはいない。掌の下に感じるのは、わずかな温もりと、自分の鼓動だけ。 それでも。私の中には、確かに小さな命がいる。この子だけは、何としても守りたい。その気持ちだけが、今の私を支えていた。暗く重い日々の中で、唯一の光のように。 ◇「奥様、お薬をお持ちしました」「ありがとうございます」 使用人が薬をテーブルへ置く。白い小瓶と、丁寧に折られた説明書。私は笑顔を作った。唇の端を上げるだけで、顔が引きつる。「すみません。いつも」「とんでもございません」 使用人が一礼して部屋を出ていく。扉が静かに閉まる音が、部屋の空気をさらに重くした。静かになったリビングで、私は薬を見つめた。妊娠してから、食事にも細かく気を配られるようになった。塩分を控え、栄養バランスを厳密に計算された献立。外出するときは運転手が付き添う。帰宅時間を確認される。誰と会ったのか聞かれる。電話の相手まで気にされる。 最初は、龍斗さんが心配してくれているのだと思っていた。優しい眼差しと、低い声で「無理をするな」と言ってくれる姿に、救われた気さえしていた。 けれど。 今は違う。これは心配ではない。監視だ。そう思うようになっていた。網の目のように張り巡らされた視
آخر تحديث : 2026-08-25 اقرأ المزيد