通話はそこで切れた。沙羅は冷えきった料理が並ぶ食卓を見つめ、目を赤くした。長い間待ち続け、ようやくプロポーズされた。けれど、プロポーズしたのは礼次ではない。沙羅が結婚する相手も、礼次ではなかった。沙羅が礼次と出会ってから、10年が経っていた。初めて見た瞬間から、彼女は礼次に恋をした。高校1年の入学式だった。礼次は制服姿で、新入生代表として壇上に立っていた。講堂の大きな窓から差し込む陽光が、端整な横顔を金色に縁取っていた。女子生徒たちは頬を染め、小声でざわめきながら写真を撮っていた。沙羅は受け取ったばかりの学生証を握り締め、講堂の最後列にある暗がりに立っていた。当時の礼次は、系列校でも名の知れた秀才だった。定期試験では常に学年首位。数学コンテストでも何度も優勝し、バスケットボールで袖をまくれば、ほのかなシダーウッドの香りが漂った。立ち居振る舞いのすべてに、名家で育った者らしい品があった。奨学金で入学したごく普通の沙羅とは、まるで住む世界が違った。全校の女子から憧れられていた礼次の視線は、いつも一人の少女だけを追っていた。幼い頃から一緒に育った梨香だった。礼次が図書館で梨香のためにノートをまとめる姿も、雨に濡れた梨香へ自分の上着を掛ける姿も、梨香が何げなく欲しいと言った限定盤のCDを探して街中を回る姿も、沙羅は見てきた。高城家と瀬川家は昔から親しく、二人は幼い頃から婚約していたと、あとになって知った。状況が一変したのは、高校を卒業した夏だった。高城グループが一夜にして破綻したというニュースが、経済ニュースを埋め尽くした。かつて高級車で学校行事に訪れていた高城雅弘(たかしろ まさひろ)会長は、本社ビルから身を投げた。その翌日、梨香はフランスへ渡った。残された礼次は莫大な負債を背負い、返済のために働き詰めとなった。疲れきり、荒んだ毎日を送っていた。ある夜、沙羅はバーの裏路地で、意識を失うほど酔った礼次を見つけた。高価なシャツはしわだらけで、目は血走り、捨てられた犬のようだった。沙羅がしゃがんで身体を支えようとすると、礼次はその手首を強くつかんだ。吐息には、酒と血の匂いが混じっていた。「誰だ、お前」「藤崎沙羅。同じ学校だったの。覚えてないと思うけど……」礼次
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