沙羅が姿を消した。地下駐車場で連れ去られたのだ。会議を終えた沙羅は、コンクリートの床に高い靴音を響かせながら車へ向かっていた。照明が頼りなく明滅する中、鍵を探して俯いていると、背後から急ぎ足が迫った。振り返ろうとした瞬間、薬品を染み込ませた布で口と鼻を強く塞がれた。もがきながら最後に見たのは、真紅のハイヒールと、歪んだ梨香の笑顔だった。「藤崎沙羅……いいえ、朝倉夫人」甘ったるい声が、舌を覗かせる毒蛇のように響く。「ゲームをしましょう」その頃、蒼介は秘書から報告を受けていた。「青嵐キャピタルの一件には、瀬川家も関わっていたというのか」「はい。当時、高城氏と瀬川氏は水面下で手を組んでいました。しかし計画が終わると、瀬川氏は朝倉会長の死を材料に高城氏を脅し、株式を要求した。口論の末に誤って殺害し、飛び降り自殺に見せかけたようです」「欲には限りがないな」蒼介が椅子にもたれた、そのときスマホが鳴った。「妻を生かして返してほしければ、瀬川家が隠した資産の証拠を持ってきなさい」変声器を通した梨香の声は、ひどく不気味だった。「今夜10時、西地区郊外の廃化学工場。警察へ知らせたら、その場で喉を切るわ」電話が切れると同時に、蒼介の万年筆が机の上で砕けた。インクが血のように掌の皺へ滲む。いったん出た秘書が駆け戻った。「社長!瀬川梨香が全財産を担保にして、朝倉グループ株を空売りしています。すべてを道連れにするつもりです!」蒼介の目が凄みを帯びた。「すぐ高城礼次に連絡しろ」夜。錆びついた化学工場の鉄扉が、風を受けて軋んでいた。物陰に立つ礼次は、蒼介が一人で歩いてくるのを見つめた。「俺に連絡してくるとは思わなかった」「今はそんなことを話している場合じゃない」蒼介は硬い表情のまま礼次を追い越し、沙羅のいる方角へまっすぐ進んだ。鉄扉を蹴破ると、梨香がナイフの先で沙羅の顎を持ち上げていた。「誰が来たと思う?」梨香が艶めかしく笑った。「あなたの夫と……元婚約者?」蒼介は沙羅から目を離さず、怪我がないと確かめてから冷たく言った。「彼女を放せ。欲しい物はここにある」銀色のUSBメモリーを掲げる。礼次が突然、一歩前へ出た。「梨香。お前の父親が高城グループの資産を奪った証拠は
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