「あら奥様、もう出ていらしたんですか?旦那様が迎えに来るまで待っているとおっしゃっていたのに」若い女の子はにこにこしながら言った。「ここで待ってることにしたの。松下さんも一緒に待ってて!」私は5メートルも離れていない場所に立ち尽くし、車に乗ることも忘れていた。奥様。朔弥と結婚して5年、そう呼ばれたことは一度もない。家の使用人たちも彼の態度を察してか、まるで一ノ瀬家に間借りしているだけの客のように、私のことを「梓様」と呼ぶ。どうやら、本当の「奥様」が他にいたらしい。朔弥を待つ間、彼女は落札したばかりのピンクダイヤの指輪を指にはめるために、外した指輪を目にした途端、私の指先が震え始めた。見間違えるはずがない。それは、去年の結婚記念日に朔弥が私に贈ってくれた指輪。ただ、サイズが小さくて私の指には入らなかった。「とりあえず預かっておくよ。今度、ちゃんと合うものを用意するからさ」そう言われて、私は何の疑いもなく彼に渡した。結局、新しい指輪が私のもとへ届くことはなかったのだが……代わりにあの指輪は、別の女の指にぴったり収まっていた。芳恵が彼女のマフラーを整えながら、親しげに笑う。「奥様、さっきケーキが食べたいっておっしゃっていたでしょう?旦那様は今さっき買いに行かれたばかりですから、もう少しかかると思いますよ」ほとんど同時に朔弥からのメッセージが届き、私のスマホが震えた。【夜の会議が長引いてるから、そっちには行けそうにない。先に帰ってて。気をつけて帰れよ】画面に並ぶ言葉をしばらく黙って見つめたあと、冷え切って赤くなった指でゆっくりと文字を打つ。【朔弥、指輪は落札できなかった】オークションの終盤、私は4億円まで競り上げていたため、その頃にはもう、ほかに札を上げる人もほとんどいなかった。これで手に入る。そう思った矢先、落札を告げるハンマーが振り下ろされる寸前に、あの女性が片手にスマホを持ったまま、もう片方の手で札を上げた。「上限なしで」会場がどよめいた。私も思わず振り返ると、彼女は電話の向こうの誰かに、とびきり幸せそうな笑顔を向けていた。そして今、朔弥から返ってきたのはたった一言。【それは残念だったな】その文字を見た途端、身体の芯まで冷えていくようだった。全身
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