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目玉品を落札できなかったので、夫と離婚した

目玉品を落札できなかったので、夫と離婚した

Por:  紗々Completo
Idioma: Japanese
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ずっと欲しかったピンクダイヤモンドのペアの指輪が、高値で落札されてしまった。 オークション会場を出ると、落札した若い女性が電話の相手に甘えた声を出している。 「もう、わざわざ迎えに来なくてもいいのに。松下さんが一緒だから大丈夫だよ。うん、大好き!」 幸せそうな横顔が、少しだけ羨ましかった。 あのピンクダイヤモンドの指輪は、本当なら私・一ノ瀬梓(いちのせ あずさ)と夫である一ノ瀬朔弥(いちのせ さくや)の結婚5周年の記念に買うつもりだったのに。 オークションが始まる前、朔弥に電話して一緒に来られないかと聞いたのだけれど、返ってきたのは、「そのくらい自分で行け」の一言だけ。 さっきの女性は電話で、このあと一緒に食事をしてお祝いしよう、というような話もしていた。 ちょうど私が呼んでいたタクシーが到着し、乗り込もうとしたそのとき、「あ!松下さん、こっちこっち!」と、その女性が急に嬉しそうな声をあげた。 弾んだ声に、私も何気なく振り返る。 すると、やってきたのはうちの使用人・松下芳恵(まつした よしえ)だった。

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雨降る雪降る
雨降る雪降る
主人公の言う通り、一度の浮気を許してしまったのがおそらくゲス男君に緩みを与えてしまったのかな。一度で学べる人と、一生学べない人がいるよね。多分それって馬鹿とか言うか?
2026-09-10 19:07:56
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松坂 美枝
松坂 美枝
浮気男の無意味な後悔 こんな男が反省したところで信用はされない 妻のこと公開しないで浮気女に指輪やったりネットリンチしたり 一緒にいるメリットがない
2026-09-10 12:48:22
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13 Capítulos
第1話
「あら奥様、もう出ていらしたんですか?旦那様が迎えに来るまで待っているとおっしゃっていたのに」若い女の子はにこにこしながら言った。「ここで待ってることにしたの。松下さんも一緒に待ってて!」私は5メートルも離れていない場所に立ち尽くし、車に乗ることも忘れていた。奥様。朔弥と結婚して5年、そう呼ばれたことは一度もない。家の使用人たちも彼の態度を察してか、まるで一ノ瀬家に間借りしているだけの客のように、私のことを「梓様」と呼ぶ。どうやら、本当の「奥様」が他にいたらしい。朔弥を待つ間、彼女は落札したばかりのピンクダイヤの指輪を指にはめるために、外した指輪を目にした途端、私の指先が震え始めた。見間違えるはずがない。それは、去年の結婚記念日に朔弥が私に贈ってくれた指輪。ただ、サイズが小さくて私の指には入らなかった。「とりあえず預かっておくよ。今度、ちゃんと合うものを用意するからさ」そう言われて、私は何の疑いもなく彼に渡した。結局、新しい指輪が私のもとへ届くことはなかったのだが……代わりにあの指輪は、別の女の指にぴったり収まっていた。芳恵が彼女のマフラーを整えながら、親しげに笑う。「奥様、さっきケーキが食べたいっておっしゃっていたでしょう?旦那様は今さっき買いに行かれたばかりですから、もう少しかかると思いますよ」ほとんど同時に朔弥からのメッセージが届き、私のスマホが震えた。【夜の会議が長引いてるから、そっちには行けそうにない。先に帰ってて。気をつけて帰れよ】画面に並ぶ言葉をしばらく黙って見つめたあと、冷え切って赤くなった指でゆっくりと文字を打つ。【朔弥、指輪は落札できなかった】オークションの終盤、私は4億円まで競り上げていたため、その頃にはもう、ほかに札を上げる人もほとんどいなかった。これで手に入る。そう思った矢先、落札を告げるハンマーが振り下ろされる寸前に、あの女性が片手にスマホを持ったまま、もう片方の手で札を上げた。「上限なしで」会場がどよめいた。私も思わず振り返ると、彼女は電話の向こうの誰かに、とびきり幸せそうな笑顔を向けていた。そして今、朔弥から返ってきたのはたった一言。【それは残念だったな】その文字を見た途端、身体の芯まで冷えていくようだった。全身
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第2話
「彼女は向井琴乃さん。大学生です」カフェで向かいに座った芳恵は、私の顔色をうかがいながら、おそるおそる話し始めた。「旦那様との関係も、そんなに長いわけではありません。きっと、今だけのことで……梓様、私たちも隠すつもりだったわけでは……」怯えきった芳恵を眺めながら、私は黙ってコーヒーを一口飲んだ。彼女が何を恐れているのかは、よく分かっている。朔弥の浮気は、これが初めてではない。そして私がそれを知ってしまったのも、初めてではないのだ。最初は結婚して1年目。あの頃の朔弥はまだ独身気分が抜けきっていなかったし、私も今よりずっと気が強かった。浮気を知ったその日に私が大騒ぎしたこともあり、あっという間に周囲へ知れ渡った。家の家具という家具を叩き壊し、朔弥の浮気を知りながら私に隠していた使用人は全員辞めさせた。泣いて謝られても、許す気にはなれなかった。それどころか縋りついてくる手を振り払い、声が枯れるほど怒鳴った。「知ってて黙ってたなら、あなたたちも同罪よ!出て行って!全員ここから出て行って!」それが効いたのか、朔弥はその後4年間、少なくとも私の知る限りでは何もなかった。だから、彼は本当に変わったんだ、といつしか信じてしまっていた。私は一度目を閉じてから、芳恵へ静かに尋ねる。「ほかのことはいい。2人がいつから付き合っているのか、それだけ教えて」……芳恵からすべてを聞き終える頃には、外で雪が降り始めていた。スマホを見ると、向井琴乃(むかい ことの)がちょうどインスタのフォローリクエストを承認したところだった。彼女のインスタを開けば、そこには彼女と朔弥の幸せそうな思い出がいくつも残されている。1年前に出会ってから、半年ほど2人はあちこちを旅していた。雪山に登り、オーロラを見て、海辺のリゾートで過ごし、F国の首都のタワーの下でキスを交わしている。その頃、事故でお腹の子を失い、何も手につかない日々を送っていた私は病院のベッドにいた。あのとき朔弥は、海外出張中だと言っていた。それでも1時間おきに体調を気遣うメッセージをくれて、3時間おきには必ず電話をかけてきた。朔弥が気にかけてくれている、離れていても私を心配してくれている。それだけが、子どもを失った悲しみから立ち直る支えだっ
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第3話
ピンクダイヤモンドが照明を弾き、目に痛いほどきらめいていた。しかし、サイズは合っていないらしい。薬指に食い込んで、見るからに窮屈そうだった。それでも朔弥は、無理やりその指輪をはめている。胃の奥から急に何かが込み上げてきた私は、彼を押しのけ、そのままトイレへ駆け込んだ。胃の中が空になるまで吐いていると、後を追ってきた朔弥が背中をさする。「どうした?気分でも悪いのか?」私は首を振り、彼の手を払いのけた。行き場を失った自分の手を見て、朔弥が一瞬だけ戸惑った顔をする。その直後、彼のスマホが鳴った。画面に表示された名前を見た途端、朔弥の表情がふっと和らぐ。「梓、先に休んでて。ちょっと仕事の連絡してくるから」それだけ言うと、彼はもう私には構わず離れていった。しばらくしてトイレから出ると、朔弥はまだベランダにいて、時折、押し殺したような笑い声まで聞こえてくる。そのとき、親友の矢野葵(やの あおい)から電話がかかってきた。「結婚記念日どう?てか、仲良すぎじゃない?インスタ見たよ」葵の羨ましそうに笑う声に、眉をひそめる。何の投稿かと聞き返そうとした瞬間、インスタの通知が届いた。朔弥が3分前に投稿したもの。車いっぱいのヒマワリ、寄り添う二人の手のピンクダイヤモンドの指輪、そして、ぴったりと身を寄せ合う男女のシルエット。添えられていたのは、【彼女との1年記念】という一文だった。電話の向こうで、葵が「あれ?」と声を上げる。「朔弥さん、指輪もらって嬉しすぎて間違えたのかな。5年なのに1年って書いてあるんだけど」私は喉がひどく乾いた。「私……あの指輪、落札できなかったの」黙り込む葵。次の瞬間、その投稿は跡形もなく消えていた。顔を上げると、寝室の入り口に朔弥が立っていた。珍しく、明らかに動揺している。「梓……さっき……何か見たりしてないよな……」葵は察したように電話を切った。部屋に重たい沈黙が落ちる。長い沈黙のあと、私は静かに問いかけた。「サイズの合わない指輪って、痛くないの?」朔弥がはっとして、反射的に左手を隠した。「梓、これは誤解で……」どうやら、痛くはないらしい。私はもう何も言う気になれず、疲れ切ったまま手を振った。「出ていって」朔弥を部屋から追い出した直
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第4話
意味がない。それは書店のことじゃなく、どうやら、私という人間そのもののことだったようだ。「実は、あなたが描いた設計図を偶然見かけて、すごく素敵だなって思ったんです。それで彼にお願いしてみたら、すぐにいいよって言ってくれて。私が喜ぶなら、欲しいものは何でもあげるとまで言ってくれたんですから」そう言って、わざとらしいほど自然に、琴乃はピンクダイヤをはめた手をこちらへ向けた。「この指輪も世界に1組しかないんですよ」嬉しそうな彼女の笑顔を見つめ、私も小さく笑った。「人の夫の愛人になったことを自慢できるなんて、確かにあなたくらいかもしれませんね」琴乃の笑みが凍りつく。ところが次の瞬間、彼女は私の後ろに何かを見つけたらしく、見る見る目を潤ませた。「どうしてそんなひどいことを言うんですか……」ほとんど同時だった。横から強い力で突き飛ばされる。下腹部がテーブルの角にぶつかり、息が止まるほどの痛みが走った。顔を上げると、そこにいたのは朔弥だった。「梓。ここで何をしている?」琴乃を庇うように前へ立ち、私を見る朔弥の目には、今まで見たこともないほど冷たいものが宿っていた。その後ろで、琴乃が今にも泣きそうな顔をしている。「朔弥、私、本当に梓様も書店をやりたかったなんて知らなくて……だったら、このお店は返したほうがいいよね……」「返す必要なんてない。俺が金を出して、君のために作った店だ。俺の金なんだから、誰に何をしてやろうが俺の勝手だろ?」琴乃に言っているはずなのに、視線はずっと私に向けられていた。急に何もかもどうでもよくなった。頷いて、「朔弥、もう私たち終わりにしよう」と言おうとしたとき、琴乃が弱々しい言葉を挟んだ。「他のものなら何でも譲れる。でも……私のことを愛人だなんて……それだけは、どうしても耐えられなくて……」次の瞬間、私の腕を掴む彼の手の力がさらに強くなった。声そのものは静かだった。けれど、温度はもう完全に消えている。「言いたいことがあるなら俺に言え。彼女をわざわざ傷つける必要はないだろ。梓、謝れ」いつの間にか、店内では何人もの客がこちらを見ていた。面白半分に近寄ってくる人が増え、あっという間に小さな人だかりができる。私は朔弥を見上げた。「朔弥、
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第5話
離婚届を出すために役所へ向かっていたとき、もうすぐ着くというところで、朔弥は突然私の前に膝をついた。泣きながら、私がしたいようにしてくれていいから離婚だけはしないでくれと頼み込んできたのだ。そして、もう一度だけチャンスが欲しいと縋り付いてきた朔弥。その朔弥は1年前、私がずっと憧れていたメリーゴーラウンドに琴乃を連れていった。そして今日、琴乃を守るために大勢の前で、私のほうが愛人だと思わせた。私たちの結婚だけは、朔弥にとって絶対に踏みにじれないものだと思っていた。なのに琴乃のためなら、その一線さえあっさり越えられるらしい。「梓、これで最後だ。琴乃に謝れ」朔弥の声で、私は我に返った。私は朔弥を見つめ、琴乃を見つめ、私に向けられた無数のカメラを見つめた。周りの人たちの目に浮かぶ、嫌悪と軽蔑の色。そして吹っ切れたように、私は静かにうなずいた。「ごめんなさい、向井さん」私は小さく笑った。「私が間違ってたみたいです」この謝罪は、彼女に向けたものではない。5年前に朔弥を信じて愛した自分に代わって、負けを認めただけ。琴乃は唇を軽く噛んでから、か細い声で「もういいです」と言った。その瞬間も、周囲のスマホは容赦なく私を撮り続けていた。私を見る人たちの顔には、人の不幸が蜜の味と言わんばかりの嘲笑が浮かぶ。「奥さん相手に張り合おうとか、本当に身の程知らず」「滑稽すぎて笑えるんだけど」「最悪。こんな人と同じ空気吸ってるって思うだけで気分悪い」人混みをかき分けて書店を出ると、朔弥に腕を掴まれた。「悪かった、梓。琴乃は……君とは違うんだ。こういうことに慣れてないし、あんなふうに責められたら耐えられない。今日は先に帰っててくれ。動画は今夜中にでも全部消させるからさ。遅くても明日には、俺たちが夫婦だってちゃんと公表するよ」私は黙ったまま、彼を見据える。朔弥は少し迷ったあと、左手の薬指からピンクダイヤモンドの指輪を外し、私をなだめるように言った。「これでいいだろう?」愛人とお揃いの指輪を外して、私との結婚指輪に戻す。それが、朔弥なりの譲歩らしい。散々傷つけておいて、最後に少し優しくすれば帳消しになるとでも思っているのだろうか?もう腹を立てる気力さえ湧かなかった私は、彼の手
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第6話
離陸前、スマホの電源を切った。画面が暗くなるのとほとんど同時に、朔弥から届きかけていたメッセージも闇の中へ消えた。それはまるで、ようやく何かを終わらせるための儀式のようだった。シートに体を預けると、窓の外では滑走路の灯りが次々と後ろへ流れ、速度を増しながら滲んでいく。やっと、この街を離れられる。胸が引き裂かれるように痛むと思っていた。けれど実際にあったのは、5年間ずっと背負っていた重い荷物を、ようやく下ろしたような拍子抜けするほど静かな解放感だった。窓に頭を預け、ゆっくり息を吐く。雲を抜けると、沈みかけた夕日が空を金色に染めていた。現実とは思えないほど美しい。5年前の新婚旅行のとき、飛行機の中で朔弥が私の手を握って言った言葉を思い出す。「これからは毎年、いろんな場所へ連れていくよ」あの約束もほかのたくさんの約束と同じように、いつの間にか忘れられていた。飛行機が着いた頃には、もう深夜だった。到着ロビーへ出ると、こちらに向かって思いきり手を振っている人影が見えた。勢いよく跳ねるたび、ポニーテールが左右にぶんぶん揺れている。幼なじみであり、大親友の葵。葵は何も言わずに駆け寄ってくると、私のスーツケースをひったくるように奪い、空いた手で私の腕をぎゅっと抱え込んだ。力が強くて、少し痛い。でも、その痛みが、自分がまだ生きていることを実感させてくれた。車で葵の家に着くと、彼女は私をソファに座らせ、冷蔵庫から缶ビールをごっそり抱えて戻ってきた。色とりどりで、いろんな銘柄が混ざっている。葵はそれをテーブルの上にどさどさと並べ、得意げに眉を上げた。「飲む?」私は缶の山を見て、首を振った。「今日はいいかな」お酒は苦い。今の私には、これ以上苦いものなんて必要なかった。葵は一瞬きょとんとしたものの、すぐにビールを脇へ押しやり、両腕を広げた。「じゃあ、ハグする?」葵の服からは、柔軟剤のほのかな香りがした。大学の頃の匂いと同じだった。その肩に顔を埋めると、急に目の奥が熱くなった。でも、涙は出ない。涙は、5年前の馬鹿だった私のために十分流した。だから、もう泣かないと、離婚を決めた時に自分自身に言い聞かせていた。葵は私の背中を優しくさするだけで、何も言わなかった。ただ、ずっと抱きしめてくれ
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第7話
葵の言葉に、私は思わず声を上げて笑った。その夜、私たちは夜遅くまで語り合った。大学時代の思い出から今の暮らし、葵のどうしようもなかった元彼のこと。そして、かつては誰より信頼できると思っていた私の夫のこと。葵に「後悔してる?」と聞かれ、私は少し考えてから答えた。「好きになったことは後悔してない。でも、一度裏切られたときに許したことは後悔してる」葵はしばらく黙っていた。「そこまで分かってるなら、大丈夫だね」「分かってはいたよ。前からずっと……ただ、手放せなかっただけ」深夜3時、葵は私の肩にもたれたまま眠っていた。タブレットには、さっきの建築士のプロフィールがまだ表示されている。私は彼女に毛布をかけ直し、窓の外に広がる見知らぬ街の夜景を眺めた。この5年間で初めて、息が自由に吸えた気がした。……朔弥がそのメッセージを受け取ったとき、彼は琴乃のマンションにいた。スマホが震え、何気なく画面を開く。だが、表示されたファイルに目を通すうち眉間の皺が深くなっていった。離婚協議書。財産分与から債務の扱いまで、一つひとつ細かく記載されている。それどころか、彼自身の結婚指輪まで、「夫が取得する財産」としてきっちり分けられていた。梓は何も残さないつもりらしい。数秒画面を見つめたあと、朔弥は短く返信した。【いい加減にしろ】送信すると、スマホを放り出して眉間を揉む。最近の梓は、少し感情的になりすぎている。腹を立てるのは分かるが、何かあるたび離婚を持ち出すのは、さすがに子どもじみていると思った。胸元に寄りかかっていた琴乃が顔を上げ、おそるおそる朔弥の様子をうかがう。「朔弥、梓さんはまだ怒ってる?」彼女は唇を噛み、甘えるように声を落とした。「私はただ、あの書店が梓さんのアイデアを参考にしたって言っただけなのに……あんなに怒るなんて。梓さん、ちょっと心が狭いと思わない?」朔弥は琴乃を見下ろし、髪を優しく撫でた。「君のせいじゃない。梓が勝手に気にしてるだけだから」そして、琴乃の薬指にはまったピンクダイヤを手で弄ぶ。淡い光を返す宝石を撫でながら、朔弥は言った。「帰ったら、俺からちゃんと言っておくよ」琴乃は嬉しそうに目を細め、素直に頷いた。翌日の午後、朔弥は家に戻った。正確には、朔弥と梓が
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第8話
これまで喧嘩をしても、実家に数日帰るか、葵と旅行に出るくらいで、しばらくすれば梓のほうから帰ってきた。一番長かった時でも10日間。最後には梓から電話をかけてきた。「朔弥は、私に会いたくないの?」会いたいに決まっている。だが朔弥は言わないし、言う必要もないと思っていた。そんなこと、言わなくても梓なら分かっているから。だから今回も、待つことにした。彼女が頭を冷やして、自分から戻ってくるまで待つ。梓との婚姻関係の発表についても、考えた末に出さないことにした。琴乃はようやく落ち着いたばかりだ。今ここで自分が既婚者だと公表すれば、また傷つけてしまうかもしれない。梓は5年間も待ってくれたのだから、あと数日くらいどうということはない。1日が過ぎた。そして、2日……さらに、5日が過ぎた。それでも、梓からは何の連絡もなかった。朔弥はいつの間にか、頻繁にスマホを確認するようになっていた。通知が来るたび、反射的に画面を開く。会議中、部下から報告を受けている最中にも三度、話を聞き逃した。秘書から、「社長、以前おっしゃっていた婚姻関係の公表はどうなさいますか?」と確認され、しばらく黙ったあと、「いや、出さなくていい」と答えた。だが、朔弥が出さなくても、別の誰かが世間に広めた。その夜、1本の動画がSNSで拡散され始める。それは、書店での騒動を撮影したものだった。琴乃を庇う朔弥と、ピンクダイヤを見せつけられ、大勢の前で頭を下げる梓。そして、タイトルにはこう書かれていた。【本妻が愛人を公開処刑!周囲から拍手喝采】動画の中で、梓は青ざめた顔のまま唇を固く結び、琴乃に向かって言っていた。「私が間違ってたみたいです」コメント欄には琴乃を褒め称え、梓を嘲笑する言葉が溢れかえる。【スカッとした!本妻強すぎ!】【愛人、最後すごすご帰ってて笑った】【待って。これ、なんかおかしくない?】わずかに疑問を呈する声もあったが、すぐ大量の罵倒に埋もれていった。コメントを一つずつ追う朔弥の表情は、次第に険しくなっていった。彼はスマホを手に取り梓に電話をかけようとしたが、発信ボタンの上で指が止まった。これを見たら、向こうから連絡してくるだろう。誰かに傷つけられるたび、目を赤くして自分のところへ来るくらい、梓は昔
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第9話
バーの中は大音量の音楽が鳴り響き、照明が妖しく揺れていた。人混みをかき分けて入ってきた朔弥は、すぐに梓を見つけた。カウンター席に腰掛けた彼女は、見覚えのない黒いワンピースを着て、髪を肩に下ろしている。その隣には男が一人。梓の耳元に顔を寄せて何かを話し、二人で笑い合っていた。テーブルにはグラスが二つで、梓の前にあるのは淡いピンク色のカクテルだった。8日間ぎりぎりのところで張り詰めていた何かが、朔弥の中で切れた。次の瞬間、男の胸ぐらをつかみ、そのまま拳を叩き込む。鈍い音がして、男は椅子ごと床に倒れた。悲鳴すら音楽にかき消される中、周囲の客が一斉に離れ、そこだけぽっかりと空間ができる。朔弥は倒れた男を見下ろし、低く言った。「俺の女に近づくな」朔弥の声はその男にしか聞こえないほどの大きさだった。男は頬を押さえたまま、呆然と朔弥を見上げた。「は?誰だよお前。頭おかしいんじゃねえの?」さらに殴りかかろうとした朔弥の腕を、誰かが強くつかんだ。それは、葵だった。爪が食い込むほど朔弥の腕を握り、目を真っ赤にして怒鳴る。「ちょっと!何してんのよ!もう離婚するんでしょ?だったら、梓が誰といようがあなたに関係ないじゃん!」朔弥の身体が強張った。そして、葵の方へと振り向く。振り返った彼は、騒音の中でもはっきり聞こえる声で言った。「離婚してない」葵の手を振り払い、一語ずつ噛みしめるように続ける。「俺が同意してない。だから、まだ夫婦だ」そこで、私は椅子から立ち上がった。音楽はまだ鳴り響き、照明も回り続け、野次馬がますます集まってくる。けれどそのすべてが、ふと遠い世界の出来事のように思えた。私はまるでずっと長いあいだ会っていなかった人を見るように、朔弥を見つめた。「何がしたいの?」自分でも驚くほど、私の声は静かだった。朔弥は言葉に詰まり、握り締めていた拳をゆっくり開いた。私を見つめる彼の喉仏が、わずかに動く。「俺と一緒に帰ろう」私は思わず笑ってしまった。その笑い方が気に障ったのか、朔弥の目がわずかに揺れる。「帰って何するの?またあなたがあの子を庇うところでも見ろって?それとも、あの子の手を取って私のほうが悪い女だってみんなに見せつける?」「もう絶対にしない」朔弥はすぐ
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第10話
私は頷いた。「じゃあ、裁判にする」そうして葵の手を引き、朔弥を避けてドアの方へ歩き出した。しかし、すれ違う瞬間に手首をつかまれた。それは、驚くほど弱い力で、しかもその手は震えている。書店で琴乃を守るために骨が砕けそうなほど強くつかまれたときとは、まるで違っていた。「梓……」掠れた声が背中に届く。「俺が悪かった」私は立ち止まったけれど、振り返りはしなかった。悪かった?5年も経って、ようやく間違っていたと気づいたらしい。でも、欲しかったものも待たされすぎると、もういらなくなる。私は彼の手を振りほどき、そのまま一度も振り返らず店を出た。その夜、帰りのタクシーで葵はずっと怒っていた。「何あれ!今さら追いかけてきて、しかも人まで殴って!本当にどうかしてるでしょ!」さんざん朔弥を罵ったあと、ふいに黙り込み私を見る。「梓、泣きたいなら泣いていいんだよ。我慢しないで」私は首を横に振った。「泣きたくない」強がりではない。昔なら、朔弥のことで息もできないほど泣いた。でも、あの頃そうして痛んでいた場所は、いつの間にか静かに塞がっていた。もう、彼のことで揺れることはない。葵はしばらく私を見つめたあと、ふっと笑った。「そっか」それから、少しだけ嬉しそうに言う。「梓、今度こそ本当に吹っ切れたんだね」うん。ようやく本当に終わった。私はこの夜で全部終わるのだと、そう思っていた。朔弥ほどプライドの高い人なら、大勢の前で拒絶され、裁判にするとまで言われれば、怒って離婚協議書に署名し、そのまま私の人生から消えるはずだった。でも、それは私の思い違いだったらしい。翌朝、葵がものすごい顔でスマホを握り、私の部屋へ飛び込んできた。「梓、朔弥さん……とうとうおかしくなっちゃったかも」スマホを受け取ると、画面には朔弥の会社の公式アカウントが表示され、声明文がトップに固定されていた。長文で堅苦しい文章だったが、要点は単純だった。朔弥は5年前に私と婚姻関係を結び、現在も婚姻関係は継続中であり、破綻など一切ない。さらに、最近ネット上で広まっている「愛人」などの情報は事実ではなく、悪意ある曲解であり、虚偽情報を拡散した者には法的措置を取るという内容。この声明が出されてから1時間もしないうちに、コメント欄は大荒
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