出発の数日前、康司は寧々を抱きしめながら、何度も優しく約束してくれていた。今度の旅行だけは絶対にふたりきりにする、と。これまで我慢させてきた分、今回はふたりの時間を作って、誰にも邪魔させない、と。実のところ寧々は、彼の注文履歴をちらりと目にしたことがあった。特注のダイヤモンドリング。宛先は、旅行先のホテルに指定されていた。あのとき寧々は胸を熱くし、思わず目を潤ませた。ふたりはバタバタと籍を入れただけで、プロポーズも式も挙げていない。ずっと心の奥底で、そのことを寂しく思っていたのだ。康司はちゃんと覚えていてくれた。そう思うだけで、日々の疲れも吹き飛ぶようだった。だからこそ寧々は胸を躍らせて、丸1年待ち続けたこの旅行の出発の日を迎えたのだ。なのに、ふたりだけの世界だと思っていたのは、結局、自分ひとりの勝手な期待でしかなかった。胸が締め付けられるような苦しさがこみ上げ、息が詰まりそうになる。寧々はふたりのほうを見ることなく、黙って窓の外に顔を向けた。思えば、康司と付き合いだしてから今日まで、ふたりだけの世界なんて一度もなかった。デートのたびに、ちょっとした小旅行のたびに、ふたりきりで過ごすはずの時間のたびに、必ずと言っていいほど香代の姿があった。偶然居合わせることもあれば、あらかじめ康司と約束していることもある。だが大抵の場合、香代は呼ばれもせずにふらりと現れるのだ。そのたびに、康司の言い分はいつも同じだった。「寧々、お前だってこれからは香代のこと、家族みたいに思ってやってくれよ」「あいつはこの街でひとりぼっちで、身内も友達もいないんだ」「実家の親からも、気にかけてやってくれって頼まれてるし」「今回だけ、一緒に連れて行ってやろうよ、な?拗ねないでくれ」その言葉を聞くたびに寧々は、胸の内のもやもやとした落胆を呑み込んできた。他人のことで揉めたくない。心の狭い女だと思われたくない。そう自分に言い聞かせ、何度も何度も譲歩を重ねてきたのだ。だが、まさか思ってもみなかった。最初に譲ってしまったそのときから、康司とふたりきりの時間は、二度と手に入らなくなったのだ。……隣では、康司と香代が盛り上がった様子で、現地の観光地について話し込んでいる。「お前が言ってたあの旧市街の屋台、あんまり評判良
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