旅の夜。 焚き火の爆ぜる音が、静まり返った森に規則正しく響いていた。 かつて《水の柱》として世界を支え、今は一介の旅人となったディーネは、火の粉を眺めながら、ぼんやりと思っていた。 ――あたしは、何も変わっていない。 火竜山を越え、自分の胸の内にあった感情に「愛」という名前をつけた。 確かに、世界の見え方は少し変わった。 けれど、最強の戦士としての誇りも、不器用な弟子への厳しい態度も、何一つ変わってはいない。 「……ッ、ぐ」 対面に座っていたヤンシーが、不意に顔を歪めた。 右足首を押さえている。 「……どうしたんだい」 ディーネが顔を上げる。 「いや、何でもない」「見せな」「しかし――」「いいから」 有無を言わせぬ声に、ヤンシーは素直に足を差し出した。 今日の旅路は険しかった。 岩場を越える際、ヤンシーはディーネが足を踏み外さないよう支えることに集中し、自分自身の足運びを疎かにしていたらしい。 足首は少し腫れていた。 「……馬鹿だねぇ」 ディーネはため息をつきながら、手当てを始める。 以前の彼女なら、きっとこう言っていただろう。 『その程度の段差でへばるんじゃないよ! 鍛錬不足だね』 だが。 「……痛むかい?」 口から出たのは、思いのほか柔らかな声だった。 ヤンシーが、驚いたように顔を上げる。
Last Updated : 2026-09-03 Read more