月明かりを映した湖面を、ディーネは退屈そうに眺めていた。 人と精霊が共存する世界――ダイタニア。 その世界を支える四つの神殿の一つ、水の神殿。 柱として人々から崇められる立場にありながら、彼女の胸の内を満たしているのは誇りではなく、空白だった。「……こんな夜更けに、冷えますよ。ディーネ師範」 背後から掛けられたのは、穏やかで太い声。 振り返らなくてもわかる。道場で誰よりも木刀を振っている、筋骨隆々の大柄な青年――彼女の弟子の一人だ。「……あんたか」 ディーネは身を翻し、ふっと不敵に笑う。「ねえ。あんたさ、毎日毎日こんなところで素振りばっかりしてて、退屈じゃないの?」「退屈などしません。俺にとって、師範のそばで武の道を歩む日々がすべてですから」 大真面目な顔で真っ直ぐに答える朴念仁に、ディーネは「はぁ」と呆れたように息を吐いた。「ほんと、あんたってば筋金入りだね」 ディーネは、この男の“熱”を理解していない。 正確には、理解するための感覚が欠けている。 好きも、憧れも、執着も――彼女の中では輪郭を持たない。 それでも彼は、まるで当然のようにそこに立っている。「……でもさ、あたしはもう、飽きちゃったんだよ」「……飽きた、とは?」「十六でここを守り始めて四年。道場だって、もう副師範代に任せとけば立派に回る。だから……あたしはもっと、面白くて広い世界が見たいのさ」 ディーネは青年の目の前まで歩み寄り、その顔を見上げた。「あたしはここを出るよ」 言葉にすれば、それだけだ。 だが、その一歩がどれほど重いかを彼は知っていた。 彼にとってこの道場は、積み上げた時間そのものだった。 師範のそばで剣を振るう日々は、人生の意味に等しい。 それでも―― 拳を握り、視線を落とす。そして、もう一度顔を上げた。「……なら、俺も行く」 ディーネの眉が僅かに上がる。「どこへでも、お前と」 ディーネは、その言葉の意味を深くは理解しなかった。 だが一つだけ分かったことがある。この男は、“自分の行動基準”を持っている。 そしてそれは、自分の空白とは違う種類のものだ。 それが少しだけ、興味を引いた。「……あっそ。後悔しても知らないからね」「するはずがない。俺はお前についていく」 ディーネは満足げにニッと笑い、青年の無骨な手を無
Last Updated : 2026-08-26 Read more