تسجيل الدخولかつて《水の柱》と呼ばれた最強の女戦士ディーネ。 ぶっきらぼうで喧嘩っ早い彼女は、ある日、かつての弟子である不器用で誠実な大男と共に流浪の旅へ出る。 命がけの試練を越え、共に戦い、笑い、傷つき、やがて互いを求め合うようになった二人。 しかし、戦うことしか知らなかったディーネは、彼からの途方もなく真っ直ぐな想いに触れながらも、「愛すること」と「未来を選ぶこと」に戸惑い続けていた。 これは、最強の女戦士が一人の男と出会い、 旅の果てに「愛」という名の答えへ辿り着く物語。 本編全18話になります。
عرض المزيد月明かりを映した湖面を、ディーネは退屈そうに眺めていた。
人と精霊が共存する世界――ダイタニア。
その世界を支える四つの神殿の一つ、水の神殿。
柱として人々から崇められる立場にありながら、彼女の胸の内を満たしているのは誇りではなく、空白だった。
「……こんな夜更けに、冷えますよ。ディーネ師範」
背後から掛けられたのは、穏やかで太い声。
振り返らなくてもわかる。道場で誰よりも木刀を振っている、筋骨隆々の大柄な青年――彼女の弟子の一人だ。
「……あんたか」
ディーネは身を翻し、ふっと不敵に笑う。
「ねえ。あんたさ、毎日毎日こんなところで素振りばっかりしてて、退屈じゃないの?」
「退屈などしません。俺にとって、師範のそばで武の道を歩む日々がすべてですから」
大真面目な顔で真っ直ぐに答える朴念仁に、ディーネは「はぁ」と呆れたように息を吐いた。
「ほんと、あんたってば筋金入りだね」
ディーネは、この男の“熱”を理解していない。
正確には、理解するための感覚が欠けている。
好きも、憧れも、執着も――彼女の中では輪郭を持たない。
それでも彼は、まるで当然のようにそこに立っている。
「……でもさ、あたしはもう、飽きちゃったんだよ」
「……飽きた、とは?」
「十六でここを守り始めて四年。道場だって、もう副師範代に任せとけば立派に回る。だから……あたしはもっと、面白くて広い世界が見たいのさ」
ディーネは青年の目の前まで歩み寄り、その顔を見上げた。
「あたしはここを出るよ」
言葉にすれば、それだけだ。
だが、その一歩がどれほど重いかを彼は知っていた。
彼にとってこの道場は、積み上げた時間そのものだった。
師範のそばで剣を振るう日々は、人生の意味に等しい。
それでも――
拳を握り、視線を落とす。
そして、もう一度顔を上げた。
「……なら、俺も行く」
ディーネの眉が僅かに上がる。
「どこへでも、お前と」
ディーネは、その言葉の意味を深くは理解しなかった。
だが一つだけ分かったことがある。
この男は、“自分の行動基準”を持っている。
そしてそれは、自分の空白とは違う種類のものだ。
それが少しだけ、興味を引いた。
「……あっそ。後悔しても知らないからね」
「するはずがない。俺はお前についていく」
ディーネは満足げにニッと笑い、青年の無骨な手を無造作に掴んだ。
「なら、さっさと荷物まとめな」
月明かりの下、重なり合った二つの影が神殿の奥へと消えていく。
それが、気高き《水の柱》が自由を求め、ただ“自分のことを好きだと言う男”ではなく、“理解できない熱を持つ存在”に興味を抱いて歩き出した、旅の幕開けであった。
夜露が下り、冷を帯びた空気が漂う宿場の外れ。 焚き火の煙が微かに燻る簡素な夜営地で、ディーネはふと浅い眠りから意識を引き上げられた。 身じろぎをして手を伸ばす。だが、いつもそこにあるはずの岩のように分厚く、安心しきった温もりが指先に触れることはなかった。 「……ん」 寝ぼけ眼をこすりながら身を起こす。薄い布の隙間から入り込んだ夜風が、火照りの残る肌をひんやりと撫でていく。 (こんな夜更けに、どこ行ったんだい……) 微かな不満を胸の内で呟きながら、ディーネは静かに息を吸い込み、意識を外へと広げた。 彼女の鋭敏な感覚は、夜の闇に隠れた微細な音の粒すらも容易く拾い上げる。 草むらで鳴く虫たちの規則的な合唱。遠くの岩肌を滑り落ちる、かすかな雫の音。 それら自然の調べを縫うようにして――不自然なほど荒々しく、熱を孕んだ摩擦音が、確かに彼女の耳を打った。 (……そこか) ディーネのつり目気味の青い瞳に、獲物を見つけた夜の獣のような鋭い光が宿る。 彼女は足音ひとつ立てずに寝床を抜け出すと、音が漏れ聞こえてくる少し離れた木陰へと、滑るような足取りで近づいていった。 夜盗か、あるいは獣か―― そんな警戒心は、そーっと草葉の陰からその光景を覗き見た瞬間、呆気なく甘い驚きへと変わってしまった。 「はぁっ……、くっ……!」 頼りない月光に照らし出されていたのは、他でもない、自分の連れだった。 彼は太い木の幹に背を預け、持ち前の巨躯を熱っぽい呼気と共に大きく揺らしている。 そして、その逞しく無骨な手は、限界まで怒張しきった己の分身を、痛いほどの力強さで激しく
翌朝、ディーネは彼の腕枕の中にすっぽりと収まり、自身の細い指先で彼の分厚い胸板をツンツンと意味もなく小突いていた。「……起きてるかい?」「ああ」 頭上から降ってきた声は、昼間の厳しい鍛錬の時とは全く違う、ひどく甘く低い響きを持っていた。「……なんだ。ただの木石かと思ってた」 照れを隠すように口を尖らせてそっぽを向く彼女に、彼は微かに喉の奥で笑い声を立てた。「俺だって男だ。愛する女を前にして、いつまでも石ではいられない」 大きな掌が、彼女の華奢な背中をゆっくりと撫で下ろす。その優しすぎる手つきに、ディーネはくすぐったそうに身をよじり、さらに彼の温もりへと密着した。「……ねえ」「ん?」「あんたさ、神殿で毎日毎日、馬鹿みたいに木刀を振ってた頃から……あたしとこういうことするって、考えてたのかい?」 悪戯っぽい上目遣いで尋ねると、彼は少しだけ視線を泳がせ、気まずそうに目を伏せた。「……それは」「ふふっ、図星か。大真面目な顔して、頭の中はとんだ色ボケだったってわけだ」「違う。……いや、違わないが。俺はただ、お前の隣に立ちたかったんだ。お前が一人で背負っているものを、少しでも一緒に持ちたくて、必死だった」 不器用で、飾り気の一切ない真っ直ぐな言葉。 ほんの少し前までの彼女なら、それを聞いてもただ「物好きな奴だ」としか思わなかっただろう。 だが、自分のために命を投げ出し、そして今、極上の快楽と優しさで自分を甘く溶かしてくれたこの男の言葉は、ディーネの胸の奥をじんわりと満たしていく。「……バカだねぇ」 ディーネは身を起こし、彼の頬に手を伸ばした。親指でその無骨な輪郭を愛おしげになぞる。「あの退屈な毎日の中で、あんただけが“面白そう”だったから連れ出した。……でも、今は違う」 彼女は言葉を区切り、自ら彼の唇にちゅっと軽いキスを落とした。「……あんたがいないと、つまらない。だからさ――」 ディーネは彼の胸元を指先でつつく。「勝手にどっか行くんじゃないよ」「行かん」「他の誰かについて行くのも駄目だ」「……ああ」「ならいい」 彼は一瞬言葉を失った。 その言葉が意味するものを、彼だけは理解していた。 そのいじらしくも彼女らしい強気な愛の告白に、彼は一瞬息を呑み、次いで堪えきれないといった様子で彼女を強く、強く抱きしめ返した。
窓の隙間から、青白い月光が静かに忍び込む旅の安宿。 古い木製のベッドの上で、ディーネは組んだ膝に顎を乗せ、隣に座る彼を横目で見た。「……あのさあ」「ん?」「その……この前の……なんだぁ?」「……?」「あんたも、あたしも、本調子じゃなかった……よな……?」「? ああ」「……なんつうかさ、お前が死にそうになったり、あたしが痛い思いしたり、嫌な記憶になってるだけってのが、なんだか気に食わなくて、ね」「……」「……だからさ、もう一度、やってみない?」 言った直後に、自分でも何を口走っているんだと思った。 だが引っ込めるには遅すぎた。「……ディーネ……お前、それ、どういう意味で言ってるのか、解ってるのか?」「……さあね」 ふい、と視線を逸らした彼女の耳の端が、月明かりの中でもわかるほどほんのりと朱に染まっている。 前回の、猛毒から逃れるための初めての交わり。 それは互いにとって、焦燥と痛み、そして命を繋ぎ止めるための必死さだけが刻まれたものだった。 それを「気に食わない」と切り捨ててみせた彼女の不器用な誘いに、彼は胸の奥をギュッと掴まれたような衝撃を受けた。 薄暗い部屋で照れ隠しにそっぽを向く彼女を見て、彼は思わず息を止めた。 胸の奥がじわりと熱くなる。 その熱の正体など、考えるまでもなかった。「……笑いたきゃ笑いな。あたしだって、どうせなら気持ちいい方が――んっ」 強がりな言葉は、彼がそっと重ねた唇によって優しく塞がれた。 前回の野獣のような荒々しさとは全く違う、ひび割れた硝子を扱うような、羽のように軽い口づけ。 ディーネは一瞬目を丸くしたが、すぐに彼の首に腕を回し、自ら強引に彼の唇をこじ開けた。「……っ、ん、ふ……まどろっこしいね……」 彼女らしい荒っぽさで舌を絡め取られ、彼は微かに笑みをこぼす。そのまま互いの衣服が擦れる音と共に、静かにベッドの上へと彼女を押し倒した。 月の光を浴びた透き通る素肌の輪郭を、彼の手のひらが祈りを捧げるようにゆっくりとなぞっていく。「今日は……絶対に痛くしない。お前がとろけるまで、大切にする」「……口だけじゃないだろうね」 挑発するように青い瞳が笑う。 彼は彼女の首筋から鎖骨、そして小さくも均整のとれた胸元へと、一つ一つ印を刻むように口づけを落としていった。 丁寧に、じっく
岩壁を這う冷たい風が、汗ばんだ二人の素肌を静かに撫でていく。 狂気のような熱の嵐が過ぎ去った洞窟の奥深くで、ディーネは彼の分厚い胸板にぴったりと耳を押し当てていた。 ドクン、ドクン……。 静寂の中で響く、力強く規則正しい心音。 その確かな命の律動を感じ取った瞬間、ディーネの奥歯がカチリと鳴った。 彼の熱い体温に包まれながら、彼女自身の身体が小刻みに震えていることに、今さら気がついた。(……死ぬかと、思ったじゃないか) ただの退屈しのぎの連れ。自分のことを好きだという物好きな男。そう嘯いていたはずだった。 だが、彼が毒に侵され、目の前で命の灯火を散らそうとした時、彼女の胸を貫いたのは、身を裂かれるような喪失の恐怖だった。 彼が死ぬ。 その考えが脳裏をよぎった瞬間、胸の奥を何かに鷲掴みにされたような気がした。 どうしてそんな気分になるのかは分からない。 分かりたくもなかった。 ただ、ひどく気分が悪かった。 ディーネは彼の広い背中に回した腕の力を、爪が食い込むほどに強めた。「……ディ、ネ」 不意に、頭上から掠れた声が降ってきた。 弾かれたように顔を上げると、毒の濁りが完全に消え、いつもの深い光を取り戻した瞳が彼女を見下ろしている。「俺は……お前を、傷つけた……っ」 己のしでかした事の重大さに気づき、絶望と後悔に顔を歪める彼。しかし、ディーネはその大きな身体を逃がさないように、さらに強くしがみついた。 今まで知らなかった感情が、腹の底からドロドロと湧き上がってくる。 この男は、自分を護るためにあっさりと命を投げ出した。そして自分は、自らの最も深い場所でその熱を受け止め、彼を此岸へと引きずり戻したのだ。 自分の内で受けとめた彼の熱が、彼が生きているという何よりの証として、今も奥底で脈打っている。「……バカだね、ほんとに」 ディーネは至近距離で彼を見据え、かすかに震える声で紡いだ。「勝手に死のうとした落とし前は、きっちりつけてもらうよ。……あんたの命はあたしが助けたんだ。だから、勝手にどっかで死ぬのは許さないよ」 自分でも驚くほど、低く熱を帯びた声だった。 この感情が何なのかは分からない。 ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。 誰にも渡したくない。 それだけは、嫌だった。 初めて芽生えた強烈で理不尽な執着