私から金の話を持ち出すとは思っていなかったのだろう。時也の顔が強張り、その隣で灯里は目を赤くしながら紙とペンを取りに行った。「玲奈、怒らないで。借用書を書くから。子どもがもう少し大きくなったら私も働くし、利息もちゃんと払う」震える手で書き始めた紙を、時也が途中で取り上げ、そのまま破り捨てた。「必要ない。今まで灯里にいくら使ったのか、全部出せ。俺がまとめて返す」さらに灯里の手を握り、安心させるように声を落とす。「書かなくていい。俺がいる。俺たち夫婦が玲奈に借りを作る必要はない」かつて、私にとって誰より大切だった二人が今は夫婦として肩を並べ、私の向かい側にいる。その光景を見ているだけで胸の奥が締めつけられ、涙がこぼれそうになった。私はそっと息を整え、込み上げるものを飲み込んだ。「分かった。じゃあ、全部清算しよう」スマートフォンの決済履歴を開き、灯里のために支払ったものを一件ずつ確認していく。妊婦健診の費用、栄養食品、住居費、産後ケア。画面を遡り続けるうちに、時計はいつの間にか午前0時を回ろうとしていた。そしてようやく、一番古い記録に辿り着く。18歳のとき、灯里から振り込まれた13万5,076円だった。あの頃、両親は私の大学進学に反対していた。進学などせずに働き、その金を兄の結婚資金に回せと言われ、私が拒むと、家から出られないよう部屋に閉じ込められた。そんな私を助けてくれたのが灯里だった。窓を壊して部屋に入り、私をあの家から連れ出してくれた。それだけではない。何年も貯めてきたお年玉も、アルバイトで稼いだお金も、灯里は惜しむことなく私に差し出してくれた。「玲奈なら絶対に大丈夫。これは貸すんじゃなくて、先行投資。私、人を見る目には自信あるんだから」画面にぽたりと涙が落ちた。私はすぐに指で拭い、その13万5,076円だけは合計から外した。あのお金まで、今さら返してもらう気にはなれなかった。ほどなくして、時也から入金の通知が届く。857万2,005円。端数まできっちり計算された金額。私はしばらく、その数字を見つめていた。13万5,076円は、灯里が持っているものを惜しみなく差し出し、私をあの家から連れ出してくれたときのお金だった。それなのに今、目の前に届いた85
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