玲奈が去ってから、ちょうど1か月が過ぎていた。悠真の夜泣きは相変わらずで、灯里が引き継いだ仕事でも問題が絶えない。火事の後始末もいまだ片づかず、階下の住人からは家具の損害分を追加で請求され、保険会社からも何度となく書類の提出を求められていた。新しい家のソファには、洗ったまま畳まれていない服が積み上がり、ダイニングテーブルは仕事の資料や粉ミルクの缶で埋まっている。哺乳瓶やおむつ、悠真の玩具まで部屋中に散らばり、玲奈と暮らしていた頃の整った面影はどこにもなかった。そんな家へ帰るたび、時也の脳裏には、玲奈と暮らしていた頃の光景が浮かんだ。玄関にはいつも灯りがともり、アイロンのかかったシャツがきちんと並び、どれだけ遅く帰っても、キッチンには温かい夜食が用意されていた。それでも玲奈は、そんな日々を特別なことのように語ることはなく、礼を言っても「ついでだから」と何でもないように笑うだけだった。時也も、本当にその程度のことだと思っていた。けれど今は、しわになったシャツを整えるのも、汚した服の替えを用意するのも、すべて自分でやるしかない。どれだけ遅く帰っても、待っているのは悠真の泣き声と、片づかない部屋だけだった。当たり前だと思っていた暮らしが、どれほど玲奈に支えられていたのか。時也は、彼女を失って初めてその大きさを思い知った。その夜、悠真がようやく眠り、寝不足の続いていた灯里もソファで眠り込んだあと、時也は散らかったリビングで一人、胸の奥にくすぶる不安と向き合っていた。やがて、それを抑えきれなくなり、玲奈の勤務先へ電話をかけた。「柏木です。玲奈は、いつ出張から戻りますか?」できるだけ平静を装って尋ねたが、電話の向こうからはすぐに返事がなかった。「そちらで仕事を詰め込みすぎてるんじゃないですか?連絡を返す暇もないみたいですが」少し間を置いて返ってきた高木課長の声には、明らかな冷たさがにじんでいた。「玲奈は出張ではありません」「……どういう意味ですか?」「ロンドン支社への3年間の赴任です」3年。あまりにも予想していなかった言葉に、時也は一瞬、何も返せなかった。「……3年?そんなはずありません。3年も離れるのに、俺に何も言わないなんて……」「あなたに話す義務はありませんよね?」「俺は婚約
Read more