【本文は?】【読んでない】それ以上、美羽が尋ねることはなかった。5月のある日、食堂の営業を終えたところで、マルタに呼び止められた。「今日、詩織のことを聞きに来た人がいた」マルタは身ぶりを交えながら続けた。「同じ国から来た女の人。詩織がいつ働いているのか聞いてた」手の中の布巾を強く握った。「どんな人だった?」マルタは少し考え、自分の頭の上で手を止め、背丈を示した。「小柄で、眼鏡をかけてた。話しながら泣いてた」佳代がフィンランドまで来たのだ。3回深呼吸した。「マルタ。もしまた来たら、私はもうここで働いていないって言って」マルタは眉を寄せて私を見たものの、最後にはうなずいた。「分かった」その日は遠回りをして、いつもとは違う道から寮に戻った。公園のそばを通ると、ベンチに人が座っていた。小柄で、眼鏡をかけ、膝の上に衣類らしきものが入った袋を抱えている。佳代だった。私には気づいていない。うつむいたまま、眠っているようにも、ただぼんやりしているようにも見えた。5月のヘルシンキは夕方になるとまだ冷えるのに、佳代は薄着で、上着も肩からずり落ちかけていた。30メートルほど離れた木の陰から、10秒だけその姿を見た。それから背を向け、別の道を選んだ。……佳代はヘルシンキに5日間滞在した。毎日食堂へ来たが、そのたびにマルタが「詩織はもうここで働いていない」と説明し、帰ってもらっていた。4日目は大学の掲示板の前に午後いっぱい立ち、何かを探していたらしい。5日目に帰った。美羽からそう聞いた。【お母さん、帰ってきたよ。ひどく痩せてた。食堂の壁にお姉ちゃんの名札がまだ掛かってたから、働いてるって分かったって】【騒いだりはしなかったよ】【帰りの飛行機では、ずっと泣いてた】メッセージを読んだが、返事はしなかった。6月末、期末試験が終わった。図書館の入り口で朔也に待ち伏せされた。「成績、出たぞ。もう見た?」「見たよ」「GPAは?」「4.0」朔也は息をのみ、それから手を差し出した。「さすがだな。握手してくれ」その手を握った。大きな手のひらには、薄くたこができていた。「詩織、夏休みはどうする?帰るの?」「帰らない。こっちの夏季研究プ
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