「お姉ちゃん、おかえり。ご飯なら残してあるよ。自分で温めてって、お母さんが」水野美羽(みずの みう)はキッチンの入り口にもたれ、半分ほど残ったチョコレートアイスを手にしていた。表面のチョコがひとかけ、床に落ちた。私は靴を履き替えると、かがんでそれを拾い、ゴミ箱に捨てた。「うん。もう食べてきた」本当は何も食べていなかった。役所を出てから、道沿いのベンチに3時間も座っていた。「そっか」美羽はアイスをひと口かじり、私の顔をしばらく見つめてから目をそらした。あの目だった。12年間、何度も向けられてきた目。昔は嫌悪だと思っていた。そのうち同情なのだと思うようになった。けれど今なら分かる。後ろめたかったのだ。美羽は知っていた。ずっと前から、すべて知っていた。「お姉ちゃん、今日はどこに行ってたの?」「ビザの書類を取りに」「留学の?お母さん、海外の大学に受かったのはすごいけど、学費まではうちじゃちょっと……って言ってた」美羽は食べ終えた棒をシンクに放り込み、水も流さなかった。「家から出してもらう必要はないよ」私は平坦な声で遮った。「奨学金で全部賄えるから、家のお金は一円も使わない」美羽は何か言いたそうに口を開いたが、そのとき玄関のドアが開いた。母の水野佳代(みずの かよ)が大きな買い物袋を両手に提げて入ってきた。私を見ると、にこりと笑った。「詩織、おかえり。ご飯は?」「食べたよ」「ちょうどよかった。これ、仕分けるのを手伝って。美羽が大学で使うノートパソコンや文房具、それから通学用のバッグなんかを買ってきたから、まとめておいてくれる?」床に広げられた二つの袋の中身は、どれも美羽の大学生活のために用意されたものだった。新しいノートパソコン、革張りの手帳、ブランド物のペンケース、通学用のトートバッグ、アルファベットの「L」が刺繍された化粧ポーチ。私は品物を仕分け、畳めるものは一つずつ整えて、スーツケースに隙間なく詰めていった。隣では、佳代がスマホで借りる予定の部屋の写真を見せながら、美羽と小型扇風機も必要か相談していた。私の荷物については、誰も何も言わなかった。いつ出発するのか、どの街に行くのか、どこに住むのかと尋ねる人もいなかった。「そうだ、詩織」佳代がふいに
Read More