第40話 私、最近、自分の匂いを前ほど嫌いじゃない 陽菜が、「前ほど、自分の汗の匂い嫌じゃないかも」 と言ったあと。 俺はしばらく何も言えなかった。 陸上部の練習が終わったばかりの夕方。 いつもの競技場近く。 陽菜の髪は少し汗で湿っていて、首元にはまだ運動したあとの熱が残っている。 以前なら。 この状態の陽菜は、俺と会う前にもっと念入りにボディシートを使っていた。 制汗剤。 ミスト。 ロールオン。 いくつも重ねて。 それでも俺に、『私、やっぱり臭う?』 と聞いていた。 今日は違う。 制汗剤の香りは薄い。 その代わり。 ちゃんと陽菜の汗の匂いがする。「悠真?」「何」「さっきから黙ってる」「考えてた」「何を」「最初の頃」「最初?」「初めて会った時」 陽菜の顔が少し変わる。「……あれ?」「うん」「忘れて」「無理」「何で」「かなり覚えてる」「そういうところだけ本当に嫌」「でも大事だろ」「私には黒歴史」「俺にも結構黒歴史」「悠真も?」「初対面の女に『汗の匂いする。でも嫌じゃない。むしろ好きかもしれない』って言った」「改めて聞くとひどい」「かなり」「その時の私、どんな顔だった?」「引いてた」「もっと詳しく」「今それ聞く?」「聞きたい」 俺は少し思い出す。「まず止まった」「うん」「そのあと目が細くなって」「嫌そうに?」「かなり」「で?」「『……それ、褒めてます?』みたいな顔」「言った気がする」「そのあと変な人見る目」「それは覚えてる」「俺も」 陽菜が少し笑う。「そこから付き合うとは思わなかったね」「全然」「私も」「むしろ二度と話さないと思ってた」「ひどい」「事実」「でも話した」「お前が来たから」「気になったんだもん」「何が」「本当に嫌じゃないのかなって」「確認しに来た?」「多分」 陽菜は少し考える。「あと」「うん」「悠真が変だったから」「そっち?」「普通なら、気遣って『全然臭わないよ』って言うじゃん」「当時の俺、そういうの苦手だったから」「知ってる」「今でもあんまり得意じゃないけど」「でも前より言い方考える」「昨日の研究」「うん」「最初の頃の悠真だったら、今日もいきなり『制汗剤減った?』って言ってたと思う」
Last Updated : 2026-09-22 Read more