第1話 「私、やっぱり臭う?」 大学生活というものは、もっと劇的に始まるものだと勝手に思っていた。 入学式の日、桜の下で運命的な出会いがあるとか、講義室でたまたま隣になった誰かと意気投合するとか、サークル勧誘に巻き込まれた結果、それまでとはまるで違う世界が広がるとか。高校までの俺は、そんな話を小説やドラマの中だけのものだと笑っていたくせに、いざ自分が大学生になると、心のどこかで少しくらいは期待していたらしい。 だが、私立青葉ヶ丘大学に入学して二週間が経った現在、香坂悠真の大学生活は驚くほど地味だった。 講義に出て、昼食を食べ、次の講義に出て、帰る。 以上。 友人と呼べそうな相手も、一応はいる。基礎ゼミで隣の席になった久我蒼とは何度か昼を食べたし、連絡先も交換した。ただ、久我は今日は午後からアルバイトがあるとかで、一限が終わったところで帰ってしまった。 だから俺は今、一人で学生食堂へ向かっていた。「……人、多いな」 昼休みの中央広場には、嫌になるほど学生がいる。 別に人間そのものが嫌いなわけじゃない。ただ、人が多い場所は昔から苦手だった。 春の風が吹くたびに、さまざまな匂いが鼻へ流れ込んでくる。誰かが飲んでいる甘いカフェラテ、芝生の青臭さ、植え込みの土、柔軟剤、香水、ヘアワックス。それから、少し遠くにある学食の換気口から漂ってくる揚げ物の油。 普通の人間なら気にも留めない程度なのかもしれないが、俺には全部が妙にはっきり分かる。 生まれつき鼻が利きすぎるのだ。 犬並み、などと言えば格好よく聞こえるかもしれないが、別に犯罪捜査に役立つわけでもなければ、ワインの銘柄を嗅ぎ分けられるわけでもない。ただ人より少し、いや、かなり匂いに敏感というだけだった。 そして、この体質は大抵の場合、便利さより面倒のほうが勝つ。 人混みを避けるように歩きながら、学食まであと少しというところで、俺は前方から勢いよく走ってくる人影に気づいた。「すみませーん! 通ります!」 女子学生だった。 肩に大きなスポーツバッグを掛け、ジャージの上着を羽織っている。長い髪は高い位置で一つにまとめられていて、額には汗が浮いていた。 どうやら走ってきたらしい。 しかも速い。「うわっ」「きゃっ、ごめんなさい!」 曲がり角で真正面からぶつかりそうになり、俺は反射的に半歩
Terakhir Diperbarui : 2026-09-05 Baca selengkapnya