All Chapters of 『彼女の汗の匂いだけ、なぜか忘れられない。~匂いに敏感な俺と、秘密のフェチを抱えた女子大生たち~』: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 これはデートじゃない。たぶん

第21話 これはデートじゃない。たぶん 待ち合わせ場所に現れた陽菜を見て、俺は一瞬だけ言葉を失った。 普段の陽菜は、大学なら動きやすそうな服が多い。陸上部の練習がある日はジャージ姿も珍しくないし、髪もだいたい高い位置でまとめている。 でも今日は違った。 白い薄手のブラウスに、淡い色のロングスカート。足元はスニーカーだから完全に着飾っているわけではないが、それでも大学で見る姿とは明らかに雰囲気が違う。髪も下ろしていて、肩のあたりで自然に揺れていた。 何より。 普通に可愛い。 かなり。「おはよう、悠真」「……おはよう」「何、その間」「別に」「今、絶対何か思ったでしょ」「朝から面倒だな」「まだ何もしてないんだけど」 陽菜は俺の前まで来ると、少しだけ自分の服を見下ろした。「変?」「いや」「似合ってない?」「そうじゃない」「じゃあ何」 ここで普通なら、「似合ってる」と言えばいい。 分かっている。 だが、それができるなら俺はもっと楽に生きている。「大学と違うなって」「それだけ?」「それだけじゃないけど」「じゃあ続き」「嫌だ」「何で!」 陽菜が笑いながらこちらを見る。「今日くらい言ってよ」「今日くらいって何」「せっかく休日に二人で出かけるんだから」 休日。 二人で出かける。 その言葉だけで、また少し意識する。「買い物だろ」「うん」「それだけ」「まだ言うんだ」「何が」「昨日玲奈先輩に『それデートじゃない?』って言われた」「俺も言われた」「白石先輩にも?」「言われた」「やっぱり」 陽菜は少し笑う。「で、悠真は何て答えたの」「買い物ですって」「私も」「ほら」「でも」「何」 陽菜は少しだけ目を逸らした。「デートって言われて、そんなに嫌じゃなかった」 朝から強い。「……そう」「悠真は?」「聞くなよ」「気になる」「俺も別に嫌ではない」 陽菜がぱっとこちらを見る。「ほんと?」「何でそんな嬉しそうなんだよ」「嬉しいから」「最近本当に隠さないな」「悠真も前より隠さなくなったじゃん」「お前ほどじゃない」「そうかな」「そうだよ」 そこで俺はようやく、陽菜の服をもう一度見た。 やっぱり似合っている。 もう逃げても仕方ない。「あと」「何?」「今日、似合っ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第22話 一緒にいるのが好きって、それ褒め言葉なのか?

第22話 一緒にいるのが好きって、それ褒め言葉なのか? 金曜日の放課後。 フェチ研の部室へ入った瞬間、俺は帰りたくなった。 理由は簡単だ。 机の上に、紙コップと菓子の袋と、それ以上に面倒そうなカードが並んでいたからだ。「先輩」「何?」「歓迎会ですよね」「そうだよ」「何で筆記用具が人数分あるんですか」「歓迎会だから」「その因果関係、全然分からないです」 神崎先輩はいつものように楽しそうだった。「普通に食べて喋るだけでもいいんだけど、せっかくフェチ研なんだから」「せっかくを免罪符にしないでください」「でも悠真、最近こういうの嫌いじゃないでしょ」「……嫌いではないです」「ほら」「そこだけ拾わないでください」 隣で陽菜が笑っている。「もう諦めればいいのに」「何を」「自分がフェチ研好きなこと」「そこまでじゃない」「じゃあ何で毎回来るの」「正式部員だから」「その正式部員になるまで一番抵抗してた人が言う?」「入ったからには参加する」「律儀」「悪いか」「ううん。そういうところ好き」 まただ。「陽菜」「何?」「今の、軽く言った?」「半分」「残り半分」「本当」「……そう」 最近、こいつは本当に言葉が強い。 声が好き。 匂いが落ち着く。 今の悠真、結構好き。 そして今は、そういうところ好き。 毎回少しずつ範囲が広がっている。 そのたびに俺は困る。 でも嫌ではない。 むしろ、かなり嬉しい。「今日も始まってるねえ」 神崎先輩が言う。「何がですか」「何でもない」「その何でもない信用できません」 澪先輩はすでに窓際へ座っていた。 その隣には珍しく千紗もいる。「何で水野まで」「陽菜に呼ばれた」「歓迎会だから」 陽菜が答える。「私、部員じゃないんだけど」「今日は特別参加」「勝手に決められた」「嫌だった?」「面白そうだから来た」「じゃあいいじゃん」「そこが悔しい」 千紗が紙コップへお茶を注ぐ。「でも今日のテーマ、結構面白いと思うよ」「水野まで言うのか」「『言われて一番嬉しい褒め言葉』でしょ?」「そう」 神崎先輩がホワイトボードへ大きく書く。『あなたが一番言われたい言葉は?』「微妙に変わってません?」「褒め言葉だけだと狭いから」「今変えたでしょ」「研究
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第23話 いないだけで、こんなにつまらない

第23話 いないだけで、こんなにつまらない 昼休みの学食で、俺は向かいの空いた椅子を見ながら、自分で口にした言葉を少し後悔していた。「……陽菜いないと、つまんないな」 別に誰かに聞かせるつもりはなかった。 ただ、思ったことがそのまま声に出ただけだ。 幸い、周囲は昼時の騒がしさでいっぱいだった。隣の席では男子学生がゲームの話をしているし、少し離れたところでは女子学生たちが講義の愚痴を言っている。俺の独り言など、誰も聞いていない。 問題は、俺自身が聞いてしまったことだった。 陽菜がいない。 それだけ。 今日は陸上部の友人たちと食べると、朝のうちに聞いていた。『ごめん、今日お昼、部活の一年で集まることになった』『了解』『怒ってない?』『何で怒るんだよ』『だって最近ずっと一緒に食べてたから』『別に一日くらい』『そっか。じゃあまた後で』 その時は本当に何とも思わなかった。 一日くらい別々に昼を食べる。 当たり前だ。 俺たちは付き合っているわけでもないし、毎日一緒にいる契約をしているわけでもない。 友達が別の友達と食事することに、いちいち何か思うほうがおかしい。 そう思っていた。 なのに今。 唐揚げ定食を前にして、妙に静かだった。 周囲はうるさい。 でも俺の席だけ静かに感じる。 陽菜なら今頃、俺の唐揚げを一つ欲しがる。 最初に自分の卵焼きを交換条件に出すか、今日はデザート半分でどうかと言ってくるか。 俺が断る。 陽菜が勝手に取る。 俺が文句を言う。 それで笑う。「……俺、何やってんだ」 自分で呆れる。 唐揚げを一つ口に入れる。 普通にうまい。 でも何となく味気ない。 食事そのものは同じなのに。 違うのは、向かいに陽菜がいないことだけだった。 スマートフォンを見る。 連絡はない。 当然だ。 向こうは友達と食事中なのだから、わざわざ俺に連絡する必要はない。 俺も送る必要はない。 そう思って、スマートフォンを伏せる。 三十秒後。 また見る。「最悪だな」 自分がかなり面倒な人間になっている。 昔の俺なら、誰かと昼を食べなくても何とも思わなかった。 むしろ一人のほうが楽だった。 会話しなくていい。 相手の食べる速度を気にしなくていい。 匂いも少ない。 自分の好きな時間に席を立て
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第24話 一週間以内って、こんなに短かったっけ

第24話 一週間以内って、こんなに短かったっけ 一週間以内に言う。 自分で約束したくせに、翌朝になった時点ですでに後悔していた。 正確には、言うこと自体を後悔しているわけではない。 陽菜が好きだ。 そこはもう変わらない。 問題は、それをいつ、どこで、どうやって言えばいいのかだった。 大学の正門。 朝八時四十分。 俺はいつもの場所で陽菜を見つけた。 向こうも俺を見つける。「おはよう、悠真」「おはよう」 普通。 昨日までと同じ。 ……のはずだった。 でも陽菜が俺の隣へ並んだ瞬間、妙に距離を意識した。 近い。 別に昨日と変わらない。 腕を伸ばさなくても声が聞こえる程度の距離だし、肩が触れているわけでもない。 それなのに。「悠真?」「何」「今日、またちょっと離れてない?」「離れてない」「昨日も同じこと言った」「今日は本当に離れてない」「じゃあ何で歩くたびに微妙に右へ寄るの」 自覚がなかった。「……道がそうなってる」「真っすぐだけど」「地球は丸い」「朝から何言ってるの」 陽菜が笑う。 その笑い声だけで、昨日の電話を思い出す。『一週間以内』 自分から約束した。 つまりこの人は今、俺が何か言うのを待っている。 そう思うと、普段どおりにできない。「ねえ」「何」「一週間の一日目?」「数えるなよ」「だって気になる」「まだ朝だぞ」「朝言ってもいいよ」「無理」「即答」「心の準備が」「悠真でも必要なんだ」「必要だよ」「私にも?」 陽菜が少しだけこちらを見る。 また困る聞き方をする。「お前だから必要なんだよ」 言ってしまった。 陽菜の足が止まる。「……今の」「違う、告白じゃない」「まだ私何も言ってない!」「顔が」「顔の話禁止!」 今度は陽菜が少し後ろへ下がった。「何でお前が離れるんだよ」「ちょっと今のは近くで聞くと無理」「意味分からない」「昨日までの悠真と今日の悠真、同じなのに違う」「俺もそれ思ってる」「何が」「お前、昨日と同じなのに今日は何か違って見える」 陽菜が黙った。「……それ、いい意味?」「かなり」「朝から本当にやめて」「聞いたの自分だろ」「そうだけど」 陽菜は頬を押さえながら歩き始めた。「一週間、長いかも」「俺はもう短く感じてる
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第25話 付き合った翌日のほうが、たぶん恥ずかしい

第25話 付き合った翌日のほうが、たぶん恥ずかしい 恋人になった翌朝。 俺は大学の正門前で、人生で初めて「彼女を待つ」という状況に立たされていた。 昨日までだって、ここで陽菜を待ったことはある。 たまたま先に着いた日も。 待ち合わせをした日も。 別に珍しくない。 なのに今日は違う。 待っている相手が、彼女。 その二文字がついただけで、やたら落ち着かない。「……何が変わったんだよ」 自分で呟く。 付き合ったからといって、陽菜が別人になるわけではない。 昨日までの陽菜だ。 汗の匂いを気にする。 陸上が好き。 声の好みが細かい。 やたら俺の名前を呼ぶ。 予定を勝手に増やす。 嫉妬すると分かりやすい。 そして、俺も同じように面倒だ。 何も変わっていない。 そう考えているうちに。「悠真」 声がした。 振り返る。 陽菜がいた。 いつもの大学用の服。 いつものバッグ。 髪もいつものようにまとめている。 昨日のデートほど特別な格好ではない。 それなのに。 見た瞬間、昨日より意識した。「おはよう」「……おはよう」「何、その間」「いや」「今日も変」「お前も」「私?」「ちょっと」「何が」「分かんない」 陽菜が少し笑う。「私も分かんない」 隣へ並ぶ。 いつもの距離。 なのに二人とも少し硬い。「ねえ」「何」「今日、どうする?」「何が」「普通にする?」「普通以外ある?」「だって」 陽菜が少し声を落とす。「昨日付き合ったじゃん」「うん」「大学で、いきなり変わるのも変じゃない?」「そりゃそうだろ」「でも昨日までと同じすぎるのも、それはそれで何か違う気もする」「何を変えたいの」「分かんない」「またそれ」「悠真は?」「俺も分かんない」「じゃあ同じ」「便利にまとめるな」 二人で少し笑う。 それだけで、昨日までの空気が少し戻る。「とりあえず」 陽菜が言う。「何」「人前では普通」「それでいいだろ」「二人の時は?」「何がしたいの」「それを聞くの恥ずかしい」「聞いたのそっちだろ」「そうだけど」 陽菜は少し考える。「昨日みたいに手繋ぐとか」 朝から強い。「大学で?」「二人の時」「まあ、それくらいなら」「ほんと?」「嫌?」「全然」「じゃあ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第26話 遠慮しすぎる彼氏は、ちょっと困る

第26話 遠慮しすぎる彼氏は、ちょっと困る 付き合い始めて三日目。 俺は、自分が思っていた以上に面倒な彼氏だったらしい。 昼休み、学食で陽菜と向かい合って座っている。 俺の前には唐揚げ定食。 陽菜の前にはいつものように少し量の少ない日替わりランチ。「悠真」「何」「今日、唐揚げ取っていい?」「何で聞くんだよ」「昨日、境界線の話したから」「唐揚げまで許可制にする必要ある?」「だって彼氏のもの勝手に取るの嫌かなって」「今まで散々取ってたのに」「今までは友達だったから」「恋人になったら厳しくなるのおかしくない?」「じゃあ取っていい?」「交換なら」「やっぱり条件あるじゃん」「それは前から」 陽菜が笑う。「じゃあ卵焼き半分」「一個」「高い」「唐揚げ一個だぞ」「じゃあポテト三本追加」「成立」「細かいなあ」「お前も交渉してるだろ」 陽菜が唐揚げを一つ取る。 俺は卵焼きとポテトを受け取る。 ここまでは、以前とほとんど変わらない。 問題はそのあとだった。 陽菜がふと身を乗り出し、俺のシャツの袖についた小さな糸くずへ手を伸ばす。 その瞬間、俺は反射的に少し身体を引いた。 陽菜の手が止まる。「……ごめん」「何で謝るんだよ」「触ろうとしたから」「糸くず取ろうとしただけだろ」「でも今、避けた」「避けたっていうか」「やっぱり嫌だった?」「違う」「じゃあ何」 俺は少し言葉に詰まった。 昨日、親しくても嫌なことを話した。 急に触る。 勝手にスマートフォンを見る。 返信を強要する。 相手の嫌がることを冗談で続ける。 全部大事だと思った。 だから。 そのせいで、今まで普通にしていたことまで一度考えるようになってしまった。「……反射」「何の」「今、触っていいのかなって思った」「私が?」「うん」「糸くずだよ?」「分かってる」「悠真」 陽菜が少し困った顔をする。「昨日の話、考えすぎてない?」「そうかも」「やっぱり」「でも気をつけるのは悪くないだろ」「悪くはないけど」 陽菜は少し黙る。「何」「何か前より遠くなった感じする」 その言葉は、予想以上に刺さった。「遠く?」「うん」「そんなつもりない」「分かってる」「じゃあ」「でも、昨日までは普通に袖引いたり、隣座っ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第27話 手を繋ぐより近いって、どのくらい?

第27話 手を繋ぐより近いって、どのくらい? 翌朝、俺は陽菜の顔を見るなり、昨夜のメッセージを思い出した。『手より近い』 あれだけ言い残して寝た女が、正門前で妙に爽やかな顔をしている。「おはよう、悠真」「おはよう」「今日、一限?」「ある」「私も」「そう」「……何」「何が」「さっきから顔見てない?」「見てる」「何で」「昨日のせい」 陽菜が一瞬止まった。「あ」「忘れてた?」「忘れてない」「なら説明」「朝から?」「言い出したのお前だろ」「そうだけど」 陽菜は急に視線を逸らした。 昨日の夜は文字だったから勢いで言えたらしい。 本人を前にすると、急に弱くなる。「何がしたいの」「そんな直接聞く?」「遠回しに聞くほうが恥ずかしい」「私は今、直接のほうが恥ずかしい」「じゃあ昨日何で送ったんだよ」「寝る前ってちょっと強くなるじゃん」「知らないよ」「悠真だってあるでしょ」「あるけど」「ほら」「でも翌朝回収はする」「真面目」 陽菜はしばらく黙って歩く。 俺も急かさなかった。 正直、予想はしている。 手を繋ぐより近い。 抱きつく。 肩にもたれる。 腕を組む。 もっと先。 いくつかある。 ただ、昨日話したばかりだ。 決めつけずに聞く。 嫌なら言う。 平気なら答えを信じる。「……腕」 陽菜が小さく言った。「腕?」「組んでみたい」 思ったより普通だった。「それ?」「何その反応!」「いや、もっとすごいの想像してた」「何を!?」「言わない」「今すぐ忘れて!」「俺の想像なのに?」「それでも!」 陽菜が真っ赤になる。「だから昨日『近い』だけだったのか」「うん」「腕組みたいって言えばいいのに」「言えるなら昨日言ってる」「手繋ぐのとそんな違う?」「違うよ」「どこが」「身体近いじゃん」「まあ」「肩も当たるし」「うん」「何か恋人っぽい」「手繋ぐのも十分恋人っぽいけど」「それはもう慣れてきた」「早いな」「悠真もでしょ」「否定はしない」 朝からいきなり腕を組むのもどうかということで、その場では保留になった。 なったはずだった。 ところが午前の講義が終わり、昼休みに陽菜と合流した時。「悠真」「何」「今、人少ない」 大学の中庭へ続く通路。 
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第28話 付き合ったって、人に言うほうが恥ずかしい

第28話 付き合ったって、人に言うほうが恥ずかしい 久我蒼に腕を組んで歩いていたところを見られた翌日、俺は朝から妙に警戒していた。 別に悪いことをしたわけではない。 陽菜と付き合っている。 腕を組んだ。 ただそれだけだ。 隠さなければならない理由もない。 それなのに、講義室へ入った瞬間、後ろの席から蒼が手を上げたのを見て、少し帰りたくなった。「おはよう、彼氏」「朝からやめろ」「何で」「その呼び方」「彼氏なんだろ?」「そうだけど」「じゃあ正しいじゃん」「正しいから嫌なんだよ」 蒼は楽しそうに笑っている。 俺は隣の席へバッグを置く。「昨日のこと、誰かに言った?」「言ってない」「本当に?」「何で俺がお前の交際報告係やるんだよ」「ならいい」「でも本人には聞きたい」「何を」「いつから」「この前の日曜」「最近じゃん」「最近」「告白どっちから?」 俺はノートを出す。「何でそこまで話さないといけないんだよ」「友達だから」「便利な言葉だな」「お前も彼女相手に『恋人だから』とか使ってそう」「……」「使ってるんだ」「たまに」「分かりやすい」「最近全員それ言うな」 蒼は机へ肘をつく。「で、どっちから?」「俺」「おお」「何その反応」「ちゃんと言えたんだなと思って」「前にも同じこと言われた」「誰に」「水野」「あの眼鏡の子?」「そう」「周りからの信用なかったんだな」「自覚はある」「どんな告白したの」「そこは言わない」「何で」「陽菜との話だから」 口にしてから、少し恥ずかしくなった。 蒼が一瞬黙る。「へえ」「何」「お前、ちゃんと彼氏してるじゃん」「何だそれ」「もっと全部相談してくるかと思った」「しないよ」「じゃあ何なら話せる」「……何を話せばいい」「普通に」「普通が分からない」「彼女できた男が言う台詞じゃない」 蒼は笑う。「じゃあ、付き合ってどう?」「どうって」「楽しい?」 少し考えた。「楽しい」「即答じゃん」「そこは」「何が一番変わった?」「意識すること増えた」「例えば」「距離とか」「うん」「手繋ぐとか」「うん」「何言うかとか」「うん」「前なら普通にできてたことが、全部ちょっと違って見える」 蒼が少し笑う。「いいじゃん
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第29話 好きだからって、勝手に守っていいわけじゃない

第29話 好きだからって、勝手に守っていいわけじゃない 競技場の裏で、陽菜は困ったように笑っていた。「知らない先輩にまで、『匂いフェチの彼氏できたんだって?』って言われた」 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなる。 腹が立った。 かなり。 付き合っていることを知られるのはいい。 俺と陽菜は昨日、そこについて話したばかりだ。 聞かれたら隠さない。 でも自分たちから言いふらしはしない。 写真も勝手に載せない。 告白の内容は二人だけ。 それでいいと決めた。 だが。 匂いの話は別だ。 あれは陽菜自身がずっと気にしていたことだ。 それを知らない人間が、面白半分に口にする。 俺はそれが嫌だった。「誰だった?」 声が少し低くなる。「え」「その先輩」「悠真」「名前分かる?」「ちょっと待って」 陽菜が俺を見る。「怒ってる?」「かなり」「私より?」「多分」「それは駄目」 意外な返事だった。「何で」「悠真が怒るのは嬉しいよ」「嬉しいの?」「私のために嫌だって思ってくれたんでしょ」「そう」「でも、私より先に怒らないで」 俺は黙った。 陽菜は少し困った顔のまま続ける。「何ていうか……それ、前にも少し思ったことある」「いつ」「高校の話した時」「汗臭いって言われたやつ?」「うん」「俺、怒った?」「顔で」「顔禁止」「今それ言う?」 陽菜が少し笑った。 でも、すぐに真面目な表情へ戻る。「悠真が怒ってくれるの嫌じゃない。むしろ、すごく嬉しい。でもさ」「うん」「私がまだ何をしたいか決めてないうちに、悠真が相手のところ行って何か言ったら、それって結局、私のことなのに私が置いてかれるじゃん」 その通りだった。「……悪い」「まだ何もしてないから謝らなくていい」「でも今、普通に行こうとした」「顔に出てた」「そこは否定できない」「でしょ」 陽菜は小さく息を吐いた。「私、自分のことなのに、誰かに全部決められるの嫌なんだと思う」「うん」「高校の時も、誰にも言えなくて自分で勝手に我慢した」「うん」「今度は逆に、悠真が全部やってくれたら、それも何か違う」「じゃあどうしたい?」 俺が聞く。 陽菜は少し黙った。「それがまだ分かんない」「じゃあ待つ」「怒らない?」「怒ってる」「
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第30話 好きだったと言われても、嫌いにはなれなかった

第30話 好きだったと言われても、嫌いにはなれなかった 澪先輩の、「今度、二人で話したいことがある」 という一言から、部室の空気は明らかに変わった。 字の話ではない。 本人がそう言った。 それだけなら、別に大したことではないはずだった。 同じサークルの先輩と後輩が、二人で話す。 普通にある。 それなのに。「……二人で?」 陽菜が聞いた。 声は普通だった。 少なくとも、普通にしようとしていた。「うん」 澪先輩は頷く。「夏目さんが嫌なら、ここでもいいけど」「え」「二人でって言い方、嫌だった?」 澪先輩は本当にそういう人だった。 相手が嫌がる可能性に気づけば、すぐに下がる。 だから余計に困る。 陽菜もすぐに首を振った。「違います。そういう意味じゃなくて」「じゃあ大丈夫?」「……はい」 少し間があった。 俺は隣の陽菜を見る。 明らかに大丈夫ではない。 でも。 今までなら俺が先に、「陽菜が嫌ならやめます」 と言っていたかもしれない。 昨日のことが頭に残っている。 本人の話を、本人より先に決めない。 今日は俺の話でもある。 なら、今度は俺が決めなければならない。「白石先輩」「何?」「今日でもいいですか」 陽菜が俺を見る。 澪先輩も少し驚いた。「今日?」「俺、あと予定ないので」「私は大丈夫」「じゃあ」 一度、陽菜を見る。「話してくる」 陽菜は数秒黙った。「……うん」 それだけ。 でも、笑わなかった。 神崎先輩は珍しく何も口を挟まない。 たぶん、今は茶化す場面ではないと分かっている。 部室を出る直前。 陽菜が俺の袖を軽く掴んだ。「悠真」「何」「終わったら連絡して」「分かった」「絶対」「絶対」 少し力が抜ける。「あと」「うん」「私、嫌じゃないって言ったけど」 言葉を探している。「本当はちょっと嫌」 正直だった。「うん」「でも行かないでとは言わない」「分かった」「私、面倒?」「かなり」「そこは否定してよ」「でも好きだから」 陽菜が少しだけ笑った。「……じゃあ行ってきて」「うん」 俺と澪先輩は部室を出た。 行き先は図書館だった。 澪先輩の勤務は今日は終わっているらしい。 図書館の裏手に、小さな中庭がある。 ベンチが二つ。
last updateLast Updated : 2026-09-22
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