Todos os capítulos de 身代わり花嫁の契約結婚: Capítulo 21 - Capítulo 30

30 Capítulos

21

 まどかは明らかに透子を敵視している。 後からやって来て弦也を奪ったのだと、憎んですらいる。 弦也との契約結婚は透子の意志ではなく、むしろまどかの身の安全を重んじた冷泉院家の判断だというのに。 血の繋がりがあるはずの冷泉院の『父』『母』『兄』はまどかの言動を諌めず、透子を冷たい目で見ていた。 だから透子も彼らを肉親だと感じてはいない。 透子にとっての家族とは、祖母の志乃だけだ。 と。 まどかが耳元で囁いてきて、透子は我に返った。「お姉様はただの身代わり。透子お姉様のものは、全部あたしのものなのだから。お屋敷も、服も、宝石も。……弦也さんも」 宣戦布告と呼ぶにはあまりに傲慢な、透子を見下しきった言葉だった。 まどかは勝ち誇ったように微笑んで、再びリビングへと入っていった。「弦也さん、お待たせ。ここのお庭、前より少しきれいになったわね。まるでお祖父様が生きていらした頃のよう」 まどかの声は、再び高く愛らしいものに変わっていた。「ああ。少し手を入れたからな」 弦也が答える。 自分がやったことだとは、透子は一言も言えないでいた。◇◇ 透子はリビングの入り口から少し離れた場所に立ち、2人の会話を聞いていた。 立ち去ってしまえばいいと思うのに、足が重くて動かない。 相良が紅茶と茶菓子を運び、まどかの前に置く。「美味しい。やっぱりここの紅茶は格別ね」 まどかはカップを置き、ふと思いついたように言った。「そういえば弦也さん、さっきあっちの部屋で、お姉様が何か汚い板みたいなものを広げていたけれど。あれは何?」 弦也の眉がわずかに動いた。「……祖父の絵だ。少し傷みがひどくてな。彼女に修復を頼むことにしたから、その準備をしている」「お祖父様の? あれが?」 まどかは大げさに驚いてみせた。「弦也さんが
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「……心配してくれてありがとう」 やがて弦也はまどかを宥めるように優しい声で言った。「君の言うことも一理ある。プロに見てもらうのが一番安全だろう。だが今回は一度彼女に様子を見させてほしい。失敗しても構わないと言ってあるから」 透子を庇うというよりは、波風を立てないように事を収めようとする口調だった。「そう……弦也さんがそう言うなら、仕方ないわね。でも、本当に気をつけてね」 まどかは不満そうにしながらも引き下がった。「わかった。それよりも、体は大丈夫かい?」 弦也はまどかの顔を覗き込むようにして尋ねた。「君は昔から体が弱いのだから、無理をしてここまで来てくれなくてもよかったのに」 まどかが病弱だったのは、ごく幼い頃だけの話。 今はすっかり健康体だが、彼女は周囲から心配されて大切に扱われることを好むため、都合が悪くなるとすぐに体調不良を訴える。 弦也はその嘘に全く気づかず、純粋に彼女の体を案じていた。 まどかは少し目を伏せて、儚げな表情を作った。「ええ……実は今朝、少しめまいがして。でも、弦也さんの顔を見たらすっかり治ったわ」「そうか。あまり無理をするなよ」 弦也の言葉には、情愛と気遣いが込められている。 愛情――と呼べるかどうかは分からない。慈しみは見えるが、恋焦がれているというよりはもっと穏やかな感情のように見受けられた。 どちらにせよ、透子に対する態度とはまるで別人のようだった。 2人の間には、幼い頃から積み重ねてきた長い歳月の絆がある。互いを気遣い、大切に思い合う関係。 それを透子の目の前にまざまざと見せつけられていた。 しばらく後、まどかは満足そうな笑顔を浮かべて帰っていった。 相良が玄関で見送り、屋敷に再び静けさが戻る。 透子はリビングの入り口で、まどかを見送った後の弦也と視線が合った。 弦也の顔は、すでにいつもの冷たい当主のものに
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 しばらくそうしていたが、透子は不意に顔を上げると両手で自分の頬を軽く叩いた。 パチン、と軽やかな音がする。「駄目よ、落ち込んでいる場合じゃない」 自分に言い聞かせるように、小さく声を出す。 弦也にどう思われていようと、まどかに何を言われようと関係ない。(私は祖母の治療費を出してもらった恩義に報いるために、ここにいる) 透子は自分の両手を見下ろした。 筆を握り、各種の道具を使いこなすための手を。(何よりも、私は絵画修復師だ。あの絵は助けを求めている。限界を迎えている絵を見捨てることは、職人として絶対にできない!) 弦也が彼女を信用していなくても、この手仕事の成果だけは裏切らない。「任せていただいた以上、自分の持てるすべての技術を注いで、この絵を本来の姿に戻します」 透子は決意を込めて呟くと、作業部屋へ向かって足を踏み出した。 ◇◇ 作業部屋の中央には、ボロボロの油彩画が静かに横たわっている。 透子はエプロンをきつく結び直し、作業台の前に立った。「さあ、始めましょう」 まずは画面の保護と顔料の定着からだ。 透子は極細の筆を手に取り、あらかじめ計算して配合したウサギ膠(にかわ)の溶液を含ませた。 双眼ルーペを目に装着し、キャンバスの表面に顔を近づける。 ひび割れて反り返った絵の具の層。その裏側のわずかな隙間に、筆先から慎重に膠を流し込んでいく。 膠は接着剤のようなもの。ひび割れた絵の具をこれ以上剥がれ落ちないよう接着するためのものだ。 この作業はとても繊細で、少しでも手が滑れば顔料は崩れ落ちてしまう。 呼吸を整え、ミリ単位の作業に没頭した。「ここは、特に浮きがひどいわね……」 膠を流し込んだ後、小さな電気アイロンのような専用のコテを使い、和紙越しに適切な熱と圧力をかけて顔料をキャンバスに定着させていく。 温度が高すぎれば絵
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24:蘇った風景

 夏の日差しが、東堂邸の庭に濃い影を落としていた。 1階の客間を改装した臨時アトリエは、北向きの窓から安定した光が入るため修復作業には適している。 透子は今日も作業台の前に立ち、古びたキャンバスと向き合っていた。 冷泉院まどかがこの屋敷を訪れて、透子を見下してから数週間が経っていた。 いつの間にか季節は初夏から夏へと移り変わりつつある。 弦也の態度は相変わらずで、透子を顧みようとしない。 その間、彼女は周囲の雑音を遮断するように、修復作業に没頭し続けた。「奥様、冷たい麦茶をお持ちしました」 メイドのミキがお盆を持って部屋に入ってくる。「ありがとう、ミキさん。ちょうど一息つきたいところだったの」 透子は双眼ルーペを外し、うーんと伸びをした。「わあ……なんだか、絵の表面が少し明るくなりましたか?」 ミキがキャンバスを覗き込んで言う。「ええ。ウサギ膠を使った顔料の定着が終わったところなの。絵の具がキャンバスにしっかりとくっついたから、これから表面の汚れを落としていくのよ」「定着……。そういえば、ここ数日、ずっと小さなコテみたいなものを当てていらっしゃいましたね」「そうなの。絵の具の裏側に膠を流し込んで、熱で圧着させていたの。すごく根気がいる作業だったけれど、これでようやく次の段階に進めるわ」 透子は麦茶を一口飲んだ。冷たい麦茶の風味が、暑い中で嬉しい。 絵画の修復は次の段階に差し掛かろうとしている。 徐々にかつての姿を取り戻していく絵を見るのは、いつだって職人としての喜びだ。(もう少しで、この絵は本来の姿へ蘇る。この絵を描いた人が込めた本来の思いが、キャンバスに現れてくる。私もそれを見るのが楽しみだわ) まどかに何を言われても、この手仕事の成果だけは裏切らない。その確信が透子を支えていた。 ミキが言う。「すごいですね。私なんか、少しでも触ったらパラパラって絵の具が落ちちゃいそうで、
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「……よし、この配合でいけるわね」 透子は小さく呟いて、本格的な除去作業に取り掛かった。 作業は1センチ四方ずつ、気の遠くなるようなペースで進められた。 溶剤を含ませた脱脂綿で軽く拭い、すぐに乾いた脱脂綿で余分な溶剤を吸い取る。その繰り返しだ。 数日が経過する頃には、画面の半分ほどから黒ずんだ汚れが消え去っていた。 透子は作業の手を止めて、全体を見渡した。「本当に、きれいな色……」 汚れの下から現れたのは、驚くほど鮮やかな色彩だった。 眩しい夏の太陽の光が描かれている。空はどこまでも青く澄んでいる。 画面いっぱいに咲き乱れるのは、夏の花々。 大輪のひまわりが太陽に向かって顔を上げて、サルスベリの鮮やかなピンク色の花が枝を彩っている。 木漏れ日が地面に柔らかな模様を描く。その光の描写は、描いた画家の温かい眼差しを感じさせるものだった。 ふと。透子は、この風景に見覚えがあることに気がついた。「これは、もしかして……?」 彼女はアトリエの窓から、外の庭を見た。 使用人の青年が、額の汗を拭いながら芝生に水を撒いている。最近の彼はすっかり庭師業が板についてきた。「あ、奥様! 今日もいい天気ですね。ひまわり、すごく元気ですよ!」 青年が窓の向こうから手を振った。 彼の向こう側には花壇が整えられていて、ひまわりが夏の太陽をいっぱいに浴びていた。「ありがとう。お水やり、ご苦労様」 透子も笑顔で手を振り返した。 東堂邸の庭は透子が自ら草を抜き、剪定し、手入れを続けてきた。 改めて絵を眺める。 絵の中に描かれているサルスベリの木の位置と、ひまわりの花壇の配置。 ゆるい弧を描き庭の奥へと続く、石畳のカーブ。 木々は育って大きくなり、花の種類も少しだけ変わっているが、それは透子がこの数ヶ月で整えた現在の庭の風景と重なっていた。 
last updateÚltima atualização : 2026-10-07
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 さらに数日後。 画面全体のクリーニングが完了し、絵は描かれた当時の鮮やかさを完全に取り戻していた。 その絵は夏の東堂邸の庭を描いたもの。 ひまわりやサルスベリが咲き誇り、生命力に満ちている。 画家ではない弦也の祖父の筆だが、生き生きとした筆致は庭と植物を愛しているのだとよく伝わってきた。(素敵な絵……。この風景をなくしてしまわないで、本当に良かった) 透子は絵画を眺めて、ほうと息を吐いた。 早く弦也に見せてやりたかったが、修復はこれで終わりではない。 キャンバスを張っている木枠が長年の湿気で歪んでいるので、このままでは再びキャンバスの張りが緩んでしまう。 そうなれば絵の具に亀裂が入ってしまうだろう。取り返しがつかなくなる。 透子は木枠の歪みを補正するため、キャンバスを木枠から一度外すことにした。「相良さん、少し手伝っていただけますか?」 修復の様子を見に来た相良に声をかける。「はい、奥様。何をすればよろしいでしょうか」「キャンバスを留めている釘を外すので、絵が動かないように軽く押さえていてほしいのです」「承知いたしました」 相良が作業台の向かいに立ち、キャンバスの縁を慎重に押さえる。 透子は専用の釘抜きを使い、古い釘を一本ずつ抜いていった。 長年打ち込まれていた釘は錆びており、力を入れる角度を間違えればキャンバスを傷つけてしまう。「かなり古い釘ですね。錆が深く回っています」 相良が言う。「ええ。木枠も随分傷んでいますから、新しいものに交換した方がいいかもしれません。でも、できるだけ元の部品を残したいので、まずは歪みを矯正してみます」 最後の釘を抜き終えて、透子はキャンバスを木枠からそっと剥がした。 その時だった。 キャンバスの裏打ち布と木枠の内側のわずかな隙間に、何か薄いものが挟まっているのに気がついた。「あら……これは?」 
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 透子は作業台の上で鮮やかに蘇った絵画に視線を向けた。(でも、あれほど美しい庭の絵を遺した人だもの。きっと悪い内容ではないはず) 眩しい夏の光と、生き生きと咲く夏の花々。 こんなにも温かい風景を大切にしていた人が、孫を傷つけるような言葉を遺すとは思えなかった。「大旦那様は、どのようなお気持ちでこの手紙を忍ばせられたのでしょうか」 相良が折りたたまれたままの和紙を見つめて、静かな声で言う。「弦也様は、大旦那様から厳しく接せられた記憶ばかりを抱えて、誰にも頼らず心を閉ざしてしまわれました。この手紙に何が書かれているかは分かりませんが、大旦那様の本当の思いが記されているのかもしれません」「ええ、私もそう思います」 透子は頷き、顔を上げた。「相良さん。私、これを弦也さんに届けます。今すぐに」「奥様……」「絵の修復は終わりました。木枠の調整は後でもできます。でも、この手紙は私たちが中身に触れることなく、1日でも早く弦也さんご自身の手で開いてもらわなければならないと思うのです」 相良は深く頷いた。「おっしゃる通りです。旦那様は本日、休日ですが書斎でお仕事をされています。どうか、そのままお持ちください」 透子はキャンバスを仮のボードに固定し、未開封の手紙をその横に添えて抱え上げた。 アトリエを出て2階の書斎へと向かう。 彼の固く閉ざされた心の扉を、この手紙と絵が開いてくれるかもしれない。 そんな淡い期待を胸に、透子は階段を上っていった。◇◇ 書斎の空気はひどく重かった。 東堂弦也はデスクの前に座り、スマートフォンを耳に当てていた。「……だから、その提案は却下だと言っている。親族の意向など関係ない。市場の動向を無視した投資は、会社の寿命を縮めるだけだ」 電話の向こうで、叔父の1人が声を荒らげているのが聞こえる。 弦也は冷ややかに言い放った。
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 長年荒れ果てていたはずの庭。それがいつの間にか、夏の花々が咲き誇る美しい姿に変わっていた。 ひまわりが西日を受けて黄金色に輝き、サルスベリの鮮やかな花が風に揺れている。 その光景を見た瞬間、弦也の胸の奥で何かが小さく動いた。 理由のわからない郷愁が心の奥底にある。喉の奥が詰まるような切なさがこみ上げる。 この景色を知っている。どこかで、こんな風に咲く花を見た記憶がある。 けれど心を固く閉ざしすぎた弦也には、それがいつの誰と過ごした記憶なのか、具体的に思い出すことができなかった。 ただ、その景色がひどく温かいものだったという感覚だけが、空虚な心の中に取り残されていた。 コンコン、と控えめなノックの音がした。「……入れ」 弦也が窓辺から振り返ると、ドアが開いて透子が入ってきた。 両手で平らなボードのようなものを抱えている。「仕事中だ。用件は手短にしろ」 弦也は冷たい声を出した。 透子は足を止めて、弦也を正面から見つめた。「絵の修復が終わりました」 その言葉に、弦也はわずかに目を細めた。「終わった? 予定よりも早いが、こんなに短期間でか」「はい。汚れを落とし、元の色を取り戻すことができました。弦也さんに見ていただきたくて」 透子は抱えていたボードをデスクの上で裏返す。 弦也はゆっくりとデスクに近づいた。 あの黒ずんでひび割れていた廃品のようなキャンバス。 弦也の凍えた心を現すようで、本当は手元に置いておきたくなかった。 いっそ捨ててしまいたかったけれど、どうしてかそれもできなかった。 そこに現れた光景を見た瞬間。 弦也は、足が床に縫い付けられたように動けなくなった。 眩しい夏の光の下、鮮やかなひまわりとサルスベリが風に揺れている。(この風景は) それは、つい先ほど窓から見下ろしていた庭の景色そのものだった。 そして同時に、弦也の脳内にひ
last updateÚltima atualização : 2026-10-08
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『弦也へ。 この手紙をお前が読む時、私はもうこの世にはいないだろう。 お前には、東堂の跡取りとして厳しい教育を強いてきた。 憎まれても仕方がないと思っている。それが東堂を背負う者の宿命だからだ。 だが、お前が重責に押し潰されそうになった時、この庭の光を思い出してほしい。 一緒に泥だらけになって遊んだ夏の日のことを。 私は東堂の跡取りとしてではなく、お前自身の健やかな笑顔を何より愛していた。 どうか、自分をすり減らすだけの人生は送らないでくれ。 お前の幸せを、心から願っている。』 ――お前の幸せを、心から願っている。 その一文を読んだ瞬間。 弦也が長年身にまとっていた冷たく分厚い鎧が、音を立てて崩れ去った。 自分は駒などではなかった。 祖父は、自分を道具として見ていたわけではなかった。 厳しい態度の裏でずっと彼のことを案じ、愛してくれていたのだ。「……ああ」 弦也の口から、くぐもったような声が漏れた。 彼は両手で顔を覆った。 ずっと押し殺していた感情が、行き場を失ってあふれ出す。「俺は、自分自身が東堂の駒としてしか価値がないと……そう思っていた」 弦也の肩が、小さく上下に揺れた。「だが……違ったのか」 嗚咽が室内に響く。 東堂の当主として、決して見せてはならない弱さ。 けれど涙をこぼすのと同時に、弦也の中で失われていた生きる気力と人間らしい感情が急速に満ちていくのを感じていた。 孤独な戦いの中で見失っていた、自分自身の存在価値。 それを祖父の言葉が救い上げてくれた。 しばらくして、弦也はゆっくりと顔を上げた。 充血した目で、透子を見る。 彼女は何も言わず、ただ静かにそこに立っていた。「君が……祖父の心を、救い出してくれたのか」 弦也
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30:初めての贈り物

 8月の終わりが近づき、吹き抜ける風にほんの少しだけ秋の気配が混じるようになっていた。 東堂グループ本社ビルの会議室では、月例の取締役会が開かれていた。 長テーブルの端に座る弦也の叔父・東堂義隆が、手元の資料を机に叩きつけるようにして声を張り上げた。「いいか、今はグループ全体の利益率を最優先で引き上げるべき時期だ。地方にある採算の合わない関連工房や、昔からの付き合いだけで続いている古い取引先は、今期中にすべて契約を打ち切る。この合理化案に異論はないな」 義隆は周囲の役員たちを威圧するように見回した。 切り捨ての対象として挙げられているのは、先代である弦也の祖父が長年大切にしてきた伝統工芸の工房や、地方の老舗建材メーカーなどだった。いずれも高い技術を持っているが、近年は大量生産品の波に押されて利益が落ち込んでいる。 義隆の派閥に属する役員たちが、次々に賛同の声を上げた。「東堂専務のおっしゃる通りです。過去のしがらみにとらわれていては、株主への説明がつきません」「古い取引先を整理して、コストの安い海外の業者に切り替えるのが妥当でしょう」 会議室の空気が義隆の提案で決まりかける。 これまでの弦也であれば、全体の数字のデータだけを突きつけて義隆と真っ向から対立しただろう。 結果として中立派の役員たちから「若い社長は強引すぎる」と敬遠されていた場面だった。 だが今の弦也は違った。 弦也は落ち着いた動作で立ち上がり、プロジェクターに新しい資料を映し出した。「採算性の改善が必要だという点には同意します。ですが、それらの取引先を切り捨てることには反対です」 義隆が眉をひそめる。「ふん、また先代の思い出話でも持ち出すつもりか。経営に感傷は不要だぞ、弦也」「感傷ではありません。私は先週、リストに挙げられた7つの工房と取引先をすべて直接訪問し、現場の職人や責任者の方々と話をしてきました」 弦也の言葉に会議室の中がわずかにざわめいた。 多忙を極める社長が、自ら地方の小さな工場まで足を運んだとは思っていなかった
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