弁護士事務所の重厚な応接室。 対面に座る直樹は、怒りと焦りで顔を真っ赤にし、テーブルを叩く勢いで身を乗り出してきた。「俺には金がないんだよ! お前が通帳も金も全部持って行ったからだ! これは違法だろ! 生活費を返せ!」まじめな顔をして叫ぶ元夫を前に、私はピクリとも動かず、ただ冷ややかな視線を向ける。弁護士さんからの事前の指示通り、私は一言も発しない。私が直接言葉を交わす価値など、この男にはないのだ。私のかたわらに座る担当弁護士が、静かに眼鏡の奥の目を光らせ、書類に目を落としたまま淡々と口を開いた。「佐伯直樹様。生活費とおっしゃいますが、あなたの給料はずっと手取り十万円ほどですね。保険会社に入社された初年度だけ、月給三十五万円という時期が一年間ほどあったようですが……直樹様がご覧になった通帳は、すべて朝比奈真尋様の口座となります」「は……? じゃあ、俺の年収は百二十万円くらいしかないってことかよ!?」「そうなりますね」「おかしいだろ! 真尋はただの主婦だぞ! 家事だってやってたのに、そんなに収入があるはずがない!」直樹の支離滅裂な叫びに、弁護士はフッと小さく口角を上げた。「朝比奈様は書籍を何冊も出版されているプロの小説家です。佐伯様の『労働収入』とは違い、著作権に伴う『権利収入』ですので、労働時間と収益は比例しません。朝比奈様ご個人の年収は、年間で一千万円を超えております」「む、難しいこ
Última actualización : 2026-09-13 Leer más