「竹内さん、もう一度念のためお伝えします。催眠手術を始めた瞬間、過去8年間の記憶は完全に失われます。また、手術に対する本人の意識の受け入れ方には個人差があるため、術後に記憶が混乱したり、最悪の場合は脳に損傷が残ったりする可能性もあります。それでも、手術を受ける意思は変わりませんか?」僕は数秒、答えを返さない。そして、頭の中でこの8年間を振り返る。最初の3年間は清美を追いかけ、彼女が初恋の傷から立ち直るまでずっとそばにいる。その後の5年間は、誰にも知られない恋人として彼女と付き合っている。すべての思い出をひとまとめにすると、たった一言で片づいてしまう。――独りよがり。僕は8年間、彼女を中心に生きている。なのに、彼女が僕に返してくれるものは、愛情なんかじゃない。会社では僕は彼女の部下。家では僕は彼女の使用人。外では、彼女の親友の弟。そして彼女の友人たちの前では、自分の魅力を見せつけるための、ただのアクセサリーだ。彼女は、一度だって本当の意味で僕を尊重したことがない。そんな記憶を、残しておく意味なんてあるのだろうか。僕が手術を受けると伝えようとしたその瞬間、突然スマホの着信音が鳴る。「君のそばにいたい、明日があるかどうかなんて関係ない。すべてを守る想いと引き換えに、君と愛し合える季節を」僕が一番好きな曲だ。そして、清美のためだけに設定した特別な着信音でもある。着信音は三度続けて鳴る。その音には、どこか焦りと切迫感が滲んでいる。僕の胸の奥に、思わず期待が芽生える。もしかして、清美は僕の手術を止めにきたのか?けれど、電話の向こうから聞こえてきたのは、冷え切った指示だった。「今夜、会社で用事があるから帰れない。早く夕飯を作って、宅配で会社まで送って。特にコーラ風味の鶏手羽と、赤ワイン仕立ての黒胡椒ステーキは多めにね」その言葉を聞いた瞬間、僕の胸にはまず怒りが湧く。そして、すぐに疑問が生まれる。僕は彼女を愛している。だから、コンビニ弁当なんて適当な飯を食べさせたくない。裕福な家に生まれた僕が、自ら台所に立って彼女のために料理を作る。栄養のことまで考えて、毎日違う料理を用意する。なのに彼女は、それが当然だと言わんばかりに僕を使い走りにする。ただ、清美は昔から赤ワインが好きなわけじゃない。彼女が自分の好みまで曲げ
Read more