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忘れたのは、君じゃなくて僕だった

忘れたのは、君じゃなくて僕だった

By:  ソフトクリームCompleted
Language: Japanese
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僕――竹内靖樹(たけうち やすき)は3年間、姉の親友――早瀬清美(はやせ きよみ)にしつこくアプローチし続ける。ようやく、彼女は僕と秘密の恋人になることを承諾する。 だけど、誰にも知られない関係が5年目に入った頃、僕が彼女にプロポーズしようと決意したその日、偶然にも彼女と友人たちの会話を耳にしてしまう。 「初恋の人、もうすぐ帰国するんでしょ。あの代わりの彼氏、どうするつもり?」 「別れるときはちゃんと理由を考えておきなよ。あんまり揉めると面倒だから。璃子(あきこ)さんに弟がいじめられたなんて知られたら、絶対に許してもらえないよ」 長い沈黙のあと、彼女は静かに決断する。「じゃあ、記憶喪失ってことにする。この5年間のこと、全部忘れたことにすればいい。どうせ秘密の恋人なんだから、誰にも知られてないし」 忘れる?それなら、それでいい。忘れてしまえば、もう二度と苦しまなくて済む。 その日の夜、僕はこの道で一番腕のいい催眠療法士を訪ねる。そして、僕は、自分の8年間の記憶を消してもらう。 けれど、本当に彼女のことを忘れてしまったら、いつもは冷静で、感情をほとんど表に出さない彼女が、まるで別人のように取り乱した。 彼女は、僕の記憶を取り戻そうと、狂ったように僕へ訴え続ける。

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Chapter 1

第1話

「竹内さん、もう一度念のためお伝えします。催眠手術を始めた瞬間、過去8年間の記憶は完全に失われます。また、手術に対する本人の意識の受け入れ方には個人差があるため、術後に記憶が混乱したり、最悪の場合は脳に損傷が残ったりする可能性もあります。それでも、手術を受ける意思は変わりませんか?」

僕は数秒、答えを返さない。そして、頭の中でこの8年間を振り返る。

最初の3年間は清美を追いかけ、彼女が初恋の傷から立ち直るまでずっとそばにいる。その後の5年間は、誰にも知られない恋人として彼女と付き合っている。

すべての思い出をひとまとめにすると、たった一言で片づいてしまう。

――独りよがり。

僕は8年間、彼女を中心に生きている。なのに、彼女が僕に返してくれるものは、愛情なんかじゃない。

会社では僕は彼女の部下。家では僕は彼女の使用人。外では、彼女の親友の弟。そして彼女の友人たちの前では、自分の魅力を見せつけるための、ただのアクセサリーだ。

彼女は、一度だって本当の意味で僕を尊重したことがない。

そんな記憶を、残しておく意味なんてあるのだろうか。

僕が手術を受けると伝えようとしたその瞬間、突然スマホの着信音が鳴る。

「君のそばにいたい、明日があるかどうかなんて関係ない。すべてを守る想いと引き換えに、君と愛し合える季節を」

僕が一番好きな曲だ。そして、清美のためだけに設定した特別な着信音でもある。

着信音は三度続けて鳴る。その音には、どこか焦りと切迫感が滲んでいる。

僕の胸の奥に、思わず期待が芽生える。もしかして、清美は僕の手術を止めにきたのか?

けれど、電話の向こうから聞こえてきたのは、冷え切った指示だった。

「今夜、会社で用事があるから帰れない。早く夕飯を作って、宅配で会社まで送って。特にコーラ風味の鶏手羽と、赤ワイン仕立ての黒胡椒ステーキは多めにね」

その言葉を聞いた瞬間、僕の胸にはまず怒りが湧く。そして、すぐに疑問が生まれる。

僕は彼女を愛している。だから、コンビニ弁当なんて適当な飯を食べさせたくない。裕福な家に生まれた僕が、自ら台所に立って彼女のために料理を作る。栄養のことまで考えて、毎日違う料理を用意する。なのに彼女は、それが当然だと言わんばかりに僕を使い走りにする。

ただ、清美は昔から赤ワインが好きなわけじゃない。彼女が自分の好みまで曲げて付き合う相手なんて、海外にいる初恋の男――小林唯斗(こばやし ゆいと)しかいない。

果たして、次の瞬間、スマホの向こうから男の嬉しそうな声が聞こえてくる。

「清美、迎えに来なくていいって言ったのに」

直後、電話が切れる。

そういうことか。やっぱり、唯斗だ。

清美が仕事を放り出してでも駆けつける相手は、あいつしかいない。

清美は唯斗と別れてから3年間、ずっと塞ぎ込んでいた。自分がもっといい女だったら、あの恋は終わらなかったのだと、彼女はずっと思い続けている。

僕はそんな彼女のそばに3年間いた。3年間、何度も励まし続けてきた。その末に彼女はようやく自分の企画を磨き始め、起業への道を歩み出した。

会社を設立した日、彼女は僕の告白を受け入れる。

「靖樹がいてくれたから、私はもう一度、前を向けた。これからもずっと、私のそばにいてくれる?

でもね、会社はまだ始まったばかり。靖樹を堂々と私のそばに置くことはできない。それでも、私と付き合ってくれる?」

僕は迷わず頷く。そうして5年間、僕は彼女と会社の成長を、ずっとそばで見守り続けている。

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第1話
「竹内さん、もう一度念のためお伝えします。催眠手術を始めた瞬間、過去8年間の記憶は完全に失われます。また、手術に対する本人の意識の受け入れ方には個人差があるため、術後に記憶が混乱したり、最悪の場合は脳に損傷が残ったりする可能性もあります。それでも、手術を受ける意思は変わりませんか?」僕は数秒、答えを返さない。そして、頭の中でこの8年間を振り返る。最初の3年間は清美を追いかけ、彼女が初恋の傷から立ち直るまでずっとそばにいる。その後の5年間は、誰にも知られない恋人として彼女と付き合っている。すべての思い出をひとまとめにすると、たった一言で片づいてしまう。――独りよがり。僕は8年間、彼女を中心に生きている。なのに、彼女が僕に返してくれるものは、愛情なんかじゃない。会社では僕は彼女の部下。家では僕は彼女の使用人。外では、彼女の親友の弟。そして彼女の友人たちの前では、自分の魅力を見せつけるための、ただのアクセサリーだ。彼女は、一度だって本当の意味で僕を尊重したことがない。そんな記憶を、残しておく意味なんてあるのだろうか。僕が手術を受けると伝えようとしたその瞬間、突然スマホの着信音が鳴る。「君のそばにいたい、明日があるかどうかなんて関係ない。すべてを守る想いと引き換えに、君と愛し合える季節を」僕が一番好きな曲だ。そして、清美のためだけに設定した特別な着信音でもある。着信音は三度続けて鳴る。その音には、どこか焦りと切迫感が滲んでいる。僕の胸の奥に、思わず期待が芽生える。もしかして、清美は僕の手術を止めにきたのか?けれど、電話の向こうから聞こえてきたのは、冷え切った指示だった。「今夜、会社で用事があるから帰れない。早く夕飯を作って、宅配で会社まで送って。特にコーラ風味の鶏手羽と、赤ワイン仕立ての黒胡椒ステーキは多めにね」その言葉を聞いた瞬間、僕の胸にはまず怒りが湧く。そして、すぐに疑問が生まれる。僕は彼女を愛している。だから、コンビニ弁当なんて適当な飯を食べさせたくない。裕福な家に生まれた僕が、自ら台所に立って彼女のために料理を作る。栄養のことまで考えて、毎日違う料理を用意する。なのに彼女は、それが当然だと言わんばかりに僕を使い走りにする。ただ、清美は昔から赤ワインが好きなわけじゃない。彼女が自分の好みまで曲げ
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第2話
僕は恩師の期待を裏切り、古建築の研究を諦めた。家族や友人と過ごす時間も減らし、彼女の仕事と生活にすべてを捧げる。この8年間、彼女こそが僕の世界のすべてだった。けれど会社が赤字から黒字へ転じ、事業規模が拡大すると、彼女は会社の重要な仕事をほとんど僕に押しつけ、自分は時間を作って何度も海外へ飛び、初恋の相手である唯斗と会うようになる。彼女は、僕が何も知らないと思い込んでいる。けれど二人が海外でデートするたび、唯斗は僕に個別メッセージを送りつけ、仲睦まじいツーショット写真を見せびらかしてくる。【清美と俺は堂々と一緒にいられるのに、国内じゃお前とこそこそ付き合ってる。どっちが部外者なのか、言うまでもないよな】【清美は俺の好きなビジネススーツをプレゼントしてくれた。俺の服装に合わせて選んでくれたんだ。彼女がお前のために、そんなことをしてくれるか?】清美は、僕と写真を撮ろうとしたことが一度もない。僕の好みを考えてプレゼントを選んでくれたこともない。僕のクローゼットに並んでいるのは、仕事に使いやすいスーツばかりだ。僕はずっと、彼女が会社全体の管理や采配に心を奪われているだけだと思っていた。まさか僕が手にしていたものは、全部、唯斗が選んだ後の残り物だったなんて。二人がデートを終えるたび、唯斗は決まってSNSに愛の言葉を投稿する。【退屈な日々の中で、君は奇跡。広い世界で、たった一つの帰る場所】【もう一度君に出会って、初めて永遠というものが見えた】【また会えた。君はまるで一番輝く星だ。長い夜を、君が照らしてくれる】投稿された写真には、決まって彼が一番好きな赤ワイン風味の黒胡椒ステーキが写っている。唯斗の友人たちはずっと、二人は遠距離恋愛をしているだけだと思っている。そしてコメント欄には、次々と祝福の言葉が寄せられている。僕は自嘲するように笑い声を漏らす。視界が少しずつ滲んでいく。愛されていないなら、それまでだ。どれだけ努力しても、何をしても、愛されないものは愛されない。隣にいた医師が、もう一度僕に問いかける。その声で、僕は現実へ引き戻された。「竹内さん、手術を始めてもよろしいですか?」僕は大きく息を吐き、目尻に浮かんだ涙を拭う。そして清美をそのままブロックし、スマホの電源を落とす。「準備はできています。始めてくださ
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第3話
僕は思わず口にする。「清美さん、どうして僕の家の暗証番号を知ってるの?」清美は眉をひそめ、少し意外そうな顔をする。5年前、僕が彼女と付き合い始めてから、彼女の名前にもう「さん」を付けなくなったし、彼女に僕を弟として扱わせることもなくなった。僕たちは姉弟じゃなくて恋人同士なんだと、何度も何度も彼女に言い聞かせてきた。それどころか、そのことで彼女に腹を立てたことだってある。清美は胸の中に浮かんだ疑問をいったん押し込め、部屋を見回す。そして、すぐに不満そうに口を開いた。「部屋こんなに散らかってるじゃない。ついでに片づけてくれない?夕飯は?お腹空いたんだけど」僕はわけが分からず、呆然とする。この人、距離感ってものがないのか?誰に対しても、当然のように人を使うタイプなのか?僕が動かないのを見ると、清美の眉間の皺はますます深くなる。そして僕の手にある写真を見た瞬間、突然こちらへ駆け寄り、写真を奪い取って引き裂いた。「言ったでしょう。ツーショットを撮って、証拠を残したりしないでって。私たちの秘密の恋を、他の人に知られるわけにはいかないの」突然態度を豹変させた清美を見て、僕は固まる。彼女と僕が、秘密の恋人?僕の記憶では、彼女には恋人がいるはずじゃないのか?確かに、僕も彼女に多少興味がないわけじゃない。けれど、だからといって人の恋人を奪うような真似までするほどじゃない。「清美さん、本当に人違いじゃない?」清美の声はさらに低くなり、ますます僕を責め立てる。「靖樹、何をとぼけてるの?ここ数日、私が唯斗と一緒にいて帰ってこなかったから、怒ってるんでしょう?唯斗は8年間も国に帰ってきてなくて、こっちの生活リズムにもついていけないの。だから何日か彼のそばにいて、何が悪いの?いちいち嫌味を言う必要がある?あなたが神経質で、何でも悪く考えるから、私はあなたのそばにいたくないのよ」この人、もしかして頭がおかしいんじゃないか?恋人と過ごしてるのはそっちだろ。なんで僕に喧嘩を売ってくるんだ?僕はため息をつく。相手にするだけ無駄だ。そう思って、僕はさっさとドアを開けて出ていこうとする。すると清美は慌てて二歩ほど駆け寄り、僕の服の裾を掴む。その表情は、さらに険しく歪んでいる。「まだ意地を張るつもり?唯斗に嫉妬する
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第4話
もう一枚の写真には、僕が一人の女性の手を握っている姿が写っている。二人の指はしっかりと絡み合い、指には指輪まで嵌まっている。写真を見ても、僕はまったく信じられない。婚約指輪に刻印まで入れるなんて、そんなクサい真似を僕がするわけがない。「お姉ちゃん、よっぽど暇なんだな。こんな画像まで加工して、僕をからかうなんて。最近の結婚しろ攻撃って、そこまでぶっ飛んでるのか?」璃子が幽霊でも見たような顔をしているのも気にせず、僕はそのまま自室へ戻って休む。璃子は僕の後を追って部屋に入ってくる。「ねえ、靖樹、プロポーズに失敗して頭がおかしくなったんじゃないでしょうね?」僕は額を押さえる。「違う。ただ、記憶を消す手術を受けて、いろんなことを忘れただけだ。理由は聞かないでくれ。僕自身が忘れたんだから」璃子は冗談めいた表情を引っ込め、僕を見る目に深い心配と哀れみを浮かべる。「ゆっくり休みなさい」そう言い残して、彼女は部屋を出ていく。その後、誰かに僕のここ数日の行動を調べるよう指示している声が、ぼんやりと聞こえてくる。僕は気にせず、そのまま深い眠りに落ちる。翌朝、スマホの着信音に叩き起こされる。僕の部下だという同僚から電話がかかってきて、こう言われる。「早瀬社長が怒っています。今すぐあの化粧品会社に来ないと、クビにされますよ」僕が、そんな規則正しく毎日会社へ通う人間だったのか?それに、僕はいつから化粧品なんかに興味を持つようになった?この8年間、僕はいったい誰として生きてきたんだ?疑問を抱えたまま会社へ向かうと、部下が早足で駆け寄ってくる。「早瀬社長が突然、出退勤の管理を厳しくし始めたんです。それで、竹内主任が4日も無断欠勤して重大な規則違反をしたって、ものすごく怒っています。クビにするって息巻いてますよ」上司の執務室まで行き、そこにいる早瀬社長の姿を見た僕は、思わずため息をつく。また清美か。まさか、本当に僕は彼女と秘密の恋愛をしていて、そのために自分の人生をめちゃくちゃにしてしまったのか?僕が考え込んでいると、すぐそばのソファに座っている男の存在に気づくのが遅れる。「竹内主任、4日も無断欠勤して、しかも先頭に立って仕事をサボるなんて、私に対する抗議のつもり?」清美は僕の返事も待たず、
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第5話
僕はうんざりしたように首を振り、辞職の意思を貫く。そして、付け加えるように言った。「過去8年間、僕がどんなふうに生きてきたのかは分からない。でも、今だけははっきりしている。僕は君と別れる」清美は信じられないというように目を見開き、目尻が少しずつ赤くなっていく。「たかが役職のことで?靖樹、何を子供みたいなこと言ってるの。私は全部、私たちの会社のためにやっているのよ」唯斗はいたわるように彼女の肩を叩き、それから僕に向き直って真面目な口調で話し始める。けれど、その口元は明らかに笑っていた。「竹内君、5年も付き合ってきたんだろう?感情的になって、簡単に別れるなんて言っちゃだめだよ。もし俺のせいなら、会社には入らない。それでいいだろ?子供みたいに意地を張るのはやめなよ」目の前の偽善者を見ていると、ただただ吐き気がした。もう我慢する気もなく、僕はそのままドアへ向かう。すると清美が突然、僕を呼び止めた。「靖樹、待って!もしここを出て行ったら、本当に終わりだからね!」僕は冷たく笑う。「望むところだよ」自分のデスクで荷物をまとめていると、清美が追いかけてきて僕の腕を掴む。プロジェクトの資料を引き継いでいないから、まだ帰ることは許さないという。僕はパソコンのパスワードを削除し、ハードディスクに保存していたプロジェクト資料をすべて移す。それでも清美は引き下がらない。揉み合いになる中、彼女は僕のハードディスクを床に落とし、そのまま壊してしまった。その中には僕が何年もかけて集め、整理してきた建築資料や図面が入っていた。今まで感情を抑えていた僕の顔に、初めて怒りが浮かぶ。「一体、どうしたいのか?」それを聞いた清美は、なぜか満足そうに口を開いた。「あなたに、これからも会社に残って私を支えてほしいの」「もし断ったら?」清美は僕の耳元に顔を寄せ、低い声で言う。「その時は、唯斗との関係を正式に公表する。あなたは、この恋から最初から存在しなかったことになるわ」僕は、目の前で僕を脅す女を見て、ただうるさいとしか思えなかった。「好きにすればいい」会社を出たあと、僕は真っ先に昔の恩師へ連絡を取る。「先生、僕は間違っていました。研究を辞めたことを後悔しています。今でも研究チームに、僕の居場所はありますか?」
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第6話
「でも、あの子が靖樹にこんなにも辛い思いをさせていたなんて、私は知らなかった。こんな仕打ち、お姉ちゃんが絶対に許さないから」頭の中の光景が少しずつ鮮明になっていく。けれど、僕の心には何の波も立たない。僕は璃子の腕を軽く叩く。「本当に忘れたんだ。僕はもう一度、建築を学び直すつもりだ。今度こそ、自分が本当に好きなことをする。お姉ちゃん、僕はこれから幸せになるよ」璃子はまだ何か言おうとしたが、スマホの通知音に遮られる。清美がSNSに投稿していた。【唯斗の帰国を祝って、3日後にパーティーを開きます。当日は重大発表もありますので、皆さん、ぜひお越しください】しかも、その投稿にはわざわざ僕と璃子の名前までタグ付けされている。この人、また何を考えてるんだ?こんなことをすれば、僕が嫉妬するとでも思っているのか?コメント欄では、発表されることが何なのか、みんなが好き勝手に予想している。その中でも多いのは、清美と唯斗がいよいよ結婚するのではないかという祝福のコメントだった。璃子が心配そうに僕を見る。僕が傷ついていると思っているらしい。けれど僕の顔には、何の変化もない。むしろ、少し呆れたような表情さえ浮かんでいる。「行きたい?」僕はどうでもいいというように答える。「行こう。僕の8年間に、別れを告げるためにもな」3日後。パーティー会場に到着した僕は、入った途端に周囲のひそひそ話を耳にする。「こいつが唯斗から彼女を奪った男だよ。唯斗を海外に8年間も追いやったんだって。さっきも個室で泣いてたらしいぞ」「清美も可哀想よね。こんな男に付きまとわれて、自分で立ち上げた会社まで握られてるんだから」「この二人、8年間も遠距離恋愛なんだって。清美が海外まで会いに行けるのも、年に一、二回だけだったらしい」「今日は唯斗の帰国祝いまで乗っ取って、清美に無理やり告白させるつもりなんだろ?この男、本当に図々しいな」僕は完全にわけが分からなくなる。この人たち、一体何を話してるんだ?璃子は何かに気づいたような顔をして、僕をその場から連れ出す。「靖樹はどこかで何か食べて休んでなさい。私が何が起きてるのか調べてくる」僕が腰を下ろして間もなく、スーツ姿の唯斗が僕のところへやってくる。目は真っ赤で、まるで今まで泣き続けていたような顔をしてい
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第7話
清美の髪は乱れ、頬についた赤い跡はみるみる腫れ上がり、まるで狂った女のような有様だ。「璃子、何をそんなに怒ってるの。靖樹が記憶を失うなんて、ありえないでしょ。ただ私に腹を立てて、記憶喪失のふりをしてるだけよ」璃子は呆れたように笑う。「じゃあ、どうして靖樹はあんたに腹を立ててるの?」清美は気にした様子もなく言う。「どうせ嫉妬してるだけでしょ。私が唯斗のことを気にかけすぎるとか、いつまで経っても正式に交際を公表しないとか、そんなことで恨んでるのよ」周囲から、息を呑む音が一斉に漏れる。「男のほうが女を操ってるって話じゃなかった?それが今度は、女のほうが男との交際を隠してるってこと?」「待って。それじゃ、二人が付き合ってたなら、唯斗って……」「さっき聞いてなかった?清美はもともと、正式に発表するつもりだったんだって」「もういいから、あれ見て!」璃子は調べ上げた写真と、僕の手術同意書を清美の目の前に叩きつける。「よく見なさい。あんたがこの何年もの間、私の弟に何をしてきたのか。私たちの友情も、もうここまでよ」写真の中で、僕がひとり寂しそうにしている姿を見た清美の目が赤くなる。特に、僕が指輪を作っている写真を見た瞬間、清美は信じられないという顔をする。「この指輪……唯斗がくれたものじゃなかったの?」清美はすぐそばで俯いている唯斗の腕を掴む。「唯斗、この指輪……あなたが自分で作ったんじゃないの?」唯斗は視線を泳がせる。「清美、あれは清美が酔ってた夜に俺へくれたものだよ。てっきり、俺へのプロポーズの指輪だと思ってた」指輪に刻まれた文字――Y love K。それは靖樹が清美に向けた、隠しようもない愛の証だった。なのに清美は、その愛を使って、自分と別の男との縁を結んでしまった。清美は雷に打たれたように、その場に立ち尽くす。やがて涙が止めどなく頬を伝い、ふらつきながら僕のもとへ歩いてくる。だが、璃子がその前に立ちはだかる。「今さら一途な女みたいな顔をしないで。もう、靖樹はそんなもの必要としてないから」僕は床に横たわったまま、意識がぼんやりとしている。目の前の人影も次第に霞んでいく。まるで頭の中を漂う雲のような記憶で、何もはっきりとは見えない。次に目を覚ましたとき、僕の目の前には別の女の子がいた。彼女
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第8話
僕は彼女の相手をするのも面倒で、すぐに窓のほうへ顔を向け、冷淡に言う。「うん、まったく知らない人だ。帰って」彼女は慌てて口を開く。その声には、懇願するような響きが混じっている。「靖樹、私をちゃんと見て。あなたは8年間も私を愛してきたのよ。どうして、その記憶が全部なくなるなんてことがあるの?昔、私があなたをないがしろにして、あれこれやらせていたのは、ただの試練だったの。あなたが本当に私を愛しているのか、信じられなかったから。でも、これまでずっと一緒に過ごしてきた中で、あなたはもうとっくに私の心の中に入り込んでいた。だからお願い、私を諦めないで」彼女はぶつぶつと独り言のように言葉を重ねる。「記憶がなくなっても、私を愛する気持ちは残ってるんでしょう?だったら、これからも一緒に過ごせば、また恋が生まれるはずよ」僕は眉間を揉む。もう聞いていられなくなり、璃子に追い出すよう目で合図する。璃子は何も言わず、すぐに彼女の腕を掴むと、そのままドアのところまで引きずっていく。「千晴ちゃん、ドア閉めて」病室の外では、清美と璃子の言い争う声がまだ続いている。僕は苛立ちを抑えきれず、布団の中へ潜り込む。すると、温かい手がそっと僕の肩を叩き、気持ちを落ち着かせてくれる。「靖樹君、もう怒らないで。あの人はもう過去の人なんだから。これからは、きっとどんどん良くなっていくよ」僕は布団をめくり、目の前の彼女を見る。そして、気づけばその瞳に吸い込まれていた。翌日、清美はまた病室へやって来て、僕につきまとう。璃子が手配した警備員たちも、彼女が連れてきた人間に阻まれ、病室の外で足止めされている。「これ、私が靖樹のために作った栄養たっぷりの弁当よ。早く食べてみて」清美は弁当箱を取り出す。そのとき、油が跳ねて赤くなった手の甲の跡が、さりげなく見える。僕は彼女の小細工に気づいているが、何の反応も示さない。彼女は持ってきたプレゼントを次々と開けていく。アウトドアで仕事をするときに着るジャケット、限定版の組み木細工の模型、かつて僕が描き散らしていた建築図面をまとめた作品集、それから、家に置いてあった、僕が彼女のために手作りしたプレゼントの数々。それらを目にして、僕の胸は大きく揺さぶられる。確かに、彼女は僕の好みをよく分かっている。
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第9話
「よくやったね。もう家に帰りたいけど、退院の手続きをしてきてくれる?」千晴は耳まで赤くしながら頷く。そのとき、カメラのシャッター音が響き、今この場に漂っていた甘い空気を打ち破る。病室の外を人影が横切り、千晴がすぐに追いかけていく。数分後、戻ってきた千晴は、しょんぼりと肩を落としている。「捕まえられなかった。あの人が撮った写真、靖樹君に影響あるかな?」僕は気にする様子もなく肩をすくめる。「大丈夫だよ。何か仕掛けてきたって、こっちにはこっちの対処法がある。あいつらにどうこうできるわけじゃない」数日後、清美の会社の新商品――「碧海の青」が発売される。発表会の場で、清美は僕が新商品の設計にどれほど貢献したのかを熱弁し、商品の発売にこぎつけられた功績はすべて、僕の懸命な仕事とチームの指揮によるものだと語る。会場にいた記者たちは、ここぞとばかりに質問を投げかける。「早瀬社長がおっしゃっている竹内主任は、今日この会場にいらっしゃいますか?」「社長と竹内主任は、いったいどういうご関係なのでしょうか?」清美は恥ずかしそうに微笑む。「彼は私の恋人です。体調を崩して、今は入院して療養しています。彼はこれまで、私の仕事のために本当にたくさんのものを犠牲にしてくれました。今日発売される『碧海の青』も、彼が私に注いでくれた深い愛から生まれた商品です。ここで皆さんに約束します。私は一生、彼以外の人とは結婚しません。皆さんにも、私たちのような素敵な恋を見つけてほしいと思っています」会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こり、ライブ配信のコメント欄も一気に流れ始める。野次馬たちも、その噂を聞きつけて次々と集まってくる。【美人社長、商品発表会で涙の告白】というニュースも、あっという間にネットのトレンド入りを果たす。そのおかげで新商品の知名度は一気に高まり、市場への足がかりをつかむと同時に、最初のユーザーとファンまで獲得する。「碧海の青」という商品の名前も、一気に世間へ広まっていく。千晴がそのニュースを見たのは、ちょうど病院で僕の付き添いをしていたときだった。彼女はトレンドワードを指差し、憤慨する。「この人、明らかに二人の恋愛を利用して宣伝してるじゃん。何が一途な愛よ」僕は気にせず肩をすくめる。「怒るなって。本
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第10話
「この須藤千晴っていう女は、竹内君が記憶を失っているのをいいことに、毎日ずっとそばにいる。清美が行動を急がなかったら、たとえ竹内君の記憶が戻ったとしても、もう清美の居場所なんてなくなってるよ」清美の瞳に嫉妬の炎が燃え上がり、一気に頭に血が上る。唯斗はさらに言葉巧みに彼女を誘導する。「清美が証言して、竹内君に濡れ衣を着せて、周りから孤立させればいい。そうすれば、彼のそばに残るのは清美だけになる。そこで清美が手を差し伸べれば、今みたいに必死になって復縁を迫る必要なんてなくなるだろ?」清美の口元がつり上がる。その瞬間、彼女の脳裏には、僕が素直に彼女のそばに寄り添っている光景が浮かぶ。唯斗は清美を抱き寄せ、背中を優しく叩く。「清美、俺がこんなことをするのは全部、清美のためだ。清美のそばに俺がいなくてもいい。でも、清美が本当に愛している人だけは、絶対にそばにいてほしい」清美は感極まったような顔をして、罪悪感を滲ませながら言う。「ごめんなさい。私には二人を同時に愛することなんてできない」唯斗は深いため息をつく。「せめて清美には幸せになってほしい。俺が会社を守るし、今回の騒ぎも何とかする。でも、竹内君の記憶の問題だけは、ずっと二人の間に残り続ける。それを解決しない限り、彼は心から清美のそばにいてくれない」しばらく考えた末、清美は決断する。「唯斗、私は靖樹が本心から私を愛していたって信じてる。今の靖樹は、ただ記憶を失って、私をどう愛していたのかを忘れているだけ。だから、謝罪会見が終わったら、世界中から一流の催眠療法士を探して、靖樹の記憶を呼び覚ますことに集中したい。しばらくの間、会社の経営を代わりに見てくれる?」唯斗は一切迷わない。「もちろん。清美が俺に何をさせても、俺は喜んでやるよ」清美はほっとしたように力を抜く。だが、そのとき彼女は、唯斗の瞳の奥に潜む計算には気づいていない。謝罪会見の日、清美は真っ白な服を身にまとっている。「会場にお越しくださった皆さん、そして配信をご覧くださっている皆さん。現在、私たちの会社の商品をめぐる問題が大きな騒ぎになっています。社内で厳正な調査を行った結果、問題の原因は弊社竹内靖樹の資料データ上のミスにあり、工場で使用する原料の配合比率に誤りが生じたことが判明しました。今回の
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