All Chapters of 愛情値は満点でも、心はもう戻らない: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

【今日ね、京平が私を抱きしめながら、一番愛しているのは私だって言ってくれたの。北条夫人の座も、もうすぐ私のものになりそうね】【昨日の夜も、京平ったらまた私を泣かせるくらい激しくて……でも朝になったら、ご機嫌取りにネックレスを買ってくれるって約束してくれたの。ふふ】【あなたの息子さん、今日わざわざ花を摘んで私にくれたのよ。初めて誰かに花を贈ったんですって。あなたにだって、今まで一度もあげたことないのにね】1枚1枚に、郁子の勝ち誇った言葉が並んでいる。中には、京平と郁子の生々しい写真まで交じっていた。底知れぬ恐怖が京平の全身を包み込んだ。全身の血が、一瞬にして凍りついていくような感覚だった。英理はすでに、自分と郁子の関係を知っていたのだ。それなのに、自分は少しも気づいていなかった。一体いつから知っていたのか。けれど今の京平に、それを思い悩む余裕などない。ただ今すぐ英理を見つけ出したかった。土下座して謝れというなら、喜んでそうする。とにかく彼女を見つけ、一緒に家へ帰りたかった。彼は1枚ずつ丹念に見返し、浮気の証拠の中に何か行方に繋がる手がかりがないか探した。けれど、何もなかった。英理は一言たりとも言葉を残していない。ただ、指輪がひとつ残されていた。結婚した当時、ふたりでデザインを考え、職人に特注したものだ。どんなことがあっても外さないと、あの時互いに誓い合った証でもある指輪だった。その指輪が今、この封筒の中にあるということは、つまり──京平はそれ以上考えることができなかった。その先にある最も知りたくない答えに辿り着いてしまうのが、ただ怖かったのだ。唯人には状況が理解できない。さっきまでママの居場所がわかると喜んでいたパパの顔から喜びの色がすっかり消え去り、深い絶望に覆われたことだけはわかった。直感的に異変を察し、不安に駆られた唯人は、怯えたように京平にしがみつく。「……パパ、ママに何かあったの?」手にした紙が、はらりと地面に落ちた。京平は目を閉じた。たった一言を口にするだけなのに、こんなにも苦しいと思ったことはなかった。「ママは……もう、俺たちのことをいらないと思ってるのかもしれない」その瞬間、京平の脳裏に、木の下で英理に想いを告げた日の光景が蘇った。「英理、俺と一緒にいて
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第12話

ドアの外に立つのが京平だと気づいた瞬間、郁子の表情はぱっと明るくなった。けれどすぐに散らかったリビングを思い出し、しどろもどろになりながら必死に言い訳を探し始めた。「ええと、その……京平、どうして戻ってきたの?今日、私……」言い終わらないうちに、京平の大きな手が郁子の首を締め上げた。額に青筋を浮かべたその顔は、まるで地獄から這い出た悪鬼のようだった。「郁子、貴様……絶対に許さないぞッ!」京平の前ではか弱く無邪気に振る舞い、英理と争う気などないかのようだった郁子が、裏でこれほど醜悪な本性を隠し持っていたとは想像もしていなかった。本能的な恐怖から、郁子は息を求めて必死に京平の腕を叩いた。だが彼は緩める気配を見せず、握る力をさらに強め、憎悪に満ちた声を絞り出す。「最初から言い聞かせたはずだ、俺たちの関係を英理に知られるなと。それなのにお前は、俺に隠れてあいつにばらしたとはな!お前なんて、俺が外で囲っていたただの慰み者に過ぎない。立場をわきまえないなら、どうなっても文句は言わせないぞ!」そう言い放つと、氷のように冷え切った表情のまま、ゴミでも捨てるように郁子を床へ突き飛ばした。郁子は首を押さえて激しく咳き込み、大きく息を吸い込む。これほど恐ろしい気配を放つ京平を、今まで見たことがなかった。昨夜まで同じベッドで肌を重ねていたのに、今の彼は仇でも見るような目を向けてくる。けれど郁子は、京平の逆鱗がどこにあるかをよくわかっていた。英理に挑発のメッセージを送ったことだけは、絶対に認めるわけにはいかない。郁子は絶望に満ちた目で京平を見つめ、瞳に涙を浮かべた。「京平、私ってそんなふうに見えてるの……?私はただ、英理さんに向けてる気持ちのほんの少しでも、私にも向けてほしいって思ってただけよ。それ以上のことなんて考えたことないし、ましてやあなたに隠れて英理さんに何か言ったりなんて、絶対にしてないわ!」女の涙は、それ自体が武器だ。自分が泣きさえすれば京平の心が和らぐことを、郁子はよく知っていた。けれど今回ばかりは、その目論見は外れた。京平の顔には、依然として険しい表情が張りついたままだった。この期に及んでなお、自分を欺こうとしているのか。京平は封筒から取り出した写真とメッセージのやり取りを印刷した紙を
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第13話

京平の動きがぴたりと止まった。郁子を鋭く見据える眼差しには、氷のように冷酷な色が滲んでいる。「俺の子を妊娠しているというのは、本当か?」狂気じみた京平の姿を目にした最初の瞬間、郁子は確かに恐怖を覚えていた。このまま捨てられるのではないか、報復されるのではないかと怯えていたのだ。けれど英理が去ったと知った瞬間、郁子の頭にはたったひとつの考えしか浮かばなかった。自分のチャンスが来た、と。郁子は幼い頃から恵まれない家庭に育った。父親は暴力を振るい、母親はそれに耐えかねて他の男の元へ去っていった。父の暴力と周囲の奇異な視線にさらされながら、独りで育ってきた。大学に入り、自分とはまるで違う人生を送る人々を目の当たりにしてから、誓ったのだ。自分も必ず人の上に立ち、誰からも見下されない地位を掴んでみせると。2ヶ月前、英理の招きで北条家に住み始めた時、初めて京平を目にした瞬間から、郁子は彼を標的に定めていた。世間がどれほど妻を深く愛していると噂しようと、どうでもいいことだ。男というものは、みなつまみ食いをする生き物だ。表ではどれだけ妻を大事にしている男でも、一度よその女に手を出せば、なかなか抜け出せなくなるものだからだ。そして実際、郁子はそれをやってのけた。一介のインターン生から、まんまと彼の愛人へと成り上がったのだ。京平が自分に惜しみなく金を使う姿を目の当たりにするうち、野心は次第に膨れ上がり、日陰の身に留まることでは満足できなくなった。京平にすでに息子がいることも知っていた。けれど所詮は子供だ。手懐けるのは容易い。唯人が学校から帰る時間に付き合ってアニメを見、興味があるふりをして話を合わせ、彼が食べたこともないお菓子を見繕って買い与えるだけで、いとも簡単に自分への依存と信頼を植え付けることができた。残るは、北条夫人の座を占める英理だけだった。温室育ちの金持ちの奥様というものは、夫の裏切りなど到底許せないものだ。郁子の当初の思惑では、英理が関係を知れば修羅場になり、京平がすっかり彼女に嫌気が差した頃を見計らって、自分が物分かりのいい女を演じ、その座に収まるつもりだった。けれどまさか、英理がこうもあっさりと去ってしまうとは、郁子は思いもしなかった。とはいえ、それはむしろ絶好の機会を与えて
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第14話

郁子は信じられないというように目を見開いた。まさか、京平がパイプカットを受けていたなんて、想像すらしていなかった。肌を重ねる時、彼が一度も避妊をしなかったから、てっきり妊娠しても構わないという意思表示なのだと思い込んでいたのだ。1ヶ月経っても妊娠の兆候はなかったが、名家であれば、外に血筋を残すような真似は許さないはずだと考えていた。まずは京平を繋ぎ止め、北条家に住み込んで毎日を過ごすうちに、いずれ本当に妊娠できるはずだと。だから、賭けに出た。けれどまさか、英理のためにすでにパイプカットを受けていたなんて。京平は郁子の首を掴んでいた手を離すと、見下ろすようにその目を覗き込んだ。そこには少しの温かみもなかった。「お前の腹の中の子供が誰の子だろうと、俺には関係ない。今日限り、お前は解雇だ。恋理グループからの資金援助も打ち切る。この街から出ていくのが賢明だぞ」その言葉は、ふたりの関係の終わりを告げるものだった。絶望が胸を埋め尽くしていったが、それでも郁子は京平という金づるを手放したくなく、慌てて白状した。「あっ……じ、実は、妊娠なんてしてない!ただ、あなたのそばにいたくて口実が欲しかっただけなの!京平、私が悪かったわ、追い出さないで、お願い!」京平は今、彼女を目にするたびに、英理が去っていったことを思い出さずにはいられなかった。郁子が余計なことを英理に吹き込まなければ、彼女が自分たちの元を去ったりしなかったはずだ。「自分から出ていかないなら、力ずくで追い出すことになるぞ。お前のせいで英理は家を出た。もう二度と、あいつの前に姿を見せる機会は与えない!」声には、隠しきれない冷酷さが滲んでいた。その揺るぎない態度を見て、郁子はもう何をどうしても彼の考えを変えられないことを悟った。だからこそ、郁子はついに開き直った。ふらつきながら立ち上がると、彼を指差して嘲るように言い放つ。「私のせいですって?ふっ。あなた本気で思ってるの?英理さんが私たちのこと知って、それでも戻ってくると?ふん、愛妻家の社長様、笑わせるわね。最初の時だって、私が取引先で酔わされたふりをしてあなたの腕に飛び込んだだけで、まんまと引っかかったのはあなたじゃない!それに昨夜だって、私は引き止めるようなことなんてしてないわよ!自分から
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第15話

涙に濡れた息子の顔を見つめながら、京平の胸には言葉にならない痛みが広がっていった。自分が一時の迷いで過ちを犯さなければ、妻は去ることなく、息子もこんな姿にはならなかったはずだ。唯人を強く抱きしめ、掠れた声で言った。「そんなことはない。ママがそこまで薄情なはずがないだろう。確かに俺たちが悪かった。だけど、ちゃんとママを見つけて、謝って、心から許しを乞えば、きっと一緒に帰ってきてくれるさ」けれど電話をかけ続け、それから1週間が過ぎても、英理の行方は依然として掴めなかった。部下は電話口で言い淀みながら告げた。「社長、これだけ経っても見つからないというのは、もしかして奥様は、もう……」その瞬間、京平はスマホを壁に激しく叩きつけた。目は血走っている。あり得ない!英理に万が一のことなど、あってたまるものか!捜索の人手をさらに増やし、英理の行方を追い続けた。唯人は英理とこれほど長く離れたことがなく、毎日泣きじゃくりながらママを探してと訴え続けた。京平は彼を秘密の部屋へと連れて行った。そこには、英理と出会った日から今日までの、すべての思い出が詰まっている。英理が去って以来、この部屋を開けようとしたことは何度もあった。けれど写真を思い浮かべ、女主人を失った今の家を見るたびに、胸を刃物でえぐられるように痛んだ。感情を抑えきれず崩れ落ちてしまいそうで、怖かったのだ。けれど1週間が過ぎ、尽きることのない恋しさが京平の心を蝕んでいく。過ぎ去った幸せの記憶の中に、わずかな慰めでも見出さずにはいられなかった。けれど、部屋に飾られた無残に切り取られた写真の数々を目にした瞬間、唯人の顔から血の気が引いた。狂ったように写真をすべて取り出し、1枚1枚めくりながら、繰り返し呟き続ける。「そんなはずない、なんでないんだよ」「そんなはずない!」「ママは!ママはどこ!?」唯人は1枚の写真を拾い上げた。去年の正月、3人で撮った家族写真だ。それが今、写真には自分と父の姿しか残っていなかった。母の分だけが、誰かの手で切り取られていた。唯人はたちまち泣き叫んだ。「僕のママ、僕のママどこ行ったの!?」京平はすぐさま屋敷中の使用人を呼び集め、あの部屋の写真に手を出したのは誰なのかひとりずつ問い詰めた。
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第16話

英理が去ってから、すでに1ヶ月が過ぎていた。それでも京平は、手がかりひとつ掴めずにいた。業者に依頼し、クラウドに残っていたデータからあの部屋にあった写真をすべて復元させ、再び印刷して壁に貼り直した。唯人はもう学校にも行かず、一日中その部屋に引きこもるようになっていた。夜眠るときも、英理が写った写真を1枚必ず握りしめている。京平は捜索範囲を広げ、ネット上にも英理を探すための投稿を出した。もし誰かが彼女を見かけたら、すぐに知らせてほしいと呼びかけた。ネット上の人々は、英理の失踪が京平の不倫に起因するものだとは知らず、彼女が事件にでも巻き込まれたのだろうと考えていた。「大変、北条社長の奥様、まさか拉致でもされたんじゃ……」「北条社長、最近すっかり憔悴してるらしいよ」「はあ、あんなに珍しい仲睦まじい夫婦だったのに。早く奥様が見つかって、またふたりのラブラブぶりを見せてほしいわ」「北条社長、奥様への愛が本当に変わらないのね」「北条家の坊っちゃんも、最近毎日ママを探してって泣いてるんだって。小さいのにお母さんと離れて可哀想」京平はこうした情報を片時も見逃すまいと、常に目を光らせていた。けれど誰ひとりとして英理の姿を見かけたという者はなく、コメント欄には彼が早く彼女を見つけられるようにという祈りの言葉と、夫婦仲を称賛する声ばかりが並んでいた。以前の彼なら、こうした声に誇らしさを覚えていただろう。けれど今の心にあるのは、尽きることのない罪悪感と、恐れだけだった。自分が郁子と不倫を働きさえしなければ、妻が去ることなど決してなかったと、誰よりも自分自身がよくわかっていたからだ。英理の捜索が続く中、あるひとつの投稿がネットを騒然とさせた。京平が郁子を解雇して以来、京平が言い放った通り、郁子はこの街でどの会社からも採用されることはなくなっていた。それが京平の差し金だと、彼女には分かっていた。けれど、なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないのか。確かに最初に誘惑したのは自分だ。けれど、自分の欲望を抑えられなかったのは彼の方ではないか。突き詰めれば、すべては彼自身の過ちが招いたことで、英理を追い出したのも彼なのだ。それなのに、なぜその代償を自分だけが払わされなければならないのか。そしてネット上で盛り
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第17話

本来なら恋理グループの経営に戻るはずの京平は、今や会社には姿を見せていなかった。バーの片隅に座り込み、強い酒を1杯また1杯と喉に流し込む。こうして酔いつぶれて眠れば、夢の中でだけは、かつて睦まじく過ごした英理にもう一度会えたからだ。肌の露出が多い服を着た女が、片隅で飲む京平を見つけて近づいてきた。以前、京平がこの店に来る時、彼は決して女を近づけなかった。妻に知られたら怒られるからだ。それを面白がった者が女たちを並べ、好きに選べとけしかけたことがあった。京平はその場で激昂し、相手の頭を殴って流血させ、まとまりかけていた商談まで破談にしたという。以来、誰も彼に女をあてがおうとはしない。バーの人間もこの暗黙のルールを知っており、女たちは誰も近づこうとしなかった。けれど今や、京平がアシスタントと不倫を働いていたという話が世間を騒がせている。愛妻家であるはずの男の裏の顔を、誰もが知るところとなったのだ。金づるを前にして、女は色めき立った。自分のアシスタントと関係を持てるくらいなら、自分にだって目を向けるかもしれないと。彼女は髪をかき上げ、京平の隣に腰を下ろす。手を肩に乗せ、思わせぶりに口を開いた。「社長、ひとりで飲んでどうしたの?今夜、私がお付き合いしましょうか?」その言葉には、夜の誘いを含んでいた。女は自分の容姿に自信を持っており、今夜落とせなくても、連絡先くらいは手に入ると踏んでいたのだ。けれど、女の手が肩に触れた瞬間、京平は露骨に嫌悪感を浮かべ、その手を強く振り払った。「消えろ!」女は引かず、体を寄せて耳元に息を吹きかける。「社長ったら、そんなこと言わないでよ。奥様もいらっしゃらないんだし、ひとりじゃ寂しいでしょう?」その一言が、京平の逆鱗に触れた。京平の目が一瞬で血走り、大きな手が女の首を締め上げる。「妻は必ず帰ってくる!英理を裏切る真似は、絶対にしない!」女は息が詰まり、必死に腕を叩いた。けれど手は緩むどころか、さらに強く締まっていく。他の客たちが慌てて止めに入り、そこで初めて手を離した。氷のような表情で、床で荒く息をする女を見下ろす。「二度と俺の前に姿を見せるな!」女は這うようにして逃げ出した。京平の視界から外れるなり、憎々しげに唾を吐く。「チッ。アシスタントとは何度も
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第18話

元の世界に戻った英理がベッドで目を覚まし、スマホを確認すると、日付は6年前に戻っていた。起き上がって洗面所へ向かい、鏡に映る若返った自分の顔を見つめる。任務の世界では10年を過ごしたが、元の世界ではたった4年しか経っていなかったのだと気づく。今の自分は29歳ではなく、23歳の英理なのだ。見慣れているはずなのに、どこか他人のもののように感じる部屋を見回し、まるで別の人生に戻ってきたような感覚に襲われる。ドアの開く音に、英理は物思いから引き戻された。寝室のドアを開けると、そこには10年ぶりに顔を合わせる母の姿があった。買い物から戻り台所へ向かおうとした母は、娘の部屋の前に立つ英理の姿に気づいた。泥棒かと思い誰かを呼ぼうとしたが、その顔が寝ても覚めても思い続けていたものだと気づいた。手から力が抜け、買い物袋が床に落ちて野菜が散らばった。けれど母にそれを気にする余裕はない。足が鉛のように重く、それでも一歩一歩前へ進む。英理の前に立つと、涙を滲ませて震える手を持ち上げた。「英理、あなた、英理なのっ!?」母は頬に触れようとしたが、幻なら消えてしまうのではないかと、その手が躊躇うように止まった。娘が姿を消して以来、母は毎日写真を眺めては涙に暮れ、せめて夢で会いたいと願い続けてきた。けれどこの4年間、1度も夢に見ることはなかった。4年ぶりに目にする娘の姿。顔立ちは少し大人びていたが、自分の愛しい娘だとひと目でわかった。英理は白髪の増えた母を見た瞬間、涙が溢れ出した。恐る恐る尋ねる母の声を聞き、もう堪えきれずに抱きついて声を上げて泣いた。「お母さん、私よ!帰ってきたの!」腕の中の温もりを感じて、母はようやく実感した。娘が本当に帰ってきたのだと。「この4年間どこにいたの?お父さんもお母さんも、どれだけあなたを探したか分かる?」母娘は抱き合ったまま、声を上げて泣き続けた。母はこの4年間、父とともに1度も探すことをやめなかったと語り続けた。周囲や警察が「最悪の事態」をほのめかす中でも。けれど母は最後まで諦めなかった。娘がまだ生きていると信じ続けたのだ。その思いだけを心の支えに、両親はこの4年、家を引っ越すことさえせず耐え抜いた。いつか帰ってきた時に、居場所が分からなくなっては困るからと。そして今、つ
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第19話

英理は、任務の世界で過ごした10年間のすべてを両親に打ち明けることにした。今の彼女にとって、ふたりはこの世界で唯一心から信頼できる存在だった。3時間かけて、過去10年の出来事をすべて語り終えた。最後の一言を終えると、テーブルの上の水を口にして喉を潤し、両親に話を受け止める時間を与えた。父も母も、最初の驚きから、やがて痛ましげな表情へと変わっていった。ふたりの記憶の中では、娘はまだ屈託のない大学生のはずだった。それが今では、別の世界で結婚し、子供まで産んでいたという。しかも夫と息子の二重の裏切りまで経験していたのだから。母はすっかり大人びた娘の姿を見つめ、再び涙をこぼした。大切にしてきた娘が、本当に辛い思いをしてきたのだと痛感したのだ。両親の顔に浮かぶ痛ましさを見て、英理の胸は罪悪感と後悔で満たされた。自分の恋に夢中になったせいで、両親を4年もの間、深い悲しみの中に突き落としていたのだ。母は涙を拭い、英理の手を強く握ってこれからどうするつもりか尋ねた。この世界から姿を消した時、英理はまだ大学生だった。失踪から1ヶ月後、両親は休学手続きをとってくれていた。けれど任務の世界で大学の4年間を終えており、学校に戻るつもりはない。見た目こそ23歳だが、実際にはさらに10年を生きてきた。心はもう29歳の大人だった。今さら大学生の輪に戻るのは、ひどく居心地が悪かった。少し考えた末、英理は静かな田舎町でしばらく静養することに決めた。破綻した結婚生活の記憶は、心に少なからぬ影響を残している。ひとりになって、ゆっくりと立て直す時間が必要だった。両親は名残惜しさを見せながらも頷いてくれた。「毎日、無事だっていう連絡だけは忘れずにちょうだいね」ようやく娘が帰ってきてくれたのだ。もう二度と失う痛みを味わうわけにはいかない。英理は頷き、再び涙を浮かべた。「お父さん、お母さん、ごめんなさい」両親は背中をさすりながら慰めた。「馬鹿だなあ、お前が帰ってきてくれただけで十分だよ。過ぎたことは、もう気にしなくていい」その後の数日、英理は両親のそばで過ごしながら、ネットで移り住む町を探し続けた。行き先を決めた頃には、すでに1週間が経っていた。町へ発つ前、両親は荷物をまとめてくれ、スーツケースには手作りの惣菜をぎっしりと詰めてくれ
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第20話

英理は戸惑いを隠せなかった。「今、私のこと、何て呼んだの?」女の子は胸元に顔をうずめたまま、くぐもった声で「ママ」と繰り返している。唯人以外の子供を産んだ覚えはない。4歳の娘がいるはずなどないのだ。迷子だと思い、交番へ届けようとした時、背後から男の声がした。「美生!」女の子は顔を上げると、大きな声で呼びかけた。「パパ、ママが帰ってきたよ!」男は英理の顔を見た瞬間、固まった。「英理!?」見覚えのない顔を前に、必死に記憶を辿ったが何ひとつ思い出せなかった。この世界での記憶は10年前で止まっている。たとえ昔の知り合いだったとしても、記憶が曖昧になるのも無理はない。男は英理の困惑した表情を見て、一瞬寂しそうな色を浮かべながら自ら名乗った。「鬼束浚介(おにつか しゅんすけ)だ。2学年上で、同じディベートサークルにいたんだよ。覚えていないか?」奥底に沈んでいた記憶が、少しずつ蘇る。目の前の男の顔と、柔らかな笑みを浮かべていたあの顔が、次第に重なっていった。「あぁ、先輩……!お久しぶりです。お子さん、もうこんなに大きくなったんですね」大学に入ってすぐディベートサークルに入り、浚介はその代表を務めていた。記憶は朧げだが、誰にでも優しく、かつて自分を助けてくれたことは覚えている。浚介は英理の腕から鬼束美生(おにつか みお)を受け取ると、事情を説明した。「美生は姉の娘なんだ。姉夫婦はこの子が小さい頃に亡くなってしまって。それで僕が引き取って、パパと呼ばせているんだ。君が着ている服が、姉が亡くなった日に着ていたものとそっくりなせいで、ママと勘違いしたみたいだ。本当に申し訳ない」英理はようやく事情を理解した。美生も事情を知って自分が人違いをしたのだとわかり、うつむいて黙り込んでしまう。悲しげな美生を見て、英理は思わず胸を痛め、考えるより先に言葉が口をついて出た。「美生ちゃんが良かったら、私のこと『ママ』って呼んでもいいのよ」言い終えてから、自分を見つめるふたりの視線に気づき、自分が何を口にしたのか我に返って慌てて言い訳を続ける。「あっ、いや……変な意味じゃなくて、ただ……」言い終わらないうちに、美生が唇を尖らせて両手を差し出した。「ママ、だっこ」美生はまだ幼い。浚介から「本当
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