英理が姿を消したのは唐突だった。大学の友人たちは、彼女の両親が休学の手続きをしたことを知るだけで、それ以来誰も彼女の姿を目にすることはなかった。けれど英理には、自分の身に起きた不可思議な出来事を説明する術などなく、ただ申し訳なさそうに微笑むしかなかった。浚介は根掘り葉掘り詮索するような人間ではない。誰にだって、人には言えない秘密のひとつやふたつあるものだ。4年ぶりに再会できただけで十分だと思っていた。ふたりは美生のことを話題にした。浚介は今では医者になり、仕事が忙しく、美生の世話になかなか手が回らずにいた。ベビーシッターを頼んだこともあったが、最初に雇ったシッターが、彼の目を盗んで美生に虐待を働いていたのだという。それ以来、他人に美生を預けるのが恐ろしくなり、仕事と育児の両立に追われてきた。美生は聞き分けがよく、幼稚園が終わるとブランコのそばでおとなしく待ち、週末は家で静かに過ごしていた。その話を聞いて、英理の胸はいっそう痛んだ。唯人が4歳だった頃、英理は片時も離れずそばにいてやった。それなのに美生は、たびたびひとりで待たされているのだ。浚介は、英理の顔に隠しきれない痛ましさが浮かんでいるのを見て、探るように切り出した。「英理、実はひとつ、無理なお願いがあるんだけど……見ての通り、美生は君のことをすごく気に入ってる。しばらくの間、あの子の面倒を見てもらえないだろうか」浚介自身、頼みが唐突であることは分かっていた。若い女性にとって、子供の世話をするのは簡単ではない。けれど、毎日ひとりきりで待つ美生をこれ以上放っておきたくもなかったのだ。英理は、涙目で自分を「ママ」と呼んだ美生の姿を思い浮かべると胸が締め付けられ、迷わず引き受けた。浚介の目に喜びの色が浮かび、慌てて言葉を付け足す。「本当にありがとう、英理。報酬はいくらでも好きに決めてくれていいから」けれど英理は断った。浚介は申し訳なさそうにしていたが、英理は「私が美生ちゃんを好きだからしているの。今の私には他にすることもないし、あの子のお世話が毎日の張り合いになるから」と伝えた。その日から、浚介が毎朝幼稚園へ送り、英理がお迎えの時間に迎えに行くようになった。浚介は手術で帰りが遅くなることも多く、そんな時は英理が公園の滑り台で遊ば
Read more