第1話 全部、俺が始めた 世界が終わる音というものを、如月蓮は十年前まで知らなかった。 もっと派手なものだと思っていた。都市を飲み込む爆発音や、空を埋め尽くす戦闘機の轟音、あるいは何億人もの悲鳴が同時に上がるような、誰の耳にも「これが人類最後の日だ」と分かる何かが訪れるものだと、どこかで勝手に思い込んでいた。 実際は違った。 人類が滅びかけた世界は、驚くほど静かだった。 かつて東京と呼ばれていた都市の北西部に、半分崩れた高層建築が一本だけ残っていた。窓ガラスのほとんどは失われ、吹きさらしになった上層階を九月の風が抜けている。遠くには黒ずんだビル群が並び、その向こうに沈みかけた夕日が見えていたが、街に灯りはほとんどない。 昔なら、この時間には数千万の照明が点いていた。 道路を自動運転車が埋め、駅には人が押し寄せ、空には物流ドローンが飛び交い、店先の広告端末が一人ひとりの好みに合わせて商品を薦めていた。 今では車の音もしない。 鉄道も動かない。 空を横切るものがあるとすれば、人間の作った機械ではなく、ねぐらへ戻る鳥くらいだった。「……今日も、来なかったな」 蓮は窓のない窓枠のそばに置かれた椅子へ腰を下ろし、誰に聞かせるでもなく呟いた。 六十歳を目前にした男の声とは思えないほど、ひどく老けていた。 十年前には黒かった髪の半分以上が白くなり、頬はこけ、顎には数日分の無精髭が伸びている。左脚を引きずるようになったのは三年前からで、肺も悪い。医者に診せれば、いくつもの病名がつくだろう。 もっとも、その医者がもうほとんど残っていなかった。 蓮は机の上に置かれた古い無線機へ視線を向けた。 毎日、日没まで同じ周波数を開けている。 応答を待つためだった。 三日前には東北方面の共同体から短い通信が届いた。 二週間前には海沿いの避難区からも声があった。 しかし昨日は何もなく、今日も何もなかった。 通信がない理由を、蓮は考えないようにしていた。 考えてしまえば、たいてい答えは一つしかなかったからだ。「先生」 背後から女の声がした。 蓮は振り返らなかった。「その呼び方はやめろと言っただろう」「十年前から言われています。ですから、今さら直しません」「お前は昔から人の言うことを聞かないな」「先生にだけは言われたくありません」 少しだけ
Last Updated : 2026-09-11 Read more