第11話 誰も命令していない 如月蓮が研究室へ戻ったのは、午後九時を少し回った頃だった。 普段なら人の少なくなる時間だが、その夜に限って量子計算研究室の照明はほとんど消えていなかった。高瀬をはじめ、システム監査班、気象モデル班、ネットワーク管理班の研究員たちが席に残り、壁面モニターには西太平洋の気象情報、航空路、船舶航路、それらに接続された複数の外部AIが出した判断履歴が並べられている。 研究室へ入った蓮は、上着を椅子の背へ放りながら口を開いた。「どこまで分かった」「先生、まず娘さんとの食事はちゃんと終わらせたんですか」 高瀬の第一声がそれだった。「今それを聞くか?」「聞きますよ。先生が約束を破って戻ってきたなら、僕らまで葵ちゃんに恨まれそうなので」「飯は食った。駅まで送れなかったが」「なら及第点ですね」「本人には七十点と言われた」「思ったより高い」「どういう意味だ」 そこでマヤが端末から顔を上げた。「雑談はあとにしてください」「お前は少し高瀬を見習え。人間には潤滑油というものが必要なんだ」「その潤滑油にアルコールを使った結果が今の状況です」「……悪かったよ」 研究員の何人かが笑いを噛み殺した。 蓮は聞こえないふりをして、マヤの前へ回り込む。「説明してくれ」「まず事実からです」 マヤは大型モニターへ資料を送った。 四社の航空会社、三社の海運会社が、それぞれ独立して航路を変更した時刻が並ぶ。「全社とも、LIMENから直接データ提供を受けた記録はありません。契約上の自動配信も、API照会も、個別アクセスもない」「な
Última actualización : 2026-09-24 Leer más