第1話 妹の命より、あなたの思い出のほうが大切なのですか?「リゼット、早くしてくれ。ミレイユが苦しんでいるんだ」王宮治療院の最奥にある特別治療室で、第一王子アルベルトの声が響いた。その声には焦りが滲んでいたが、リゼットを気遣う響きはなかった。磨き抜かれた白い石床の中央には大きな寝台が置かれ、妹のミレイユが横たわっている。いつもなら血色のよい頬は紙のように白く、その首筋から鎖骨へかけて、黒い蔦のような紋様が浮かび上がっていた。呪滓に侵された者に現れる呪紋だった。しかも、リゼットがこれまで見たことのあるものとは明らかに違う。黒い筋が脈を打つたび、ミレイユの身体が小さく震え、唇から苦しそうな息が漏れる。「お姉様……」弱々しい声で呼ばれて、リゼットは寝台のそばへ一歩近づいた。その途端、傍らにいた宮廷魔術師長グレイグが低い声で制した。「お待ちください、リゼット様。まだ触れてはなりません」アルベルトが苛立ったように振り返った。「なぜだ。触れなければ祈紡ぎは使えないのだろう。ミレイユは先ほどからずっと苦しんでいる」「存じております。しかし、今回の呪いは通常の呪滓とは性質が違います。リゼット様に移した場合、どの程度の反動が生じるか、私にも判断できません」「反動なら、いつものことではないか」あまりにも簡単に言われ、リゼットは目を伏せた。いつものこと。確かに、アルベルトにとってはそうなのだろう。祈紡ぎの力を使ったあと、リゼットが頭痛で三日寝込んだこともあった。高熱を出して一週間起き上がれなかったこともある。十二歳の頃には、遠縁の侯爵夫人を救うために大きな呪いを引き受け、その代わりに子供の頃よく遊んだ庭師の名前を完全に忘れた。十四歳の時には父の友人を救い、その結果、初めて習った刺繍の先生の顔を思い出せなくなった。十六歳では王宮の侍女を。十八歳では騎士団長の息子を。そうして、一つずつ。少しずつ。自分という人間を作っていたはずの何かが抜け落ちていった。けれど、そのたびに周囲から言われてきた。命がなくなったわけではない。歩ける。話せる。名前も覚えている。だったら大丈夫だ、と。「殿下」グレイグは珍しくアルベルトから視線を逸らさなかった。「今回の呪紋をご覧ください。通常のものより色が濃く、しかも心臓へ向かって伸びています。これほ
Última actualización : 2026-09-11 Leer más