All Chapters of ファミリア ~シングルマザーが幸せになる方法~: Chapter 11 - Chapter 20

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彼の会社で働くということ ①

 ――瑛司くんの会社で面接試験を受けた翌日、あたしはパート勤務先のファミレスの店長に退職の意思を伝えた。「――店長、あたし、この度知り合いが経営する会社で働くことになりまして。ここを辞めることにしました。これが退職願です」「……そうですか。宮瀬さんはとても気持ちのいい接客をしているし、よく気がつくし、勤務態度も真面目だし。もっと長く働いてほしかったんですけどね……。淋しくなります。二年間、お疲れさまでした」 その日の勤務を終えた後、制服姿のまま退職願を提出すると、女性店長は名残惜しそうにそれを受け取った。「すみません。あたしもできれば続けたかったのですが、もう決めてしまったので。二年間、お世話になりました。制服はそちらでクリーニングに出しておいて頂けますか? ロッカーのカギは帰りに返却しておきますね。――では失礼します。お疲れさまでした」「お疲れさまでした、宮瀬さん。またお客様として、奏ちゃんと一緒にお店にいらして下さいね」「はい……!」 本当は、こんな急に辞めることになってお店に迷惑がかかっているかもしれないのに。店長は「またお客としていらっしゃい」と笑って見送って下さった。初めての職場で、こんなに気持ちのいい退職の日を迎えられるなんて……、何だか感激してしまった。 退職の手続きもスムーズに終わり、あたしは瑛司くんに改めて連絡を取った。「――瑛司くん、ファミレスの退職手続き済んだよ。というわけで、明日からでも瑛司くんの会社の入社手続きを進めてもらえるかな?」『分かった。お疲れさま、莉子。じゃあ明日の朝十時、実印と通帳と筆記用具持って会社に来て。昨日の面接の時みたいに、来たら受付に声かけて。……奏ちゃん、保育園に送っていかないといけないと思うけど、十時で大丈夫?』「うん。送っていくのは九時だから、それから行っても間に合うと思うよ。少し早くそっちに着くかも」 あたしの家があるのは豊島区なのて、日本橋まで行くのに一時間もかからない。奏を保育園まで送って行って、それから駅に向かって電車に乗っても十分間に合う。『了解。それじゃ、俺はそれまでに雇用契約書とか入社に必要な書類を用意して待ってるよ。ちなみに、通帳と実印は給料の振込み先の口座を登録するためな』「はーい。じゃあ明日ね」 彼が「また明日な。連絡
last updateLast Updated : 2026-09-24
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彼の会社で働くということ ②

 あたしが今度はフレックスタイム制の正社員で働くことになったと話すと、保育士さんは「そうなんですね。おめでとうございます」と言って下さった。「お迎えも今までどおりの時間で大丈夫ですので、来月からも引き続きお世話になりますね」「はい、分かりました。――それじゃ奏ちゃん、先生と一緒にママに行ってらっしゃいしようね」「うん! ママー、いってらっしゃぁい」「奏ちゃんのお母さん、行ってらっしゃい」「奏、行ってきます! 夕方お迎えに来るから、ちゃんと先生の言うこと聞いて、いい子にしてるんだよ?」「はぁい」 小さな手で可愛くバイバイをする奏にバイバイと手を振り返し、先生にももう一度頭を下げて、あたしは駅に向かった。   * * * *「――おはようございます。来月から御社でお世話になる宮瀬莉子です。今日は瑛司く……じゃなかった、高倉社長に言われて入社手続きに来ました」 十時よりだいぶ早く会社に着くと、あたしは一昨日と同じように受付の女性――一昨日とは別の人だ――に声をかけた。……こういう場合、「御社」って言うのは正しいのかな?「宮瀬莉子さんですね。はい、社長から話は伺っております。では、社長を呼びますのでロビーでしばらくお待ち下さい」「はい。お願いします」 受付の人はすぐに内線で瑛司くんを呼び出してくれて、しばらく待っていると彼が下りてきた。「お待たせ。おはよう、莉子。じゃあ入社手続きするから、俺についてきて。一昨日の会議室でいいかな? その後、今日来てる配属先のメンバーに莉子のこと紹介するから」「うん。……ところで瑛司くん、一つ気になってることがあるんだけど」「ん? なに、気になってることって?」 エレベーターに乗り込んでから、あたしは話を続けた。「ここの社員さんたちって、みなさん瑛司くんとあたしが幼なじみだってこと知ってるの? 瑛司くんがあたしのこと『莉子』って下の名前で呼び捨てにしてても、みなさん不思議に思ってないみたいだから」 今日の受付の人も、一昨日いた受付の女性も、あたしが瑛司くんから「莉子」呼びされているのに首を傾げもしない。普通なら、「どうして苗字で呼ばないんだろう?」と不思議に思うところじゃないだろうか。「みんなには俺から話してあるんだ。莉子と俺が十年ぶりに再会した幼なじみだって
last updateLast Updated : 2026-09-25
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彼の会社で働くということ ③

 あたしは瑛司くんと一緒に、自分の契約内容について確認した。――雇用形態は正社員(フレックスタイム制)。勤務時間帯は朝九時から夕方六時まで。在宅ワーク可。月給は三十万円スタート、諸手当あり。通勤交通費は全額支給。「莉子、これでよければ雇用契約書に名前書いて、ハンコ押して」「うん」 これで正式に雇用契約は終わった。他にも書かなければならない書類がたくさんあって、お給料の振込先も登録しないといけない。でも、これはパート先でも同じことをやったので戸惑うことはなかった。あとは連絡先や緊急連絡先などの登録。奏を預けている保育園の名前と連絡先も書いておいた。「……はい。じゃあ……、あとは社員証用に写真がいるんだけど。履歴書の写真の残り、持ってきてる? なければ履歴書に貼ってある写真で何とかするけど」「持ってきてない……。昨日、電話で言われなかったから」「あー……、そうだよなぁ。俺も事務の人に言われるまで忘れてたから、ごめん。じゃあ、履歴書の写真で何とかするからいいや」「うん。これで入社手続きは終わり?」「ああ。これで終わり。それじゃ、莉子の配属先に行くから。準備できたら俺についてきて。」 というわけで、机の上に出した筆記用具や印鑑をバッグの中にしまうと、あたしは瑛司くんの後をついていく。エレベーターで四階に降りると、「ここが来月から莉子が働く職場」と紹介された。部署名は「情報管理部」とある。「――はーい、みなさん注目ー。彼女は来月からみなさんと一緒に働いてもらう宮瀬莉子さん。入社はまだ半月先だけど、今日は彼女に一言挨拶してもらおうと思って来てもらいました。――莉子」「……あ、うん。あの、来月からこちらでお世話になります、宮瀬莉子です。二十五歳で、結婚はしてませんが三歳の娘がいます。皆さんもご存じかとは思いますが、高倉社長……瑛司くんとは十年ぶりに再会した幼なじみです。来月からよろしくお願いします」 あたしはとりあえず、当たり障りのない自己紹介を簡潔にして、頭を下げた。ファミレスで接客のパートをしていたので、お辞儀のキレイさには自信がある。「宮瀬さん、よろしくお願いします。わたしがここの部長をしています、西元沙希です」 あたしにそう言って微笑みかけてくれたのは、三十歳前後と思しきスレンダーで優しそうな女性だった。 この部署に
last updateLast Updated : 2026-09-26
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シングルマザー、正社員になる。 ①

 ――それからあっという間に半月が過ぎ、いよいよあたしの入社日である十月一日がやってきた。「――パソコンよおーし、社員証よぉーし、筆記用具よぉーし! 交通系ICカードもちゃんとチャージしてあるし、スマホも持った。よし、オッケー!」 時刻は八時半。保育園へ行く奏の支度も終え、通勤用のスラックスとジャケットに着替えたあたしは自分の通勤用バッグの中身をチェックした。大丈夫、忘れ物はない。「奏も忘れ物ないね? それじゃ、朝ゴハン食べて保育園行こ。ママも今日から新しいお仕事だよ」「はぁい! ママ、あたらしいおしごとがんばってねー」「うん、頑張るよ。奏ちゃん、ありがと。ママ、奏ちゃんのこと大好きだよ」 嬉しいことを言ってくれた可愛い愛娘の頭をあたしはいい子いい子と撫で、ギューッと抱きしめた。「それじゃ、朝ゴハン食べに行こうね」「うんっ」 あたしは奏の手を引いて、あたしたち親子の寝室がある二階からダイニングのある一階へ下りていった。「――おはよー、じぃじー、ばぁばー」「お父さん、お母さん、おはよ」「莉子、奏ちゃん、おはよう。もう朝ゴハンできてるからね」「ありがと、お母さん。――お父さん、今から出勤? 間に合ってよかった」「ああ。おはよう、莉子、奏。莉子は今日から瑛司くんの会社だったな。新しい職場、それも初めての正社員だから慣れるまでは大変だろうが、まぁ頑張りなさい」 父と母はすでに朝食を終え、父はもう家を出るところだったようだ。「うん、ありがと」「ママー、〝えいじくん〟ってだれー?」 父の口から瑛司くんの名前が出たので、まだ何も知らない奏が無邪気にあたしに訊いてきた。……そっか、この子にはまだ彼の話をしていないんだった。「ん? えーっとねぇ、ママの昔のお友だち……かな」 彼とはまだ付き合ってもいないし、幼なじみであることに違いはないのでまぁ間違ってはいないだろう。「ママのおともだちなの? カナたんもあいたいなー」 すると、奏は目をキラキラ輝かせながらそう言った。 そういえば、瑛司くんの方も奏に会いたがっているみたいだった。彼と結婚してこの子の父親になってもらうかどうかはまだ分からないけれど、一度顔合わせしてもらうのも悪くはないかも。「分かったよ、奏。ママから瑛司くんに、奏が会いたがってるって言っといてあげるね
last updateLast Updated : 2026-09-28
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シングルマザー、正社員になる。 ②

「――おはようございます。今日からよろしくお願いします!」 できたてホヤホヤの社員証を首から下げて、あたしは〈タカクラプランニング〉のビルに入る。まずは元気よく、受付嬢の人に挨拶した。 ちなみにこの会社には受付嬢が三人いるらしく、今日の人はまだ見たことのない人だった。「宮瀬さんですよね? 社長から話は伺ってます。初めまして。今日からよろしくお願いします。――それにしても、元気な挨拶ですね」「ありがとうございます。あたし、先月まで接客業だったので。ファミレスで働いてたんです」「あ、それも知ってますよ。社長から聞いているので。正社員で働くのは初めてだそうですけど、この会社にはいい人しかいませんから。宮瀬さんもすぐに慣れると思いますよ。頑張って下さいね」「はい! ありがとうございます」 あたしはエレベーターに乗り込み、四階のオフィスを目指す。フレックスタイム制のせいなのか朝イチで出社してくる人は少なく、エレベーターで一緒になったのも数人だけだった。「なんか、OLになったなぁって感じ。こういうの、憧れてたんだよねー」 奏をひとりで産み育てることを決めて大学を辞めた時、その道は断たれたと思った。彼氏が死ななければ、そして妊娠していなければ、あたしは他の同級生たちと一緒に就活をして、大卒で社会に出ていたかもしれない。 でも、瑛司くんのおかげであたしは大学中退だけれど、こうして正社員として働けることになった。よく考えてみたら、高卒から正社員として採用してくれる企業だってあるのだ。あたしも諦める必要はなかったのかもしれない。ただ奏と一緒に過ごす時間を大切にしたくて、パートで働くことを決めただけなのだから。「――あ、莉子! おはよう」「おはよう、瑛司くん。……あ、『社長』って呼ばないとダメかな?」 エレベーターを降りたら、そこで社長である瑛司くんに出迎えられた。でも面接と入社手続きできた過去二回とは違い、今日からあたしは正式にこの会社の社員となったのだ。今までどおり『瑛司くん』と呼ぶのはいくら何でもマズくないだろうか? いくらあたしと彼が幼なじみだと、社員のみなさんが知っているとしても。「いや、別にいいよ。他の社員たちも呼び方バラバラだしな。『社長』って呼ぶ人もいれば、『瑛司さん』呼びの人もいるし。莉子も今までどおり『瑛司くん』って呼んでくれて構
last updateLast Updated : 2026-09-30
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シングルマザー、正社員になる。 ③

 あたしが少し緊張しながら自己紹介を終えると、みなさんは温かい拍手であたしを迎えてくれた。 「莉子、ここでは何て呼ばれたい? ……あ、西元さんは『莉子さん』呼びで決定なんだっけ?」 「うん。じゃあ……、みなさんも名前で呼んで下さい。苗字で呼ばれるの、他人行儀であまり好きじゃないので」  それに、もし瑛司くんと結婚したらあたしも「高倉」の姓になるわけで……。ちょっとややこしいことになる。だったら下の名前で呼んでもらった方があたしも気が楽だし、みなさんも余計な気を遣わなくて済む。 「……というわけなので、みなさんも彼女のことは『莉子』と下の名前で呼んであげて下さい。それじゃ莉子、デスクは西元さんの隣な。俺はこれから仕事が立て込んでるから、西元さん、後のことはよろしくお願いします」  あたしは慌ただしく社長室へ行ってしまう瑛司くんをちょっと淋しい気持ちで見送った。社長室は五階にあるらしい。 社長ともなると、色々と忙しいんだろうな……。彼には彼の予定があるだろうし、ずっとこのオフィスにいられないことは仕方ないのかなと思った。 「はーい。それじゃ莉子さん、席に就いて。これから仕事を教えるから。パソコンは持ってきてる?」 「はい」  トートバッグからパソコンを取り出したあたしに、沙希さんが一枚のメモを手渡した。 「それじゃあねー、まずはこのオフィスのWi-Fiに接続してもらおうかな。ネットワーク名とパスワードはこれね」 「分かりました
last updateLast Updated : 2026-10-01
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彼と娘の初顔合わせ ①

「――なぁ莉子、朝言いかけたことって何だったの?」 瑛司くんが連れてきてくれたのは、会社のすぐ近くにある大衆食堂だった。それもチェーン店じゃなく、個人経営の小さなお店。ここは彼の行きつけのお店らしい。 あたしと再会した時にはファミレスに来ていたけれど、あれはたまたまだったのかな? それとも、あたしがあのお店で働いていることを知っていたから、あの日だけわざわざ来たのかな……? それはともかく、瑛司くんは唐揚げ定食、あたしは手作りハンバーグ定食を食べている時に彼から飛び出した質問がこれだった。「あ、うん。あのね、奏が……瑛司くんに会いたがってるの。で、顔合わせはいつがいいかなぁって。……ん~、このハンバーグ美味しいね」「顔合わせか……。ん? っていうか奏ちゃんに俺のこと話したの?」「うん。……あ、瑛司くんのことは『ママの昔のお友だち』って言ってあるから」「昔の友だち……」 瑛司くんはあたしの答えを聞いて、ちょっとガッカリしているみたいだった。「友だち」と言われたことがショックだったのかもしれない。「だって、間違ってはいないでしょ? 三歳の子に分かるように説明するのに、他の言い方が思いつかなかったから」「……まぁ、そうだよなぁ」 あたしたちはまだ付き合っているわけじゃないので、「ママの恋人」だなんてまだ言えない。「ママの好きな人」? ……って言っていいのかな?「分かった。じゃあ、そうだな……。今週末はどうかな? 行きたいところ、それまでに奏ちゃんと相談して決めておいて」「うん、オッケー」 とりあえず、あたしはまた箸を進める。ここのハンバーグは店主さんの愛情たっぷりで、マニュアルどおりに作られた、ファミレスで提供していたハンバーグよりずっと美味しい。「――ところで莉子、今日から始めて正社員として働き始めた感想は?」「まだ初日だけど、やっていけそうな気がするよ。沙希さんも他の人たちもみんな親切だし、仕事もやり甲斐ありそうだし」「そっか。そりゃよかった。俺も声かけた以上は、莉子に長く続けてほしいからさ。初日で『もうイヤだ! 辞める~!』とか言われたらどうしようかと思った」「あははっ」 瑛司くんは瑛司くんで気にしていたのかな。もしかしたら幼なじみの頼みだったからこの会社で働くことにしたけれど、断り切れなくてイヤイヤだったんじゃないか、とか。
last updateLast Updated : 2026-10-04
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彼と娘の初顔合わせ ②

「……ごめん! こんなこと言われたって重いだけだよね。でもね、やっぱり……もし瑛司くんが奏の父親になってくれたとしても、あの子のパパは死んだ彼だけなの。それだけは動かしようのない事実だから――」「いいよ、俺は。莉子がその彼氏のことを一生忘れられなくても、そんな莉子も全部受け入れる」「えっ、……いいの? 重くない?」「うん、重くないよ。だってさ、どうあがいたって死んだ人間には一生敵わないじゃん。それでも俺は莉子のことが好きだから、だったらそれごと好きでいるしかないじゃん。俺がフったところ、死んだ彼氏が生き返るわけじゃないだろ?」「……うん、そうだね」「だから、そいつのことは忘れなくてもいい。これから俺のことをもっと好きになってくれたら、俺はそれでいいよ」 彼の言葉は真剣そのもので、あたしは何だか申し訳ないと思う気持ちがどこかに行ってしまった。「俺、莉子が未婚のまま子供産んだって聞いた時に覚悟決めたんだよ。莉子がもしこのまま他の誰とも結婚する気がないなら、俺が子供の父親になろうって。母娘ともども、俺が守っていこうって。だから、まずは恋人同士から始めよう。……これが十年前に言えなかった俺の気持ち」「……うん。ありがと、瑛司くん。これからよろしくお願いします」「こちらこそよろしく、莉子。それはともかく、俺と付き合うようになったからって、奏ちゃんを二の次にするようなことはするなよ?」「しないよ。奏はあたしの大事な大事な宝物なんだから。子育て放棄なんかしたら両親に怒られるし、それに天国にいる彼に申し訳ないもん」「そっか」 そう言った彼の表情は、やっぱりちょっと淋しそうだ。でも瑛司くんは、天国の彼には勝てないということをちゃんと受け止めているんだよね……。「あたしね、さっき考えてたんだ。もし十年前に瑛司くんが転校しなかったら、あたしは今こうしてシングルマザーになってなかったのかな……とか。奏の父親は瑛司くんだったのかもしれないな、とか。そもそも生まれてきた子は奏じゃなかったかも……とか。そう思うとさ、やっぱりあたしたちが十年ぶりに再会したことに意味があったんだろうね」「そうだよ。俺だってあの時転校しなかったら、こうして起業して莉子を迎え入れることもなかったかもしれないしな。普通に就職して、莉子とは別々の道を歩んでたかもしれないだろ? こうし
last updateLast Updated : 2026-10-06
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彼と娘の初顔合わせ ③

 ――翌日からもあたしは順調に仕事を覚え、木曜日あたりにはもう自分の案件を任されるようになった。責任は重いけれど、それだけやり終えた時の達成感も大きいだろう。 そして迎えたお出かけ当日。はしゃぎすぎて翌日疲れが出るかもしれないということで、土曜日になった。今日は秋晴れで絶好のお出かけ日和だ。  行き先は奏のリクエストで、上野動物園に決まった。パンダはもういないけれど、ここにはまだ可愛い動物たちがたくさんいるからだ。ちなみに、奏はレッサーパンダとマヌルネコが好きらしい。 「――おはよ、瑛司くん」 「おはよーごじゃいます!」  瑛司くんはわざわざ車であたしたち母娘を家の前まで迎えに来てくれた。ウチは十年前から一度も引っ越していないので、瑛司くんも場所は覚えていただろう。 彼が車を持っていることも知らなかったので驚いたけれど、何よりその後部座席にわざわざ奏専用のチャイルドシートまで取り付けてくれていたのが嬉しかった。彼曰く、いとこのお兄さんのお古らしいのだけれど。 「おはよ、莉子。この子が――」 「うん、紹介するね。あたしの可愛い娘の奏だよ。奏ちゃん、瑛司おじちゃんだよ。ちゃんとご挨拶して」 「はーい。みやせカナたん
last updateLast Updated : 2026-10-07
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まだ親子ではないけれど…… ①

 ――動物園のある上野恩賜公園には駐車場がないため、JR上野駅公園口の有料の駐車場に車を停めると、そこからは動物園までブラブラ歩いていくことになった。……靴、フラットシューズにして正解だったな。 小学生以下の奏は入園無料なので、大人二人分の入園チケットを買って園内に入る。入ったところは東園で、まずはニホンカモシカがお出迎えしてくれた。園内マップによれば、奏お目当てのレッサーパンダやマヌルネコはどちらも西園にいるらしい。そこへ行く間にもゾウやカワウソ、トラやリスなど奏が見て喜びそうな動物がたくさんいるので、見ながら歩いても退屈はしないだろう。「奏ちゃん、ここから左に行ったらリスさんがいるって。右に行ったらカワウソさんもいるけど、奏ちゃんはどっちに行きたいかな?」 瑛司くんは初対面にもかかわらず、ちゃんと膝をついて奏と目線を合わせて訊いてくれた。この人、本気で奏と親子になりたいんだなと思うと、母親のあたしも嬉しかった。「……奏はどっちに行きたい?」「んーとね、カナたんねー、リスさんみたいなー」「リスさんな、分かった。じゃあ左に行こうか」「うんっ!」 奏は嬉しそうにあたしではなく瑛司くんの手を引いて、カモシカゾーンの左側へトコトコと歩いていく。その後ろ姿はパパの手を引く娘みたいに見えて、そんな二人を微笑ましく思いながらあたしも後をついていく。 それからはプレーリードッグやゾウを見て、そこからは右ルートへ。向かい合わせに飼育展示されているフクロウとカワウソを見てトラの前を通った。「わぁ……。ママ、えいじおじたん、トラしゃんおっきいねー」「ねー、おっきいねぇ」 奏は初めて見るトラに目を丸くした。肉食獣はまだ見せるのが早いかなと思って、今までは小動物や草食動物しか見せてこなかったのだ。「おっきいなぁ。でもな、奏ちゃん。トラさんはネコさんの仲間なんだぞ。奏ちゃんの好きなマヌルネコさんと一緒だな」「ネコしゃん? トラしゃんっておっきなネコしゃんなの?」「そうだよ。トラさんもライオンさんも大きなネコさんなんだ。ひとつ勉強になったろ? この動物園にはライオンはいないけどな」「うん! えいじおじたん、ありがと-」 その後、奏は嬉しそうに「おっきなネコしゃん、かわいいねー」とトラに向かってニコニコしながら言っていた。「ありがとね、瑛司
last updateLast Updated : 2026-10-07
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