جميع فصول : الفصل -الفصل 20

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第11話

その瞬間、3人の胸中には名状しがたい感情が渦巻いていた。これまで見下し、気にも留めていなかった美乃里という存在の輪郭が、ここへきて鮮明に浮かび上がってくる。彼女は自らの役割に徹し、努力を惜しまず、卑屈にも傲慢にもならず、理路整然と筋を通していた。その瞳はいつも澄み切っていて、わきまえるべき境界線を決して踏み越えなかった。そして3人は、今さらながら1つの事実に気づく。美乃里は病院を抜け出してから、一度も連絡をよこしてこない。男たちが眉をひそめたその時、2階の寝室からけたたましい悲鳴が響き渡った。顔を見合わせ、すぐさま階段を駆け上がって扉を開ける。そこには、ベッドの上で飛び跳ねながら金切り声を上げる侑良の姿があった。だが、部屋の隅を見れば、1センチにも満たない小さなゴキブリが1匹はっているだけだった。3人の脳裏に、期せずして同じ思いがよぎる。――美乃里なら、こんな取り乱し方はしない。3人は手分けして動いた。立貴が虫を始末し、邦紀と永翔が侑良をベッドから下ろしてなだめる。妊娠中の体なのだから気をつけるよう念を押し、即座に駆除業者を手配して、どうにかその場を収めた。だがその直後、男たちは使用人と料理人を呼び戻し、家事の一切を手放した。仕事中、侑良がドアを叩いて癇しゃくを起こしても、もはや甘やかすことなく扉を閉ざし続ける。食事の席で、3人がナイフで一口大に切り分けて差し出したステーキを、美乃里は冷たく床へと払い落とした。彼らももはや機嫌を取ろうとはせず、無言のまま席を立った。3人の態度の変化に侑良は焦りを覚えたものの、決して頭を下げようとはせず、冷戦を仕掛けてきた。だが、男たちは取り合うどころか、疲労のにじむ目で一瞥し、「好きにしろ」と言い捨てて仕事へ向かってしまう。遠ざかる3人の背中を見送りながら、侑良は屋敷の調度品を片っ端から叩き壊し、使用人たちに当たり散らして、疲れ果てるまで荒れ狂った。屋敷を出た3人が向かった先は、会社ではなかった。足を向けたのは、かつて美乃里が暮らしていた邸宅だ。屋敷の執事が出迎える。「日野社長、北島社長、渡辺社長、今夜はこちらでお泊まりになりますか」3人は屋敷を見渡した。ここへ足を踏み入れるのは、侑良が酒を飲まされたあの夜以来だった。床に散乱していた
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第12話

「移住だと!?」3人は驚愕の声を上げた。電話口からの報告に、重い沈黙が落ちる。他国への移住手続きなど、そう簡単に片付くはずがない。永住権を取得して出国したという事実は、美乃里が何年も前から周到に計画していた動かぬ証拠だった。3人がスマートフォンを握りしめ、低く問いただした。「どこの国だ」3人の動揺を察した秘書が、慌てて言葉を返す。「セグレオン国です。記録によりますと、西原様は3年前から移住の手続きを進めておられたようで、この数年、現地での投資や不動産の取得を続けておられました。ご本人は投資による永住権を、西原定子様は親族としての永住権を取得されています」3人は絶句し、互いに顔を見合わせたまま言葉をなくした。3年前、愛人契約を結んだその瞬間から、美乃里は逃げる準備を整えていた。自分たちのそばで過ごした3年間、去る決意は微塵も揺らいでいなかった。それなのに自分たちは、まるで慈悲を施すかのように「そばに残る権利をやろう」と言い放っていた。彼女に持ちかけたあの結婚の提案――あの時、美乃里は胸の内で自分たちをあざ笑っていたに違いない。苦い自嘲と屈辱のあと、3人の胸を激しい怒りが焼き尽くした。なぜだ。自分たちの与えた待遇に不満があったというのか。過去3年間、間違いなく宝物のように慈しみ、上流社会の贅沢を存分に味わわせてやったはずだ。それなのに、なぜこれほど迷いなく、冷酷に立ち去ることができるのか。侑良が屋敷へ移り住んだあの日、彼女が荷物をまとめていた姿や、幾度となく契約満了を口にしていた場面が鮮明によみがえる。契約の更新を望んでいたのではない。本気で、一刻も早く関係を終わらせたかった。使用人部屋に残されていた荷物を思い出し、3人は車を走らせて屋敷へと引き返した。狭苦しい部屋の隅に、鍵もかけられないまま、スーツケースがぽつんと置かれている。簡素なベッドのシーツには、あちこちに赤黒い染みが点々と残っていた。宴会の夜、彼女が負わされた傷の痕跡だ。シーツを見つめる男たちの胸に、鈍い痛みが走る。侑良が戻ってからのわずか1週間に、美乃里へ浴びせられた数々の仕打ちが脳裏をよぎった。スーツケースを開ける。だが、中はがらんどうで、彼女自身が買い揃えたジーンズとTシャツが2着収められ
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第13話

3人の思惑は一致した。すぐさま秘書に美乃里の滞在先を調べさせ、航空券を手配して空港へ車を走らせた。だが、空港に到着した途端、侑良からの着信が立て続けに鳴り響く。むなしくコール音が繰り返された末、永翔がようやく電話に出た。「永翔、お腹がすごく痛いの……お願い、早く戻ってきて……」3人は顔を見合わせた。疑念は拭えなかったものの、気づけば車を飛ばして屋敷へと引き返していた。慌てて病院へ連れて行こうとする3人に、侑良はけろりとした様子で告げる。「心配いらないわ。さっき往診の先生に診てもらったら、もう大丈夫だって。でも安静にして、気持ちを穏やかに保たないといけないんですって」3人は揃って胸をなでおろした。すでに搭乗予定の便には間に合わず、侑良の体調も考慮して、その日は屋敷に残って看病を続けることにした。それからの数日間、3人が美乃里を捜しに出かけようとするたび、空港に着く直前になると決まって侑良から「お腹の調子が悪い」と連絡が入った。一度や二度ならず、3度目ともなれば、3人も何が起きているのか完全に悟った。永翔が冷淡な声で言い放つ。「本当に具合が悪いなら、執事に頼んで病院へ行け。俺たちには外せない用事がある。戻ったら顔を出す」続いて邦紀のスマートフォンが鳴った。いら立ちを露わにして電話口で告げる。「わがままにもほどがあるぞ。そんなことで嘘をつくな」立貴はさらに語気を荒らげた。「俺たちをなめるのもいい加減にしろ!」3人に立て続けに通話を切られ、侑良は手にした端末を床へ叩きつけて粉々に砕いた。その顔は凄惨にゆがみ、むき出しの悪意に染まった。傍らに控えていた使用人は、息を潜めて震え上がるしかなかった。通話を終えた永翔、立貴、邦紀は、振り返ることなく搭乗ゲートをくぐり、美乃里のいる都市へと飛び立った。機内では誰一人として口を開かず、それぞれが重苦しい沈黙に包まれていた。機体が現地に着陸すると同時に、秘書から美乃里の現在地が届く。3人は手配していた車に乗り込み、目的地へと直行した。*その頃、美乃里は養母の定子を連れ、格式高い隠れ家レストランの個室にいた。目の前には、気品を漂わせる1組の中年夫婦が向かい合って座っていた。1週間前。美乃里はセグレオン国で生活の基盤を整え、すでに新
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第14話

目を赤く腫らして涙を流す川瀬多美子(かわせ たみこ)と、激しい感情を押し殺す川瀬政也(かわせ まさなり)。2人の姿を見ただけで、美乃里はすでに答えを悟っていた。美乃里と定子が席に着くと、政也は呼吸を整え、机の上にDNA鑑定書を差し出した。緊張からか、言葉を探すように口を開く。「西原さん。生物学的に見て、私たちが実の親子であることは間違いありません」多美子がこらえきれずに泣き声をこぼした。「ああ……お母さんよ……今まで、どれほど苦労してきたの……」激しく動揺する2人を前にしても、美乃里は冷ややかに唇を引き結んだままだ。しばしの沈黙のあと、淡々と問いかける。「川瀬侑良は、お2人の娘なのですか」政也は虚を突かれたように目を見張った。「侑良を知っているのか?どういう関係なんだ」その瞳に宿った期待の色を見て、美乃里は口元に冷たい笑みを浮かべた。頬を覆っていたガーゼをゆっくりとはがし、深く刻まれた凄惨な傷痕をさらす。「どちらかが死ぬまで終わらない関係です」その瞬間、政也の手が滑ってテーブルの湯飲みが倒れた。多美子は悲鳴を上げ、立ち尽くす。信じられない面持ちで、震える手を美乃里の頬へ伸ばそうとした。多美子の唇は小刻みにわななき、瞳には底知れぬ怒りと激痛が燃え上がっている。「その顔、侑良にやられたの!?あの子、よくもそんな真似を……!」美乃里はその手を静かにかわし、冷ややかに言葉を返した。「どうして驚くのですか?侑良は、あなた方が幼い頃から溺愛してきた娘でしょう」多美子は傷ついたように腕を引き、政也がその手を固く握りしめた。2人は視線を交わし、政也が重い口を開く。「侑良が実の娘ではないと知ったのは、2年前のことなんだ」2年前、侑良が海外で交通事故に遭った。駆けつけた現地の病院で行われた血液型検査で、政也と多美子は異変に気づいた。国内の記録と食い違い、夫婦のどちらとも一致しなかったからだ。疑念を抱いた2人は帰国後に調査を進め、侑良が政也の従兄の娘であることを突き止めた。かつて多美子が臨月を迎えていた頃、同じく身重の妻を連れた従兄が口実を作って居候していた。2人は同じ日に出産を迎え、産後間もなく、従兄夫妻は赤ん坊を連れて去っていった。だが、すべては仕組まれたわなだった。
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第15話

車を降りた永翔、立貴、邦紀の目に飛び込んできたのは、大柄な男の腕に抱きとめられている美乃里の姿だった。男のこめかみには白いものが混じっている。立貴が真っ先に駆け寄り、背を向けていた男を強引に引きはがすなり、顔面へ拳を叩き込んだ。衝撃で男――政也の体がたたらを踏む。永翔が美乃里の腕を引いて背後へ引き戻し、邦紀が彼女の両肩を力任せにつかんだ。その顔は怒りにゆがんでいる。「恥を知らないのか!こんな年の離れた老いぼれにまで媚びを売るのか!」侮辱を浴びせられた美乃里に、これ以上耐える気など毛頭なかった。渾身の力を込め、邦紀の頬を思い切り張り飛ばす。乾いた破裂音が響き、邦紀の顔が激しく横を向いた。白い肌にくっきりと赤い手形が浮かび上がる。「……俺を殴ったのか?」邦紀の瞳に動揺と殺気が宿った。そばにいた永翔と立貴も、信じられないものを見る目で美乃里を見つめている。過去3年間、従順そのものだった彼女が、手を上げて人を殴る姿など想像すらしていなかった。2人が硬直した隙を見逃さず、美乃里は再び腕を振り上げた。間髪を入れず、永翔と立貴の頬にも1発ずつ強烈な平手打ちを食らわせる。3人が完全に凍りつくなか、政也が歩み寄り、静かに美乃里を背後にかばった。そこでようやく、3人は男の顔をはっきりと確認した。瞬時に顔色を変える。「川瀬……さん!?」永翔が動揺を必死に押し殺しながら問いかけた。「どうして美乃里と一緒にいるんですか」立貴が殺気立った目で美乃里をにらみつける。「2人揃って……そんなに男に飢えていたのか!」邦紀も低く沈んだ声で言葉を重ねた。「それとも、侑良の父親だと知っていて、わざと近づいて誘惑したのか?」矢継ぎ早に浴びせられる下劣な言葉に、政也の額に青筋が浮かんだ。「いい加減にしろ!君たちは美乃里とどんな関係なんだ?よくもそんなでたらめで侮辱してくれたな!」川瀬家、日野家、北島家、渡辺家はビジネスで深い結びつきがある。3人は侑良に想いを寄せていたこともあり、政也には常に敬意を払ってきた。だが今、政也が美乃里を抱き寄せていたのを目撃し、2人が不適切な関係を結んだと思い込んだ3人は、完全に理性を失っていた。立貴が目を血走らせて吐き捨てる。「どんな関係だと?こいつは俺たち3
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第16話

3人は政也の言葉に絶句し、目を見開いたまま立ち尽くした。「川瀬さん、侑良はお2人によく似ているはずです。何か誤解があるのでは……」「誤解だと?」政也は冷ややかに鼻を鳴らした。「2年も前に、侑良は自分の出自を知っている。私たちもとっくにあれとは縁を切った。DNA鑑定に偽りはない。今この瞬間から、私の娘は美乃里ただ1人だ」言い捨てると、政也たち4人は車に乗り込み、その場を走り去った。残されたのは、顔中を殴られてあざだらけになった3人の男たちだけだった。顔を見合わせる彼らの胸中は、激しく波立っていた。もし侑良が2年も前から自分の素性を知っていたのなら、帰国してからの言動はすべて自分たちをだますための芝居だったことになる。美乃里を痛めつけた数々の仕打ちも、単なる嫉妬や八つ当たりではなかった。そこまで思い至り、3人は固く拳を握り締めた。永翔は即座に国内の秘書へ連絡を入れ、侑良が海外で過ごした数年間の素行を徹底的に洗い出すよう命じた。そして、先ほど美乃里に向けた理不尽な侮辱と、その冷え切った眼差しを思い返し、3人は再び車を走らせて彼女の住まいへと向かった。政也と多美子は、美乃里と定子を自宅まで送り届けた。「何かあれば、いつでも連絡しなさい」政也はそう言い残し、気遣うようにその場を後にした。聞きたいことや疑問は山ほどあった。だが、料亭での会話や先ほどの衝突から、美乃里が歩んできた過酷な過去は察しがついていた。今はつらい記憶を蒸し返すような真似はしたくない。ただ、新しい人生を踏み出す手助けがしたかった。帰りの車中、政也は片っ端から電話をかけ続け、美乃里の顔に残る傷痕をきれいに治せる名医を探し求めた。美乃里は定子を部屋で休ませると、仕事へ戻るために外へ向かった。マンションのエントランスを出たところで、待ち受けていた3人の男たちの姿が目に入った。彼女は露骨に不快感をにじませ、氷のように冷たい声を投げかけた。「何か用ですか」3人は揃って押し黙った。美乃里が避けるように横を通り過ぎようとした時、永翔がようやく重い口を開いた。「美乃里、すまなかった」立貴と邦紀も間髪を入れずに言葉を重ねた。「悪かった。さっきは誤解していたんだ」美乃里は眉をかすかに持ち上げ、淡々とうなずいた。
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第17話

「二度と会いに来ないでください。私たちの契約はとうに満了しています。今の私とあなたたちには、何の関係もありません」3人が屈辱に顔を歪め、その場に呆然と立ち尽くす中、美乃里は振り返ることもなく立ち去った。午後の会議を終え、美乃里は英嗣と2人で残業を片付けた。夜8時頃、ようやくオフィスビルを出て夕食のレストランへ向かう。だが、ロビーのソファに腰掛けていた永翔、立貴、邦紀が、彼女の姿を認めるや否や一斉に詰め寄ってきた。英嗣は瞬時に美乃里の前へ立ちはだかる。彼女が背負ってきた過去のすべてを知り、目の前の男たちの素性も把握していた。男たちを遮る英嗣の姿に、3人の胸中で激しい独占欲が跳ね上がる。「美乃里、そいつは誰だ!」美乃里は1歩進み、英嗣の隣に並び立った。「紹介します。志賀英嗣です。幼い頃から近所に住んでいた幼なじみで、私のビジネスパートナーです」3人は即座に察した。この男こそが、彼女の出国を手引きした張本人だと。英嗣を値踏みするように見つめ、胸の内に憎悪をたぎらせる。「美乃里の金がなきゃ、ただの見掛け倒しじゃないか。そんな男のために、俺たちを捨てる気か!」尊大な物言いに美乃里の胸に怒りが湧き上がったが、言い返すより早く、英嗣が冷静に口を挟んだ。「大きな勘違いをされていますね。美乃里が去ったのは私のためでも、あなた方のためでもありません。彼女自身が最初から定めていた目標だからです。かつての私は無力で、美乃里を守ることすら叶いませんでした。ですが今は、彼女の意志を何より大切にし、支えています。あなた方は、人を尊重するという意味すらご存じないようですね」英嗣の毅然とした態度と静かな皮肉に、3人は一瞬で激怒した。立貴が怒りに任せて拳を振り上げかけたが、永翔と邦紀が慌ててその腕を抑え込む。美乃里は眉ひとつ動かさず、氷のように冷たい声で言い放った。「日野社長、北島社長、渡辺社長。もう一度だけ言います。私たちは最初から契約上の関係にすぎず、今となっては何の関わりもありません。これ以上つきまとうなら、警察を呼びます」美乃里は言い捨てると、英嗣の手を取って歩き出した。肌から伝わる温もりに、英嗣は手の甲から電流のような熱が駆け上がるのを覚えた。その衝撃は一気に頭の芯へと突き抜け、激しく心を揺さぶった。
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第18話

「きゃっ……!」隣のテーブルに座っていた女性客が、美乃里の顔に刻まれた生々しい傷痕を見て思わず悲鳴を上げた。周囲の客たちも一斉に目を向けてくる。同情、嫌悪、あからさまな好奇――さまざまな色が混ざった視線が美乃里へと注がれ、店内にひそひそとしたささやき声が広がった。だが、向けられる悪意など美乃里にはとうに慣れっこだった。眉ひとつ動かさず、ただ瞬きもせずに英嗣を見つめる。英嗣の瞳に浮かんでいたのは、驚愕と怒り、そして胸を引き裂かれるような痛ましさだった。そこに恐怖や拒絶の色など、微塵も存在しない。周囲のざわめきを耳にした英嗣は、勢いよく立ち上がると、毅然とした声で言い放った。「美乃里。俺の目には、君がいつだって誰よりもきれいに見える。傷なんて君のほんの一部だ。俺がずっと惹かれていたのは、君の強さや真っ直ぐさ、何があっても前を向くその心だ!」店内の客たちが息をのみ、辺りがしんと静まり返った。先ほど悲鳴を上げた女性は恥ずかしそうに顔を赤らめ、美乃里の元へ歩み寄って深く頭を下げた。耳まで真っ赤にして自分を見つめる英嗣の姿に、頑なだった美乃里の心が一気にほどけていく。テーブルの上にある彼の手へ、そっと自らの手を重ねた。英嗣の瞳が歓喜に輝く。その指先を愛おしそうに握り返し、優しく微笑んだ。ちょうど店に入ってきた永翔、立貴、邦紀の3人は、その光景を見るなり血相を変えて詰め寄ってきた。2人の手を強引に引きはがす。「美乃里、そんなに男に飢えていたのか!」「この男のどこがいいんだ!俺たち3人のどこがあいつに劣るって言うんだ!」美乃里は静かに顔を向けた。一切の覆いがないむき出しの傷痕を前にして、3人は息をのみ、無意識のうちに視線をそらしてしまう。その反応を見て、彼女は冷ややかに笑った。「少なくとも彼は、私を他の女に虐げさせたりしません。加害者の片棒を担ぐこともありません。他人の意思を踏みにじって思い上がることもなければ、見下すこともしません。そして、私の顔の傷から目をそらしたりもしません。私の目にはね、あなたたち3人なんて英嗣さんの足元にも及びませんわ」かつて美乃里に浴びせた侮辱が、寸分の狂いもなく跳ね返る。――美乃里、お前など侑良の足元にも及ばない。自ら吐き捨てたその言葉が、鋭い刃とな
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第19話

永翔、立貴、邦紀の眉根が険しく寄った。侑良に対する疑念がどれほど渦巻いていようと、今は犯人を刺激しないのが先決だった。「いま海外にいる。身代金を工面する時間も必要だ。金は必ず支払うから、彼女に危害を加えないでくれ」通話を切ると、3人は即座に帰国便を押さえた。空港へ向かう車中で秘書に連絡を入れ、侑良が本当に拉致されたのか至急裏取りを命じた。到着した3人を出迎えたのは、空港ロビーで待機していた秘書たちと、侑良の身辺調査をまとめた膨大な資料だった。――5年前の時点で、侑良はすでに自らの素性を知っていた。実の父親に居場所を突き止められ、金の無心を繰り返されたことに耐えかねて、逃げるように海外留学へ出たのだった。だが、渡航先で早々に薬物に溺れ、見境のない男関係に身を落とした。その一方で、実父が口にしていた「道端に捨てられた本物の令嬢」の存在を思い出し、その命を奪おうと密かに身元を調べ始めた。調査の末に行き着いたのが美乃里だった。これが、その後の美乃里の過酷な運命の引き金となる。この時、侑良は行きずりの男の子を身ごもり、事情を知らない求婚者の1人と急ぎ結婚した。私生活の混乱に追われ、改めて美乃里の行方を探した頃には足取りが途絶えていたため、すでに始末されたと思い込んで胸をなでおろした。そして夫の目を盗み、再び夜遊びと男狂いに明け暮れていた。享楽にふけって国内との連絡を絶っていたため、美乃里が3人に囲われていた事実など知る由もなかった。やがて浮気相手の子を妊娠した現場を夫に押さえられ、離婚を突きつけられた侑良は、国内に残してきた都合のいい男たち――永翔、立貴、邦紀の存在を思い出す。祖母がいまだ自分を溺愛しているのを盾に、令嬢の仮面をかぶって帰国した。そこで美乃里の存在を知るや否や、徹底的な排除に動いた。理不尽な侮蔑、卑劣なわな、拉致、そして顔の切りつけ――そのすべてが、底知れぬ悪意によるものだった。今回の拉致劇も、政也が祖母に「これ以上侑良をかばうなら親子の縁を切る」と最後通牒を突きつけ、川瀬家から叩き出された末の凶行だった。犯人とグルになり、狂言拉致を仕組んで3人から金をむしり取ろうとした企みだった。資料を読み終えた3人の顔色は、凍りついたように暗く沈んだ。欺かれ、ピエロのように踊らされてい
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第20話

2日後、都心最大の宴会場。きらびやかなホールには、社交界の有力者たちが勢ぞろいしていた。完璧なメイクで着飾った侑良は、誇らしげに会場を練り歩いていた。2日前に開かれた川瀬家の記者会見などまるでなかったかのように、周囲の招待客たちは惜しみない賛辞を浴びせていた。宴が最高潮を迎えたところで、侑良は永翔、立貴、邦紀にエスコートされて壇上へ上がった。主役としてのスピーチが始まった。侑良が3人への深い感謝を甘やかに語っていた、その時だった。背後の巨大スクリーンが激しく点滅した。映し出されていた優美なポートレートがノイズにかき消され、複数の男たちと乱行にふける生々しい映像へと切り替わった。はだけたドレスのまま男たちに絡みつき、薬物をあおって自堕落に溺れる侑良の姿が、大画面いっぱいに映し出された。会場の空気が凍りついた。招待客たちの眼差しが、一瞬にして侮蔑と嫌悪へと染まった。異変を察知した侑良が振り返り、絶叫を上げた。「消して!早く消しなさいよ!」だが、映像は止まらない。動画が終わると、今度は野坂家を買収して美乃里を襲わせようとしたメッセージの数々が、動かぬ証拠として大写しにさらされた。恐怖にゆがんでいた侑良の顔が、次第に茫然自失へと変わっていった。3人へ向けられた瞳から懇願の色が消え、激しい怒りと憎悪が湧き上がった。侑良は3人に猛然と詰め寄った。「あなたたちね!わざと仕組んだんでしょ!?」男たちの唇に、冷酷な笑みが浮かんだ。立貴が容赦なく腕を突き飛ばした。侑良は壇上に激しく尻もちをついた。「侑良、俺たちを本気でばかだと思っていたのか」手のひらを返した3人を前に、侑良は狂ったように甲高い笑い声を上げた。「違うとでも言うの!?何年も私にだまされて、戻ってきた途端に尻尾を振って犬になったくせに!」顔色を変える男たちを見据え、侑良は勝ち誇ったように嘲笑を浴びせた。「何?セグレオンまで美乃里を追いかけてフラれたわけ!?あんな身代わりに本気になっちゃったの?本当に浅ましい男たちね!自分たちがあの子を虐げるのを黙認して、私の罪をもみ消してくれたのを忘れたの!?美乃里があなたたちなんかを相手にすると思う!?夢でも見てなさい!」邦紀の顔から一切の感情が消え去った。床にへたり込む侑良
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