Masuk西原美乃里(にしはら みのり)が「初恋の身代わり」であることは、界隈の誰もが知る事実だった。 国内屈指の名門財閥を背負う3人の後継者たちに、手元で囲い込まれた「かごの鳥」こそが、彼女の立ち位置だった。 美乃里が19歳の誕生日を迎えた日、3人は遊園地を丸ごと貸し切った。 山積みの仕事をすべて放り出し、1日中彼女の遊びに付き合う。閉園間際に差し出されたプレゼントは、その遊園地を運営する会社の全株式譲渡契約書。名義はもちろん、美乃里のものだった。 20歳の誕生日には、夜空を埋め尽くす大掛かりな花火ショー。 21歳には、豪華クルーザーを1隻。 宝飾品やブランドバッグ、果ては高級邸宅に至るまで、ちょっとした手土産感覚で買い与えられた。 それだけにとどまらない。 どれほど多忙を極めても、3人は毎日必ず時間を作って美乃里と夕食を共にした。その甘やかしぶりは徹底しており、細やかな気配りはどこまでも行き届いていた。 美乃里は、あらゆる令嬢たちの嫉妬の的となった。 誰もが彼女を激しく羨み、それと同じ強さで蔑んでいた。 一方で周囲の男たちは、下卑た視線で品定めするように彼女を眺めていた。いつか3人に捨てられ、自分にすがりついて媚びを売る無様な姿を妄想しながら。 傍から見れば、美乃里は3人の御曹司からこの上なく溺愛され、甘やかな3年間を過ごしてきた。 ――川瀬侑良(かわせ ゆら)が帰国を果たす、その瞬間までは。
Lihat lebih banyak美乃里も英嗣の体の変化と戸惑いを感じ取っていた。だが手を離すことなく、1歩ずつ間合いを詰めていった。英嗣はベッドへと腰を落とし、呼吸を乱した。彼の端正な鼻筋や目元にそっと指先をはわせた。かつて心の奥で密かに焦がれていた相手を見つめ、胸の鼓動が激しく高鳴っていく。衝動が突き上げた。美乃里は身をかがめ、英嗣の顔へ熱い息を吹きかけた。彼の喉仏が動いた瞬間、そっと唇を重ねた。互いの吐息が絡み合い、1枚ずつ衣服が滑り落ちていく。それでも英嗣は自制を保ち、わずかに身を引くと、真摯な眼差しで美乃里の瞳をのぞき込んだ。その声はかすれ、熱をはらんでいた。「本当に、いいのか」応えたのは、美乃里のさらに深い口づけだった。濃密な情熱の中で、彼女は長年欠けていた自らの心が満たされていくのを感じていた。傷つき閉ざされていた心はしなやかな強さを取り戻し、誰かをまっすぐに愛する力を宿していった。*翌朝、出発の時間を迎えた。定子、政也、多美子の3人は、美乃里を空港まで見送ると言って聞かなかった。そこに英嗣の姿はなく、仕事で手が離せないのだろうと思っていた。だが、空港ロビーに足を踏み入れた瞬間、荷物を手にした英嗣の姿が目に飛び込んできた。美乃里は思わず目を丸くした。「出張の予定なんてあった?」英嗣は驚く彼女の顔を愛おしそうに見つめ、その頬を軽くつまんだ。「君1人をユナイティアへ行かせるわけないだろう。当然、そばについて守るよ」美乃里の胸に温かいものが広がった。甘やかな笑みをこぼし、英嗣の腕に手を絡めた。「じゃあ会社の仕事もしっかり片付けてね。大株主の私が目を光らせているんだから」仲睦まじい2人の姿を見つめ、定子たち3人の親も目を細めて温かな笑みを交わしていた。*半月後。川瀬家から幾度となく縁談を拒絶された永翔、立貴、邦紀は、とうとうしびれを切らして再びセグレオン国へと飛んだ。美乃里の元へ直接押しかける真似はせず、川瀬グループのオフィスへ向かい、政也との面会を取り付けた。「川瀬さん、俺たちに反感をお持ちなのは重々承知しています。過去の過ちも否定しません。ですが家柄を考えれば、美乃里に最も釣り合うのは俺たちです。どうかもう一度だけ、チャンスをいただけませんか」政也は背もたれにゆったりと身を預け、
病室で目を覚ました永翔、立貴、邦紀の3人は、互いの顔に残る生々しい傷を見つめ合い、苦笑いを浮かべた。満身創痍の今の有様は、あの時、自分たちのもとを去っていった美乃里の姿と痛いほど重なっていた。邦紀が伏し目がちにつぶやいた。「これが俺たちへの報いなんだろうな。あの時……あいつにどんな仕打ちをしたか……」声が詰まり、それ以上は言葉にならなかった。残る2人もその痛みを十分に理解し、押し黙った。病室に重苦しい沈黙が落ちた。立貴がかすれた声で口を開いた。「あいつ、今じゃ俺たちを心底嫌ってる……本当に、諦めるしかないのか……」永翔は唇を引き結び、瞳に強い光を宿した。「俺は諦めない」再び、室内を静寂が包み込んだ。*3日後、3人は退院した。永翔は実家へ戻ると、一族の年長者に川瀬家との縁談を持ちかけた。川瀬家はここ数年セグレオン国へ拠点を移していたが、業績は国内にいた頃よりもさらに飛躍している。名門との政略結婚は、一族にとっても願ってもない好機だった。「あちらにはもう、年頃の娘はいなかったはずだが?」年長者の問いに、永翔は美乃里の出自を手短に説明し、「彼女以外の女を妻にする気はない」と言い切った。その日のうちに、永翔の父親は政也へ直接電話をかけ、縁談を申し入れた。だが、電話口の政也の口元に浮かんだのは冷笑だけだった。即座に断りを入れた。この日1日で、政也は日野家、北島家、渡辺家からの縁談をすべて叩き返し、その足で娘の元へ報告に向かった。美乃里は特に表情を変えることもなく、淡々と相づちを打つと、再び荷造りに手を戻した。政也が世界最高峰の皮膚科医を手配してくれたため、治療を受けるべくユナイティア国へ旅立つことになっていた。政也は美乃里の住まいの隣にある邸宅を買い取り、頻繁に手料理を届けていた。定子と多美子の関係も良好で、2人の母親は手を取り合って彼女との絆を深めようと心を砕いていた。実の両親と定子の歩み寄りもあり、美乃里と川瀬夫妻との距離はぐっと縮まっていた。今では彼らからの気遣いも、自然に受け入れられるようになっていた。英嗣も荷造りを手伝いに来ていた。荷物自体は少なかったが、2人は部屋の中で仲睦まじく寄り添い、午後を2人きりで過ごした。彼と一緒にいると、美乃里はまるで
永翔が焦りをあらわにして身を乗り出した。「美乃里、お前に負わせた傷は一生をかけて償う。頼むから、もう一度だけやり直すチャンスをくれ……!」邦紀と立貴も焦燥に駆られて声を張り上げた。「俺もだ!一生大切にする……」「いい加減にして。一生大切にするって、前にも侑良に言ったでしょう?その彼女が今どうなっているか、もう自分たちで見届けたはずよ」3人は一瞬で青ざめた。「ち、違う、お前はあいつとは違うんだ……」美乃里は目を閉じ、胸の奥から湧き上がる嫌悪感を押し殺すように息を吐き出した。「もう一度だけ言っておくわ。あなたたちのことが、心の底から大嫌い。くだらないたわ言なんて一言も聞きたくない。二度と私の前に現れないで。私の生活を邪魔しないで。今日は私の誕生日よ。あなたたちの顔を見ているだけで吐き気がするわ」3人の瞳が赤く潤んだ。唇を強くかみ締め、痛恨と絶望に染まった目で美乃里を見つめた。だが、もはや返す言葉はどこにも残されていなかった。しばらくして駆けつけた警察官によって、3人は連行された。ストーカー行為と治安妨害で数日間の勾留処分を受けた後、国外退去を命じられた。国へ強制送還され、迎えの車で連れ戻された先で待ち受けていたのは、激怒した親族の長老たちだった。この数日間に、川瀬家が3人の逮捕騒動をSNSで拡散していた。御曹司たちの醜聞によって3家の名声は地に堕ち、グループ企業の株価も暴落した。進行中だった重要な商談も、後継者たちの不始末を理由に次々と白紙撤回された。3人は厳しい処罰を受け、全身に傷やあざを作った。だが、わずか1日の静養を経ただけで、吸い寄せられるようにいつものバーへと集まった。テーブルには強い酒のボトルが所狭しと並び、何本もの空き瓶が転がっていた。3人は無言でグラスを傾け、喉へアルコールを流し込み続けた。体に刻まれた傷がうずき、胃が焼けるように熱い。だが、それ以上に激しく痛むのは、自らの心だった。立貴が真っ先に涙をこぼした。ボトルに直接口をつけてあおり、かすれた声を絞り出した。「どうしてこんなに胸が痛いんだ……侑良が結婚したときの100倍……いや、1000倍痛い……」永翔も邦紀も返事をしなかった。ただ黙々とボトルを引き寄せ、ひたすら酒をあおり続けた。そこ
翌朝早く、街の中心部にある巨大ビジョンに、永翔、立貴、邦紀の3人から美乃里への謝罪と情熱的な告白メッセージが繰り返し映し出された。上空には100機以上のドローンが飛び交い、愛を誓う巨大な横断幕を掲げて旋回を続けている。夜になると、一面に花火が打ち上げられ、「美乃里に幸あれ」という光の文字が夜空を彩った。派手な演出は終日続き、街中の誰もが美乃里の名を知るようになり、市民の間で大きな話題を呼んだ。だが、渦中の美乃里はその一切に目もくれず、拗ねて嫉妬する英嗣をなだめるのに丸1日を費やしていた。そして、彼が贈ってくれるものなら何であれ、あの男たちの物より何倍も素晴らしいと微笑みかけた。*夜、西原家。政也と多美子は早い時間から訪れ、定子と共に台所に立っていた。英嗣がバースデーケーキを抱えて現れ、5人で温かい食卓を囲んだ。美乃里はグラスを掲げて定子に感謝を伝えた。自分のために定子が払ってくれた犠牲と献身を思い返し、涙で言葉を詰まらせた。食後、政也と多美子は失われた21年分を取り戻すかのように、山のようなプレゼントを贈った。英嗣もまた、18歳から現在に至るまでの空白を埋めるように、心を込めた品を手渡した。温かな空気に満ちていたその時、不意に玄関のドアを激しく叩く音が響いた。美乃里の表情が一瞬で冷え切った。英嗣は優しく彼女をなだめると、1人で玄関へ向かい、背後の扉をしっかりと閉めた。そこに立っていたのは、身なりを整え、プレゼントを抱えた3人の男たちだった。英嗣は冷淡な眼差しを向けた。「美乃里はあなた方を歓迎していません。速やかにお引き取りください」3人は怒りを押し殺した。「美乃里に会わせろ」英嗣は冷笑を浮かべた。「人の道から外れすぎて、言葉も通じなくなったのですか?」立貴が耐えきれずに拳を突き出したが、英嗣はそれを受け止め、すかさず殴り返した。2人は激しい取っ組み合いを始めた。永翔と邦紀は止める気もなく、ドアを激しく叩き続けた。外の異変に気づいた美乃里は、即座にマンションの警備室へ連絡し、警察に通報した。それからドアを開け、止めに入った。駆けつけた警備員たちによって、3人は瞬く間に取り押さえられた。警察の到着を待つ間、美乃里は英嗣の顔にできた青あざを見つめ、痛ましさに