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身代わり愛人はやめた~今さら後悔しても遅い

身代わり愛人はやめた~今さら後悔しても遅い

Oleh:  しょうの笛Tamat
Bahasa: Japanese
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西原美乃里(にしはら みのり)が「初恋の身代わり」であることは、界隈の誰もが知る事実だった。 国内屈指の名門財閥を背負う3人の後継者たちに、手元で囲い込まれた「かごの鳥」こそが、彼女の立ち位置だった。 美乃里が19歳の誕生日を迎えた日、3人は遊園地を丸ごと貸し切った。 山積みの仕事をすべて放り出し、1日中彼女の遊びに付き合う。閉園間際に差し出されたプレゼントは、その遊園地を運営する会社の全株式譲渡契約書。名義はもちろん、美乃里のものだった。 20歳の誕生日には、夜空を埋め尽くす大掛かりな花火ショー。 21歳には、豪華クルーザーを1隻。 宝飾品やブランドバッグ、果ては高級邸宅に至るまで、ちょっとした手土産感覚で買い与えられた。 それだけにとどまらない。 どれほど多忙を極めても、3人は毎日必ず時間を作って美乃里と夕食を共にした。その甘やかしぶりは徹底しており、細やかな気配りはどこまでも行き届いていた。 美乃里は、あらゆる令嬢たちの嫉妬の的となった。 誰もが彼女を激しく羨み、それと同じ強さで蔑んでいた。 一方で周囲の男たちは、下卑た視線で品定めするように彼女を眺めていた。いつか3人に捨てられ、自分にすがりついて媚びを売る無様な姿を妄想しながら。 傍から見れば、美乃里は3人の御曹司からこの上なく溺愛され、甘やかな3年間を過ごしてきた。 ――川瀬侑良(かわせ ゆら)が帰国を果たす、その瞬間までは。

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Bab 1

第1話

ほんの数秒前まで、3人の男たちは美乃里を取り囲んでいた。

丁寧にステーキを切り分け、優しい指先で口元のソースを拭い、今年の誕生日には何が欲しいかと微笑みかけていたはずだった。

だが次の瞬間、3台のスマートフォンが一斉に鳴り響いた。

特別な通知音だ。

男たちはすぐさまカトラリーを置き、歓喜を露わにして立ち上がった。

「侑良が帰国した!」

短気な北島立貴(きたじま りつき)が椅子を蹴倒すように押しやり、普段は物静かな渡辺邦紀(わたなべ くにとし)の手元でカトラリーが甲高く鳴る。感情を表に出さない日野永翔(ひの ながと)の冷徹な顔にすら、抑えきれない歓喜の笑みが浮かんでいた。

美乃里を一瞥もせず、3人は駆け出していく。

彼女の唇には、変わらず完璧な笑みが張り付いたままだ。ただ、ナイフとフォークを握る指先がこわばり、瞳がわずかに揺らぐ。

美乃里は食器を置き、周囲の令嬢たちから浴びせられる嘲笑には目もくれず席を立った。彼らから買い与えられたマイバッハに乗り込み、夜の街へと走り去る。

30分後、車は古びたアパートの駐車場に滑り込んだ。美乃里は慣れた足取りで部屋へ戻り、鍵を開ける。

養母の西原定子(にしはら さだこ)は、入ってきた美乃里の姿を目にすると、傷だらけの骨張った手を伸ばした。かすかに濁った瞳に優しい光を宿す。

「美乃里、おいで」

美乃里の顔に、心からの笑みがこぼれた。

ヒールを脱ぎ捨ててスリッパをつっかけ、駆け寄って定子の隣に身を寄せる。

養母から漂う清潔な石鹸の匂いを吸い込むと、胸の奥によどんでいた喪失感と鈍い痛みが、少しずつほどけていった。

定子は娘の様子を察し、その手をぎゅっと握り締める。

「母さんも行くよ。美乃里のそばにいる」

美乃里はうなずき、母の体を強く抱きしめた。

「お母さんさえそばにいてくれれば、私は何もいらない」

*

午前3時、美乃里はけたたましい着信音で叩き起こされた。受話器の向こうから屋敷の執事の声が響く。

「西原様、日野社長、北島社長、渡辺社長が泥酔され、あなたに会いたいと騒いでおられます。大至急、お戻りください」

眠気は一瞬で吹き飛んだ。

美乃里は服を着替え、夜道へ飛び出す。

屋敷へ戻ると、リビングには酒瓶が転がり、3人はひどく酔いつぶれていた。

美乃里の姿を認めるなり、立貴が駆け寄って力任せに抱きしめてきた。

「侑良、来てくれたんだな……!」

邦紀と永翔の視線も美乃里へと注がれる。その瞳に宿るのは、狂気じみた執着と愛慕だ。

「侑良、もうどこにも行かないでくれ」

「ずっとそばにいてくれるなら、お腹の子だって3人で大切に育てるから……」

これまでに見たことのない熱量で向けられる愛に焼かれるように、美乃里は思わず一歩後ずさった。唇を引き結び、立貴の胸を押し返す。

「人違いです。私は美乃里です」

バスルームで濡れタオルを絞って3人の顔を拭き、執事が運んできた出汁をひと口ずつ飲ませる。

散々振り回され、ようやく3人が寝静まった頃には、外はすっかり明るくなっていた。

美乃里は再び屋敷を出ると、定子を連れてパスポートの申請と出国手続きへと向かった。

用事を終えて屋敷へ戻る頃には、すでに昼を回っている。

美乃里は自室に閉じこもり、泥のように眠り込んだ。

意識は、3年前へと引き戻される。

うっとうしい雨が降り続く季節。高熱でもうろうとし、土砂降りの中で倒れた自分を救ったのが永翔だった。

病室で目を覚ました美乃里の前に、書類を手にした彼が立っていた。

個人情報のすべてが記されたファイルと、差し出された1枚の紙。

専属個人秘書契約という名目の、実質的な愛人契約書だった。

「帰る場所もないんだろう。サインしろ、面倒を見てやる」

18歳の誕生日を迎えたばかりの美乃里は、強い警戒心を露わにして契約書を見つめた。

永翔は冷淡な視線を投げかける。

「安心しろ、手を出すつもりはない。俺の愛する女は海外で結婚した。もう二度と、誰かを愛することはない。お前が彼女に7割方似ていなければ、俺と顔を合わせることすら一生なかったはずだ。

住む場所は用意する。大学に通うのも自由だ。お前を虐げていた連中には相応の報いを受けさせるし、服役中の養母の支援もする。条件は呼び出しにいつでも応じること、そして彼女を完璧に演じきることだけだ」

警戒を解かない美乃里に、永翔は淡々と言葉を重ねた。

「体に触れる必要があれば、事前に了解を取る。その分の手当も別途支払う」

逃げ場のない境遇を考え、美乃里は無言でサインした。

その後、病室に立貴と邦紀も現れ、まったく同じ契約書がさらに2通交わされた。

退院後、3人は手配した屋敷に美乃里を住まわせ、毎日決まった時間に姿を見せるようになった。

侑良の動画を繰り返し見せ、立ち振る舞いや言葉遣い、一挙手一投足のすべてを真似るよう求める。

メイクや所作が侑良に近づくにつれ、3人の態度は冷淡なものから情熱的なものへと変わっていった。

屋敷を訪れる頻度も跳ね上がり、やがて美乃里を宝物のように慈しみ、甘やかすようになる。

美乃里自身、最初のうちはビジネスだと割り切り、内心では冷ややかに距離を置いていた。

それなのに、いつしか心の奥底に、ささやかな羨望と淡い期待が芽生えてしまっていた。

だが、侑良の帰国が、美乃里を一瞬で現実に引き戻した。

長い夢から覚めると、頬にはまだ乾ききっていない涙の跡があった。

けれど、夢はもう終わりだ。

美乃里も、完全に正気に戻っている。

養母は無事に出所し、大学の早期卒業手続きも済んだ。

愛人契約の満了まで、あと1週間。

このかごから遠く飛び立つ日は、もう目の前まで迫っていた。

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第1話
ほんの数秒前まで、3人の男たちは美乃里を取り囲んでいた。丁寧にステーキを切り分け、優しい指先で口元のソースを拭い、今年の誕生日には何が欲しいかと微笑みかけていたはずだった。だが次の瞬間、3台のスマートフォンが一斉に鳴り響いた。特別な通知音だ。男たちはすぐさまカトラリーを置き、歓喜を露わにして立ち上がった。「侑良が帰国した!」短気な北島立貴(きたじま りつき)が椅子を蹴倒すように押しやり、普段は物静かな渡辺邦紀(わたなべ くにとし)の手元でカトラリーが甲高く鳴る。感情を表に出さない日野永翔(ひの ながと)の冷徹な顔にすら、抑えきれない歓喜の笑みが浮かんでいた。美乃里を一瞥もせず、3人は駆け出していく。彼女の唇には、変わらず完璧な笑みが張り付いたままだ。ただ、ナイフとフォークを握る指先がこわばり、瞳がわずかに揺らぐ。美乃里は食器を置き、周囲の令嬢たちから浴びせられる嘲笑には目もくれず席を立った。彼らから買い与えられたマイバッハに乗り込み、夜の街へと走り去る。30分後、車は古びたアパートの駐車場に滑り込んだ。美乃里は慣れた足取りで部屋へ戻り、鍵を開ける。養母の西原定子(にしはら さだこ)は、入ってきた美乃里の姿を目にすると、傷だらけの骨張った手を伸ばした。かすかに濁った瞳に優しい光を宿す。「美乃里、おいで」美乃里の顔に、心からの笑みがこぼれた。ヒールを脱ぎ捨ててスリッパをつっかけ、駆け寄って定子の隣に身を寄せる。養母から漂う清潔な石鹸の匂いを吸い込むと、胸の奥によどんでいた喪失感と鈍い痛みが、少しずつほどけていった。定子は娘の様子を察し、その手をぎゅっと握り締める。「母さんも行くよ。美乃里のそばにいる」美乃里はうなずき、母の体を強く抱きしめた。「お母さんさえそばにいてくれれば、私は何もいらない」*午前3時、美乃里はけたたましい着信音で叩き起こされた。受話器の向こうから屋敷の執事の声が響く。「西原様、日野社長、北島社長、渡辺社長が泥酔され、あなたに会いたいと騒いでおられます。大至急、お戻りください」眠気は一瞬で吹き飛んだ。美乃里は服を着替え、夜道へ飛び出す。屋敷へ戻ると、リビングには酒瓶が転がり、3人はひどく酔いつぶれていた。美乃里の姿を認めるなり、立貴が駆け寄って力任せ
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第2話
美乃里は頬の涙を拭うと、手際よく荷物をまとめ始めた。追い出されるのを待つ気はない。3人ときちんと話し合い、契約を前倒しで終わらせるつもりだった。乱暴にドアを叩く音が響く。扉を開けると、永翔、立貴、邦紀の3人が立っていた。その瞳に複雑な色が交錯していたが、美乃里はもう詮索する気も機嫌を取る気も起きず、ただ淡々と問いかける。「何の用ですか」3人は虚を突かれたように息をのんだ。これまでの従順さを脱ぎ捨て、冷淡に心の壁を築いた美乃里の姿に戸惑っているようだった。だが、彼らにとってそんなことは些細な問題にすぎない。立貴が口を開く。「侑良が帰国したばかりで、実家には戻りたくないらしい。ここに住まわせることにしたから、今すぐ部屋を出ていってくれ」美乃里は静かにうなずき、まとめてあったスーツケースを引き寄せた。「わかりました、すぐに出ていきます。契約の期限はあと1週間残っていますが、いっそ――」言い終わらないうちに、鋭いヒールの音が近づいてきた。真紅のドレスを華やかに揺らし、侑良が堂々と足を踏み入れてくる。背後には荷物を抱えた2人のボディーガードを従えていた。美乃里の姿を認めた瞬間、侑良の瞳に侮蔑と嫉妬の色がよぎる。「これが、あなたたちの用意した身代わり?3年間も甘やかして囲ってたって聞いたけれど」3人の顔に動揺が走った。口を揃えて否定する。「違う、誰かのデタラメだ」永翔がすかさず言い訳を口にした。「侑良のために手配した使用人だ。ここにいる間、用があれば何でもこいつに言いつければいい」そう告げると、永翔は美乃里へと冷たい警告の視線を向けた。「お嬢様の世話をしっかりしろ。満足させられたら、相応の特別手当を弾む」美乃里はその言葉の意図を察した。だが、もうこの関係を清算し、彼らと関わること自体をやめたかった。「日野社長、北島社長、渡辺社長、私たちの契約はもうすぐ満了します。私は――」邦紀が冷ややかに遮った。「契約を交わした以上、最後の瞬間まで遵守してもらう」美乃里は言葉を失った。3人の険しい表情から、何を言っても覆らないと悟り、受け入れるしかなかった。彼女は荷物を抱えて1階の使用人部屋へと移った。3人がボディーガードから荷物を受け取り、かいがいしく侑良の世話を焼く姿
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第3話
好奇の視線が一斉に美乃里へと突き刺さる。どう身を処すべきかためらう間もなく、邦紀の足が容赦なく彼女の体を捉え、プールの中へと蹴り落とした。「侑良が拾えと言っているんだ。満足するまで拾い続けろ」激しい水音とともに水中に放り出された美乃里は、何度かもがき、ようやく足の裏をプールの底につけて立ち上がった。全身ずぶ濡れの、無様な姿をさらす。周囲に響き渡る嘲笑、女たちの小気味よさそうな歓声、濡れそぼった体つきを品定めする男たちの下卑たささやきが耳に届く。温水プールのはずなのに、水は氷のように冷たく感じられた。美乃里は無駄に抗うことも、顔を上げることもせず、ネックレスが沈んだ場所へと足を進めた。底を手探りし、指先に触れた鎖を拾い上げる。だが、水から上がろうとした瞬間、侑良の鋭いヒールが彼女のみぞおちを直撃した。「拾い方が正しくないわ。もう一度やり直して」沸き起こる大笑いの中、美乃里は再び水面へと沈んだ。指からすり抜けたネックレスが、また底へと落ちていく。息を整え、手探りで拾い上げる。「左手からプールサイドに触れた。やり直し」「ネックレスが濡れてる。やり直し」「表情が気に入らない。私に文句でもあるの?やり直し」……侑良の靴先が容赦なく美乃里を打ち据え、何度もプールの中へと蹴り落とす。その間、永翔たち3人はただ沈黙を守っていた。その無言が、針のように美乃里の胸を深くえぐる。やがて体力が尽きかけ、プールサイドの縁にすがりついて肩で息をする姿を見て、永翔がようやく口を開いた。「もう十分だ、侑良」侑良は面白がっていた顔を一瞬で曇らせ、ひどく傷ついた表情で永翔を見つめた。「あの子の肩を持つの?」永翔は何も言わずに首を横に振ると、侑良の前に片膝をついた。その片方の足を持ち上げ、ヒールを脱がせて優しくもみほぐす。「10回以上も蹴ったんだ、疲れただろう。少し休みなさい」立貴と邦紀も駆け寄り、かいがいしく侑良を気遣った。侑良はそこでようやく笑みを取り戻し、美乃里がプールから上がるのを許した。全身ずぶ濡れの彼女だったが、休む暇もなく侑良の背後に控えるよう命じられた。大広間に戻り、うずたかく積まれたシャンパンタワーを目にした侑良が、ふいに唇を緩めた。「最近小説をたくさん読んでいるの。シャンパンタ
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第4話
会場を後にして間もなく、美乃里のスマートフォンに振込通知が届いた。立貴と邦紀からそれぞれ2000万円、永翔からは5000万円。短いメッセージが添えられている。【補償だ】美乃里はその文面を一瞥し、冷ややかな笑みを浮かべて画面を伏せた。傷だらけの痛々しい姿では養母の元へ帰るわけにもいかず、仕方なく屋敷の使用人部屋へと戻る。シャワーを浴びて手当てを終えた頃、3人が侑良を連れて帰ってきた気配がした。美乃里は部屋から一歩も出ず、息を潜めてやり過ごした。*深夜、激しくドアを叩く音が響いた。目を覚まして体を起こす間もなく、黒スーツ姿のボディーガード2人がドアを蹴破ってくる。美乃里はベッドから強引に引きずり下ろされ、リビングへと連行された。リビングでは、ひどく酔った侑良が潤んだ瞳でソファにもたれかかっていた。3人の男たちが焦りをにじませて取り囲み、蜂蜜水や出汁を我先にと侑良の口元へ運んでいる。引きずり出された美乃里の姿を認めるなり、立貴はグラスを放り出して駆け寄ってきた。ボディーガードを手で制して下がらせると、容赦なく美乃里の頬を張り飛ばす。邦紀は冷え切った表情のまま、ボディーガードに度数の高い洋酒を10本持ってくるよう命じた。衝撃で顔を背けた美乃里の口元から、血がにじみ出る。何が起きたのかも分からず、かすれた声を絞り出した。「何があったんですか」立貴がいら立ちをむき出しにして怒鳴りつける。「よくも白々しくそんな口がきけたな!離婚して妊娠までした女は俺たちにふさわしくないって、お前が侑良に吹き込んだんだろう!」美乃里は思わず身を引き、首を横に振った。「言っていません。屋敷に戻ってから一度も顔を合わせていません」邦紀がボディーガードから酒瓶を受け取り、冷酷な嘲笑を浮かべた。「侑良が嘘をついているとでも言いたいのか?昔から一緒に育った幼なじみと、人殺しの娘――俺たちがどちらを信じるかなんて、分かりきっているだろう」美乃里は怒りに全身を震わせた。肩を激しく上下させ、きびすを返して逃げようとするが、背後のボディーガードに両腕を力任せにねじ伏せられる。邦紀が彼女の顎を乱暴につかみ上げ、強引にこじ開けた口へ洋酒を流し込んだ。激しくもがき、むせ返る美乃里を、邦紀は冷え切った目で見下ろす。「侑良
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第5話
美乃里の意識は途絶えかけていた。永翔、立貴、邦紀の3人は執事に彼女を運ばせ、日野家が所有するプライベート病院へと向かった。正面玄関で待ち構えていた院長は、一行の背後で執事に抱えられたその姿を真っ先に捉えた。全身が無数の傷で覆われた惨状に血相を変え、慌てて医療スタッフを手招きする。だが、立貴が容赦なく院長の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。「どこ見てやがる!侑良が見えないのか!酒を飲まされたんだぞ。全科の医師を総動員して診察しろ。どうでもいい奴の処置なんざ後回しだ!」永翔の冷徹な眼差しを受け、院長はすぐさま医師たちに侑良の検査を指示した。静まり返っていた病院が一瞬で蜂の巣をつついたような騒ぎになる。一通りの検査を終えた医師たちは、侑良の体に何の異常もないと告げた。それでも男たちは安心せず、入院させて経過観察を続けると言い張る。遠巻きにその光景を眺めていた美乃里は、自嘲気味に口元をゆがめ、とうとう限界を迎えて意識を手放した。*再び目を覚ました時には、すでに3日目の朝を迎えていた。体の傷には簡単な手当てが施されている。看護師に尋ねると、3人は揃って最上階の特別病室で侑良に付き添っているという。ベッドから起き上がり、契約の件を話し合おうとしたその時、枕元のスマートフォンがけたたましく鳴り響いた。大学のゼミを担当する教授からだった。電話口から響く声は、ひどくこわばっている。「西原さん、今すぐ研究室に来なさい。確認しなければならないことがある」3人が口にした脅し文句が脳裏をよぎり、胸に嫌なざわめきが走った。美乃里はタクシーを拾い、大学へと急いだ。正門をくぐった途端、行き交う学生たちが美乃里を指差し、あからさまな侮蔑の視線を浴びせてくる。彼女は表情を引き締め、研究室へと足を速めた。キャンパスを通り抜ける間も、周囲の学生たちがスマートフォンをのぞき込み、ひそひそと自分の名を口にしているのが耳に届く。研究室の扉を開けると、苦々しい表情の教授が机の上に3通の書類を突きつけてきた。かつて自分が署名した、身代わりの愛人契約書だった。目の前が真っ暗になり、全身の血が引いていく。この書類が表に出た以上、早期卒業はおろか、大学にいられるはずもない。教授は署名を指差し、厳しい口調で詰問した。「正直に言いなさい
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第6話
あの年、養母は50歳だった。若い頃に元夫の家庭内暴力を受けて離婚し、それからは独り身で、子どもにも恵まれなかったという。道端に捨てられていた段ボール箱から赤ん坊の美乃里を拾い上げ、たった1人で大切に育ててくれた。だが、養母が刑務所に収監されるや否や、疎遠だった叔父が押し寄せてきた。遺族への賠償金を工面するという名目で、母が残した唯一の財産である古い持ち家を二足三文で売り払い、金を着服したあげく美乃里を路上へ叩き出した。住まいを守ることもできず、従兄に乱暴されかけた美乃里は、着の身着のままで逃げ出した。学費を稼ぐため、日雇いのアルバイトをいくつも掛け持ちするしかなかった。しかし、命を落としたチンピラの実家は裏社会とつながりがあり、地元でそれなりの力を持っていた。あらゆる嫌がらせやクレームを入れられ、どのバイトも2日と続かない。八方塞がりになった美乃里の元へ、連中が直接乗り込んできた。法外な違約金が設定された風俗店の専属契約書を突きつけ、サインしなければ刑務所にいる母に地獄を見せると脅しをかける。あの日も、バイト先をクビになった日だった。一文無しで、行くあてもなく、土砂降りの雨の中をさまよい歩いた。あの夏の雨はやけに多く、夜空はどこまでも暗かった。どれほど足を前に進めても出口は見つからず、希望の光などどこにもない。力尽きて路上に倒れ込んだところを、永翔に拾われた。大学に通わせてやる。獄中の養母の面倒も見る。チンピラたちにも二度と手出しはさせない――永翔から提示された条件を受け入れ、美乃里は3年間の庇護を手に入れた。この3年間、美乃里は完璧に侑良を演じきった。3人が求める心地よさを過不足なく提供し、決して一線は越えない。手を握ることや抱擁に対価を求めたのも、彼らをけん制するための防壁だった。高価な贈り物をすべて現金に換えていたのも、養母が出所したあと2人で遠くへ逃げ、過去を清算するためだ。身代わりを務める以外のあらゆる時間を学業に注ぎ込み、がむしゃらに単位を取ってきたのも、早期卒業の資格を手に入れたかったからにほかならない。必死に生きてきた。分不相応な望みを抱いたこともなく、侑良を傷つける気など毛頭なかった。それなのに、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。美乃里は途
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第7話
深い無力感が美乃里の胸を覆った。それでも何か言い返そうとした矢先、スマートフォンがけたたましく鳴り響いた。画面には、母の世話を頼んでいる家政婦の名前が表示されている。心臓が跳ね上がり、嫌な胸騒ぎが背筋を走った。予感は的中した。電話口から切迫した声が届く。「西原様、お母様がいなくなってしまったんです!早く来てください!」乾いた音を立ててスマートフォンが床へ落ち、画面に無数の亀裂が走った。美乃里は顔色を失い、震える手で端末を拾い上げる。最悪の事態が脳裏をよぎった。よろめきながら駆け出そうとした瞬間、腕を強くつかまれる。永翔が眉をひそめて問いかけてきた。「どうした」立貴と邦紀の表情にも、わずかな懸念が浮かんでいる。美乃里は瞳を潤ませ、せり上がる嗚咽を懸命に押し殺しながら、すがるように3人を見つめた。「母がいなくなったんです。野坂(のさか)家が復讐に来たんじゃないかって……」野坂家――かつて定子が美乃里を守るために殴り倒した、あのチンピラの実家だ。出所したばかりの母と同居することはできず、元の家にも戻れず、美乃里がアパートを借りて住まわせていた。まさかこんな事態になるとは思ってもみなかった。当時の事情を知っている立貴と邦紀の顔にも、険しい色が差す。「落ち着け。俺たちが人を手配して捜してやる」3人のなだめるような言葉に、美乃里は深く感謝した。丁寧にお礼を告げると、その場から足早に立ち去った。だが、彼らにすべてを委ねるわけにはいかない。心当たりのある場所は、自分の足で捜さなければならなかった。移動しながら家政婦に詳しい状況を聞くと、定子は昼下がりに散歩へ出たきり戻らず、近所を探し回っても姿を見かけた者はいなかったという。定子の携帯に何度も電話をかけたが、電源が入っていないという無機質なアナウンスが繰り返されるだけだった。美乃里は最寄りの警察署に駆け込んで捜索願を出すと、かつて2人で暮らしていた屋敷や、定子が立ち寄りそうな場所を片っ端から当たったが、それでも見つからなかった。深夜も構わず、記憶を頼りに昔なじみの家を1軒ずつ訪ね歩き、自分を家から叩き出した叔父の元にまで足を運んだが、何の収穫もなかった。警察からも有力な情報は上がってこなかった。東の空が白み始めた頃、美乃里の焦りは
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第8話
侑良の背後に控えていたボディーガードが歩み寄り、容赦のない平手打ちで美乃里を床へ打ち倒した。激しい耳鳴りが頭の中で響き、口の中に鉄の味が広がる。床に突っ伏したまま、彼女は必死に顔を上げた。「私に恨みがあるなら、私だけにしてください!母には手を出さないで!」侑良は嘲笑を浮かべて立ち上がると、ボディーガードから差し出された鉄パイプを受け取った。「何様のつもり?よくも私の電話を切ってくれたわね」美乃里の前へ歩み寄るなり、侑良は容赦なく鉄パイプを振り下ろした。鈍い音とともに左腕を叩き折られ、美乃里の口から悲鳴がほとばしる。激痛に襲われ、額から大粒の冷や汗が噴き出した。侑良はナイフを取り出すと、その切っ先で美乃里の顎を押し上げた。「愛人に身を落とすような娘を育てた母親だもの、少しばかり教育してあげただけよ。あの女を気にかける前に、自分の心配をしたらどう?前々からその顔が気に食わなかったのよね。道端で拾われた孤児のくせに、私に似た顔をしているなんて身の程知らずもいいところだわ」冷え切った刃先が肌に押し当てられ、美乃里の体が小刻みに震える。恐怖と絶望に押し潰されそうになりながら、かすれた声で乞うた。「母を解放してください……私なら、何をされたって構わないから……」侑良は冷ややかに唇をつり上げた。「安心なさい。母親ならとうに家に帰してあるわ。でも、あなたはそう簡単に済むと思わないことね。この前はあの3人があなたを助けるために私を車に置き去りにしたけれど、今回もそんな運があるかしら?」言い放つと同時に刃先へ力が込められ、美乃里の頬を容赦なく切り裂いた。目尻から顎にかけて深い傷が刻まれ、鮮血がとめどなく滴り落ちる。激痛に全身をけいれんさせ、美乃里は奥歯をかみ締めてうめき声を漏らした。侑良は高らかに笑い声を上げ、満足そうにうなずく。「これで少しは見られる顔になったわ」背を向け、出口へと歩き出しながら男たちに言い捨てた。「この女はあなたたちにあげる。好きにしていいわよ。息の根さえ止めなければね」ボディーガードたちが下卑た笑みを浮かべて詰め寄ってくる。美乃里にはもう、抵抗する力すら残っていなかった。絶望の中、静かに瞳を閉じる。男たちの下品なささやきが耳元に響いた。薄れゆく意識の狭間で、突如とし
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第9話
抗っていた美乃里の体が、ふいにぴたりと止まった。大きく見開いた瞳で3人を見つめる。「捜査が終わった……?」3人はその視線から逃れるように目をそらし、無言でうなずいた。美乃里の口から乾いた笑いがこぼれる。力が抜け、ベッドの背もたれへ深く身を沈めた。長い沈黙のあと、彼女は低く笑い声を立てた。ゆがんだ口元が頬の傷を引きつらせ、激痛とともに涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。視線を上げ、目の前の男たちを凝視した。かつて心を揺さぶられ、甘い夢を見た相手。だが今となっては、その顔は浅ましく醜悪で、吐き気すら覚える。彼女の冷え切った眼差しを前に、3人は一様に胸を締め付けられた。永翔は唇を引き結び、隠しきれないためらいと憐れみを瞳ににじませる。「そんな顔をするな。約束する、こんなことはこれが最後だ。これからは必ずお前を守る。二度と傷つけさせない」立貴も焦りと心配を露わにしてうなずいた。「そうだ。最高の医師を用意してやる。お前と母親の生活だって、一生何不自由なく保証する」邦紀の瞳にも複雑な色が揺れる。「これからは口の利き方も改める。二度と見下したりしない。侑良にお前をいじめさせもしない」独りよがりな約束を耳にして、美乃里の笑い声はさらに大きくなった。「日野社長、北島社長、渡辺社長。一体どういう立場で私を守るおつもりですか?私たちはただの契約関係です。その契約すら終わろうとしているのに、なぜ私がこのまま残って、あなた方や川瀬さんからの屈辱に耐え続けると思うのですか」3人は顔を見合わせ、覚悟を決めたように視線を交わした。「結婚してもいい」美乃里は呆然と息をのんだ。「……何ですって?」3人は神妙な面持ちのまま、美乃里をまっすぐに見据えた。「俺たちが侑良にどんな想いを抱いているかは知っているだろう。あいつは妊娠している。誰か1人を選ぶまで、俺たち全員で支え続けると約束した」「侑良が夫を選んだあと、残った2人のうち、お前が好きな方を自由に選べばいい。そうすれば、これからの人生に困ることもない」「その代わり約束しろ。今回の件は水に流し、二度と蒸し返さないと」美乃里は喉を詰まらせた。真面目な顔でそんな狂った提案を口にする3人を見つめ、唇を震わせたものの、言葉が出てこない。侑良のためなら、ここまで
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第10話
日野家が所有する病院の最上階、特別病室。侑良は唇をとがらせ、立貴が差し出したリンゴを手で乱暴に払いのけた。時間をかけて丁寧にむいたひと切れが床を転がり、ほこりまみれになる。立貴の眉間にわずかないら立ちがよぎったが、すぐに笑みを作ってとりなした。「どうしたんだ?さっき食べたいって言ったじゃないか」侑良はサイドテーブルのフルーツ盛り合わせを薙ぎ払い、甲高い声を張り上げた。「3人揃って、また美乃里のところへ行ったのね!あんな子に気があるなら、もう二度と私の前に現れないで!」永翔が煩わしそうにこめかみを押さえる。「少しは落ち着いてくれ。侑良が帰国してから、俺たちがいつあいつに目を向けた?今回は侑良がやりすぎたんだ。警察沙汰にされないよう、なだめに行っただけだ。もう機嫌を直してくれ」侑良は永翔をにらみつけた。「私が悪いって言うの?あの顔が気に食わないし、3年間もあなたたちを独占していたのが許せないのよ。私のどこが間違っているの!」理不尽に開き直る侑良の姿に、3人は見知らぬ他人のような違和感を覚えた。永翔の顔からすっと熱が引いていく。「侑良、あれは拉致と傷害、暴行の教唆だ。立派な犯罪なんだぞ。まだ自分が悪いと思っていないのか」幼い頃から蝶よ花よと甘やかされて育った侑良にとって、これほど強い調子で叱責されたのは生まれて初めてだった。瞳を激しく揺らし、次の瞬間には大粒の涙をぼろぼろとこぼす。「身代わりの女のために、私を怒鳴るなんて……」その涙を見た途端、男たちの剣幕は一気にしぼんだ。二度と法に触れるような真似はするなと軽く釘を刺すだけにとどめ、再びかいがいしく機嫌を取りにかかる。しばらくしてようやく笑顔を取り戻した侑良が、甘えるように口を開いた。「もう退院したいな。検査でも異常はなかったんだし……」切迫したノックの音が、その言葉を遮った。永翔が扉を開けると、看護師が青ざめた顔で立ち尽くしていた。「日野社長、西原様とお母様がいなくなりました!病院の服を脱ぎ捨てており、院内をいくら探しても見当たらず、連絡も取れません。すでに抜け出されたものかと……」「何だと!?」立貴と邦紀も血相を変えて駆け寄る。3人が病室を飛び出そうとした背中に、侑良の冷ややかな声が突き刺さった。「あなたたちに自分
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