私は朔の机から自分のノートを取り戻した。ページは解法の手順やつまずきやすい箇所、頻出事項で隙間なく埋まっていた。以前、隣の席の小宮山千紘(こみやま ちひろ)がそれをめくり、目を丸くしたことがある。「澄香、このノート細かすぎない?学年トップでも、ここまで書くの?」頬が熱くなるのをごまかしながら、私はこう答えた。「復習しやすいから」本当は違った。このノートは朔のために作っていた。彼が読んでも分かるように。朔は目を引く顔立ちをしていたが、近寄りがたかった。制服はいつも着崩し、黒い鞄を無造作に肩に掛けていた。授業中は寝ているか、ぼんやり窓の外を見ているかだった。教師に当てられると、伏し目がちに立ち上がり、しばらく黙った末に一言だけ答えた。「分かりません」教師が腹を立てて教卓を叩いても、顔色ひとつ変えなかった。どんな言葉をぶつけても、反応ひとつ返さない石のようだった。本来なら、そんな人には近づかないはずだった。けれど入学したばかりの頃、私は校舎裏で他校の生徒たちに取り囲まれ、金を出せと脅された。そのとき朔が、飲みかけのペットボトルを片手に、校舎の角から歩いてきた。私の前に立つと、相手に向かって言った。「どけ」一人が悪態をついた。朔は目を上げ、そいつを見た。たったそれだけで、相手は口をつぐんだ。やがて全員が立ち去ると、朔は屈み込み、散らばった教科書を一冊ずつ拾った。埃を払ってから、私の腕の中へ戻した。「ありがとう」小さな声で言うと、朔は私を見もせずに答えた。「面倒だな」私が朔を好きになったのは、その日からだった。そして、我ながら情けないほど一途に好きでいた。朔が放課後の補習をさぼれば、その日の要点に印をつけた。授業中に寝ていれば、教師が解説した例題を改めて整理した。椅子を蹴られれば、ノートを後ろへ回した。たまに「ありがと」と言われることはあったが、大半は何も言われなかった。それでも構わなかった。朔が無口なのは、校内では誰もが知っていたからだ。むしろ私のノートだけは借りるのだから、朔にとって私は少しくらい特別なのだと思っていた。昨日の夜、生徒の間で使われている匿名掲示板で、あの投稿を見るまでは。投稿のタイトルは、こうだった。【黒瀬
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