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第4話

Auteur: べつに
朔は机に突っ伏していたが、その声でようやく顔を上げた。

けれど玲花が最初に向かったのは、朔の席ではなかった。

まっすぐ私の机まで来た。

「篠宮さん、数学のノートを貸してもらえない?」

私は玲花を見上げた。

「朔が、篠宮さんのノートは一番分かりやすいって言ってた。最近、模試の成績もかなり上がったし。ありがとう」

ありがとう。

まるで朔に代わって礼を言うかのような、あまりにも自然な口ぶりだった。

私は教科書を閉じた。

「ごめん。今、手元にないの」

教室が一瞬、しんと静まり返った。

後ろから小声が聞こえた。

「貸すくらいいいのに。けちじゃない?」

「あのノート、前は黒瀬くんにしか貸してなかったらしいよ」

「必死すぎ」

そのとき、背後で椅子が床を擦る音がした。

朔が立ち上がった。

「通して。出るから」

隣の男子が慌てて道を空けた。

朔は誰も見ず、そのまま教室を出ていった。

玲花の視線が朔の後を追い、やがて私に戻った。

彼女は笑って言った。

「じゃあ、また今度お願いするね。それから、もう一つお礼を言いたかったの。南陵大のまとめ、すごく詳しくて助かった」

私の指が止まった。

「何のこと?」

玲花は目を瞬かせた。

「朔が持ってた、青いノートだよ。ここ数年の共通テスト得点率や二次試験の配点、学部ごとの特徴までまとめてあった」

頭の中が一瞬、真っ白になった。

青いノート。

3日間ほとんど眠らず、朔のために作ったものだった。

南陵大の直近5年分の倍率や合格最低点、学部ごとの科目配点、共通テストと個別試験で必要になる目標点まで整理した。

最後のページには、小さな笑顔の絵と一緒に、慎重な字でこう書いた。

【頑張って、黒瀬くん】

朔に見てもらえると思っていた。

けれど今、そのノートは玲花の手に渡っていた。

私は教科書を開き、もう誰の顔も見なかった。

「お礼なんていいよ。役に立ったなら、そのまま使って」

今度は玲花も笑わなかった。

しばらく私を見つめ、最後に「分かった」と言って立ち去った。

昼休み、校庭から教室へ戻ると、学級委員の長谷部湊(はせべ みなと)に呼び止められた。

湊はノートを返し、飲むヨーグルトを一本差し出した。

「さすが、黒瀬の成績まで上げたノートだな。微分のところ、説明が細かくて一発で分かった」

私はヨーグルトを押し返した。

「いらないよ」

湊はにやりと笑った。

「いいから。優等生へのお礼」

もう一度断ろうとしたときには、湊は自分の席へ戻っていた。

仕方なく、ヨーグルトを机の端に置いた。

座ろうとすると、背後から聞き慣れた声がした。

「そいつには、ノート貸したの?」

朔が教室の入口にもたれていた。

いつから立っていたのか分からない。視線は、私の手にあるノートに注がれていた。

淡い緑色の表紙は、右下が少し擦れていた。

以前は朔だけに貸していたノートだった。

私は答えなかった。

席に戻り、ノートを机の中へしまった。

その日、後ろの席はずっと静かだった。

放課後、私は掃除当番で教室に残った。

千紘は先に帰り、教室には私しかいなかった。

黒板を消し、床に落ちたチョークの欠片を拾った。

立ち上がったところで、背後から足音がした。

いつの間にか、朔が戻ってきていた。

後ろの扉のそばに立ち、制服の上着を肩にかけていた。前髪は風に少し乱れていた。

私は一度だけ見て、鞄を持ち上げた。

横を通り過ぎようとしたとき、朔が一歩ずれ、行く手を塞いだ。

「篠宮」

私は顔を上げた。

朔は少し間を置いてから、口を開いた。

「ここ数日、俺に怒ってる?」

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