コピー機の前にいたはずの前田弘貴は、足場も影もない光の中に立っていた。「これは、夢か?」 数秒前まで、室内照明の白い光も、オフィスの硬い床も確かにあった。今は、そのどちらもない。 目の前に広がるのは、白とも黒ともつかない光だけだった。 目が見えなくなったのか。そう思って手足を動かしても、何にも触れない。 立っているのか、浮いているのかさえわからない。自分の身体の輪郭まで、光に溶けてしまいそうだった。 その光の中に、いつの間にか一人の男が立っていた。 男と呼んでよいのかもわからない。穏やかな顔は老人にも青年にも見え、白い衣だけが光の中で輪郭を保っていた。「前田弘貴くんだね?」「……はい?」 返事をしてから、前田は自分でも間抜けな声だと思った。 だが、無理もなかった。仕事中に突然、得体の知れない空間へ飛ばされ、目の前の人物から名前を呼ばれたのである。冷静でいろという方が無理だった。「落ち着き給え。君はこれから、別の世界へ行く。」「別の世界?」「律令風異世界、という言ったらわかるかな。日本人の君には、ある程度なじみやすい部分もあると思うよ。古代の日本や中華風の制度に似たところも多い。」「いや、待ってください。律令風? 異世界? それ、どういう――」「それでね。」 男は前田の混乱をまるで気にしなかった。「今回、魔王討伐の名目で、君を含めて二人の素王が召喚されているらしい。」「……魔王討伐?」 前田は思わず聞き返した。ラノベとかに出てくる勇者になれとでもいうのか。「なのに律令風? 和風? というか、もう一人召喚?」 ラノベの異世界は洋風だったはずだ。なぜ洋風なのかは前田もよくしらないが、そういうお約束がある。「そう。別々の者たちが、それぞれに召喚しているみたいでね。政治的には少し面倒なことになるかもしれないが、まあ、仕方ない。」「仕方ないで済ませる話ですか、それ。」 こう言う場面でツッコミを入れることができる前田も、結構図太い神経の持ち主である。まぁ、そういう人だからこそ召喚されたのかもしれないが。「君の持ち物も、ある程度は一緒に移るはずだよ?」「持ち物って……。」 前田は反射的に自分の手元を見たが、そこには何もない。 自分の持ち物とは、いったい何なのか。家に置いてある物まで巻き込まれるのか、それ
Última actualización : 2026-09-23 Leer más