「未登録の指紋です」赤いランプがまた点滅した。もう一度、親指をセンサーに当ててみたけれど、結果は変わらなかった。昌也が都心の高級マンションの最上階を買ったのは、1か月前のことだった。結婚後は、ここが私たちの家になるはずだった。翌日の引っ越し祝いのパーティーに備えて、彼の友人たちが何人か、準備の手伝いに来ていた。それなのに、私は玄関の鍵すら開けられない。隣にいた流佳(るか)が笑った。「もう諦めなよ、珠理。友加里の指紋なら、とっくに登録されてるぞ」廊下には、グラスを手にした昌也の昔なじみの友人たちが立っていた。全員が私を見ている。「昌也と賭けをしたんだ」と流佳が言った。「このことを知ったら、君がキレるかってさ」別の誰かが口を挟んだ。「そういえば最近、珠理がようやく物分りが良くなったって、昌也は言ってたっけ。今夜、騒がなければ明日には珠理の指紋も登録するし、結婚式も予定どおりだって」私は開いたドアの向こうに目をやった。昌也はウイスキーのグラスを片手に、バーカウンターにもたれていた。ここで交わされている会話は、一言残らず聞こえているはずだ。それでも、友人たちを止めようとはしなかった。その近くには、新居のクローゼットにあったシャツを着た友加里が立っていた。私の視線に気づくと、彼女はにこりと笑った。「準備をしているときに、ブラウスにワインをこぼしてしまったんです。長塚さんが、クローゼットにあるものに着替えていいって言ってくれたので......」3日前の私なら、とっくに彼に詰め寄っていただろう。けれど今は、ただセンサーから手を離した。「そう。もういいわ」ようやく、昌也がこちらへ歩いてきた。「何がだ」「私の指紋を登録することよ」バッグを肩にかける。「もう勝手にして」流佳がにやにやしながら言った。「帰るのか?騒がずに帰ったら、昌也の勝ちだぞ」私は足を止めた。「何を賭けたの?」「友加里が君より先に出入りできるようになったと知ったら、君がキレるって俺は言ったんだ。で、昌也はもう騒がないって。君はもうわかったはずだって」だから、みんな私を見ていたのか。私がどう反応するかを待っていたのだ。昌也を見ると、彼は至って平然としていた。私たちの関係を友人たちの面白半分の話題
Read more