All Chapters of 卒業旅行で、恋も終わりました: Chapter 1 - Chapter 10

12 Chapters

第1話

「柚葉、私と悠の写真も撮ってくれない?さっき逆光で撮ってくれたとき、角度すごくよかったじゃん」そう言って、夕依がスマホを差し出してきた。したばかりのフレンチネイルが朝日を受け、きらりと光った。私は何も言わずにスマホを受け取った。今日だけで、もう3回目だった。ホテルからセイランの泉までは、車で40分ほどだった。その間、夕依と悠は後部座席に並んで座り、私は1人で助手席にいた。途中、運転手が現地の言葉で私に話しかけてきた。「お連れの2人、ずいぶん仲がいいですね」言っていることはわかったけれど、私は曖昧に笑っただけで、その言葉を2人に訳すことはしなかった。「もうちょっと左。うん、そこ。悠は動かないで、そのまま。今の角度、光がちょうどきれいに入ってるから」夕依は悠の肩に手を置き、少し首をかしげながらレンズに向かって笑った。悠は一度だけ私を見た。何か言いかけるように唇を動かしたけれど、結局何も言わなかった。私はそのままシャッターを切り、スマホを夕依に返した。夕依は画面を何度かスワイプして写真を確認すると、少し眉をひそめた。「柚葉、これ、ちょっと顎が丸く見えない?」「もう1枚いい?今度はもう少し下からお願い。そっちのほうが顔、小さく見えるから」私は言われるまま、その場にしゃがんだ。その拍子に膝を石畳の石の角にぶつけ、じんと鈍い痛みが走った。そのとき、画面の向こうで悠がようやく口を開いた。「夕依、もうそのくらいでいいだろ」夕依は甘えるように悠の腕をぽんと叩いた。「もう1枚だけ。これで最後だから」それから夕依は私を振り返り、何事もなかったように笑った。「柚葉、気にしないでね。写真撮るの上手いから、ついお願いしちゃうだけ」「ううん、平気」私はそれだけ返した。この3日間、私は何かあるたびに「平気」と口にしていた。2人には先に行ってもらって、荷物は私が引き受けた。注文も先に任せて、自分は何でもいいと言った。部屋だって1つでいい、自分はソファで寝るからと譲った。そんな「平気」を、少なくとも50回は口にしていたと思う。昼は近くの料理店に入った。料理が運ばれてくると、店員は当然のように恋人向けのペアコースを悠と夕依の間に置き、私の前には1人分のスパゲッティを置いた。
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第2話

縁の欄には、「ひとつの縁に執着しすぎている。手放すことも必要」とあった。私はくじを折り畳み、上着のポケットに押し込んだ。ホテルへの帰り道、夕依は私と悠の間を歩き、片方の腕を悠の腕に絡め、もう片方を私の肩に回していた。土産物屋の前を通りかかったとき、夕依がショーウィンドウに並んだ縁起物を見つけて足を止めた。おそろいのお守りみたいなものだった。「悠、あれ買おうよ。色違いでおそろいにしたら、かわいくない?」「誰とおそろいにするんだ?」「え、私と悠に決まってるじゃん。柚葉とは親友用のを別に買えばいいし」夕依はそれが当然だと言わんばかりだった。ショーウィンドウには、赤と青のお守りが1つずつ並んでいた。どちらにも当地の言葉で「縁結び」の文字が刺繍されている。悠が一瞬黙ってこちらを見た。何か言われる前に、私から口を開いた。「2人で買ってきなよ。私、隣のコンビニで水買ってくるから」そう言って背を向けると、後ろから夕依の明るい声が聞こえてきた。「ありがと、柚葉!やっぱ柚葉、最高!」コンビニの中は冷房がよく効いていた。飲み物の冷蔵ケースの前で、ガラス扉にぼんやり映る自分を眺めていると、スマホが震えた。悠からだった。【大丈夫か?】たったひと言だったけれど、悠が私に直接メッセージを送ってきたのは、この3日間で初めてだった。何度か返信を打っては消し、結局送ったのは、いつものひと言だった。【平気】水を2本買って戻ると、夕依はもう青いお守りを悠のリュックのファスナーにつけていた。赤いほうは夕依のバッグについていて、ブランド物のリップのそばで、歩くたびに小さく揺れていた。夜、ホテルに戻ると、夕依が露天風呂に入りたいと言い出した。「柚葉も行く?」「私はいい。ちょっと疲れた」「そっか。じゃあ私だけ行ってくるね。悠、バスタオル持ってきてくれる?」悠は返事をすると、バスタオルを手に夕依と廊下の奥へ歩いていった。私は自分の部屋に戻り、カードキーをかざしてドアを開けた。部屋は3階の一番奥にあるシングルルームで、窓の外に見えるのは駐車場だけだった。ベッドの端に腰を下ろし、スマホの写真フォルダを開いて、この3日間に撮った写真を最初から見返した。全部で127枚。そのうち、悠と夕依が一緒に写
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第3話

夕依は悠のジャケットを羽織り、部屋の鏡で自分の姿を確かめると、満足そうに笑った。ジャケットは夕依には少し大きく、袖を折り返すと細い手首がのぞいた。「じゃ、私先に朝ごはん行ってるね。悠ももう下にいると思うし」そう言って、夕依は部屋を出ていった。私はゆっくり支度を済ませ、望遠レンズをリュックに入れた。肩にかけた途端、ずしりとした重みでストラップが肩に食い込んだ。レストランへ下りると、悠と夕依は窓際の席で向かい合っていた。テーブルにはコーヒーが2杯と、朝食が2人分並んでいた。私が空いている席に座ると、悠が顔を上げた。「何食べるかわかんなかったから、お前の分は取ってない」すると、夕依も横から口を挟んだ。「柚葉、いつも『何でもいい』って言うじゃん。だから何取ればいいかわかんなかったんだよね」「平気。自分で取ってくるから」朝食の並ぶカウンターへ行ってみると、洋食はもうほとんど残っておらず、冷めたトーストが数枚と、小分けのバターくらいしかなかった。私はトーストを2枚だけ皿に取り、席へ戻った。それを見た悠が、わずかに眉を寄せた。「それだけか?」「うん」夕依は自分の皿からベーコンを1枚取った。「これ、柚葉にあげる」そう言ったのに、なぜかベーコンは悠の皿に置かれた。「あ、ごめん。悠、それ柚葉に回して」悠は黙ってベーコンを私の皿に移したが、私はそのまま手をつけなかった。リンファ山の中腹へ向かうバスでは、私は後ろのほうの窓際に1人で座った。少し前の席では、夕依と悠が肩を寄せ合い、同じイヤホンを片耳ずつつけていた。夕依は何度か楽しそうに笑い、そのたびにこちらを振り返った。「柚葉、この曲、めっちゃいいよ。聴いてみなよ」そう言うだけで、イヤホンをこちらに渡してくることはなかった。中腹の駐車場に着くと、強い風が吹いていた。私は重いレンズの入ったリュックを背負い、2人の少し後ろをついていった。展望台まで来ると、悠と夕依は並んで景色を眺めていた。夕依は朝から借りていた悠のジャケットを着ていた。風にあおられて髪が乱れると、悠は何気なく手を伸ばし、軽く整えた。その仕草はあまりにも自然で、まるでこれまでにも何度もそうしてきたように見えた。まだ何も頼まれていなかったけれど、私
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第4話

夕依は一瞬きょとんとしたあと、慌てて両手を振った。「わかってるって!そういう意味じゃなくて……ただ、ちょっと戸惑ってるだけ。ねえ、私、悠とは少し距離置いたほうがいいのかな。でも昔からずっとこんな感じだし、急によそよそしくしたら、悠も変に思うよね?」夕依の口から何気なく出た「昔からずっと」という言葉が、妙に耳に残った。夕依と悠は幼なじみだった。家も同じ住宅街にあり、幼稚園から高校までずっと一緒だった。大学に入ってからは別々だったけれど、夕依が私の大学に編入してきてから、私を通じてまた顔を合わせるようになった。夕依が編入してきたのは大学2年のときで、寮の部屋もちょうど私の隣だった。そこから私たちはすぐに仲良くなった。明るくて、きれいで、誰とでもすぐ仲良くなれる子だった。隣のクラスの悠がよく私を見ていると教えてくれたのも、私と悠の間を取り持ってくれたのも夕依だった。ラブレターを悠に渡してくれたのも夕依だった。私たちが付き合い始めた日には、インスタに「隣の親友にやっと彼氏できた!」と投稿していた。私と悠が付き合い始めたことで、夕依と悠もまた昔のように話すようになった。気づけば、ごはんを食べるときも、勉強するときも、出かけるときも、いつも3人一緒だった。それを変だと思ったことは、一度もなかった。今回の旅行までは。「柚葉、怒ってないよね?」夕依は身を寄せ、私の手を握ってきた。その手のひらは、少し汗ばんでいた。声はやけに柔らかく、私の機嫌をうかがっているようだった。けれど、その目に不安の色はなかった。私なら怒らない。いつものように「平気」と言う。夕依はただ、それを確かめているように見えた。「怒ってないよ」そう答えた瞬間、午後にあの男性からかけられた言葉がふと頭をよぎった。――写真のお仕事をされてるんですか?あの人には、私が2人の写真ばかり撮っているように見えたんだろう。悠と夕依にとって、私はいったい何なんだろう。「よかった!」夕依はほっと息をつくと、そのまま私のベッドにごろんと横になった。「そうだ、明日で最後だよね?セイラン湖の近くにオルゴール博物館があるらしいんだけど、行き方調べてもらっていい?」「いいよ」そう答えたものの、夕依が部屋を出ると、私は行き方を調べ
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第5話

悠が私に向けてくれる優しさは、前よりずっと少なくなっていた。それでも、なくなったわけではなかった。手をつないでくれることもあったし、「おやすみ」と言ってくれる夜もあった。「大丈夫か?」と気にかけてくれることだってあった。だからそのたびに、悠はまだ私のことが好きで、夕依とは昔からの友達なだけなんだと、自分に言い聞かせていた。でも、本当にただの友達なら、相手のジャケットを着たりしない。同じイヤホンを片耳ずつ分け合ったりもしない。風で乱れた髪に、あんなふうに手を伸ばしたりもしない。3人でいるのに、私だけが何度も、周りから「2人とは関係のない人」みたいに見られることだってないはずだった。明日の便は14時15分発。2人に別れを言うつもりはなかった。……「お客様、朝食をお持ちしました」ホテルのスタッフがドアをノックしたときには、もう荷造りを終えていた。荷物は、機内持ち込みサイズのキャリーケースとリュックが1つずつだけだった。カメラと望遠レンズはキャリーケースのいちばん下にしまい、その上に、この旅行のために買ったワンピースを重ねた。出発前、夕依に誘われて一緒に買いに行ったものだった。せっかくの卒業旅行なんだから可愛い服を着たほうがいい、写真はずっと残るんだからと勧められ、夕依が選んでくれたのが小花柄のワンピースだった。決して安くはなかったけれど、夕依が似合うと言ったから、迷わず買った。あれから4日。結局、一度も袖を通さなかった。それどころか、この旅行で私が写っている写真は、1枚もなかった。朝食は少しだけ口にして、トレーをドアの外に出した。時計を見ると、8時半だった。悠と夕依は、もうチェックアウトして出かけているはずだった。スマホを見ると、15分ほど前に夕依からグループチャットへメッセージが2件届いていた。【柚葉、もう出たよ。ゆっくり寝ててね】【お土産にオルゴール買ってくるね!】悠はグループチャットには何も送っていなかった。でも、5分ほどしてから、私にだけメッセージが届いた。【午後戻ったら、そっちの部屋行く】私はしばらく画面を見つめた。その頃には、もうこの部屋にはいない。返事はしなかった。キャリーケースを引いてロビーへ下りると、フロントには初日に対応した男性スタッ
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第6話

「友崎柚葉様でいらっしゃいますか?お預けのお手荷物は、3番のターンテーブルに出ております」到着したのは18時半だった。スマホの電源を入れると、溜まっていた通知が一気に表示された。グループチャットには夕依から17件もメッセージが来ていた。最初に届いていたのは14時のものだった。【柚葉?私たちもう戻ってきたよ。部屋、鍵かかってるんだけど】【柚葉、どこ行ったの?】【え、フロントに聞いたら、もうチェックアウトしたって言われたんだけど?】悠からは3件だけだった。どれも14時から14時半の間に届いていた。【どこにいる?】【柚葉、どこ行ったんだよ。電話出ろよ】【見たら返事しろ】14時半を最後に、2人からの連絡は途切れていた。キャリーケースを引いて到着ロビーを出ると、タクシーや送迎車の排気に混じって、どこからか焼き芋の甘い匂いが漂ってきた。その匂いを嗅いで、ようやく帰ってきたんだと実感した。タクシー乗り場で順番を待っていると、スマホが震えた。悠からだった。画面に表示された名前を見つめたまま、電話には出なかった。一度切れたものの、すぐにまたかかってきた。二度目も出ずにいると、三度目がかかってきた。そこでようやく電話に出た。「柚葉、お前どこにいるんだよ!」声には怒りが滲み、息も切れていた。どこか走りながら電話しているようだった。「何考えてんだよ。何も言わずにいなくなるとか、どういうつもりだよ。俺がどれだけ探したと思ってる?」風に吹かれた髪が頬にかかったまま、私は答えた。「もう帰ってきたよ」電話の向こうが、一瞬静かになった。「……は?」「帰国したの。14時15分の便で」「は?なんで何も言わずに帰ったんだよ。急にどうしたんだよ。何怒ってんの?」私は黙っていた。「夕依のことか?夕依が何かしたのか?だったら言ってくれればよかっただろ。なんで何も言わずに帰ったんだよ」私が何に傷ついたのかより、悠が先に気にしたのは夕依のことだった。なんだか笑えてきた。「別に、夕依に何かされたわけじゃないよ」「じゃあ、なんで――」「悠、この旅行、4日間だったよね」一度言葉を切ってから、続けた。「この4日間、私とちゃんと過ごした時間って、どれくらいあったと思う?」悠は
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第7話

40分ほどタクシーに揺られて学生寮に戻ると、ルームメイトの江藤美咲(えとう みさき)はまだ起きていた。キャリーケースを引く私を見るなり、美咲は驚いた顔をした。「帰ってくるの、明後日じゃなかった?」「予定変えて、早く帰ってきた」キャリーケースを部屋に入れると、美咲は私の顔をちらりと見た。でも、何も聞かずに温かいお茶を淹れてくれた。「晩ごはん、食べた?」「まだ」「さっきデリバリー頼んだんだけど、チキン残ってるよ。温めよっか?」私はベッドの端に腰を下ろし、両手でカップを包んだ。私は温かいお茶をひと口飲んだ。美咲がチキンを温めている間にスマホを確認すると、悠からの不在着信が12件、夕依からのメッセージが7件届いていた。まず、夕依からのメッセージを開いた。【柚葉、何か勘違いしてない?私と悠、本当に何もないから。こんなことで帰っちゃうなんて……】【悠、すごく慌ててるよ。今、いちばん早く帰れる便を探してる。お願いだから、電話だけでも出てあげて】【柚葉、こんなふうに急に帰っちゃうのはよくないよ。私たちだって心配してるんだから……】3件目まで読んだところで、もう続きを見る気にはなれなかった。心配してる。あなたのためを思ってる。そんな言葉なら、この2年で嫌というほど聞いてきた。そうしているうちに、電子レンジが鳴った。美咲は温めたチキンを私の前に置いた。「ほら、食べな。今は何も考えなくていいから」私はチキンに手を伸ばし、ひと口かじった。熱さと香ばしさが口いっぱいに広がった途端、涙がこぼれた。美咲は何も言わず、ただ軽く肩を叩いてくれた。私はそのまま、泣きながら食べ続けた。泣きながら食べていたせいで、顔はもう涙と油でぐしゃぐしゃだった。ひとしきり泣いてから、私はスマホの電源を切った。……翌日の昼。私はベッドに座り、昨夜美咲が作ってくれたおかゆを食べていた。「柚葉、開けろ」突然、ドアの向こうから悠の声がした。スプーンを持つ手が止まった。「柚葉、いるんだろ」今度は、さっきより強くドアを叩く音がした。美咲は眉をひそめてドアのそばまで行き、振り返って「開ける?」と口だけ動かした。私はスプーンを置き、ベッドを降りた。ドアを開けると、悠が立っていた。
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第8話

悠は顔をそらし、顎にぐっと力を入れた。「わざとじゃないって。向こうが勝手に勘違いしただけだろ。会う人みんなに、いちいち違うって説明しろっていうのか?」「そんなこと言ってるんじゃない。勘違いされたときに、手を握ってくれるだけでよかった。私の隣に来てくれるだけでもよかった」悠は黙ったまま、こちらを見なかった。「私が彼女だって、一言言ってくれればそれでよかったの。でも、悠は一度もそうしてくれなかったよね」少しして、悠が低い声で言った。「……わかった。俺が悪かった。でも、それで別れるってのは違うだろ。そこまでのことか?」「今回のことだけじゃないよ。ずっとそうだった」悠は黙ったまま、私のほうを見ていた。「夕依がこっちの大学に編入してきてから、私といる時間、どんどん減ったよね。何をするにも、まず夕依の予定を気にするようになった。ごはんに誘っても、先に夕依が空いてるか確認してた。2人で映画を見たいって言っても、夕依が1人じゃつまらないからって、結局いつも連れてきたよね」悠は何も言わなかった。「私の誕生日に40分遅れてきたときだって、買い物してた夕依を迎えに行ってたからでしょ」悠は手にしていたオルゴールを強く握った。「そのたびに、次は埋め合わせるって言ってたよね。私、その『次』を2年も待った。でも結局、一度も埋め合わせてもらえなかった」悠はしばらく黙っていた。「……それ、夕依が悪いって言いたいのか?」「違う。私が言いたいのは、悠がずっと私より夕依を優先してきたってこと」「夕依は幼なじみで――」「わかってるよ。夕依は私の親友でもある。でも私、夕依を優先して悠との約束を後回しにしたことなんて、一度もないよ」悠は唇をきつく結んだまま、何も言わなかった。怒っているのか、気まずいだけなのか、もう私にはわからなかった。そのあと、悠が一歩だけ近づいてきた。「柚葉、悪かった。もうこんなことしない。ちゃんとするから……別れるなんて言うなよ」私は悠を見た。赤くなった目元を見ていると、2年前に告白されたときのことを思い出した。あのときは、悠のそんな顔を見るだけで胸がいっぱいになった。でも今は、何も感じなかった。ただ、ひどく疲れていた。「そのオルゴール、持って帰って」「お前に買ったん
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第9話

「まだいたんだ」私は荷物を抱え、そのまま寮のほうへ歩き出した。「柚葉」悠もついてきた。「2分だけでいいから、聞いてくれ」私はそのまま歩いた。「夕依にはもう話した。これからは今までみたいに連絡も取らないし、夕依の用事に付き合うのもやめる」何も答えなかった。「お前に言われたこと、ずっと考えてた。俺、柚葉ならわかってくれるって、勝手に甘えてた」夜風が吹くたび、隣を歩く悠から柔軟剤の匂いがした。この2年、何度も枕に残っていた匂いだった。「柚葉……もう一回、やり直せないか」そこで足を止めた。月明かりの下、アスファルトに私たちの影が伸びていた。「悠。あの日、セイラン湖であの夫婦に夕依と恋人同士だと思われたとき、私が彼女だって一言でも言ってくれてたら……たぶん、先に帰ろうとは思わなかった」悠の顔がこわばった。「たった一言でよかった。でも、悠は何も言わなかった。あのときだけじゃない。今まで何度もそうだったよね。勘違いされても、悠はいつも黙ってた」悠が何か言いかけた。「夕依と付き合ってるみたいに見られても、別に嫌じゃなかったんでしょ。だから何も言わなかったんじゃないの?」「違う」「じゃあ、なんで最初に勘違いされたときに言ってくれなかったの?」悠は答えなかった。「本当に嫌だったなら、そのときちゃんと否定してたはずだよ。私が帰って、別れるって言って、それから謝られても……もう遅いよ」悠は結局、何も言わなかった。ひどく疲れた顔をしていたけれど、かわいそうだとは思えなかった。私だって、この2年ずっと我慢してきた。「明後日、卒論の発表が終わったら、ここを出る」「……どこに行くんだ?」「もう、どこでもいいでしょ」「柚葉――」「悠」私は一度息を吸って、まっすぐ悠を見た。「悠が優しい人なのはわかってる。でも、彼氏としてはもう無理。夕依にも、周りの人にも優しい。でも、私のことはいつも後回しだったよね。もう、いつか変わってくれるって待つのはやめる」それだけ言って、私は寮のエントランスへ向かった。カードキーをかざすと、ガラスの扉に、まだその場に立っている悠の姿が映った。今までだって、いつもそうだった。悠が追いかけてくるのは、私がずっと先まで行ってからだった。
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第10話

美咲は目を見開いた。「会うの?」「これで最後にする。夕依が何を言いたいのか、ちゃんと聞いてくる」25分後、南門近くのカフェに着くと、夕依はもう窓際の席に座っていた。今日はきちんとメイクをして、白いワンピース姿で、髪も下ろしていた。私に気づくと、夕依は立ち上がった。目元は赤かった。「柚葉……」私は向かいに座った。「話って何?」夕依は唇を噛み、カップを両手で包んだ。「柚葉、ごめん。あの旅行で、あんなにつらかったなんて知らなかった。私、ずっと3人でうまくやれてると思ってたの。だから……」「だから?」「柚葉なら、私と悠がただの友達だってわかってくれてると思ってた。悠とは幼なじみだし、昔からあのくらいの距離感が普通だったから、自分でも意識してなくて……」夕依は顔を上げた。頬を涙が伝っていた。「柚葉は私にとって一番の親友だよ。傷つけようなんて、一度も思ってない」夕依が泣くと、私はいつもそこで何も言えなくなった。でも今回は、そのまま流す気にはなれなかった。「夕依。旅行3日目の夜、私の部屋で何言ったか覚えてる?」夕依は一瞬、言葉に詰まった。「最近、悠がよく夕依のこと見てくるって言ってたよね。悠は夕依のことが好きなんじゃないかって、私に聞いたでしょ」「あれは……柚葉がどう思うのか、ちょっと気になって……」「でも、そのとき私、悠は私の彼氏だって言ったよね」夕依は黙った。「夕依も、わかってるって答えた。それなのに、そのあとも悠の上着を着たり、腕を組んだりしてた。周りに付き合ってるって思われても、別に気にしてなかったよね」話しているうちに、夕依の顔色がだんだん悪くなっていった。「夕依がこっちの大学に来てから、悠と2人で出かけようとしても、気づけばいつも夕依も一緒だったよね。悠にあんなふうに甘えて、周りに勘違いされても気にしなかった」夕依は俯いたままだった。「それ全部、本当に何とも思わずにやってたの?私はそうは思えない」夕依の涙がテーブルに落ちた。「柚葉、本当に違うの……私、人に甘えすぎるところがあるのは自分でもわかってる。でも、悠をそういうふうに見たことは本当にないの」「もう、そこはどうでもいい」私は席を立った。「悠は、私が嫌がっててもずっと黙ってた。夕依も、
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