All Chapters of 愛されるべき人は彼女、消えていい人は私: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

小織は、会社のビルの前で2時間も私を待っていた。退社する私を見つけると、すぐに駆け寄ってくる。「遥華、お願い、話したいことがあるの」「プロジェクトのことなら、法務に言って」「こんなに長い付き合いなのに、本当にこんな終わり方しかないの?」ちょうど退社ラッシュで、入り口を塞ぎたくなかったので、私たちは近くのカフェに入った。小織は席に着くなり、ラテをふたつ注文した。私がコーヒーを飲めないことを、完全に忘れていたのだ。「クライアントが契約を白紙に戻すって言い出してるの」彼女はノートパソコンを私の前に押し出した。「契約もこれまでの企画も、全部あなたがやったものでしょ。クライアントはあなたしか信用してないの。明日の会議だけ出てくれれば、あとは自分でやるから」「私はもうプロジェクトチームからは抜けてるわ」「わかってる。でも、私が損害を被るのをただ見てるつもりなの?」「なんで見てちゃいけないの?」小織は言葉を失った。これまで彼女がどれだけ大きな失敗をやらかしても、私がその後始末をしてきた。彼女がメールの返信を忘れれば、私が代わりに謝罪した。彼女が急に彩也子の気晴らしに付き合うと言い出せば、私がひとりで徹夜して会議をこなした。彼女がクライアントに間違ったファイルを送ってしまった時も、私が夜通しで企画を作り直し、なんとか契約をつなぎとめた。そんなことが積み重なるうちに、私自身、それを自分の責任だと錯覚しかけていたのだ。「遥華、あなたはただ克己さんに腹を立ててるだけかと思ってた」「チームを抜ける時、はっきり伝えたはずだけど」「でも、これは私たちの仕事でしょう」「私の仕事と、あなたの取り分は別の話でしょう」小織の顔が少し引きつった。「あなた、ずっと私のことをそんな風に見てたの?」私は無言でトーク履歴を開いた。この3年間、彼女は重要な会議を17回もドタキャンしていた。そのうち12回は、彩也子の体調不良が理由。残りの5回は、彩也子の買い物や引っ越し、誕生日の付き添い。その最後の1回が、私が肺の手術を受ける前日だった。彼女は私の代わりにクライアントと会うと約束していたのに、彩也子が急に「気分が沈んでいる」と言い出しただけで約束を破った。結局、私は手術前日の夜、絶食を始め
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第12話

克己が書斎を整理していると、ラベルのついていない段ボール箱を見つけた。中には、2年前、遥華が入院していた時の資料が全部入っていた。手術の説明書、領収書、病理検査の報告書。すべてが日付順にきれいに整理されている。一番上に、手術同意書があった。家族の署名欄は、空欄のままだった。本人署名の欄には、遥華の名前が書かれていた。筆跡が少し震えていて、最後の一画だけが長く引きずられていた。克己はその紙をじっと見つめながら、あの頃、彩也子が肺炎で入院していたことを思い出した。彼は毎日病院に通い、彼女が何時に点滴を受けるか、どの薬で吐き気が出るかまで把握していた。病室の窓の外に、花の咲いた木があったことさえ覚えている。同じ街の、別の病院で。彼の妻は、ひとりきりで手術同意書に署名していたのだ。克己は領収書をめくり、スマホの送金履歴のスクリーンショットが挟まっているのに気づいた。送金元は、彩也子。金額は10万円。日付は、手術の前日。メッセージ欄には——【手術が無事に終わりますように。私が知ってることは、みんなには言わないで】克己は、それをしばらく見つめた後、無言で彩也子に電話をかけた。彼女はすぐに出た。「克己、どうしたの?」「遥華の手術のこと、いつ知ったんだ」電話の向こうが、一瞬静かになった。「……何の手術?」「肺の部分切除だ」「えっ?知らないよ?」克己は、送金履歴の画像を彼女に転送した。彩也子はすぐに言葉を返さなかった。30秒ほどして、ようやく口を開いた。「思い出した。あの時、遥華にお金を貸してほしいって言われたの。でも『ちょっとした治療』としか言われてなくて。私、体調が悪くてお見舞いにも行けなくて。それに『みんなには言わないで』って言われたから」「どうして遥華がお前に金を借りようとしたんだ?」「私にも、わからない」克己は次のページをめくった。遥華に未払いはなかった。あの10万円は、手術の翌日にそのまま返金されていた。メッセージはたった一言。【いらない】彩也子の説明には、一見矛盾がないように聞こえた。彼女は遥華の入院は知っていたが、手術の深刻さまでは知らなかった、という話だ。けれど克己は思い出していた。あの時期、彩也子は何度となく彼にこう言っていた
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第13話

翌日、彩也子は昔使っていた古いスマホを持ってやってきた。ソファに座る彼女の目は、泣きはらしたように腫れていた。「あの時のやり取り、見つけたの」克己はスマホを受け取った。2年前、確かに遥華は彩也子にメッセージを送っていた。【数日入院することになったから、前に借りてた本、返すの少し遅れるかも】彩也子が、病気なのかと尋ねる。遥華は答えていた。【手術が必要になっただけ。心配しないで】その後、彩也子は10万円を送金し、体調が悪くて病院には行けないから、これで何か栄養のあるものを買ってと伝えていた。遥華はその送金を返し、他の人には言わないでほしいと頼んでいた。このやり取りだけを見れば、彩也子の説明には破綻がなかった。「遥華に言わないでって言われて、何か考えがあるんだろうと思ったの」彩也子はスカートの裾を握りしめた。「その後、私の肺炎がぶり返して、みんなが私の世話で手一杯になって……この件、私も忘れてた」小織は記録を読み終えると、そっと言った。「彩也子だって、わざと私たちに隠してたわけじゃないよ」慎一も頷いた。「遥華自身が『心配いらない』って言ってたんだろう。そんなに大変だなんて、誰にわかる」彩也子の涙がこぼれた。「……あの時、もう一言聞いていればよかった」小織がすぐに彼女の隣に座った。慎一もティッシュを差し出した。克己は動かなかった。彼はやり取りの履歴を、上へとさかのぼっていった。遥華がメッセージを送った日は、月曜日。彼女が彼に手術のことを知らせたのは、水曜日。その間には、2日の隔たりがあった。この2日の間、彩也子は彼に十数通、連続でメッセージを送っていた。肺の調子が悪い、また病気がぶり返すんじゃないか怖い、と。克己はそのせいで、彼女を慌てて病院に連れていった。検査の結果は、ただの風邪だった。その週、彩也子は病室を急遽変更してもらい、克己に一晩中付き添うよう頼み込んでいた。「あの時、本当に具合が悪かったのか」彩也子が顔を上げる。「どういう意味?」「医者はただの風邪だと言ってた。なのになぜ俺に、呼吸のけいれんが起きるかもしれないなんて言ったんだ」「子供の頃そういうことがあったから、怖かったの」その理由も、筋は通っていた。彼女は肺を患っ
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第14話

肺のリハビリも6週目に入った頃、私は新しい会社の採用面接に受かり、内定をもらった。担当者は中野という人で、数年前に取引をしたことのあるクライアントだった。彼は私が手術を受けたことも、今離婚に向けて動いていることも知っていたが、理由を深く尋ねることはなく、業務内容と出張の頻度をひとつひとつ丁寧に説明してくれた。「体、大丈夫そうですか」「大丈夫です」「無理なら言ってください。うちが欲しいのは人間であって、歯車じゃないですから」内定通知書を手にしたまま、私はしばらく言葉が出なかった。これまで誰もが私を「自立していて、物分かりがよくて、我慢強い」と褒めてきた。けれど、あまり親しくもないこの人だけが、「無理なら言っていい」と言ってくれたのだ。手続きを終えた後、病院の呼吸器内科でのリハビリに戻った。克己が、病院の前で待っていた。手には、段ボール箱をひとつ持っている。「お前の荷物」中には何冊かの仕事用のノートと、母が遺した古い写真が1枚入っていた。「ありがとう」「あの時の手術の資料、見つけた」「そう」「彩也子は、お前が入院してたこと、知ってた」私は彼を見た。克己はきっと、私が驚くと思っていたのだろう。けれど2年前、彩也子が私に送金してきた時点で、彼女が手術のことを知っていたのは、もう分かっていた。他の人には言わないでと頼んだのは、克己がすでに彩也子に付き添っていたからだ。たとえ彼が知ったところで、結局はふたつの病室の間で天秤にかけるだけだっただろう。「お前の方は状態が安定していたから」そんな言い訳を、もう一度聞きたくはなかった。「彩也子は、手術がそこまで深刻なものだと知らなかったって言ってる」「かもしれないね」克己が眉をひそめた。「真相を知りたいとは思わないのか」「もう、一番大事なことは分かってるから」「何だ」「あなたが、来なかったこと」彩也子が何を言おうと、何をしようと、結局、私を置いて彼女の病室へ向かったのは克己自身だ。彼は、誰かに縛られていたわけでも、判断力を失っていたわけでもない。ただ、私ならひとりで大丈夫だと、そう都合よく考えただけだ。「もしあの時、俺が知っていたら……」「あなたは、私が手術室に入ったことは知っていた」克己は、そ
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第15話

保険会社の調査報告書が、1週間後に克己の手元に届いた。出火元は、キッチンのコンロの右側。ガス漏れはなく、漏電や配線のショートもなかった。鍋の油が過熱して発火し、そばにあった布類に引火したものと推定される。報告書の末尾には、こう注記されていた。【キッチンの火災報知器は、出火のおよそ10分前に手動で停止されていた】。克己はそれを2度読み返した。火事の時、彩也子は「オーブンしか使っていない」と言っていた。もしコンロに火をつけていなければ、鍋の油が自然に温度を上げるはずがない。管理会社にマンションのスマートホームシステムのログを調べさせた。当日の5時42分、キッチンの火災報知器が手動で停止されていた。5時45分、コンロに火がついた。5時53分、廊下側の煙感知器が作動した。その時、家の中には5人いた。遥華は足を痛めていて、ずっとリビングに座っていた。克己と慎一はベランダで話していて、小織は何かを取りに階下へ降りていた。台所にいたのは、彩也子だけだった。「もしかしたら、ただ忘れただけかもしれない」慎一が記録を見て、反射的に弁護するように言った。けれど小織は尋ねた。「どうして報知器を切ったりしたの?」誰も、答えなかった。克己は彩也子に連絡を取り、来てもらうことにした。報告書を見た彼女は、最初は茫然としていたが、やがて何かを思い出したようだった。「お菓子を作ってる時、ずっと報知器が鳴ってたの。オーブンの熱気で誤作動したんだと思って、コンセントを抜いちゃったの」「コンロの上の油の入った鍋は?」「何のこと?」「出火元は、油の入った鍋だ」彩也子の顔が引きつった。「あっ……何か温めようとして……そのまま忘れたのかも」「前は、コンロは使っていないって言ってたよな」「あの日は混乱してて、よく覚えてないの」彼女の声が震え始めた。「克己、まさか私がわざと火をつけたなんて、思ってないよね?」小織は何か言いかけたが、結局口にしなかった。慎一がいらだたしげに額を押さえる。「誰もお前がわざとやったなんて言ってない。ただ、当時何があったのか知りたいだけだ」彩也子は3人を見つめ、涙をこぼし始めた。「私だって、あの中で死にかけたのに」その一言に、リビングが静まり
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第16話

慎一が再び私を訪ねてきた時、前回よりもずっとやつれていた。差し入れは持ってこなかった。彩也子の話もしなかった。「母さんが遺したあのお金、お前、ずっと手をつけてないよな?」「どのお金?」「亡くなる前に、俺たちふたりのために残しておいてくれた400万円だよ」私は彼を見つめた。そのお金は、もう4年前になくなっている。彼が起業に失敗し、債権者からの督促が相次いだ。彼は、借金さえ返せばすぐに会社は軌道に乗ると言った。私は、自分の取り分だった200万円を彼に渡した。残りの200万円は、半年後に母の口座へ戻すと約束していた。その後、彼が戻すことは一度もなかった。母が生前、最後に払った入院費も、私が借りてきたお金だった。「忘れたわけじゃないよな」慎一の顔色が、少しずつ悪くなっていく。「あの時の、母さんの入院費……」「私が払ったよ」「会社から出たって言ってたじゃないか」「あなたに罪悪感を持たせたくなくて、嘘をついただけ」母が亡くなった後も、彼はずっとあの貯金が残っていると思い込んでいた。毎年の命日に、彼は決まってこう言った。いつか自分が稼いだら、母の遺したお金で投資をするのだと。私は、一度もそれを正したことがなかった。彼がわざと忘れていたわけではないと、分かっていたから。彼はただ、私が後始末をするのに慣れきっていただけだ。「なんで教えてくれなかったんだ!」「教えて、何になるの?」「俺はお前の兄だぞ!」「だから何?」慎一は口を開きかけ、何も言えなかった。私は残りの明細を彼の前に置いた。母の入院費、葬儀費用、彼が起業に失敗した後の賠償金、そしてこの数年間に私が肩代わりしてきた借金。合計、1360万円。「全部返してほしいとは思ってないわ」慎一はそれを受け取らなかった。「あなたの払える範囲で、毎月返済して。清算が終わったら、お金の貸し借りはもう終わりにする」「じゃあ、兄妹の情はどうなるんだ」私は彼を見つめた。今回、彼には開き直るだけの勢いもなく、ただ小さく尋ねた。「お前は本当に、俺と縁を切るつもりなのか」「私が手術を受けていた時、あなたは彩也子の引っ越しを手伝っていた。火事の時、あなたは防災マスクを彼女に渡した。退院の時、あなたは私に、退院手続き
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第17話

管理会社が、火災当日のスマートホームの機器ログを復元した。台所のカメラは高温で壊れていたが、クラウドサーバーに映像データがいくつか残っていた。克己はパソコンをテレビに繋いだ。彩也子はソファの反対側に座り、ずっと服の裾を握りしめていた。最初の映像には、彼女がお菓子を作る姿が映っていた。火災報知器が鳴る。彼女は眉をひそめてコンセントを抜き、そのままコンロの前へ行って火をつけた。「あの時は、ホットミルクを作りたかったの」彼女はすぐに弁解した。映像に音声はない。数分後、彩也子はスマホに着信があり、振り返って台所を離れた。コンロの火は、ついたままだった。彼女はリビングで小織と何か言葉を交わし、ちらりと台所を振り返ったものの、中には戻らなかった。鍋に火がついたのは、まさにその間だった。「本当に忘れてたの」彩也子の顔は青ざめていた。「わざとじゃない」この点については、克己も信じていた。自分自身を火の中に閉じ込めてまで、遥華を傷つけようとする人間などいない。けれど、映像はまだ終わっていなかった。黒煙が広がり始め、リビングは混乱に陥った。克己が彩也子を引いて外へ向かう。慎一が戸棚から防災マスクを取り出し、小織は彩也子の頭を庇った。遥華はソファにつかまって立ち上がろうとした。一歩踏み出した瞬間、捻挫した足がまた崩れ、彼女は倒れ込んだ。遥華が小さく声を上げた。その声は、警報音とガラスの砕ける音にかき消された。彩也子が振り返った。画面はぼやけていたが、彼女が2秒ほど動きを止めたことがはっきりと見て取れた。——彼女は、遥華を見ていた。そのすぐ後、克己が彼女を引いて外へ連れ出し、映像は途切れた。「お前、彼女が倒れたのを見たのか」彩也子は首を振った。「……分からない」「振り返っただろう」「煙がひどくて、何も見えなかった」小織が画面を見つめたまま言う。「でも外へ逃げた後、あなたは遥華が逃げ遅れたんじゃないかって聞いたよね」彩也子の涙がこぼれた。「ふと、彼女のことを思い出しただけ」「何を思い出したんだ」彼女は答えられなかった。慎一が立ち上がり、重い声で言った。「彩也子、お前、本当は何を見たんだ」「本当に……覚えてないのっ」彼女
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第18話

翌日、会社の下でまた小織に会った。すると彼女が、1台の外付けハードディスクを私に差し出した。「以前のプロジェクトのバックアップデータよ」「受付に預けておいてくれればよかったのに」「まだ話したいことがあるの」彼女は新しい会社のビルの前に待っていたらしい。もうカフェに誘おうとはしなかった。「克己さんが、火事の映像を見つけたの。あの時彩也子は、あなたが倒れたのを見ていたはずなのに、覚えてないってシラを切ってるの」「そう」「あなた、全然驚かないのね」「彼女が振り返ったのを覚えてるから」あの火事の時、黒煙越しに、私は彩也子の目を見た。彼女も当然、私を見ていたはずだ。それをずっと口にしなかったのは、あの時克己が彼女の手を握り、慎一がマスクを彼女の顔にあてがい、小織が彼女を庇いながら外へ連れ出していたからだ。たとえ私が「彼女は嘘をついている」と指摘したところで、彼らは「彼女はただ怖かっただけだ」と言うだけだっただろう。小織がうつむいた。「過去のLINEの履歴を振り返ってて、いろんなことに気づいたの」私の誕生日パーティーでは、彩也子が急に胸苦しさを訴えた。私が初めてひとりでプロジェクトを任された時、彼女はグループLINEで眠れないと言い出した。私が手術を受ける前日には、引っ越しでめまいがすると言い出した。どの時も、彼女は誰かに「付き添って」と明言したことは一度もない。ただ「苦しい」と訴えるだけで、克己も、慎一も、小織も、自ら進んで私のことを後回しにしていったのだ。「あの子はきっと、ずっと前から分かってたんだと思う。口にしさえすれば、私たちは必ず駆けつけるって」「実際、駆けつけてたでしょう」小織の目が赤くなった。「前は、彩也子は私たちを必要としてて、あなたは必要としてないと思ってた。でも後になって気づいたの。あの子が誰かを必要とするタイミングは、いつもあなたの大事な予定と重なってた」「だから?」「あなたに、謝りたくて」「わかった」彼女は、戸惑ったような顔をした。「受け入れてくれるの?」「聞いた、ということ」謝罪を受け入れることと、関係を元に戻すことは違う。小織もきっと、それを理解していた。彼女は涙を拭った。「クライアントへの賠償は、私が自分で負担する
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第19話

最後の映像が復元された時、克己は彩也子に知らせなかった。リビングには、彼と慎一、小織だけがいた。映像は、玄関のスマートドアベルに残っていたものだった。数人が部屋から飛び出していく中、慎一がこう尋ねていた。「遥華は?」克己に支えられた彩也子が、はっきりと答えていた。「小織が支えて出てきてる」小織の顔から、一瞬で血の気が引いた。「私、してない」慎一は画面を見つめた。まさにその一言のせいで、彼は振り返らなかったのだ。非常階段に入ってから、小織はずっと彩也子を庇っていた。2階分ほど下りたところで、彼女はふと尋ねていた。「遥華、まだ上にいるんじゃない?」彩也子は答えなかった。全員が外へ逃げた後、彼女はようやく黒煙を噴き上げる窓を見上げ、泣きながら、遥華が逃げ遅れたのではないかと尋ねたのだった。克己は映像を巻き戻した。一度、二度、三度。彩也子が嘘をついたあの瞬間、咳き込んでもいなければ、意識が朦朧としている様子もなかった。その声は、他の誰よりも落ち着いていた。慎一が彼女を呼びつけた。映像を見た彩也子は、長い間黙り込んでいた。「……怖すぎたの」小織が尋ねる。「何が怖かったの」「みんなが、彼女を助けに戻るのが怖かった」その言葉が発せられた瞬間、リビングから一切の音が消えた。彩也子は顔を覆った。「克己が私を引いてくれて、慎一がマスクをくれて、小織もずっと私を庇ってくれた。あの瞬間、私はただ思ったの。遥華さえ出てこなければ、みんなはずっと私を選び続けてくれるって」慎一が、テーブルの上のグラスを勢いよく払い落とした。「あいつは俺の妹だぞ!」「でも、振り返らなかったじゃない」彩也子が泣きながら彼を見た。「私が一言言っただけで、あなたはそれを信じた。もともと、彼女を助ける必要なんてないって思ってたからでしょう」慎一の顔が強張った。小織が一歩、後ずさった。「だから外へ逃げた時、わざと彼女がどこにいるか聞いたの?」「後悔したの」「後悔なんかじゃないっ」小織の声が震える。「あなたが怖かったのは、彼女を見殺しにした後で、私たちに『どうして言わなかったの』って責められることでしょう」彩也子は必死に首を振った。手を伸ばして小織の腕をつかもうと
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第20話

彩也子が訪ねてきたのは、ちょうどその日の仕事を終えて会社を出たところだった。彼女は駐車場の出口に立っていた。化粧もせず、全体にやつれた様子だった。「遥華、ちょっと話せない?」「話すことなんてない」「映像、復元できたの」「もう知ってる」彼女の涙がこぼれた。以前なら、彼女の涙を見れば、私はハンカチを差し出していた。今回は、何もしなかった。「私、あなたに死んでほしかったわけじゃない」「そう」「あの時、みんなが私を庇ってくれてた。あなたが倒れたのを見て、ふと知りたくなったの。もし私たちが同時に危険な目に遭ったら、あの人たちが最後に選ぶのはどっちなんだろうって」「もう、答えは分かってるでしょう」彼女の顔が引きつった。「私はただ、『遥華はもう外に出た』って言っただけ。あの人たちだって確かめもせず、私について階段を下りたのよ。全部私のせいにしないで」「全部あなたのせいだとは言っていない」彩也子は呆気にとられた。いくつもの言い訳を用意していたのだろうが、私が責任をすべて彼女に押しつけるつもりなど最初からないとは、思っていなかったようだ。「私のこと、恨んでないの?」「恨んだことはある」黒煙の中で死を待っていたあの時、私は当然彼女を恨んだ。けれど後で気づいた。彼女を恨んだところで、克己が振り返るわけでも、慎一がマスクを外すわけでも、小織がこちらを見てくれるわけでもない。「今は?」「あなたはもう、私にとって大事な存在じゃない」この一言の方が、責め立てる言葉よりも彼女を苦しめたようだった。彼女は涙を拭った。「みんな、もう私を相手にしてくれない。克己は出ていけって言うし、慎一は私をブロックしたし、小織とも縁を切るって」「それは私には関係ないこと」「でも、あなたはもうすぐ望んだ結果を手に入れようとしてるじゃない」彼女の口調に、ようやく悔しさがにじんだ。「みんな今、あなたにひどいことをしたって気づいて、埋め合わせをしたいと思ってる。結局、あなたの勝ちってわけね」「あなたと競っていたつもりはない」彼女はずっと、すべての人間関係を、どちらかを選ぶものとして捉えてきた。誰かが自分を選べば、私が負け。けれど私は、とっくにその競争から降りていた。「遥華、私は小さい頃か
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