All Chapters of 恋の勝負、夜明けまで待てない: Chapter 1 - Chapter 10

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第1話

私が「負けた」と言うのを聞けず、旭は目に見えて不機嫌そうに眉をひそめた。次の瞬間、彼は突然手を伸ばし、梓の腰を抱き寄せて自分のそばに引き寄せた。梓は小さく声を上げ、そのまま彼の胸に倒れ込むように寄りかかり、恥じらいを帯びた瞳で彼を見つめた。旭の口角が再び上がる。だがその瞳は、梓越しに私の顔を真っ直ぐに射抜いていた。まるで私が取り乱し、感情を爆発させ、以前のように目を真っ赤にして負けを認めるのを待っているかのように。私は喉の奥がキュッと締め付けられるのを感じ、きびすを返して立ち去ろうとした。しかし突然、背後から旭の冷笑が聞こえた。「杏梨、今ならまだ、負けを認めても間に合うぜ」私は両手を強く握りしめた。それでは物足りないかのように、彼はゆっくりと言葉を付け足す。「初めてじゃないだろ。お前、昔から頭を下げるのは得意だったじゃないか」その瞬間、私は人前で傷口を無理やりこじ開けられたような気がした。最後に残っていた僅かなプライドでさえも、踏みにじられてしまったのだ。突然、胸がひどく苦しくなり、目の前が真っ暗になって、危うく床に崩れ落ちそうになった。旭は少し顔色を変え、無意識に手を伸ばして私を支えようとした。だが、梓は彼よりも早く立ち上がった。慌ててバッグの中から飴を一つ探し出し、私の前に歩み寄る。「杏梨、また晩ご飯抜いたの?低血糖なんだから、無理しちゃダメだよ」そう言って、飴を差し出してきた。声は相変わらず優しくて、その眼差しも――これまで何度も見てきた、心からの心配に満ちたものだった。私はその飴を見つめ、目頭が熱くなるのを感じた。梓は私が低血糖であることを知っているから、いつもバッグの中に飴を常備してくれている。私たちは出会って七年になる。私と旭がここ数年、どれほどもつれ合ってきたか、梓は誰よりもよく知っていた。旭が他の女の子を使って私に屈服を迫ることを、私がどれほど恐れているかも。負けを認めるたびに、私が一人隠れてどれほど長く泣き続けるかということも。それなのに、今日。旭の隣に座っているのは、梓なのだ。問いただしたいことは山ほどあったが、言葉は一つも出てこなかった。結局、私は彼女の手を避け、静かに言った。「二人とも楽しんで。私、寮に帰るね」梓はま
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第2話

「杏梨、最後のチャンスをやる。今負けを認めるなら、まだ間に合うぞ」私は何も言わなかった。しかし旭は、私が折れると確信しているかのように、こう付け足した。「女の子が夜一人で帰るのは危ないだろ。負けを認めろよ、送ってってやるから」私は思わず声を上げて笑ってしまった。夜道が危ないことくらい、旭も分かっていたのだ。私が夜の道端に一人で立っているのを怖がることも、彼は知っていたのだ。それなのに旭は、それらすべてを私に負けを認めさせるためのカードとして使ってくる。これまでの数年間、私たちはいつもこうだった。一番を争い、勝敗を争い、どちらがより相手を愛しているかを争ってきた。喧嘩をするたびに、旭は決まって「新しい彼女」とやらを作った。私が慌てふためき、涙を流し、頭を下げたところで、旭はこう言うのだ。「杏梨、またお前の負けだな」けれど、恋愛は戦争ではない。勝敗などつくはずもなく、ただお互いを傷だらけにするだけだ。私はもう、本当に疲れた。張り合う気力すら残っていないほどに。だから私はスマートフォンを握りしめ、静かに言った。「旭、私たち別れよう」電話の向こうは長い間静まり返り、通話が切れたのではないかと思ったその時――鼻で笑うような冷たい声が聞こえてきた。「いいぜ、別れよう。杏梨、今回は後で泣いてすがってきても、もう元には戻れないからな」その言葉を聞いた瞬間、冷水を頭から浴びせられたような感覚に襲われた。まるで底知れない氷の底へ突き落とされたかのようだった。旭が言っているのは、前回のあの時のことだ。あの時、私が負けを認めなかったから、旭の方から別れを切り出してきた。私はパニックになり、泣きながら長い間旭にすがりついた。それは私が最も惨めな思いをした瞬間であり、旭が最も得意気だった瞬間でもあった。けれど今回は違う。今回は、私から切り出したのだ。私は本気だった。私は目を閉じ、消え入るような声で言った。「安心して、もう二度とないから」そう言い残し、私はそのまま通話を切った。タクシーを拾って寮に戻った頃には、もう夜の十時近くになっていた。エントランスに入ると、梓はその腕に真っ赤なバラの大きな花束を抱えていた。誰からの贈り物かなど、推測するまでもない。同じ階
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第3話

だから、私たちの関係を知っているのは、数人の共通の友人だけだった。胸が何かに重く押し潰されそうになる。旭とはもう別れたはずなのに、あの動画を見た時、息ができないほど胸が痛んだ。薄い壁越しに、また談話室から寮友たちの声が聞こえてきた。「梓、推薦入試、あんたも東雲大学に受けるの?」梓は少し黙り込み、それから小さく肯定するように返事をした。「旭も行くから、一緒にいたくて」私は目を開け、部屋の天井を長い間見つめていた。それからスマートフォンを取り出し、大学院推薦入試の出願ページを開く。東雲大学。それは旭がずっと目指していた大学であり、私も本来選んでいた志望校だった。そのために、私たちは何年も前から計画を立てていた。けれど今はもう、その必要はない。画面に表示された出願先の入力欄を見つめる。画面の上で、指先が数秒間立ち止まる。そしてゆっくりと東雲大学を削除し、別の大学を入力し直した。旭からも、梓からも遠く離れた場所へ。この先一生、二度と顔を合わせることもないほどの距離へ。送信完了の通知がポップアップした時、私はようやくホッと息をついた。スマートフォンを枕の下に突っ込み、無理やり目を閉じて眠りについた。翌朝早く、私はバッグを背負って図書館へ向かった。これまで集めた資料はすべて、東雲大学の推薦入試に向けて準備したものだった。志望校を変えたからには、研究の方向性も、指導教員も、推薦入試の内容も、すべて調べ直さなければならない。二階に着いた途端、不意に旭と梓の姿が目に入った。二人は手を繋ぎ、とても親しげにしている。私は足を止め、踵を返して立ち去ろうとした。だが、旭はすでに私に気づいていた。彼は片眉を上げ、笑みを含んだ声で言う。「杏梨、偶然だな?それとも、わざと俺に会いに来たのか」私は彼を無視して、そのまま前へ歩き続けた。しかし、梓が小走りで追いかけてきた。「杏梨、もしかしてまだ怒ってる?昨日のことは、本当にあなたが思ってるようなことじゃなくて……」梓が最後まで言い終わらないうちに、旭が鼻で軽く笑った。「こいつに説明なんかしてやる必要ないだろ。分からないか? わざと俺の前に姿を現して、俺に機嫌を取らせたいだけなんだよ」梓はハッとしたように言葉を失った。
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第4話

梓は私の沈黙に気づかないふりをして、パッと目を輝かせた。「杏梨、あなたも東雲大学を受験するの?よかった、これでまた三人とも同じ学校に通えるね」そう言いながら、梓は少し恥ずかしそうに俯いた。「でも私、GPAがギリギリだから、推薦入試に通るかどうかわからないけど」旭は梓を見下ろし、少しだけ声を和らげた。「俺がいるんだ、何も心配いらないだろ。手伝ってやるよ」梓の頬が、ほんのりと赤く染まる。「本当?」旭は短く頷き、それから再び私の方を見た。「それでお前は……杏梨、どっちが東雲大学の推薦入試で上の順位になるか、勝負しようぜ」その言葉を聞いて、私はただ滑稽に思えた。この期に及んで、私がまだ彼のゲームに付き合うとでも思っているのだろうか。私は本を強く抱きしめ、冷たい声で言った。「どいて」旭は数秒間私を睨みつけ、みるみるうちに表情を険しくした。「いいだろう。いつまでそんな強がりを続けるか、見物だな」私は彼を押しのけ、図書館の五階へ上がると、東雲大学の推薦入試対策の本を、一冊ずつ本棚へと戻していった。それから隅の席に座り、別の大学の資料を検索し直した。お昼頃、スマートフォンが震えた。旭からのメッセージだった。【東雲大学の大学院推薦入試の出願書類、ここ数日のうちに提出だぞ。忘れるなよ】数秒の間を置いて、彼からもう一通送られてきた。【杏梨、今回はもう一度勝負だ。賭けの条件は、勝者が敗者に一つ要求でき、敗者はそれを拒否できないこと】そのメッセージを見て、私はただ馬鹿馬鹿しいとしか思わなかった。すでに別れているというのに、まだ勝ち負けにこだわっているなんて。まるで賭けの条件さえ決めれば、私が必ずこのゲームに付き合い続けると信じ込んでいるかのようだ。私は返信することなく、そのまま旭の電話番号ごと着信拒否リストに放り込んだ。それからは、持てるすべてのエネルギーを推薦入試の準備に注ぎ込んだ。研究計画書を練り直し、面接の練習をする。朝六時に図書館へ行き、夜の閉館時間になってようやく寮へ帰る日々。旭と梓は、それでも時折私の目の前に姿を現した。しかし、私はもう気にも留めなかった。口述試験の前日、私は試験に向けて万全の準備を整えた。分厚い試験資料を見つめ、私は長く安堵の息をつ
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第5話

あの日、旭が東雲大学の口述試験の控室で取り乱していた頃。私は湊浜大学のオンライン面接を受けていた。ヘッドフォン越しに面接官の穏やかな声が聞こえてきた。「渡辺さん、聞こえますか」私は大きく深呼吸をした。「はい、聞こえます」画面の向こうで、数人の面接官が私の提出資料に目を通している。彼らは私の論文について、研究計画書について、そしてなぜ急に志望校を変えたのかについて質問してきた。私は二秒ほど沈黙した。そして、とても静かに答えた。「自分のために、一度選択をしてみたいと思ったからです」その瞬間、不思議と緊張が解けていった。過去の何年もの間、私の人生には常に旭がいた。彼が行きたい場所へ、私も行きたいと願った。彼が上を目指すなら、私もそこに食らいついて張り合った。私はそれを、肩を並べて歩むことだと思い込んでいた。けれど、後になってようやく分かった。それはただ、私が自分自身を彼の影として生かしていただけだったのだ。口述試験が終わり、パソコンを閉じる。まるで全身から力が抜け落ちたかのようだった。けれど、その空虚さは悲しみから来るものではない。ようやく重い石を下ろすことができたような、心地よい身軽さだった。それから間もなくして、学生課の先生から電話がかかってきた。彼女の声には少し戸惑いが混じっていた。「渡辺さん、さっき桐谷くんから連絡があったのよ。どうして東雲大学の口述試験に来てないのかって、かなり慌てて聞かれてね」私は短く相槌を打った。先生は小さくため息をつく。「桐谷さん、すごく焦っているみたいだったよ」私は窓の外に目を向けた。図書館の外にあるプラタナスの葉に、陽の光が降り注いでいる。風が吹くと、葉は微かに揺れた。私は口を開いた。「先生、これからは私のこと、桐谷さんには何も教えないでください。私たち、もう別れたんです」先生は一瞬言葉を失い、やがて静かに答えた。「わかったわ」電話を切った後、資料の整理を続けようとした矢先、見知らぬ番号から着信があった。誰からの電話かは、すでに察しがついていた。だが、私はただ画面を数秒間見つめたままで、電話には出なかった。着信が切れ、またかかってくる。何度も、何度も。やがて、スマートフォンに一通のメッセージ
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第6話

「もしそれがただの演技だったなら――二人がかりで私を弄んで馬鹿にしたってことじゃない。……そっちの方が、よっぽど反吐が出るわ」梓は一瞬にして顔色を失い、消え入りそうな声で言った。「私はただ……旭のことが好きすぎただけで……」胸が締め付けられた。梓はようやく本音を口にしたのだ。出会って七年、梓は何度も私の涙に寄り添ってくれた。そのたびに、原因はいつも旭だった。梓は私を抱きしめて、こう言ってくれた。「旭の奴、ひどすぎるよ。杏梨、あんなやつのこと、もう放っておきなよ。あんたには、もっといい人がいるって」だけど本当は、私のために怒ってくれていたわけじゃなかった。梓はただ、私が身を引くのを待っていただけなのだ。梓を見つめていると、不意に、ひどく見知らぬ他人のように思えてきた。「つまり、旭が好きすぎるあまり、私の痛みを踏み台にしてでも手に入れたかったってわけね?」梓は泣き出した。「あなたを傷つけるつもりなんてなかったの!私はただ、二人はすぐにヨリを戻すと思ってて……以前、何度もヨリを戻してきた時みたいに」その言葉は、何よりも耳障りだった。ええ、そうね。以前の、あの何度も繰り返してきた時みたいに。誰もが、私がまた旭のもとへ戻ると思い込んでいる。旭も、梓も。かつての私自身でさえ、そう思っていたのだから。けれど今回は、もう二度と戻らない。私は梓を避けて通り、自分の部屋に戻った。「これからはもう、私の名前を馴れ馴れしく呼ばないで。虫酸が走るから」東雲大学の推薦入試の合格発表があった日、学内SNSは大騒ぎになった。旭は落ちたのだ。総合評価が合格ラインにあと一歩届かなかった。その知らせを目にした時、私は湊浜大学へ提出する追加書類を推敲しているところだった。寮友の一人が我慢できずに教えてくれた。「杏梨、旭が落ちたらしいよ」私は指先をピタリと止めた。だが、大して感情を動かされることもなく、ただ短く相槌を打っただけだった。寮友の一人は、恐る恐る私を窺い見る。「……辛くないの?」私は少し考えてから口を開いた。「昔の私なら、辛かったかもね」昔は、旭が悲しんでいれば、私は決まって彼以上に悲しんだ。旭が奨学金を逃せば、徹夜に付き合って申請書類を書き直してあげた。
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第7話

梓は泣きながら言った。「どうせあんたは東雲大学を受験しないんだから、もう必要ないじゃない。どうして私を助けてくれないの?」梓の涙を見ていると、ふと馬鹿馬鹿しくなってきた。梓は旭のことが好きだから、彼に加担して私をコケにした。大学院の入試を受けたいから、私の研究計画書を盗んで出願した。後ろめたいことをしておきながら、どうして助けてくれないのかと私を責めてきた。私は研究計画書をクリアファイルにしまい込み、どこまでも冷え切った声で言った。「梓、私はもうあなたを助けないし、庇ってあげることもしない」梓は弾かれたように顔を上げた。「私を告発する気?」「あなたを破滅させる趣味なんてないわ。自分を破滅に追い込んだのは、あなた自身よ」その夜、梓は自分の部屋で一晩中泣き続けていた。私に大量のメッセージを送ってきて、謝罪から哀願、そして最後には「どうしてそこまで冷酷になれるの」と非難し始めた。最後に、梓はこんなメッセージを送ってきた。【杏梨、本当にそこまで容赦なく追い詰めるつもり?】私はすぐに返信した。【あなたが私の研究計画書を盗んだ時点で、私たちの友情はもう終わりよ】翌日、私は証拠資料を学部に提出した。クラウドストレージの記録、研究計画書のコピー、そしてパソコンの操作ログと、不正アクセスによるデータ更新記録だ。学部はすぐに調査に乗り出し、梓は呼び出されて面談を受けた。寮へ帰ると、梓が私の部屋を訪ねてきた。全身から生気をすっかり抜き取られたかのような彼女は、私の前に立ち、恨みがましい目で睨みつけてくる。「杏梨、これで満足した?」私は本を閉じた。「まだよ。処分の結果が出るまで、満足しないわ」調査結果はすぐに出た。梓の出願における不正行為が事実と認められ、大学院推薦入学の資格はもちろん、優秀卒業生としての推薦枠までも取り消され、そして懲戒処分が下された。結果が公示された日、学部のグループチャットは不気味なほど静まり返っていた。以前は梓を取り囲み、優しいと褒めそやしていた学生たちも、今回ばかりは誰一人として彼女を庇おうとはしなかった。他人の研究計画書を盗むことは決して些細な問題ではなく、「私だって大変だった」の一言で済まされるようなことではないと、誰もがはっきりと理解していたからだ
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第8話

寮友の一人は少し躊躇ってから口を開いた。「旭、ずいぶん長く立っているみたいだけど」私は答えた。「それは私に関係ないから」昔の私は、何度も旭を待っていた。練習が終わるのを待ち、試合が終わるのを待ち、機嫌が直るのを待ち、「もう怒ってないよ」という一言を待っていた。一番長く待たされたのは、冬のことだった。旭は他の女の子と食事をしていて、わざと私の電話に出なかった。私は旭のフロアのラウンジで夜明けまで待ち続け、疲れて感覚が鈍くなっていたほどだった。その後、旭が出てきて、私を見て最初に放った言葉はこれだった。「杏梨、お前の負けだな?」あの時の私は泣きながら旭に抱きつき、ついに仲直りできたのだと思い込んでいた。今思えば、あれは仲直りできたわけではなく、ただ都合よく手玉に取られていただけだったのだ。私のフロアのラウンジで、旭は日が暮れるまで待ち続けていた。手に持っていたバラの花は、長い待ち時間の間に少しずつしおれ、何枚か花びらを落としていた。私にメッセージを送れない旭は、共通の友人に頼んで伝言をしてきた。【杏梨、お前に会いたい】私は返信した。【その必要はないわ】友人はすぐにまた送ってきた。【旭、すごく反省してるみたい。『本当に悪かった』って伝えてくれって】私はそのメッセージを見つめていたが、心には何の波風も立たなかった。悪かった。その言葉はあまりにも軽すぎる。私がこれまで流してきた一滴の涙にすら釣り合わないほどに。旭はきっと昔のように、何度か拒絶されれば逆ギレして、また酷い言葉を吐き捨てるだろうと思っていた。「杏梨、後悔するなよ。俺がお前じゃなきゃダメだとでも思ってるのか?」というように。けれど今回、旭はそうしなかった。旭は私の周りに頻繁に姿を現すようになった。図書館の入り口、学食の外、そして校舎の前。私を刺激するために他の女の子の肩を抱き寄せることもなくなり、あの自信に満ちた眼差しで私を見ることもなくなった。ただ黙って私の後ろをついてくるその姿は、まるで帰る家を見失った犬のようだった。だが、私は決して振り返らなかった。ある雨の日、私が図書館から出てきた時のことだ。傘を持っていなかった私が入り口まで歩いていくと、スッと目の前に黒い傘が差し出された。旭は雨の中に立ち、肩の半分を濡らし
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第9話

旭はずっと私の名前を呼び、昔の写真を引っ張り出しては一枚一枚見つめているらしい。旭の友人はため息をついて私に言った。「杏梨、あいつ本当に後悔してるよ」私はしばらく返信せず、最後に一言だけ送った。「じゃあ、そのまま後悔させておけばいいよ」傷つけられたあの時、彼は私が痛いかどうかなど聞きもしなかった。今になって彼が痛みを覚えたところで、私には知る由もないし、知りたいとも思わない。湊浜大学からの合格通知が届いたのは、三月上旬のことだった。メールのポップアップが表示された時、私は教室で論文の修正をしていた。『合格通知』の文字が目に入った瞬間、私はしばらく呆然とし、やがて不意に涙がこぼれ落ちた。悲しいわけじゃない。嬉しくて、悔しくて、そしてようやく自分を救い出せたという安堵の涙だった。両親に電話をかけた。報告を聞いた母は、電話の向こうで泣き出した。「杏梨、お母さん、本当に嬉しいわ」父の声も少し掠れていた。「行きたいなら行きなさい。家族はずっとお前を応援しているからな」電話を切った後、私は誰もいない教室に座り、一人でずっと笑っていた。以前の私にとって、旭から離れることは息ができないほど辛く、生きていけないとすら思っていた。けれど、実際に抜け出してみると、世界はこんなにも広く、進むべき道は彼だけではなかったことに気づいた。私は合格通知のスクリーンショットをSNSのタイムラインに投稿した。感傷的な言葉は添えず、ただ一言だけ書いた。【新生活、よろしく】たくさんの「いいね」やコメントがついた。旭からの「いいね」はなかった。旭には見えない設定にしているからだ。それでも、彼はそれを知った。その日の夜、旭は私のフロアのラウンジに待っていた。今回は、彼の手に花はなく、代わりに古い箱が握られていた。見覚えがあった。それは高校二年の時のもので、中にはコンテストのメダルやメモ書き、そして旭が初めて私にくれたあの万年筆が入っている。あの頃、私たちはまだ付き合っていなかった。旭は万年筆を私に渡し、素直じゃない態度で言ったものだ。「杏梨、次のテスト、あんまり惨めに負けんなよ」私は旭をガキっぽいとからかいながらも、その万年筆を塗装が剥げるまで使い続けた。旭は箱を差し出し、低い声で言った。「これ、ずっと
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第10話

旭は言葉の意味が理解できないといった様子で問い返した。「意味がない?」私は言った。「あなたの謝罪で私自身の正しさを証明することも、あなたに追いかけられることで愛されていたと確かめることも、もう何の意味もないって言っているの。私には最初から愛される価値があったんだって、もう気づいたから。あなたが謝罪しようがしまいが構わないわ。私には元々、その価値があるんだもの」旭は呆然と私を見つめていた。私は彼のそばを通り過ぎた。今回、旭は私を引き留めなかった。背後から、押し殺したような泣き声が聞こえてきた。とても小さく、ひどく聞き慣れない、まるで別人の声のように感じられた。私は振り返らなかった。卒業を前にして、大学でまた騒動が起きた。梓が学内SNSに長文を投稿したのだ。そのタイトルは、あまりにも刺々しかった。【親友に大学院推薦を潰されて、私はうつ病になった】投稿の中で、梓は自分を徹底的に悲劇のヒロインに仕立て上げていた。研究計画書において不適切な引用をしてしまっただけなのに、私から色恋沙汰の腹いせで報復されたのだと。好きな人を奪われただけでなく、将来までをも潰されてしまったのだと。旭の上着を羽織っていたことや、彼の隣に座っていたことには一切触れていない。クラウドストレージにある私の没原稿を盗んだことや、学部が行った詳細な調査記録についても、もちろん書いていなかった。投稿が公開されると、それに踊らされる者も確かにいた。「女同士って怖すぎ」「男一人のためにそこまでする?」「もう処分されてるのに、まだネットで叩くわけ?」それらのコメントを眺めていたが、怒りは湧かず、ただ深い疲労感を覚えた。悪事を働いておきながら、被害者面をすることにかけては天下一品だ。人を刺しておいて、生き延びるために傷口からナイフを引き抜いた相手を指差し、「ほら、その手、血まみれじゃない! この人殺し!」と叫んでいるようなものだ。無駄な言い争いはせず、すべての証拠を整理した。学部の調査結果、クラウドストレージの不正アクセスログ、梓が「参考にした」と認めたメッセージのやり取り、そしてあの夜のカラオケボックスでの動画だ。動画にモザイク処理を施した後、学生課と学部に提出した。それと同時に、私自身も釈明の投稿をした。内容は長くなく、わずか数行だけだ。
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