国内のプライベート・エクイティ業界に君臨する鷹宮インベストメント。その本社四十二階にある社長室の窓からは、東京・丸の内の無機質なビル群がはるか遠くまで見渡せた。華やかな摩天楼の頂にいながら、鷹宮怜司(たかみやれいじ)は、この五年間、一晩たりとも心安らかに眠れたことがなかった。数百億円の投資を眉ひとつ動かさず決める冷徹な勝負師。そう呼ばれる男の胸の片隅には、いつも凍てつく風が吹いていた。使い古した革の手帳に挟んだ、色あせた一枚の写真。その表面を指でなぞるたび、指先が情けないほど震えた。「社長。ようやく見つかりました」秘書室長が慎重な足取りで近づき、タブレットを差し出した。画面に映っていたのは、多摩丘陵の静かな住宅街、桜ヶ丘ニュータウンの一角だった。塗装の色あせた、どこか懐かしい団地。その前にある小さな公園には砂場があり、藤棚の下に緑色の木製ベンチが置かれていた。そこに、ベージュのリネンシャツを着て、長い髪を無造作に束ねた女性が座っている。藤崎紗季(ふじさきさき)。五年前に離婚した妻だった。怜司は指で画面を引き寄せ、もう一度拡大した。転居先がわかったという報告も、似た女性を見かけたという連絡も、これまで何度も受け取っている。だが、今度は間違いない。髪を耳にかけるときも、ペンだけは手放さない。その癖まで変わっていなかった。椅子の背にかけたジャケットをつかむと、怜司は社長室を飛び出した。「今日の残りの予定は全部取り消せ。すぐに車を用意してくれ」エレベーターの扉に映った自分の顔を見て、ようやくスマートフォンを握り直した。先に連絡しなければ。けれど、五年前に使われなくなった番号に、何を送るつもりなのか。メッセージの入力画面すら開けなかった。「誰もついてくるな。俺一人で行く」秘書室長がうなずく。怜司は写真のベンチをもう一度大きくした。古い住所でも、誰かの曖昧な目撃談でもない。今日撮られた写真の中に、紗季がいる。会えたら何を言うか、あれほど考えてきたはずだった。それなのに、口の中に残っているのは、彼女の名前だけだった。***都心を抜け、高速道路をひた走ること一時間二十分。怜司は小さな公園の入口で、赤いインターロッキングの上に立ち止まった。百八十八センチの長身に、隙なく仕立てられたチャコールグレーのスリーピース。磨き上げた手製の革靴が控えめ
Dernière mise à jour : 2026-10-01 Read More