第21話 七年ぶりに戻った業界で、私は彼と出会った久世ホールディングスとの打ち合わせを二日後に控えた夜、沙耶は資料の一ページ目を十二回目まで直していた。由香のダイニングテーブルにはノートパソコンとホテル・アステリアの資料が広がり、いつの間にか仕事用の場所として定着しつつある。最初は遠慮して毎晩片づけていたが、由香から「朝また全部出すなら端に寄せとけば」と言われて以来、食事のときだけ資料を重ねて椅子の横へ置くようになった。画面に表示されている一文は、前回から変わっていない。『ホテル・アステリアの問題は、魅力がないことではない。すでにある価値が、客の目的に沿ってつながっていないことである。』問題は、その次だった。十一室の宿泊予約が入った。宴会と宿泊の情報共有を変えたことで、少なくとも一件は取りこぼしを減らせた。レストラン利用者への聞き取りでは、若い世代がアステリアを嫌っているというより、「自分が使う場所として思いつかない」という反応が多かった。そこから、『設備別の販売から、利用目的別の提案へ』という方向性までは見えている。だが、それだけでホテルが立て直るとは言えない。「また消した」キッチンから由香の声が飛んできた。沙耶は驚いて振り返った。「見てたの?」「さっきからキーボードの音が、打つ、止まる、消す、打つ、止まる、消す、なの。聞いてるだけで分かる」「怖いな」「何に悩んでるの?」由香はマグカップを二つ持ってきて、一つを沙耶の横へ置いた。中身はコーヒーではなく、温かいほうじ茶だった。「ありがとう」「どういたしまして。それで?」沙耶は画面を見ながら答えた。「明後日の打ち合わせ、相手が大手だから」「久世なんとか?」「久世ホールディングス。ホテルだけじゃなくて、不動産もレストランもやってる。昔から業界では有名だった」「偉い人が来るんだ
Last Updated : 2026-10-20 Read more