第11話 五歳の誕生日 陽向が「本当のお父さんに会ってみたい」と言った翌朝、紗良は目覚まし時計が鳴るより三十分も早く目を覚ました。 隣では陽向が布団を蹴飛ばし、片足だけ毛布の外へ出して眠っている。「……寝相、誰に似たんだろ」 小さく呟いてから、自分で答えを知っていることに気づいた。 玲央だ。 本人は自覚していなかったが、玲央も眠っている間は意外と寝相が悪かった。結婚したばかりの頃、夜中に目を覚ますと、仕事では一分の隙も見せない男が布団を半分床へ落として眠っていて、紗良は何度も笑った。 そんなことまで思い出す必要はない。 紗良は陽向に毛布を掛け直した。 昨日の問いは、まだ胸の中に残っている。 ――僕にもいるんでしょ? ――会ってみたいな。 これまで陽向に父親について尋ねられることは何度かあった。保育園には当然、父親が迎えに来る家庭もある。父の日の行事が話題になることもあった。 そのたび紗良は、「一緒には暮らしていない」とだけ答えてきた。 嘘ではない。 けれど、本当のことを伝えていたとも言えなかった。 まだ小さいから。 もう少し大きくなってから。 きちんと理解できる歳になったら。 そうやって先延ばしにしてきた。 昨日、その理由の一部が崩れた。 陽向はすでに、自分なりに知りたいと思っている。 ならば、いつまでも母親の恐怖だけを理由に隠しておくことが正しいのか。 答えは出なかった。「んん……お母さん?」 布団の中で陽向が動いた。「起こしちゃった?」「まだ朝?」「まだちょっと早いよ。寝てていい」 陽向は半分閉じた目で母親を見た。「お母さん、考え事してた?」「どうして?」「難しい顔してる」「あなた、寝起きなのに人の顔よく見てるね」「お父さんのこと?」 紗良の胸が小さく跳ねた。「……少しね」「会える?」「まだ分からない」「そっか」 陽向はそれ以上聞かなかった。 その代わり、布団の中から手を伸ばして紗良の指を握った。「急がなくていいよ」「え?」「昨日、お母さん考えさせてって言ったから」 五歳の子どもに気を遣わせている。 胸が痛んだ。「陽向」「なに?」「お母さんが考えるけど、陽向も聞きたいことがあったら我慢しなくていいからね」「うん」「お父さんのことでも、悠真先生のことでも、何でも
Last Updated : 2026-10-02 Read more