客の声でざわつく大衆居酒屋で、同じ看護学校を出た友人・美智から紹介された男性は、前髪が丸い眼鏡に被さって、目が隠れてしまっている。 癖っ毛で肩まで伸ばされた髪。けれど、不思議と嫌悪感は抱かなかった。毎日丁寧に手入れをされているのだろう、照明を浴びた髪には天使の輪ができるほどのツヤがある。 シワひとつない黒いシャツに、整えられた清潔な爪。そして、彼が動くたびにふわりと放たれるのは、万人受けする石鹸の香りだった。「ぜったいに、あんたに合うと思って紹介したの!」 美智はそう言うと、隣に座る室町壱成くんの背中をバンッと派手に叩いた。彼はその勢いに押され、頼りなく前のめりになる。(今ので、骨が折れてないかな……?) 目の前の室町くんは、心配になるくらいひょろくて、ひどい猫背だ。 彼は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら、戸惑ったように私へ視線を送った。丸いレンズの奥から覗く瞳は、驚くほど澄んでいるように見えた――けれど、すぐに気まずそうに逸らされてしまう。「こういうのは、無理強いしたら駄目じゃないかな」 という室町くんの弱々しい声。「あんたは黙って」 美智に一喝された室町くんは、「はぁ……」と小さく溜息を吐いた。「ほら、こいついい物件よ? 自分で起業して、在宅でプログラマーしながら稼いでるんだから」「自分で、ってすごいね。いちから一人でしたの?」 感心して室町くんに訊ねると、彼は耳元を真っ赤にしながら「うん」と小さく頷いた。 私は幼い頃に両親を事故で亡くしてから、施設に預けられて育った、いわゆる天涯孤独の身だ。高校を卒業したら施設を出なければいけない決まりがあり、生きていくために、手に職をつけるという理由だけで看護学校に通った。今は大病院の整形外科で、正看護師として働いている。 学校に通うためのお金を貯められたのも、そこで働く切符を掴めたのも、全て一人で必死に壁を乗り越えてきたからだ。 一人で何かを実行する大変さを身に染みて知っているからこそ、自分の力だけで会社を立ち上げたという室町くんの存在を、私は素直に凄いと思った。 尊敬の眼差しを向けていると、顔を横に向けていた室町くんと、眼鏡越しに再び目が合った。 ――けれど、それもすぐに逸らされてしまう。(嫌われちゃったかな……)「いや、でも……
Last Updated : 2026-10-25 Read more