陰キャと紹介されたら淫キャだった件。

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last updateLast Updated : 2026-10-25
By:  美木 猫助Updated just now
Language: Japanese
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看護師として働く天涯孤独の私は、友人・美智に連れ出された居酒屋で、前髪で目を隠した猫背の「陰キャ」室町壱成と出会う。自力で起業した彼を素直に尊敬し、連絡先を交換した私は、毎日届く彼のメッセージに少しずつ心を動かされていく。 初めての水族館デート、誰かと分け合うお弁当。 けれどその日、突然の雨が、穏やかだった彼の素顔を一変させる。優しく無害なはずの彼は、いったい何者なのか。そして彼の「責任を取る」という言葉の本当の意味とは。 すれ違う想いが交錯する、不器用な二人の恋の行方。

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Chapter 1

01話 紹介されたのは陰キャくん

 客の声でざわつく大衆居酒屋で、同じ看護学校を出た友人・美智みちから紹介された男性は、前髪が丸い眼鏡に被さって、目が隠れてしまっている。

 癖っ毛で肩まで伸ばされた髪。けれど、不思議と嫌悪感は抱かなかった。毎日丁寧に手入れをされているのだろう、照明を浴びた髪には天使の輪ができるほどのツヤがある。

 シワひとつない黒いシャツに、整えられた清潔な爪。そして、彼が動くたびにふわりと放たれるのは、万人受けする石鹸の香りだった。

「ぜったいに、あんたに合うと思って紹介したの!」

 美智はそう言うと、隣に座る室町むろまち壱成いっせいくんの背中をバンッと派手に叩いた。彼はその勢いに押され、頼りなく前のめりになる。

(今ので、骨が折れてないかな……?)

 目の前の室町くんは、心配になるくらいひょろくて、ひどい猫背だ。

 彼は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら、戸惑ったように私へ視線を送った。丸いレンズの奥から覗く瞳は、驚くほど澄んでいるように見えた――けれど、すぐに気まずそうに逸らされてしまう。

「こういうのは、無理強いしたら駄目じゃないかな」

 という室町くんの弱々しい声。

「あんたは黙って」

 美智に一喝された室町くんは、「はぁ……」と小さく溜息を吐いた。

「ほら、こいついい物件よ? 自分で起業して、在宅でプログラマーしながら稼いでるんだから」

「自分で、ってすごいね。いちから一人でしたの?」

 感心して室町くんに訊ねると、彼は耳元を真っ赤にしながら「うん」と小さく頷いた。

 私は幼い頃に両親を事故で亡くしてから、施設に預けられて育った、いわゆる天涯孤独の身だ。高校を卒業したら施設を出なければいけない決まりがあり、生きていくために、手に職をつけるという理由だけで看護学校に通った。今は大病院の整形外科で、正看護師として働いている。

 学校に通うためのお金を貯められたのも、そこで働く切符を掴めたのも、全て一人で必死に壁を乗り越えてきたからだ。

 一人で何かを実行する大変さを身に染みて知っているからこそ、自分の力だけで会社を立ち上げたという室町くんの存在を、私は素直に凄いと思った。

 尊敬の眼差しを向けていると、顔を横に向けていた室町くんと、眼鏡越しに再び目が合った。

 ――けれど、それもすぐに逸らされてしまう。

(嫌われちゃったかな……)

「いや、でも……私にはもったいないんじゃないかな」

 気まずそうな室町くんを助けるつもりで、私はそう言った。私の方から引いた方が、きっと角が立たない。そう思ったのだ。

「あ、あの――」

 室町くんが遠慮がちに右手を上げる。だけど、その声はまたしても美智の大きな声に飲み込まれてしまった。

「何馬鹿なこと言ってんの!」

 美智は一喝すると、ジョッキに残っていた少量のビールを勢いよく飲み干した。室町くんは美智の迫力に圧倒され、そっと右手を下げる。

「このインキャはあんたに打って付けよ!」

(陰キャ、か。確かに……)

 目を合わせてくれないし、声も小さい。

 だけど、嫌な感じはしなかった。

「あんた、処女でしょ! 最高の相手よ!」

「ちょ、ちょ、ここでそんなこと言わないでっ!」

 私は顔を熱くして、美智の口を塞ごうとする。けれど、勢いづいた彼女に手を簡単に振り払われてしまった。

「このまま処女でいいの!? 年齢イコール彼氏いない歴でしょ!?」

「だから、声が大きいってばっ!」

 慌てて周囲を見渡すが、美智の声は大衆居酒屋の店内の喧騒とBGMに埋もれ、周りには届いていないようだった。ほっと胸を撫で下ろす―けれど、室町くんには一言一句漏らさず聞こえていたようで。

 彼は頬を赤くしたまま、下がってもいない眼鏡のブリッジを何度も押し上げていた。

「それに、このままだとあんた、ずっと一人だよ!? それでいいのっ!?」

(――このまま、一生、一人……)

 美智の言葉が、胸の奥の暗い場所に突き刺さる。

 両親はいない。頼れる身内もいない、ひとりきり。

 このまま誰とも付き合わず、結婚もせず、ずっと一人で生きて、一人で死んでいく。その恐怖は、確かにいつも私の足元に影のように張り付いていた。

 賑やかな街を一人で歩くたび、周囲の人間が誰かと寄り添い、温かそうに笑い合っているのを見るのが苦しかった。だから私は、クリスマスやバレンタインといったイベントの日は絶対に外に出ないと決めている。わざとシフトを入れて仕事を詰め込み、愛に満ちた世界から自分を強制的に遮断することで、辛うじて自分を保ってきた。

 美智に突きつけられた事実を、心の内で咀嚼していると――突如、美智が机に突っ伏した。

 ギョッとした瞬間、彼女の肩が激しく震えだす。

「わたし、わたしぃ……あんたには、絶対に幸せになってほしいのぉおおおおお!」

 美智は子供のようにヒックヒックと声を上げて泣き出してしまった。

「酔っぱらっている……」

 室町くんが呆れたように呟いた。

 彼女の隣に座る室町くんは、弱ったように眉を下げながらも、突っ伏した美智の背中を優しく、一定のリズムで擦って慰め始める。

 その最中、室町くんはふと顔を上げ、私と目を合わせた――私が見る前から、もうこちらを向いていたように見えた。

 眼鏡の奥の目が、一瞬だけ私を捉えて。

 そして、そっと逸らされた。

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01話 紹介されたのは陰キャくん
 客の声でざわつく大衆居酒屋で、同じ看護学校を出た友人・美智から紹介された男性は、前髪が丸い眼鏡に被さって、目が隠れてしまっている。 癖っ毛で肩まで伸ばされた髪。けれど、不思議と嫌悪感は抱かなかった。毎日丁寧に手入れをされているのだろう、照明を浴びた髪には天使の輪ができるほどのツヤがある。 シワひとつない黒いシャツに、整えられた清潔な爪。そして、彼が動くたびにふわりと放たれるのは、万人受けする石鹸の香りだった。「ぜったいに、あんたに合うと思って紹介したの!」 美智はそう言うと、隣に座る室町壱成くんの背中をバンッと派手に叩いた。彼はその勢いに押され、頼りなく前のめりになる。(今ので、骨が折れてないかな……?) 目の前の室町くんは、心配になるくらいひょろくて、ひどい猫背だ。 彼は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら、戸惑ったように私へ視線を送った。丸いレンズの奥から覗く瞳は、驚くほど澄んでいるように見えた――けれど、すぐに気まずそうに逸らされてしまう。「こういうのは、無理強いしたら駄目じゃないかな」 という室町くんの弱々しい声。「あんたは黙って」 美智に一喝された室町くんは、「はぁ……」と小さく溜息を吐いた。「ほら、こいついい物件よ? 自分で起業して、在宅でプログラマーしながら稼いでるんだから」「自分で、ってすごいね。いちから一人でしたの?」 感心して室町くんに訊ねると、彼は耳元を真っ赤にしながら「うん」と小さく頷いた。 私は幼い頃に両親を事故で亡くしてから、施設に預けられて育った、いわゆる天涯孤独の身だ。高校を卒業したら施設を出なければいけない決まりがあり、生きていくために、手に職をつけるという理由だけで看護学校に通った。今は大病院の整形外科で、正看護師として働いている。 学校に通うためのお金を貯められたのも、そこで働く切符を掴めたのも、全て一人で必死に壁を乗り越えてきたからだ。 一人で何かを実行する大変さを身に染みて知っているからこそ、自分の力だけで会社を立ち上げたという室町くんの存在を、私は素直に凄いと思った。 尊敬の眼差しを向けていると、顔を横に向けていた室町くんと、眼鏡越しに再び目が合った。 ――けれど、それもすぐに逸らされてしまう。(嫌われちゃったかな……)「いや、でも……
last updateLast Updated : 2026-10-25
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02話 俺が、また君に会いたい
「ぜったい、れんらくしゃ、きょ、うかんしぇよ!」 呂律が回っていない美智を室町くんはタクシーの座席に下ろす。彼女は、最後まで「連絡先を交換するのを見届けないと帰らない」という言葉をもつれた舌で喋っていたけれど、室町くんは運転手さんに、美智が住む住所を伝えてから一歩下がった。「あにょね! ちょっと、いちしぇ――」 まだ何か言い足りない美智が叫ぶも、自動のドアが無情にもバタンと閉まる。 車の窓ガラスに顔を貼り付けて何かを喚いている美智を乗せたまま、タクシーは夜のネオンが煌めく街の中へと、滑るように消えていった。 あとに残されたのは、私と室町くんの二人だけ。 店の中から漏れ聞こえてくる賑やかな話し声を背に浴びながら、路上にぽつんと取り残された私たちは、どうしようもない気まずさに包まれていた。 美智に「処女」だの「彼氏いない歴」だの、私のコンプレックスをあそこまで大声で暴露された直後だ。恥ずかしさで顔が引き攣りそうになるのを堪えながら、私はなんとか声を絞り出した。「美智が、本当にごめんね。室町くんも、急に呼び出されたんだよね?」「うん……。急に『今から一緒に呑もう』って、言われて……」 室町くんは下がってもいない眼鏡のブリッジを人差し指でそっと押し上げ、持て余したように視線を泳がせる。その弱々しくて無害な佇まいに、私は少しだけ緊張が解けるのを感じて、小さく笑った。「あはは。私と一緒だね」 そう言って笑ってみせたものの、そこから先、言葉が続かなかった。 初対面の、しかもこんなに口数の少ない男の子と二人きり。路上を通り過ぎていく車のヘッドライトが、私たちの間の微妙な距離を虚しく照らしている。 これ以上ここにいても、お互いに気を遣い合って疲れてしまうだけだ。そう思った私は、バッグの紐を握り直した。「じゃあ……今日はありがとう。美智の代わり、ってわけじゃないけど、引き止めちゃってごめんね。私、こっちだから、これで」 ペコリと頭を下げて、踵を返そうとした、その時。「あの、っ……」 室町くんが焦ったような声を出し、上着のポケットからバタバタと携帯を取り出した。「あの……れん、連絡先、――」 携帯の画面を私に向けて、消え入りそうな声で呟く。その姿を見て、私は彼がまだ美智の「絶対に連絡先を交換しろ」という脅迫めいた言葉に縛られているのだと気づいて、
last updateLast Updated : 2026-10-25
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03話 既読だけの私に、君は
 短い文章――連絡はこないだろう、と踏んでいたから……胸がときめいた。 なんて返信しよう、とひたすら考える。 座椅子の上で。 シャワーを浴びながら。 座椅子の上で。 ベッドの上で。 シーツの中で。『私もありがとう』 悩みに悩んだ結果、なんの捻りもない文章を私は送ったのだった……。 ――その日から、室町くんからは毎日連絡がくる。『おはよう』『おやすみ』 朝の挨拶と夜の終わりのメッセージ。 でも、それだけじゃなくて、『花咲いてた』 道端に咲く花の写真。『新商品のチョコ』 チョコのパッケージ写真。 室町くんの日常を切り取った数々の写真たち。 激務の中、室町くんからのメッセージを開くだけで私の疲れは癒えている。 私はこれらが届くたびに、楽しい――満足していた。 本当のところ……どう反応したらいいのか分からず、既読しかつけていない。(普通、既読無視されたら何か言いそうなのに) 返事をしないことを悪いと思いつつも……そんな私の態度について、室町くんから何か言及されることもなく。日々は過ぎていく。 室町くんとやりとりを続けて二週間が経とうとしていた頃。 夜勤を終えて更衣室のロッカーから携帯を取り出したら一通の通知が室町くんからあった。『お休みいつですか?』 ――初めての質問だった。(これは、答えなきゃいけないやつ……だよね……?) 質問だから、答えなきゃいけない。 私は手帳を開いてシフト表を覗いた。若くて独身の私は、少しでもお金を貯めたくて、取れるだけ夜勤を入れている。休みはあっても、夜勤の前日か夜勤明けばかり。室町くんと美智たちと会えたのは、たまたま日勤だったからだ。『休みないです』 そうタップして、送信ボタンを押そうとした指を止めた。 これはさすがに短過ぎるし、質問に答えていない。 でも、なぜ室町くんは私に休みを聞いてきたんだろう?(デートに誘うつもりで……?) 仄かに灯ったときめきを、私は首を振って否定する。誤解しちゃいけない。きっと、室町くんが休みを聞いたのは建前で、「返事、できないんですか」とか、遠回しに責めるつもりなのだ。(そんなキャラには見えないけど……) 私は、どう返せば自分の心が傷つかないか、ロッカーの前でぐるぐる考える。休みを答えたら何が返ってくるのか、期待しないで済むように。 シ
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04話 君が楽しそうで、嬉しい
「水族館……」 私はこれまでの人生で、水族館という場所に一度も行ったことがなかった。デートの定番スポット。誰かと寄り添いながら、青い光の中で魚を眺める世界。(行ってみたい――) 素直にそう思った。「一時間だけでも」って言ってたのに、水族館って一時間じゃ絶対無理じゃないか――そんな当然の疑問も、初めて誘われたデートへの純粋な喜びと、彼がくれた「会いたい」という言葉の甘さに、溶かされてしまっていた。『じゃあ、当日、自宅まで迎えに行くね』 室町くんは車を所有しているらしい。在宅で起業して、車まで持っている。やっぱり、私とは住む世界が違うんじゃないか――そんな考えが頭をもたげて、ついさっきまでの甘い疼きが萎んでいく。『住所おしえて?』(やっぱり、断ろうかな) とか思ってしまっている私は、室町くんの言葉を聞いて反射的に住所を答えていた。(今更なしで、とか失礼過ぎる)『来週の水曜日、すごく楽しみ』 電話越しに楽しそうにそう呟く室町くんの声に、私は素直になれなかった。 ※ ※ ※  水曜日が来るのを、私はどこか落ち着かない気持ちで待っていた。 連絡先を交換してからも、どう返せばいいのか分からず、ずっと既読しか返せずにいたけれど、あの深夜の電話があってからは、彼から届く何気ない日常のメッセージに、お辞儀をしている猫のスタンプをひとつだけ、ぽんと送るようになった。 電話越しの室町くんの嬉しそうな声を聞いてしまったからだろうか。 ……文字の返信をする勇気はまだないけれど。 ※ ※ ※ 約束の時間の少し前に、携帯の画面が明るくなった。『到着しました』という室町くんからのメッセージに、慌ててベランダから下を覗き込む。 アパートの前に停まっていたのは、ピカピカに磨き上げられた黒い日本車だった。フロントには見慣れたエンブレムが見える―あれは高級車、では……? 勤め先の病院のドクターたちも愛用している車に、室町くんも乗っている。彼が遠い人のように思えた。 少しだけ足が竦み、緊張でバクバクと鳴り響く心臓を抑えて階段を下りると、助手席のドアが内側から静かに開いた。「おはよう。……待たせちゃってごめんね」 運転席から身を乗り出すようにして迎えてくれた室町くんは、丸い眼鏡の奥の瞳を細めて、「待ってないです」と首を横に振った。 そっと車内へ一歩、足を
last updateLast Updated : 2026-10-25
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05話 触れそうで、繋げない手
 青い夢のような空間を満喫し、案内順路に従って自動ドアを出ると、昼の日差しが私たちを迎えた。 現実に引き戻されたような感覚のなか、室町くんが下がってもいない眼鏡のブリッジを押し上げながら、少しお腹を気にするように私を見た。「お昼、どうしようか。何か食べたいのある?」 その問いかけに、私はバッグの底に眠る重みを思い出して、固まった。(あ……やってしまった……!) 異性とデートなんてしたことがない上に、染み付いた貧乏性のせいで、私は「お昼をお店で食べる」というごく一般的な発想に全く思い至っていなかったのだ。それどころか、今朝早くに起きて、張り切って二人分のお弁当を作って持ってきてしまっていた。「あ、あのね、室町くん……私、その、お弁当、作ってきちゃって……っ」「え……?」「ごめんなさい! 私、本当に貧乏性だし、男の人と出かけるの初めてだからお店に入るって頭がなくて……! 人が作った料理が苦手って人だって世の中にはたくさんいるのに、何も深く考えずに勝手に用意しちゃって……どうしよう、本当にごめんなさい……!」 自分の常識のなさと配慮の欠如に、頭が真っ白になってしまう。顔から火が出るほど恥ずかしくて、手元のバッグを抱き締めた。「こ、これ、どこかのゴミ箱に捨ててくるから……! 今からお店探そう、本当にごめんね!」「あのっ……!」 踵を返して捨てに行こうとした私の腕を、室町くんが少し強い力で引き止めた。 驚いて振り返ると、室町くんは丸い眼鏡の奥の目を見開いて、耳の裏まで真っ赤に染めていた。「す、捨てないで……。俺、……すごく、嬉しい、から」 彼はそう言って、顔を少し伏せながら、照れくさそうに笑った。 そんなふうに頬を染めて嬉しそうに笑う姿が、不覚にも、堪らなく可愛いと思ってしまった。甘く胸が締め付けられる。「……本当に、いいの? 大した中身じゃないよ?」「うん。君の手作り、食べたい」 その真っ直ぐな言葉に、私は思わず、室町くんから視線を逸らした。 私たちは水族館のすぐ近くにある、緑豊かな公園へと移動した。 お天気にも恵まれた午後の公園。木漏れ日が優しく降り注ぐベンチに二人で並んで腰掛け、私は少し緊張しながら、包みを広げてお弁当箱の蓋を開けた。 私が作った料理を、自分以外の人が食べることがあるなんて、私は今までの人生の中で思いもしなか
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06話 無害な彼の、知らない顔
 室町くんは小さく頷いて、場所を決めて歩き出した。 私は彼が先導するまま、何の疑いもなくその後ろをついて――いくと思いきや。 大粒の雨が容赦なく降り注ぐ中、室町くんはごく自然な動作で私の肩に手を回し、自分の体で雨を遮るようにして歩き始める。(ちか、近い近い近い……っ!) 突然の接近に、私は内心で盛大に慌てていた。 男性に肩を抱かれたことなんて、初めてな上、まるで私を雨から守るような行動にどう反応したらいいのかも分からず、思考が追い付かない。「ひぇ」 辛うじて出せた言葉は、悲鳴なのか何なのか分からない情けない声だった。 室町くんから肩を抱かれた状況のまま、公園の敷地を出てすぐの大きくて立派な屋根がついた建物のエントランスへと移動した。 室町くんの体温が私から遠ざかっていき、代わりに激しい雨に冷やされた湿った空気が肌を撫でる。 急に体が冷えるのを感じて、私は小さく身震いをした。思いがけない近さに心臓が飛び出るほど緊張していたから、離れてくれてほっとしているはずなのに。どうしてだか、触れ合っていた場所が急に冷たくなってしまったような、ひどく寂しい気持ちが胸を掠めていく。 そんな戸惑いを誤魔化すように、私は彼の後を追って自動ドアをくぐり、その入口に立ったところで、自分の足がぴたりと止まった。 入った瞬間に耳に届く、クラシックな有線。 フロントには誰もいなくて、代わりに壁一面に設置された、部屋の写真がずらりと載った光るパネル。(あれ……ここって、もしかして……っ) 異性とこういう場所に来たことがない私でも、さすがにここがどういう場所なのか、一目で理解してしまった。 血の気が引き、心臓がこれまでとは全く違う意味でうるさく暴れ始める。 けれど、私の焦燥を置き去りにしたまま、室町くんは迷いのない足取りで光るパネルの前へと進み、慣れた手つきで画面を操作し始めた。(え……?) その淀みのない動作に、一瞬、頭の中がフリーズする。私の知っている室町くんは、居酒屋の隅っこで小さくなっていたような、不器用で、ちょっと挙動不審な男の子のはずなのに。 戸惑いと緊張で胸の鼓動が速まる。 でも、パネルからカードキーを受け取った室町くんが、困ったように眉を下げているのを見て、そのバクバクはすっと行き場を失った。「これで、濡れずに済むね……風邪ひいたら大変だか
last updateLast Updated : 2026-10-25
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07話 その目で見ないで
 ――じゃあ、どういうつもりだったの? という疑問が、彼の骨ばった指先を肌に感じたせいで、霧のように消え去った。 彼の指先が、はだけたバスローブの隙間から私の剥き出しの肌へと静かに滑り込んできて――。 私の両手首は、未だに彼の片手だけで頭上へと押さえつけられたままだ。細い指なのに驚くほど力は強くて、びくともしない。抗うことすら許されないその腕力に、体の芯が竦み上がる。 抵抗できないまま固まる私の唇に、室町くんの唇が重なった。「んむ……ッ!?」 驚きに目を見開くや否や、熱い舌が這入り込んでくる。 その刹那、口内にコツリと硬質な、冷たい違和感が触れた。(え……なに、これ……?) それは、彼の舌に埋め込まれた小さな金属の球体――舌ピアス。 室町くんの口内に、そんな装飾が隠されていたなんて。陰キャな彼とはかけ離れたそれの存在に、私の頭にたくさんの疑問符が浮かぶ。だけど、冷たい金属が私の舌と絡み合って熱を持ち始めた感覚に、私の疑問はどこかに流れていってしまう。 強引に貪るのではなく、吸い上げ、絡めとり、こちらの呼吸を支配していく。彼の澄んだ瞳が、至近距離で私の動揺を見つめていた。「ん、ぅ、く……は、……」 息が続かなくてキスの合間から甘い悲鳴が漏れる。 すると彼は、私を組み敷いたまま、空いているもう片方の手で、はだけたバスローブの隙間へとさらに深く忍び込んできた。 そのまま、白く柔らかな胸を下から優しく掬い上げるようにして、大きな手で包み込む。 これが正しい愛撫のされ方なんてピンとくるはずもない。それなのに、肌に吸い付くような彼の掌の心地よさだけは、はっきりと伝わってくる。 彼は私の体の正解を知っているかのように、ピンポイントで甘い声が漏れてしまう触り方ばかりする。「あ、は、ぁ……っ、むろ、まち、く……」 声にならない吐息を漏らす私の胸で、彼の細い指先が、熱を帯びた柔らかい乳輪の輪郭をそっとなぞった。 じれったいほどに、先端の突起には触れてこない。ただ、ぷっくりとした乳輪の周りだけを、羽毛で撫でるような繊細なフェザータッチで、ひたすら、焦らし続ける。 触れられている場所から、じんわりと甘い痺れが広がっていく。 彼の熱にさらされ続けるうちに、最初は蕩けそうに柔らかかったそこが、私の意志とは関係なく、きゅっと引き締まるようにして硬さを
last updateLast Updated : 2026-10-25
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08話 優しい声に導かれて
 視界が塞がれる中、肌の感覚だけが異様なほど鋭敏になっていく。 室町くんの指先は、私の腰のラインをなぞるように撫でる。指先だけなのに、じわじわと這い上がってくる感触。 腰のラインを滑っていた彼の指先が、さらに下の方へと伸びていく。(え……下、って、うそ――) 心臓がドキンと大きく跳ね、私は堪らず顔を覆っていた両手を跳ね除けるようにして離した。 慌てて下半身へと視線を落としたけれど、私の反応は、室町くんの動きに対してワンテンポ遅れてしまっていた。 いつの間にか、室町くんは私の胸からとっくに口も手も離している。 それどころか、バスローブははだけ、下半身まで剥き出しになっていた。視界に飛び込んできたのは、乱れた白いバスローブの隙間から露わになった、自分のあられもない全身の輪郭。(あ、あ、……っ!?) あまりの情報の多さに、私の脳内はキャパシティを超えてバクバクとバグを起こし始める。 恥ずかしさと混乱で硬直する私の両足首を、室町くんの骨ばった手が掴んだ。「ひゃっ……!?」 抵抗する間もなく、彼の強い力によって、私の脚はベッドの上で左右に大きく開かれてしまう。「いやっ、だめ、見ないで……っ!」 本能的な恐怖と羞恥に突き動かされて、秘部を隠そうと、両手を伸ばしてガードしようとした。けれど、室町くんはそんな私の必死の抵抗を、なんでもないように、片手で簡単に振り払ってしまった。「きれいだね」 掴まれた足首から伝わる熱のなか、室町くんが私の全てを観察するように見つめながら、ぽつりと呟いた。丸い眼鏡のないその瞳は、やっぱり底が知れないほど冷静で、ひどく艶っぽくて、歪んでいる。「普段、自分でしないの?」 彼から投げかけられたのは、あまりにも淫らで、私には刺激が強過ぎる質問だった。「し、しない、……い、忙しくて、そんなこと……っ」 恥ずかしさで泣きそうになりながら、私は声を震わせて絞り出した。本当に日々の生活に追われて、そんな性的な関心を自分に向ける余裕なんて、今までの人生に一瞬たりともなかったのだ。 そんな私の答えを聞いて、室町くんの端正な唇が、微かに、嬉しそうに弧を描いた。「じゃあ、こういうことするの、俺が初めてなんだ」 低く、どこか楽しげに響いた彼の声。 その言葉の裏にある意味に気づいた時には、もう、彼の指先が、私の脚の付け根の一番柔
last updateLast Updated : 2026-10-25
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09話 知らない彼に翻弄されて
 彼はそう言って、私の唇を再び塞いだ。 促されるまま、震える呼吸を鼻から抜く。 教えられた通りにすると、確かに息をするのは格段に楽になった。でも、代わりに子猫の鳴き声みたいな甘く情けない声が漏れてきて、羞恥心で胸がはち切れそうになる。 私の呼吸をリードし、包み込むようにして引き摺り込んでいく。その心地よい翻弄に、私の体からは少しずつ緊張が解けていった。 ――そして、私の体から力が抜けたその瞬間を、待っていたかのように私のナカに挿し入れられていた彼の一本の指が動き始めた。 室町くんは、手首全体の滑らかな旋回だけで、私の狭い膣内で、壁に沿わせるようにして指を動かしていく。 じわじわと、ゆっくり、私のナカを擦って、静かな室内に濡れた音がはっきりと響き渡った。「は、あ……っ、ん、んむ……ッ」 あまりの恥ずかしさに声を押し殺そうとするけれど、口内では再び彼の舌と、あの硬質なピアスが、私の舌を淫らに絡めとっていく。 キスで意識を上へと引っ張られながら、下半身では圧迫感が増していく。 一本の指がナカをねっとりと蹂躙する心地よさに頭がバグりそうになっている最中、彼は動きを止めることなく、気づけば指を二本へと増やしていた。 私の奥が、みちみちと物理的に押し広げられていく。激しく動かされているわけではないのに、彼が手首を僅かに深く傾けるたび、指の節々が私の奥の最も敏感な場所をゴツリと正確に抉っていく。 強烈な快感の波に、私の腰がシーツの上で小さくガクガクと震え始める。 室町くんはキスを交わしたまま、私のその細かな拒絶と歓喜の反応を全て指先で楽しむように、三本目の指を私の最奥へと忍び込ませてきた――。 はあ、はあ、と激しい呼吸を繰り返しながら、キスを受け入れ続ける。その最中、ぴったりと密着したお腹のあたりに、何かが当たっているのを感じた。けれど、限界を迎えたばかりの私の頭では、まだそれが何なのかピンときていなかった。 やがて、室町くんがゆっくりと体を離し、バスローブを脱ぎ捨てた時――私はお腹に当たっていた何かの正体を目にすることになる。(……うそ、おおきい……っ) 初めて間近で見る、男性器。それは私の想像を遥かに超えて、凶悪なほどに大きく、熱く脈打っていた。 あんなに細身の室町くんのどこに、こんなものが隠されていたのだろう。どうするつもりなんだろう、
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10話 陰キャじゃなくて、淫キャ!?
 ※ 行為の熱が引いたベッドで、私は眠る室町くんを放置して、文字通り逃げるように部屋を飛び出した。 アパートへ向かう電車に揺られている間も、下半身に残るズシリとしたパールの感触と熱が消えなくてどうにかなりそうだった。(初めてなのに……あんなに気持ちよくなるなんて、私の体はどうかしちゃったの!?) 縋る思いで携帯を取り出し、震える指先で某掲示板に匿名で悩みを書き込んでみる。『初めてだったのに、めちゃくちゃ気持ちよかったです。これは私がおかしいのでしょうか? あと、男性で舌ピアスを開けていて、下半身にパールが入っているのは普通ですか?』 ページを更新すると、ものの数分で通知が鳴り響いた。『回答A:相当遊んでる』『回答B:普通、男の人は舌ピはあけても下半身にパールは埋めないです(笑)。間違いなくプロの遊び人』『回答C:初めての相手がそれだけ上手な人でよかったねwww』「あ、あぁ、ああああ……ッ!」 画面を凝視したまま、私は電車内で声にならない悲鳴を上げて頭を抱えた。 プロの遊び人。相当遊んでる。某掲示板の辛辣な回答が、私の脳内にアタックを決めていく。 帰宅するなり、私は全ての元凶である美智に電話をかけた。呼び出し音が数回鳴り、美智が気の抜けた声で出た瞬間、私は携帯に向かって叫んでいた。「む、むろまちくん、どういうことなのっ!」『連絡取ったんだ~。いい男でしょ?』「い、陰キャじゃなかった!」『あー。そっちの陰キャじゃない。淫乱キャラ、略して淫キャ』「はっ?」『アイツ私の元カレなんだよね』 さらなる衝撃事実に、私の思考は停止した。『エッチ好きの集まるマッチングアプリで会ったんだけどさ。アイツさ、とにかく女の子を開発するのが趣味っていうか、生きがいみたいな、ちょっと一線越えたテクニシャンでさ。エッチ好きな私でも脳がバグるくらい気持ちよくて。このままじゃ私、死ぬわとか思って別れたのよ。私だけじゃなくて、アイツの歴代の彼女、みんな同じ理由で音を上げたって聞いたし。でも、壱成って性格メチャクチャいいの。いい男だから、あんたに紹介したの。浮気は絶対にしないし、連絡もマメ!』「いやいやいや!」 エッチで脳がバグる男をあんたは私に紹介したの!?『免疫がないあんたには、いい物件でしょ! セックス上手い、浮気しない、金もある! 最高の男じゃん!
last updateLast Updated : 2026-10-25
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