心に残る人を選んだ夫の、その後離婚が決まったその日、私は結婚したときに着ていた服だけを身につけたまま、家を出た。
住むところも、車も、貯金も、子どもたちも。全部、高遠慎也(たかとお しんや)に任せて。
慎也は意外そうに私を見て、鼻で小さく笑った。
「本気か?三人とも、お前が育ててきた娘だろ。それも置いていくって?
本当に何もいらないなら、養育費も請求しない。それでいいんだな」
私は迷うことなく離婚協議書に署名し、静かに答えた。
「ええ。それで構わないわ」
慎也はしばらく黙ったまま書類を見つめていたが、やがてゆっくりと名前を書いた。
「……もし後悔したら、もど――」
私は軽く手を振って、その先を言わせなかった。そして振り返ることなく、その場を後にした。
慎也は前から、私が金と立場目当てで結婚したのだと思い込んでいた。子どもたちで自分を縛ろうとしたのだ、とまで。
別に、それでもいい。
私の遺体を引き取ることになったそのときになれば、きっとようやく分かるはずだから。