霞に迷う夕暮れの舟夏目結衣(なつめ ゆい)は、迫り来る大型トラックの前で咄嗟に伊藤裕也(いとう ゆうや)を突き飛ばし、その身代わりとなって両脚を砕かれた。
病院で目を覚ますと、いつもは冷ややかで誇り高い彼が、初めて頭を下げた。
ベッド脇に立った裕也は、結婚しようと言った。八歳の頃から想い続けてきた彼の言葉に、結衣は涙ぐみながらうなずいた。
けれど結婚してからというもの、裕也は夜ごと家を空け、結衣への態度は冷え切っていた。
脚の感染で死のふちに立たされたその時でさえ、莫大な財産を持つ裕也は、結衣のために余分な金を一円たりとも出そうとはしなかった。
「結衣、あの時お前が俺を庇ったことに、感謝したことは一度もない。
俺たちの結婚は最初から間違いだった。
もう終わりにしてくれ」
そう言うと裕也は、重いまなざしのまま、彼女の酸素チューブを引き抜いた。
結衣は瞳を見開いたまま、深い悲しみに呑まれ、息を引き取った。
彼女は思った――もし人生をやり直せるのなら、二度と裕也なんて好きになりたくない。